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8月31日日曜日「コケた」

 雨が降る中出勤しようと思って階段を下りる途中で脚を滑らせました。転げ落ちなかったのが幸いでしたが、それでもケツを強打してしまい、座ると痛いという状態です。これはキツい。こんなマンガみたいなマヌケな目にあうとは我ながら情けない(笑)。

 今週も「仮面ライダー555」はいまいちでした。これまで比早い流れの展開をウリのひとつにしてきたのに、ここしばらくは停滞しています。焦点が散漫でなにがしたいのかいまいち見えてこない。なにより三回連続「喰らったら昇天必死攻撃命中直前! 来週どうなっちゃうの?!」的な終わらせ方でゲンナリ。そりゃあねーだろ、あんまりだ。いくらなんでもこれは脚本に問題があると思う。投げっぱなしで拾われなさそうな設定、伏線もいっぱいあるしな。
 一方の「ナージャ」は今週で半年引っ張ってきた謎をあっさり公開。こちらも放りっぱなしのキャラが結構多い。アントニオ・ファビアーニとかこないだのメイドとか。でもこっちはそのうちちゃんと拾ってくれるだろうから、わりと安心して見てられる。
 どっこい今週の「ウルトラマニアック」は東京ムービー特集とやらのせいで録り逃してしまいました。毎週日曜にリピート放送最後の回があって、ここで見るのがタイミング的に最適だったりして……とにかく油断してました。1クール終えて新しいテープも用意したのにい。やっちゃったよ。

8月30日土曜日「マージの途中経過の話」

 今日もパズルの修正をやってたりして。というか発表してからミスを発見して青くなったりしてた(笑)。いや、まいったまいった。失敗失敗。発表後に弟と「出すならきっちりしたもの出さないとダメだろ」という話をしてただけに、自分で未完成なものを出してどうするという話ですよね。それでも発表してから最初のレスがつく前に修正出来たのは不幸中の幸い。それでも大きな被害を受けた人がいたのであまり喜べませんが。

 で、一応ずーっと「マージ」もやってたりするですよ。前にも報告したとおり、クリア制限のかかってるマージシナリオを中途半端に終えてから、二周目に入ってます。今度はエリカ狙い。まったりとプレイしているわけですが……いくらなんでもまったりしすぎ。なんといいましょうか、このゲームは独自のインパクトというのに欠けていて、プレイしていてもちっとも楽しくないのです。かといって過度につまらなすぎるってほどでもない。おかげでダラダラとしたシナリオをダラダラとプレイするだけになり、ノりきれずにいるというわけ。プリンセスソフト移植ではマシな方だと思うんだけど、所詮はプリンセスソフトということか(笑)。
 オートで流してるだけの「Iris」の方がずっと面白いってのは問題だな。もっとも再プレイなのに目標のシナリオに入れない「Iris」のさりげない難易度の高さもちょこっと問題だけど。いやほんと、なぜか手強い。さくら、祐衣と来て美卯攻略に失敗>なっちゃんルートへ。次はかなやんか東雲あたりをなんとか。

8月29日金曜日「パズル」

 まず手元にあるパズル誌をめくる。そろそろパズルをやってみようかなーなどと思い、ちゃんぽんを食べていると、ふとパズルのアイディアが閃いた。

「よし、これはいける」

 ところがどっこい、それを形にするのが一苦労だった。作り込むにつれ矛盾点続発。結局最後の方に判明した矛盾点は修正が利かず、実にいい加減なつじつま合わせをしている。こんなハズじゃなかったんだがな(笑)。もっと綺麗に美しくスマートなのが理想的。人数を減らせばなんとかなったかもしんないけど……。
 それにあわせたSSも書いたので、一日仕事になってしまった。
 あ、そうそう、今回のパズルを作るにあたって、前に解いた「7の孤独」というパズルをもう一度やってみた。これは凄い。見た目にも美しいし、一見全然とりつく島もなさそうでいて論理的に紐解けるというのが素晴らしい。実に計算の行き届いた見事な作品デスだ。

8月28日木曜日「スイス時計の謎」

 昨日プロレス、今日ミステリ。有栖川有栖(ATOKで変換出来ない嫌な名前)の国名シリーズ最新刊「スイス時計の謎」を読みました。実はこれ、この前の「マレー鉄道の謎」があんまり面白くなかったんで、発売時にはスルーしていた作品です。「マレー鉄道」の前、「ペルシャ猫の謎」が噂のヤバい作品だということで読んでなかったりして、そういう流れもあって「スイス時計」にも期待してなかったというわけ。むしろ過去作の「双頭の悪魔」とか辺りを読んでみたい。
 それでも「スイス時計」を手に取ったのは、単なる気まぐれです。けして少女漫画の単行本を1冊だけレジに持っていくのが恥ずかしかったからではありません。面白くなかったな、アレ(笑)。
 国名シリーズは長編タイプと短編集タイプがありまして、「スイス時計」は後者になります。が、いつもの短編集に比べると収録数が少なくて、中編っぽいのが入ってますね。

「あるYの悲劇」
 うわあ、ネタが読めてしまった(笑)。いや、むしろ有栖川氏が使うまでこのネタが使われてなかったということの方が意外というべきか。氏のネタの仕上げ方そのものは良かったと思うけど、一発ネタなだけに読まれる危険も大きかったかも。しかし、このネタをこういう味付けで小説化するというのはロジック重視ながらもしっとりした展開を特異とする氏の持ち味ですね。

「女彫刻家の首」
 アリバイ崩しもの。この手のタイプの短編で感心するほど良いものにあまり心当たりがない。この作品もまあ、こんなもんかな、という感じ。短編ということで、どうしてもそぎ落とさないといけない部分があったりする時どう処理をするか。その点で氷川透なんかとは比較にならない見せ方が出来るあたり、ミステリ作家という前に小説化なんだなというこだわりも見えたような気がする。氷川は長編だったのにな。

「シャイロックの密室」
 氏も言ってるとおり、一冊の短編集にひとつ入れるという到叙の作品。でもそれだけでしかないような気がするぞ。細かな工夫というけれど、ネタの善し悪しでそんな印象も吹っ飛んでしまうからなあ。
 これを読んで思ったのは、ゲームで叙述トリックを扱うのも難しいけど、到叙は到叙で難しいよな、ということでしたか。

「スイス時計の謎」
 表題作だけあって出来の良さは収録作で一番でしょうか。200枚というノベルスとしては中途半端な枚数ですが、その分書き込みも多くて読みやすかったかも。論理で謎を紐解くタイプの典型のような内容で、本来その前の記述はそのための布石にすぎません。それをひとつひとつ積み重ねつつ、これまたしっとりとした内容に仕上げた辺りはさすがに氏の実力だな、と思いました。無理に長編にしてない分、すっきりしてる。つくづく氷川などとは格が違うわ。

 にしても原哲夫とふかわりょうがいとこってのは驚愕の事実だった(笑)。

6月27日水曜日「リクエスト」

 こないだ寮時代の後輩から電話があって、この日記でもうちょいプロレスの話を書いて欲しいということを言われた。確かにPPVを見られなくなって以来WWEのネタを書くことが減ったなとは思ってました。というわけで今週のWWEの感想を書きます。
 まずロウの方から。寝てる間に放送があるので、ビデオに録画して仕事後に見る。で、ほとんどの試合を早送りですっ飛ばしました。だって面白くないんだもん。シェイン・マクマホンが久しぶりに登場してビショフとのノーDQ戦を行うというんで、その期待が大きかったということもありますが。インベージョン時代のシェインのパフォーマンスはレスラー顔負で、鮮烈でしたから。
 試合は……なんだっけ(笑)。ハリケーンvsクリスチャンとかジェリコvsRVDとか、フレアーvsゴールドバーグなんかがあったような気がする。こうしてラインナップしてみると一見面白そうなのに、なんでつまらないんだろう……。特にジェリコvsRVDはふたりの本来の実力を考えると信じられないくらいつまらなかった。つまらないのにグダグダと続くから、会場もシーンとしてましたね。
 面白かったのはハリケーンを救出に来たヒーロー見習いセット装備版ロージーと、退屈コールでついに自分の退屈さを認めざるをえなくなったランス・ストームがよりによってゴールダストに相談を持ちかけたスキット。馬鹿なタッグチームがふたつも一度に生まれてしまった(笑)。
 期待のシェイン戦。ケインの介入でモチベーション下がる。どうやらシェインvsビショフ戦はサマースラムまで持っていくつもりらしい。
 続いてスマックダウン。こっちはいきなりベノワvsエディというプロレステクニック世界一決定戦みたいなカードから始まる。明らかにロウのジェリコvsRVD戦よりもテンションの高い展開で、正直ほっとする。試合はベノワを裏切ったライノの介入>エディに裏切られたTAJIRIの介入でノーコンテスト。どっこいサージェントスローターがタッグ戦として再試合という決定を下して大満足(笑)。結局最初のこの試合だけで30分近く引っ張った。
 奇跡のレスラー、ザック・ゴウエンvsFBIナンジオ戦では片足しかないザックの工夫が随所に見られ、かなり感心した。身体障害者の絶対的ベビーフェイスと絡むのは大変だろうけど、マット・ハーディーが実に嫌な役回りを演じてくれてこれまた満足。
 なぜかヒール同士のはずのジェイミー・ノーブルvsダグ・バシャムという試合が組まれる。もともとノーブルは田舎っぺバカップル(相手はニディア)というキャラで愛すべき点があったから、ベビーターンするのかと邪推しつつ、意外に軽快な動きを見せるダグにも注目。それをきちんと受けられるノーブルの成長ぶりも見られた。初登場時にキッドマンと絡んだ頃とはえらい違いだ。丸め込んで勝利したノーブルをバシャム兄弟とシャニークワがいたぶる展開になると、なぜかビリー・ガン登場! バシャムズを一掃。なんとまあ、ある意味兄弟なチームが誕生してしまった(大爆笑)。
 テイカーとビンスが絡むスキットでフナキさん登場。片言の英語が微笑ましいけどもう35歳。その後のテイカーvsシナ戦はテイカーの執拗なまでの腕責めが続く。そこまでするか……というか、それだけしかやってないのに会場を湧かせてしまうとは、いったいどういうことなのか。ナッシュ辺りとの違いはなんなんだろう。オーラか?
 メインはレスナーvsビンスのケージマッチ。58歳の老人なのに、レスナーと並んで見劣りしないマッチョバディなビンスはやっぱり凄い。でもさすがに最近老けた気がする。どう考えてもレスナー有利な試合だけど、F5の態勢に入った途端に唐突に倒れて動かなくなる。ビンスはここぞとばかりにフォールし、特別レフリーのカート・アングルにカウントするように命じるが、カートは気が乗らないようす。ビンスに気を取られたところでレスナーがいきなり復活>カートにF5! レスナーはカートをケージにぶつけまくり、更にベルトで一撃! なんとレスナー、ビンスと密約を交わしていた!
 ……というわけで、こちらはCMなどの余計な部分を除いて早送りすることなく見ました。いやあ、面白い。スキットらしいスキットはテイカーとビンスの絡みくらいで試合ばっかりだったけど、それでも面白い。というかロウ駄目すぎ。でもアメリカ本土だとロウの方が支持されてるんだよなあ……。バッドブラッドとベンジェンスのPPV売り上げで10万件の差が付いたって、そりゃいったいどういうわけ? アメリカ人ってわからん。

 「ここはグリーンウッド」や「サイファ」辺りから白泉社の花とゆめコミックスタイトルをいくつか読んできてます。「彼氏彼女の事情」や「フルーツパスケット」も1巻を初版で買ったというくらいで(カレカノはすぐに買うのやめちゃったけど、短編集は今でも好き)。買ってないタイトルでも「しゃにむにGO!」とかかなり面白いと思うデス。
 一方ライバル誌は少女コミックということになりますが、こちらの単行本を買った記憶がない。で、ちょこっとアレがあーで1冊買ってしまいました。……あんまおもしろくなーい。どうしてこう、少女コミックの漫画は面白くないんだろう? 女性の目から見たギャルゲーのヒロインってのはことによったら気持ち悪いのかもしれないけど、少女コミックの漫画にでてくる男連中もそれに似たような印象があります。……なんか妄想臭い。それも作者の嗜好がモロにでてるみたいでなおさら気持ち悪い。
 ……やっぱ今回限りにしておこう。

8月26日火曜日「コンセント」

 今年の初めに買ってきた、今使ってるパワーMacG3の電源が入らなくなりました。何度電源ボタンを押してもまったく反応がありません。さすがに背筋が冷えました。前のノートがダメになった時はどうしても必要と言うほど重要なデータが無かったんで……つまり執筆途中の文書のあるなしってことだけど……さほどショックは無かった。でも今回は「詩奈乃キュア2」を160Kも書いちゃってる最中。これが無駄になったらさすがに泣ける。
 とにかく電源が入らないので、不具合の程度を調べることさえ出来ない。コンセントを調べてみても、特に問題ありそうな感じじゃない。
 ところがどっこい、この日記はきちんとG3で書かれている(笑)。さて結局のところどうだったのかというと、電源ケーブルの本体裏の方が外れかかってたというだけだった(アホ)。特に触れるでもないこの部分が緩むというのは盲点だった。気温かなんかで素材が膨張したりしてこうなったのかな?

 世界陸上をちょこっとだけ見ています。男子100Mでフライング失格が多発し、ちょっと問題になっているそうです。なにが問題かというと、一度目の試技でフライングがありそのやり直しを行う時、そこでフライングを犯した者は問答無用で失格になるというルール改正があったこと、らしい。
 私はこれを聞いた時、感覚的に上手く理解出来なかったですよ。だって競泳だと昔からそうだもん。むしろ陸上では今まで同じルールじゃなかったってことにびっくり。ちなみに私はフライング失格は経験してないけど、泳法違反失格なら喰らったことがある。そのレースでは一位でゴールしたってのにな……。

8月25日月曜日「マヤちゃんが隠し味」

 「マージ」をのんびりとプレイ中。あんまり考えずに進めていて、最初はなんとなくメインっぽいマージ狙い。そしたら「この物語の続きは私以外のヒロインの物語をクリアした後に明かされるでしょう」。いやあ、ご親切に(笑)。クリアに制限がある作品は多いけど、まさかそれを丁寧に教えてくれるとは。
 しかし誰に会うのかを決めるだけで、選択肢があんまり出てこない作品だなあ。これもおかげでシナリオのメリハリに欠けてると思う。なんていうか、普通。
 それじゃ普通ってなんだよ、ということになるけど、要するに良くも悪くも特徴的な部分が見あたらないってことで。

 吉住渉ファンの弟のために毎週録画している「ウルトラマニアック」の放送分を全部通して見てしまいました。えっと、13回くらい? 最近は1クール13回で終わる作品も多いんで、これもそのタイプかなーと思ってたらまだ続くみたい。完全に原作を離れたオリジナルのストーリーなので、弟が気に入るかどうかは不明。展開もオリジナルのキャラに頼り気味。でもそこが結構良かったりして。

8月24日日曜日「555いまいち?」

 一応念のためにフォローしておくと、「AIR」はけしてつまらない作品ではなかったですよ。いろいろと独自のカラーを出そうとしている作品だったので、それが成功しているのかどうかでうるさく言ってしまってただけで。好きか嫌いか、「Kanon」と比べるとどうか、その辺りもかなり微妙極まりない感じで、難しいところですが……。「Kanon」よりも名作に近かったとは言えると思います。

 さてさて、先週のラストでついに555乾巧が木場=オルフェノクであるということを知ってしまった(逆に木場が555=巧であつとも知った)ということで、今後の展開がどう動いていくのが興味深く見ていました……が、大いに期待はずれの展開にガックリ。話が全然進んでいないじゃないか。ここで言う「話」というのは大きな物語の中での登場人物の心理の変遷で、これがいつのころからかちっとも変わってない。落ち着いてよく考えると、これまでのあらすじを書き出す時に「〜〜が出現。〜〜が出現。〜〜が死亡」といった具合にしかならない。
 去年の龍騎は今頃夏の番外編が2回あって、真司蓮北岡が無意味(笑)に交流したり、その前にライダーに憧れる子供が現実を知る話があって続いてオーディンがタイムベントを繰り出したりしてて、後ではフェリー編を経てタイガ、オルタナティブの登場で新展開を予感させていた。
 そういった展開のメリハリが555には無い。見終わった後で「ああ良かったね」と思わせてくれることが異常に少ない。せいぜい海堂登場編にアルマジロ編くらい? 話の区切りがいつも曖昧で、しかも進行しているようでしてないため、見逃しても痛くない。
 こういうダラダラ感を助長する要因のひとつとして最終目的が提示されないまま物語が進んでいるということがあげられるでしょう。「クウガ」はグロンギを目覚めさせた未確認0号という謎があったし、「龍騎」は戦わなければ生き残れないということで、ライダー同士の決着というテーマがあった。アギトでは登場人物たちはあまり知らないようだったけど、序盤から出ている黒服の男という存在があった(立場上は0号と一緒か)。でも555にはそれがない。主人公がどこを目指して進んでいるのかが分からない。そのために気味の悪い不安感が常につきまとっている。
 主人公も関係ない場所で動いている事情に流されているだけで、自分から問題を打破しようという姿勢が滅多に見られない。乾巧は自分を飾らないぶっきらぼうだけど優しい主人公で魅力はあるけど、偽善者じゃないだけに腰が重い。ある意味ライダーとして理想的な性格なのは「アギト」の津上翔一なのかも……あれくらい天然の方が、「主人公が周囲を引っ張る」という点で優れているのかなあ。

8月23日土曜日「収束」

 「仮面ライダー龍騎エピソードファイナルディレクターズカット版」を横目に「詩奈乃キュア2」の続きを書きました。「AIR」後には書くぞーということでしたので、やっぱり書かねば(笑)。なんかその前の中途半端に「マージ」に手を出してたような記憶もありますが。
 「龍騎DC」を見ていて思うのは、尺不足と霧島美穂と被るという理由からだろうけど、秋山蓮の戦わねばならない理由について触れられてないのが問題かなーということ。何度見てもラストシーンの説得力が薄いのはそういうことみたいです。真司がリュウガを制した時点で、もう映画版の物語は終わってしまっている。ラストに真司と蓮というダブル主人公のシーンを立てるには、蓮というキャラがもうひとりの主役として昇華しきれていなかった。
 そう考えると終わりよければ全て良しというのも説得力があるようで、そうでもないような。ラストシーンはそこへ辿り着くための前提条件が必要で、それも無しにエンディングを迎えても説得力を無くす。つまり、ラストシーンは過程なくして存在し得ない(当たり前だけど)わけで、ラストシーンの内容だけ切り取って終わりよければ全て良しという具合にはいきません。

 「詩奈乃キュア2」もラストへ収束させる形であれこれ伏線を張りまくってます。160K超えたかな? とにかく、こっちではわりと単純です。ラストシーンへの前提条件は、小説なんだからその前に書かれた物が全てになります。ひとつのエンディングしか持ち得ない小説媒体(漫画や映画でもそう)の特徴です。
 が、ゲームでは物語が分岐することで複数のエンディングを迎えることがあります。たとえばABCDという4つの分岐シナリオがあるとして、Aのエンディングの前提条件にBで語られるエピソードを用いるという形態がなりたつか? 私の解答は「成り立つ」です。この手法は「YU-NO」で顕著に見られるもので、美月編で落ちる雷の正体は澪編で描かれるアレとか、そういうやつ。この場合、並立した時間の流れの表現で、主人公に見えない場面でも別の物語が動いているという演出です。
 次にCというエンディングの前提条件にDのエンディングを用いることについて。これの一番ストレートな形態がいわゆる「まいめり」でのみさおエンドになります。ですから成立否成立ということでは、成立します。ですがこれは物語上の演出効果といったものではありません。伏線を張ったのは物語の内部ではなく、プレイヤーの心理ということになるからです。みさおAエンドとBエンドの間には物語としての相似性はあっても、本質的な関連性はありません。双方の物語はもう片方へ影響しないのです。キュートロンはこの手法を好んでいるようで、「メモリーズオフセカンド」での踏切、それに「めいびー」では作品全部で同じ事をしています。むしろ「めいびー」の方が分かりやすいかな? 最後のトゥルーエンドを迎えるためにテーマである「生命と魂」のいくつもの姿を描いたのはプレイヤーの心理に伏線を張るためで、トゥルーエンドに向かった瞬間から他のエンディングへ向かう可能性が否定される。その瞬間から他のシナリオでの挿話が、トゥルーエンドに与える影響は無くなってしまいます。

 さて、問題なのはここからです。AとBのシナリオの関係は成立する。CとDのシナリオの関係も成立する。でもこの二種類の技法を同時に使うことは、非常に難しいということ。「AIR」に微妙な違和感を感じるのはおそらくここです。並立させたDREAM編と、連続させたSUMMER編及びAIR編がうまくつながっていない。
 一部の考察サイトでは、佳乃&美凪のシナリオも空の少女を救うための一欠片と書かれています。でもこれは考察としては面白いけどありえない。観鈴ルートの後を描くAIR編は、それ自体が佳乃と美凪の物語の否定を意味しています。無かったはずの物語が、実在する物語へ影響を与えることは不可能です。有機的な絡みが成立しえないからです。AIR編での佳乃はバンダナをつけたままで、みちるは存在し続けることになる。AIR編でこのふたつのシナリオは完結出来ない。ここで可能なのは先に書いたシナリオC&Dの関係、プレイヤー心理へ張る伏線だけ。ですが佳乃&美凪シナリオがそういった物語として描かれていたかどうかというと、これも疑問です。結果、どう考えても佳乃&美凪のシナリオが浮いてしまう。
 ですが、観鈴シナリオがメインであることを認めた上で、佳乃&美凪シナリオに意味を持たせる論法がひとつだけあります(これはもちろん、私が思いついたのがひとつだけという意味です)。DREAM編が分岐する理由、それは可能性の低さの演出です。空の上の少女を救う確率が低くなれば低くなるほど、AIR編の効果が上昇します。つまり、佳乃&美凪シナリオを彼女たちとの物語のハッピーエンドと考えることが間違いで、逆に観鈴を救えなかったバッドエンドだと考えるのが妥当だというわけ。それを考えるとヒロインはあとひとりふたりくらいいても良かった。聖シナリオなんてのがあっても良かったかも。
 ただしこの場合、DREAM編3つのシナリオを終えないとSUMMER編に行けないという構造上の矛盾が出てきます。そうではなく、佳乃&美凪シナリオをクリアしていないとDREAM編でも観鈴シナリオに入れないという形にすれば説得力があったでしょう。でもって、佳乃&美凪シナリオのラストにはバッドエンドめいた意味深な演出を入れておく。
 実際私は最初に観鈴シナリオに入ってしまったので、他のヒロインのシナリオをクリアしないとSUMMER編に続かないという状況から、保留されたという印象を受けました。順序が違っていたら印象も違ってたかもしれない。
 そういえばバッドエンドという前提条件から細いトゥルーエンドへの道筋を引き出すという構成は「Ever17」がまさにソレでしたね。あれはさっきのCとDシナリオの関係を物語上に取り込んでしまうというネタだったわけだ。
 「AIR」には転生らしき描写があるけど、個人的にそれを受け入れてないのはこの辺が起因してきてるのかもしれません。「Ever17」の第三視点の代わりのようなものとして引っ張りだしてきたのが(曖昧な)転生という描写で、物語を見せるために担ぎ出されたという印象が拭えないからでしょう。じっさいあの視点はそれ以外の要素に乏しい。だからラストシーンでの飛翔にとってつけたような印象を受けてしまうんですね。「カ○スが雲の上まで飛べるかーボケー」と思ってしまった私はさすがに野暮だね〜(笑)。

 しかし、どうして私はこう、構成レベルでの技術的な話でしか作品を語れないんだろうな(苦笑)。もうちょっとキャラの気持ちを汲むとか、そういうことは出来ないのかね? だから「生命と魂」の物語である「めいびー」のレビューを避けてるのかもしんない。どう書いたらいいのかわからんのね。それでいてSSに限らず小説を書く時にはキャラの情念、心理描写を徹底重視するというスタイルだったりして、矛盾しまくりデス。

8月22日金曜日「AIRおまけ」

 む、「AIR」プレイ後のCG回収率が99%までしか行ってない。見てみると佳乃のCGが1枚足りないらしい。躍起になって回収するものでもないので、とりあえずそのままにしておきますが、はて、どこのCGなんだろうか。
 AIR編終了後、いくつかの感想サイトを回ってみました。するとやっぱり、美凪や佳乃はメインライダーとは別の人が書いていたという記述を発見。確かにそれぞれラストでの盛り上げ方の個性が微妙に違っていたような印象があります。とはいえ、物語の構成そのものは、メインライターが監修しないはずもないので、メインでないからといって横道に逸れてしまったということはないはず。すると佳乃シナリオはあれはあれで良かったということになります。
 サイトの中には佳乃&美凪シナリオの「AIR」に占める意味を深く考察しているところもあって、それ自体は興味深いし面白かった。けどそれで納得出来るかどうかというと、そんなこともありませんでした。結果として「AIR」という作品は必要最小限の材料だけ投入しておいて、後はプレイヤーの想像に任せるという作りになっています。が、一部にその必要最小限の情報すら触れていないところがあって、なおさら「AIR」という物語を固める外殻を曖昧にしています。想像の余地がありすぎるため、どうとでも受け取れてしまう。長きに渡る物語にちゃんと区切りがついたかどうかさえ怪しい。ラストシーンの後で「これで終わったと思ってるのはプレイヤーだけじゃないのか?」と思ったりしたわけで。
 この辺を物語の仕立て方の個性といえばそれまでですが、それで完結してしまってよいものか分かりません。ラストシーンに賛否両論あるというのも納得です。

8月21日木曜日「AIR6」

 昨日のフジテレビ王監督侮辱番組放映の話が大きくなっています。ダイエーホークス球団の態度が硬化するのは当然として、トイレを作っているメーカーにも波紋が広がり、最大手のTOTOも不快感を表明してフジからCMを引き上げるとか……ほんとかよ(笑)。なんでも王監督自身がTOTOの顧問という話らしくて、それじゃ首を突っ込んでくるのも無理はない。
 どっこい、不覚にも予想外なことに、政界にまで飛び火してしまいました。というのも王監督が初代の国民栄誉賞受賞であったためです。内閣のイメージアップ工作と揶揄されることも多い国民栄誉賞ですが、受賞した人たちはもちろんひとかどの人物ばかりなわけで、国家が栄誉を賞したということに違いはありません。しかもほら、最初の人だし。今回の件の放置は国民栄誉賞の権威に関わる……という一般市民からの声があったそうです。確かにそのとおり。そこで内閣府も調査に乗り出し、くだんのビデオを見たところ「これは酷すぎる」と。
 私は結局未見ですが、見た人が口を揃えてことごとく問題視してるあたり、本気でヤバい映像だったみたいですね。ヘタするとほんとに政府からフジテレビに抗議が行くかもしれない。こうなるとフジが監督に謝罪しましたというだけでは済まなくなってしまいます。関係者もまさかここまで話が拡大するとは思っていなかったでしょう。まあ、いい気味だけど。
 今回のことで思ったのは「明文化されてないからといっても、やって良いことと悪いことがある」という典型のような出来事だったな、ということです。そりゃあ、わざわざ王監督個人をお笑いのネタに使ってはならないなどという規則を作ることはないでしょうけど、でも結果としてこういうことになり、おそらく今後誰かしらが責任を取る流れになると思います。そもそも倫理や規範といったものは、個人が心の中で醸成するものであって、明記されるような性質でもないけれど、破られれば責任を負わなきゃならないこともある。この当然なことを軽視する人間のなんと多いことか。今回のPもそんな部類だったんだろと思いますが。だいたい考えれば分かることなわけで「どこにも規制はない」というのは単なる思考停止以外のなにものでもありません。考えるのがめんどくさいだけなんじゃないの?と聞いてみたくもなります。「書かれてない」ことを論拠にすればいいんだから、そりゃ楽だわ。
 ともあれ、これでフジに限らずマスコミ内部において「国民栄誉賞受賞者を揶揄することはタブー」という不文律が出来上がりそう。被害者報道とか行きすぎた取材とかで神経質になってる横で、今回のような無神経も横行してるってのは、業界の中身も相当に歪んでるというひとつの証拠でしょうか。
 あ、そうそう。ジャイアンツOBまで敵に回したとかなんとかいう話もあったっけ。こりゃPが一人辞めるくらいじゃ釣り合わないぞ。

 「AIR」AIR編終わりました。ちょっと言葉を使って感慨を説明するのが難しい……。いや、これはすごく感動したからということではなく、作品自体がちょっと特殊だったためで。プレイした人なら知っているでしょうが、主人公の国崎往人がきちんと主人公しているのは3章あるうちに1章DREAM編だけ。SUMMER編は過去の物語で、おまけに往人には知り得ない内容だし、AIR編も視点が変更されて登場人物のひとりに成り下がってしまう。
 「AIR」という作品は3つに区切られたひとつの構造物を、内部からの視点を使って読み解いていくのではなく、上空から俯瞰させて見せるタイプなのだといえます。物語のあちことに大空にいるひとりぼっちの……というキーワードが出てきますが、そりゃ俺だあ(笑)。第三視点か。
 ただし構造物の善し悪しを判断する場合、DREAM編での佳乃シナリオ&美凪シナリオでは確かに主人公往人を抜きに語れない物語であったというのが傷になっていると言わざるをえません。この部分だけ俯瞰して見る部位じゃなくて、内部からの視点に入り込まなくてはいけない。それがプレイヤーに対する強引な視点の切り替えを強要することで、ぬぐい切れない歪みとして固着してしまっている。変な違和感が残る。
 「AIR」そのものは観鈴とそれを取り巻く環境……というよりも俯瞰構造だからSUMMER編を起点とした物語の終焉までを描いたひとつの物語です。それと別個に語るべき余計なエピソードがふたつ入っている……果たして佳乃シナリオと美凪シナリオは必要だったかというと、私の解答はノー。ヘタに分岐させず、ストレートに観鈴だけの物語を追いかける構成にした法が、はるかにすっきりとした作品になると思います。
 とりあえず問題の佳乃&美凪シナリオを置いておいて。
 AIR編でのプレイヤーの視点は○○○になります。それこそ俯瞰視点であることを示唆するかのような存在ですよね。それもAIR編終盤になると存在がどんどん希薄になり、視点が○○○のものだということさえ危うく感じられるほどになってしまう。ほんとにどうでも良い第三者としての視点です。プレイヤーには物語に介入する余地がなく、見ているだけの存在になる……まさしく視点です。それをもっとも強く感じたのがラスト近くでの晴子、それに観鈴の父親が登場してくるシーン。まさに「見せられている」という印象で、ゲームをプレイしているという感覚に乏しかった。
 おそらくそれを助長しているのがテキストです。時々「ギャルゲーの文法」という個人的によく理解出来ないフレーズを目にしますが、そういうものが実在するとしたら「AIR」はそこから外れた作品であろうと思います。「まいめり」こと「My Merry May」も作風が少女漫画的でギャルゲー的でないと言われることがあります。普通のギャルゲーでは見られないモノローグとかにその傾向が見えますね。
 で、「AIR」はギャルゲー的でもなく少女漫画的でもない。それではなんなのかというと、与えられているのは舞台演劇的なテキストです。あのややもするとクドく妙に説明的でオーバーな台詞群も演劇の舞台を見せられているのだと考えると合点がいきます。つまりキャラの台詞が誰に向けられているのかという問題です。じっくり聞いてみると終盤の晴子の台詞は、向かい合っている観鈴父ではなく、観客へ向けて放たれていることが分かります。視点と汎用CG演出の都合上、心理描写を台詞のみで表現する必要に駆られていることがその原因でしょう。かならずしも必要ではない台詞群です。「AIR」の台詞にスマートさを感じられないのもこの辺が原因でしょう。
 自分の意思で選択肢を選びボタンを押す。それによって話を進めるインタラクティブ性がノベル系ギャルゲーの特徴であるにもかかわらず、「AIR」の終盤ではそこから疎外されてしまう。予定調和からなるハッピーエンドを迎えることもない。それさえも貫き通せば作品性に昇華します。実際美凪シナリオの本質も甘えを許さない突き放したもので、私はそこにかなり感心しました。美凪シナリオの存在価値が予定調和を許さない厳しい現実を示すためのものだとすれば、AIR編ラストのおそらく予想も出来ない特殊なエンディングへの予感や期待を高めるよいスパイスになるだろうと思うんですが、佳乃シナリオが非常に悪い形でそれを裏切ってしまっている。
 私は「AIR」のテーマを親子愛だとは思っていません。それを描こうとしているのなら、そのひとつひとつの構造がちょっと歪みすぎていると思います。美凪シナリオで実母よりもみちるとのエピソードが重視されていること、作品の構成上実母に設定されていても問題ない聖が姉というポジションに置かれていること、SUMMER編で母性を発揮しているのは実母よりもむしろ裏葉であること、AIR編での観鈴父の描き方がちょっと酷すぎること。親子愛を描くのならどれかひとつでもストレートな扱いをしていても良いはずです。輪廻を演出するせいなのか、血のつながりを否定するかのような構造です。
 それでは「AIR」のテーマがなんであったのかというと、SUMMER編で特徴的なように、継承とその終焉。思いを託すことの尊さ……夢と、それを終わらせなければならないと言う現実。その対比になるんだろうと思いました。この物語を描く際に時を超えなくてはならなかったのも、その辺が理由なんだろうな、と。
 最後に演出的な問題になりますが、SUMMER編で呪いの描写を真に迫るようなものに出来なかったのが後々尾を引いてしまいました。おかげで観鈴のおかれた境遇の説得力がかなり弱まっています。幼児退行し(髪を切ったのはその演出のひとつだったんだろうね)記憶を失う>原因=呪い。ここでああそうですか、と納得できないと、物語の重みも半減してしまいます。誰かを呪いによって死なせておくとか……柳也が死んでるか。でもSUMMER編は柳也視点だからビジュアルとしての生命力の減退を目の当たりにしてないんですよね。テキストの方でも「パンドラの夢」での主人公の例もあるから、出来ないことじゃないんだけど、成功していたとは言いづらい。
 「Kanon」と「AIR」を比較するということについては、方向性がまるで違う作品になってるので、さほどの意味はないかなとは思いました。「Kanon」はそれこそ予定調和ご都合主義の甘ったるい世界だったし、「AIR」の冷たく突き放す方向性とは正反対です。この辺りで違和感を感じた人は「AIR」を過小評価してしまうかもしれませんね。「Kanon」をプレイしたことで「AIR」に求めるようなものが、こちらには無かったということで。
 さてさて、面白かったかどうかというと、よくわからんというのが正直なところです(笑)。テキストの舞台演劇臭さというのは、簡単にいえば分かりやすいということでもあるんですが、それによって観鈴をああまで無垢なキャラに仕立て上げてしまったのは……作品の方向性としては正解なんだろうけど、ちょっとついていけない。いや、彼女の無垢な性質というのは「Ever17」でのココの電波っぷりと要は同じ事ですけど。ほら、ココは美味しいところでしか自己主張しない、眠り姫だったじゃないですか。でも観鈴は全編に渡って登場します。ココの電波を「Ever17」クリアに必要な60時間に渡って流され続けたら、そりゃヒク(笑)。そういうようなことです。救い出されるお姫様は、「救い出されるお姫様」であること自体が重要なのであって、その人間性を求められる比重は小さい。そういうキャラを前へ出し過ぎてしまったんじゃないか、という感じ。
 美凪シナリオには充分満足したし、けして駄作なんてこともないんですけどね。

 しかし、たまーにニュース系のサイトを除いてみると、世の中面白い事件が起きてるもんですね(笑)。友人たちにサプライズパーティーをしかけるために、散弾銃を手に待ちかまえていた人が、肝心な場面で転んでしまい、その拍子にトリガーを引いちゃう。空に向けて撃つはずが散弾であるため6人を怪我させるという、まさに(本人が)ドッキリなイベントになってしまいました。死者が出なかったらしいので、まだ救いはありますが(笑)。

8月20日水曜日「とばっちり」

 昨日の日記で生まれてくる子供がどうとか書いたのはなにも突然のことではありません。うちの仕事場で朝に働いているバイトの大学生の女の子が、彼氏とのあいだに子供が出来たという話を聞いたばかりで、ちょっと気になったのです。私はその子の最後の仕事の時にその場にいたんですが、声をかけてもほとんど反応無しで、内心で大きなショックを受けているという様子がありありと伺えました。そりゃあショックはショックなんだろうけど、少なくとも喜んでいるようには見えなくて、これはどうなんだろうなあ、と心配になってしまうくらいです。このまま彼氏と結婚ということになる可能性もありますが……この調子だと上手く行くとは思えません。ほんとに大丈夫だろうか。彼氏らしき相手の姿も見たことありますけど、それだけに余計に心配。

 王監督を酷く侮辱する内容のコントを放送したフジテレビが、ダイエーホークスに猛抗議を受けてしまいました。私はその番組を見ていませんが、話を聞く限りではシャレで済ませられるようなものではなかったようです。王監督というとストイックな人格者というイメージがあります。その監督、内心でかなーり怒っているらしくて、球団がその意を汲んだというのならホークスサイドの対応にそれほど問題も無さそう。たとえそれがフジ絶縁宣言だとしても。
 これでフジテレビはかなりの確率で実現する日本シリーズホークスのホームゲームの中継を出来なくなったということになります。それどころかレギュラーシーズン優勝後の監督や選手たちの番組出演も全て拒否ということのようで。監督が慕われている証拠なのか、選手たちも同調しているらしく、フジ出演拒否に賛意を示しているとか。というか、もう出てない。
 フジテレビはまさに自業自得といえましょう。最近のお笑い番組は下品……性的な意味でなく……になっていく傾向があって、個人的にうんざりしてました(特にとんねるずの内輪ネタには反吐を吐きたくなる)。ここらでガツンと痛い目に合うのも若手芸人には良い薬になるでしょう。むしろ痛い目に合うべきなのはプロデューサーの方かもしれませんが。Pにやれと言われれば、若手が逆らうことは出来ないだろうしね。
 タイガースはスカイAとのつながりがあるから、シリーズのホームゲームをテレビ朝日でやる可能性が高いのかな? 少なくともフジよりは高い。フジが7戦あるシリーズのひとつも放送できない公算もあります。フジには重ね重ね猛省を願いたい。
 どっこい、これで泣く目にあった一番の被害者は地元のフジ系列局のTNCだったりします。もう既に放送予定だった番組がキャンセルされました。TNCに限らず福岡の地方局はかなりの親ホークス報道です。秋山幸二をはじめ、地方局専属にはもったいない顔ぶれの解説者を揃えているという力の入れっぷり。TNC自身は今回問題になった番組の製作にあたった立場でもないわけで、まさに寝耳に水のことだったでしょう。「飛べ飛べホークス」ってTNCだったっけ? 速報入れてるのはRKBだったよね。ともあれ、これまで地方局として築いてきたホークスとの関係もこれでパーです。これは痛いなんてもんじゃない。なにしろ地方局ですから、作る番組といえば地方ニュースや地方バラエティーくらいでしょ。どっちを考えても地元で絶大な人気を誇るホークスの選手は欠かせないのに……。
 そりゃTNCだって問題の番組を放送してるけど、でもレギュラーで毎週放送している番組を一方的にキャンセル出来る立場かどうかというと、それも疑わしい。そういった番組を事前にチェック出来る態勢ってあるのかな? 地方局にストップかけられるくらいなら、当のフジで制止出来そうなもんだけど。とにかくTNCは気の毒なことになったな、と思います。

8月19日火曜日「why?」

 今日はちょっと個人的にムカっとすることがありました。収入自体は以前から変わってないのに、国民健康保険の振込額が急騰しました。つい先月に以前の3倍強になり、仕方ないかなーと思ってたら、改めて用紙が届いてその更に2倍。結果、以前の7倍という数字になりました。なんでこうなるの?
 これは厳しい。負担増にも程がある。ここ数年ついぞ病院にかかったことなんてないのに、年間で給料二ヶ月弱分の金額を持って行かれちゃたまらんです。どういう計算をしたらこうなるのやら、そういう説明は一切無いもんなあ。
 そんな感じでブルーになってる横のテレビでは、出産時の分娩費未納が産婦人科で大きな問題になっているというニュースをやっています。これもこれでモラル的にどうなのかという問題ですね。子供を産んですぐに、子供に対する負い目を作るわけでしょう? 将来子供に「あんたを産んだ時、病院の代金をバックレたんだよ」とか話せるはずもないし。すっかり忘れてたとしても、病院の人間はその事実を文書にして残しているわけで「子供にバラされたくなければ金を払え」なんていう脅迫事件だって、やれば出来ちゃうよ。ちなみに未納の医療費の半分は産婦人科なんだそうで。

 海の向こうでは野茂と長谷川が凄い。野茂はすごーく上手くいけば最多勝の可能性があります。今日の勝利で日米通算190勝達成してます。90年代以降のプロ野球界で200勝を達成出来る人材は現れないんじゃないかと思ってたのに、この調子だと来年にはクリアしてしまいそうです。あれだけ安定感抜群だった斉藤雅だってダメだったのに、やっぱり野茂は凄い。
 で、長谷川も凄い。ブルーウェーブを出て中継ぎ要員としてメジャーに定着してもう結構長くなりました。その堅実な仕事っぷりは地味ですが評価は高いみたいで、今やマリナーズの立派なストッパー(むこうではクローザー)です。防御率0点台、連続イニング無失点もそろそろ30回に届くのでは。長谷川は実体験から英会話の本を書いたり、寡黙な野茂も格好良いですが、リップサービスの良い長谷川も格好いい。あの額の光り具合もたまりません(笑)。
 イチローもやっぱり凄い。現在首位打者です。連続首位打者の記録は途絶えてしまってますが、こうやってあっさりと一年で返り咲けるというのは尋常な才能ではありません。努力も当然してるだろうけど、イチローに関してはもう才能というしか。狙って満塁ホームラン打つもんなあ。
 その3人の影に隠れて、最近また松井が目立たなくなってます。開幕当初はこれまでに実績を作ってきたイチローそこのけの報道ぶりだったのに、そのテンションも落ちてしまったような感じです。まあ、日米200勝の見えた野茂、記録的な火消しぶりの長谷川、目下首位打者のイチロー相手では無理もないかな。活躍が当たり前の光景になると、やっぱり記録に目がいくもんね。

8月18日月曜日「新モニター」

 弟が無理矢理送りつけてきた17インチのモニター。以前使っていたのも17インチでしたし、あるものなら使うしかないかなーと思ったらケーブルを同梱してない(笑)。これじゃ使うにも使えねえという話でした。今度遊びに行った時にでもケーブル貰ってきます。

 「AIR」AIR編の続きをしています。あんまり進んでいないので、やってますということしか言えません。でもDREAM編と明らかに違う場所があったりして、どう解釈したもんでしょう? ま、「AIR」そのものはもう古い作品なわけで、検索して探せばいろいろと解釈も見つかるでしょう。別に探さずに感じたままでオッケーだーと思えばそれでもいいし。

 とかいって、実際に評論とか書いてるサイトを探してみたですよ。そしたら「Kanon」について興味深い評論を書いているところを見つけました。読んでみるとこれがとても面白いんです。なるほどなと納得されられる内容で、こういうのが評論というのかーと感心しました。
 こないだレビューと感想ではまったく中身が異なるということを書きました。それと同じように、批評と評論もまた違うのかなと考えさせられました。批評は批評する対象を取り上げて、良い部分と悪い部分を拾い上げていくという作業で、いつも私がやってることに近い。評論はそこに自分独自の意見が混じる。評論する対象作品を、鋭利な切り口で分析し、構造を切り開くというと……分かりやすいかどうか分かりませんが(苦笑)。
 なので、評論になると頭の良く知識も多彩な人でないとなかなか出来ません。独自の切り口を探し出すことから始めて、そこから生まれる論理で読む人間を納得させないといけない。これはかなり難しいことです。おおよそネット上に書かれているゲーム評のほとんどはせいぜい批評レベルに留まり、評論の域として認められるものはさすがに希少です。
 もっとも、読み手にもある程度の読解力が必要になるので、批評は批評で重要ですが。というか、感想レベルだってきちんとしたものを書くとなるととても難しくなります。読書感想文の宿題でいわゆる「あらすじ書いて>感動した」で終わっちゃう人も少なくないもんね(笑)。とゆーかあ、この日記でもたまーに話題に出す若者の読書率だけど、それに照らし合わせると感想を書くのがヘタという人が多数派を占めてしまうというのも分からないでもない。ゲームの感想を書くサイトも多いけど、そういう意味で綺麗な感想文を書いているところは少ない……という見た記憶がなかったりして。
 良い評論は、意見を異にする立場の人間が読んでも納得させられるもの……ということで、そういうものを私も書いてみたいけど、無理だ(笑)。駄文程度が関の山。
 でも「めいびー」に関しては書いてみたい気持ちもあるんですよね。そのとっかかりも見つからないというのに無謀な話です。やっぱり私には無理かな。どっちかといえば「Ever17」の方が書きやすいかもしれません。発売から丁度一年くらいだし、書いてみるのも面白いかもね。暇になったら書いてみよう。

8月17日日曜日「中休み」

 だんだんと日の昇る時間が遅くなっています。そろそろ朝六時のラインを超えそうです。ちょっと困るんですよね。私は朝の六時で仕事を終えるんですが、アパートの階段の蛍光灯、なぜか5時で消えてしまうのです。おかげで冬は真っ暗なわけで、これが大変。鍵束の中からうちの鍵を探す二にも一苦労なのです。

 毎週日曜の朝は(私的には寝る前)すっかり「アバレンジャー」「仮面ライダー555」「明日のナージャ」を見るクセがついてしまいました。ここに最近「ウルトラマニアック」もくっついて、我ながらアレだなあ、と思ってたり。
 その中で際だった存在なのが「ナージャ」です。映像は綺麗だし、次から次へと押し寄せる登場人物の多彩さと地方色に圧倒されっぱなし。朝の女の子向けなのに、ドラマ自体は結構シビアだ。風呂敷の広げッぷりが凄いけど、後できちんと畳めるんだろうかと心配になるくらい(笑)。

 今日は「AIR」を進められませんでした。「AIR」を終えた後は「Iris」をまったりとプレイしつつ、「キュア2」の続きを書く予定です。が、予定はあくまで予定ですし、「Iris」は本腰入れてプレイしている作品でもない。積んでる作品をプレイするとして、それに何を選ぶかが難しい。「ミッシングパーツ3」をやるならその前に「2」のAエンドを見ておくべきだし、「シンフォニー」はもういいし(笑)。「あいかぎ」「マージ」「白詰」のいずれかから選ぶか。どうしましょうかね。素直にSS書くのが良い気もするけれど。

8月16日土曜日「AIR5」

 DREAM編を一通り終えたので、SUMMER編をプレイしました。一気に時代を1000年くらい遡った世界での出来事で、プレイ中に選択肢は出なかったような? ということはこれは遊ぶ物ではなく、読ませるためのものだということがわかります。SUMMER編は過去の既定事項であり、選択肢の割り込む余地はないということなのでしょう。
 SUMMER編はDREAM編で起きた空にいる少女に関する謎のネタバラシを別個のシナリオとして編成したものです。全ての謎が解決されているわけではありませんが、観鈴に関する内容は大方が明かされました。SUMMER編とDREAM編にもっと具体的なつながりがあると面白かったかな。
 SUMMER編それ自体は伏線も適度に効いていて、やや小粒ではありますがまとまったものでした。一部の演出に弱い点があり、そこがちょっと気になりましたが。もうちょい法術に関して特異性や強大さを描いておいて欲しかったところ。結界の描写以外で具体的に法術の威力を目視出来た場面がなかったので、ラスト近くでの「法術による強大な呪い」という重大な場面でやや説得力を欠いたように思いました。僧兵のひとりくらいを術士にするだけでなんとかなっちゃう部分なので、ちょっと残念。
 「AIR」の世界は国崎往人の使う弱い法術以外は一応現実的といえる世界です。佳乃シナリオでの羽、美凪シナリオでの夢というファンタジー要素もありますが、それ自体は「AIR」の日常世界の中では極めて特異なこととして描かれています。少なくともファンタジーが日常に常駐しているような世界ではありません。往人自身はそういった超常現象を受け入れる素地があるみたいですけど、これは当人に弱いながらも特異な能力があるからでしょう(変に叙情的な表現を多用するのも、その辺りに根っ子があるのかな)。
 少なくとも法術で人形を動かす光景を見て、大抵の人物が糸の存在を真っ先に考える程度に現実的な世界です。往人が糸の使用を否定しても「それじゃあそれ以外のトリックがあるんだろう」と考えて、超常能力を使っているとは思わない。そこを経てきた上でのSUMMER編なので、プレイヤー(ここでは私)の意識に「呪いが実在する」という感覚がありませんでした。なのでSUMMER編ラスト近くの盛り上げる場面で、それがやや不発に終わってしまった。これは残念。
 この辺は細かい技術論という程度の問題ですが、「AIR」という作品にとっての生命線でもあります。そもそもDREAM編でまったく理解不能だった観鈴の症状に説得力を持たすためのSUMMER編です。観鈴が背負っている呪いはそれこそ「AIR」の根幹に位置しているわけで、呪いの凄さ、強烈さ、残酷さの演出がどうしても必須だったはず。歴史を超えるほどの強大な呪いを印象づけておけば、それを打破する時の感慨もその分大きくなる。

 もう既に最後のAIR編のプレイを始めています。まさか視点がアレになるとは思わなかった(笑)。ここで面白いと思ったのは、作品が構成の段階でプレイヤーと主人公の一体化を妨げていること。普通の作品は一貫して主人公の視点のみで進行していくので、そこから得られる情報は視覚と聴覚、それに主人公の心理だけです。が、「AIR」ではSUMMER編があることで、プレイヤーは主人公の知り得ない情報を入手している。これは主人公さえもキャラクターのひとりでしかないということで。
 逆に言えば主人公の往人は過去に起きた出来事をまったく知らない。往人と観鈴に深い因縁はあっても、それを両者が自覚していない。知らなくても物語はラストに向かってちゃんと動いています。なにかに導かれるように。案外この作品のテーマは表面に見える親子愛よりも、この継承の方にあるんじゃないかなーなどと思いました。「親子愛」というにしては意外と親がクローズアップされてないし。とかいいつつ、AIR編の本質はSUMMER編の否定にあるんじゃないかとも考えてたりして。その辺はまた終わった時にでも。

8月15日金曜日「終戦記念日」

 今日は「AIR」の話題も小休止。突然ですが少し食生活の話をします。

 夏になると自動販売機売りのコカコーラロング缶が普段より30円引きの120円になります。スーパーで買えば90円。どうにもこうにもコーラ好きでたまらない私にとって、夏と言えばコカコーラだというくらいで、糖分過多に陥ることを考えれば過剰摂取は禁物と分かっていてもやめられません。
 ところがうちから最寄りの自販機で120円セールが終了してしまいました。これで「夏が終わった」と感じたのは私ぐらいでしょう(笑)。最近妙に涼しいけど。
 スーパーでももう売ってないし、コーラはペットよりも缶が美味しいし、もうダメかと思いつつ自転車で自販機を駆けめぐって探してくる私。

 お米のストックがありません。米びつから米がなくなったのは春先のことでした。お米って、あるだけでも安心感があって、他に何もなくても炊いてお茶漬けを作れば夜食にだって出来ます。納豆と味噌汁を付け合わせるだけでも立派な朝食です。非常のことを考えたってお米はあるに越したことはないですよね。たかだか5キロ2000円程度。それでも今買ってないのは、新米の流通を待っているからで(笑)。でも現実的に考えればオカズさえ調達して米を炊く方が食費も安く上がるわけで、今すぐにでも米を買った方が良いはず。分かってはいるんですけどね。

 近所のスーパーでは野菜をまとめ売りしています。タマネギも人参も一袋3つ。タマネギは日持ちするからいいけど、人参なんか一人暮らしで3本もどうやって使えというのか(笑)。カレーを作るんだって、せいぜい1本半しか使わない。使い切る前に痛んでしまいます。少々割り増しになってもいいから、ひとつだけ欲しい。くそ、近所に八百屋があればいいんだけどな。

 こないだタマネギ三個入りを買いました。ハンバーグを作るためのものです。結果は大失敗。挽肉の量とつなぎにした卵の量が釣り合ってなかったのか、それとも肉に安い鶏を選んだのが間違いだったかよくわかりません。でもきちんと味付けして炒めた肉ですから、食べれば美味しいわけね。
 そのタマネギを消化するために、今度は豚バラ肉と一緒に炒めて醤油で味付けしてみる。そしたらアレです、レシピ自体は牛丼に乗っけるのと同じだなと気づいたんです。そこで今日は白飯を買ってきて(米があればすぐ炊けるのに勿体ない)、実際に乗っけてみました。まず失敗だった点。つゆが少ないので丼物として不完全だったこと。醤油だけでなく、酒やみりんも使うべきだったか……もしくはタマネギの量が少なかったか。それに実際に牛丼には味付けに砂糖も使うのを忘れてた。うちにだって砂糖、塩、醤油くらいはある。
 とはいえ、基本的には豚肉とタマネギを醤油で味付けして炒めただけ。大きく味が崩れる余地はないわけで、これでもやっぱりそれなりに美味しい。料理っていうのはどこまで美味しくできるかどうかがポイントで、普通極端にまずくなることはないと思う。しょせん男の料理だしね。

8月14日木曜日「AIR4」

 美凪シナリオ終了〜〜。正直言ってなんだこれという感じ。とりあえず技術的なことを置いておくとしても、観鈴&佳乃シナリオよりも格段に良かった。というか、ちょっと差がありすぎ? 観鈴&佳乃は終始ダレ気味でさしてのめりこむこともなくだらだらとプレイしてたけど、終盤に入ってからの美凪シナリオは久々に集中して進めることが出来ました。集中出来たのは……「シンフォニー」が激ダメで、「魔女のお茶会」は肩の力を抜いてプレイする作品だったし、その前の「プリンセスホリデー」まで遡るか、ヘタをすると「カードオブデスティニー」か「Iris」まで戻らないといけないかも。
 演出方面で首を傾げたポイントは、佳乃シナリオに続いてあちこちにありました。屋上での独白シーンにはCGを入れて置いても良いんじゃないかなーとか。ついでに扇風機のシーンみたいに、ここには無くてもいいだろ、というのも(表示されてる時間は一瞬に近いし)。あと美凪シナリオのCGの大半が、極端なくらい終盤に偏って存在しているのにも違和感があります。途中経過でももうちょい効果的な演出が欲しい。
 消化不良で終わった観鈴シナリオ、佳乃の身に起きた異変を消化しきれてなく焦点が不明確になりラストの展開もここで挿入される意味があるのかどうか疑問があった佳乃シナリオに比べるとまとまりが良かった(こう書くと佳乃シナリオが徹底的にダメみたいだ)。淡々とした日常が続くのは他のシナリオと変わりないけど、美凪シナリオはその雰囲気を良い意味で引きずったまま続いていきます。それでいて必要な要素はそれなりに描かれている。美凪の母親については汎用CG無しでもいいから、後ろ姿くらいは入れておいて欲しかったけど……かなりの重要キャラなんだし。観鈴シナリオで不満のあった横の絡みもありましたっけ。あっちのシナリオにも出ておかしくないと思ってた聖がきちんと出てきました。出来れば彼女の口からみちるに関する話を聞かせて欲しかったけど、そこまで言ったら欲張りかな。街に医師は聖ひとりなんだから、「この街には、みちるという子供が暮らしている家庭は存在しない」なんてこととかね。知っててもおかしくない。
 構成として何が良いって、夢に捕らわれ、それを現に投影して逃避してしまっている人物がふたりいたという点。先にひとりそういう人物を描いておくことで、たとえ非現実的な出来事であっても説得力を持つようになってくる。ここは佳乃シナリオで弱かった部分で、順番的に佳乃>美凪という順序でプレイしたのは正解だったと思う。逆だったらもっと幻滅してた(笑)。伏線の入れ方も良かったと思うし、後半きちんとそれを拾って収束させていたのもポイントが高い。あえて苦言を入れるとするなら、明らかにもうここで終わったな、という場面からまだしばらく続いたというところ。あれはちょっと引っ張りすぎなんじゃないかと思った。
 実のところ最初はバッドエンドに入ってしまったんですよね。それに気づかず「その展開はちょっと違うだろ」と、がっくりしてました(笑)。こっちはこっちで興味深い展開もあったし、ひょっとしたらグッドとバッドの展開を上手く混ぜ合わせれば更に良くなったかもしれない、なんて思ったりもしました。
 散りばめてあった伏線から察するに、美凪シナリオというのは本編(観鈴シナリオ)に対する番外編のようなものなのだと思います。後々に紐解かれることになる要素の一部を取り上げて、他のシナリオを構成してみたという感じで。結果的にそれが上手く行ったし、むしろ番外編であること自体が美凪シナリオを引き立てている(「Ever17」で茜ヶ崎空シナリオが、トッルーエンドとさして強い関係性を持たないながらも、存在感を主張するのに似てます)。本来佳乃シナリオも同じ立場にあると思うので、こちらのレベルを引き上げられなかったのは……ひょっとして作家が違ったのかな、などと邪推してみたりして。

 気になる点がいくつかあります。この「AIR」という作品は大方のこのタイプの基本に忠実に、主人公国崎往人の一人称視点で話が進みます。国崎往人は幼い頃に親元から離れて暮らしていて、母親と出会ってからふたりで放浪の旅をしていたという過去を持っています。母親と別れてからも、ひとりでずっと度をしていて、現在二十歳くらい。中学に通ったという気配は見えないし、本人もさほど勤勉に見えない。読書家である……とは到底思えない。そのわりには一人称視点での表現が叙情的で詩的です。果たしてこのキャラクターがこんな言い回しをするものだろうか、と考えると……ちょっと変かな。むしろこれは「エリュシオン永遠のサンクチュアリ」の医師崩れの主人公みたいに、ある程度の年齢に達していて、なおかつ中途半端に世間ズレしているようなキャラの方が雰囲気に合う。往人の表現は斜に構えているようでまっすぐな性格と比べると違和感をぬぐえません。表現そのものは繊細とさえ言えますし。
 違和感はあるし、おかしいとも思いますが、この表現がテキスト面からシナリオを盛り上げる原動力になっているのも間違い有りません。どちらかといえば達者な実力だろうと思います。評価をすべき点なのも確かです。でももうちょい写実的な表現を使っても良かったのかな。日が落ちたのなら日が落ちたと書けばいい。なんかごまかされてるような気がする。
 もうひとつ、観鈴は「Kanon」の名雪、佳乃は栞、美凪は舞をアレンジしたキャラのように見えることがあります。アレンジそれ自体は悪くないことです。重要なのはキャラクターの背景と、そこからつながる内面の説得力。それを上手くやりくりするのがライターの腕前です。シナリオの良さがそれを引き出すという面も確かですが、美凪に比べると佳乃のキャラクター作りでいまいち成功してなかったかなという印象があります。それは栞と香里、佳乃の聖という人間関係からも見えてきますね。どうして心証がもダブってしまう(たまたまショートカットのキャラだから、というのとも違う)。「Kanon」にしろ「AIR」にしろ、このシナリオライターはキャラメイキングの点がちょっと弱点になってるのかな、と思います。
 聖自身も「うる星やつら」のさくらをオマージュしたキャラだと思うんですけど、間違ってるかな? 長髪で男言葉の保険医、長髪で男言葉の女性医師。あの「通天○」のTシャツも当時の高橋留美子の傾向に近いし、言動そのものも絵で現れないから露骨に感じないだけで、結構似たようなことをしている。別に真似事を悪いとはいってません。先にも書いたようにどう消化するかが問題なわけで。でも聖はうまくやれてたかなというと、ちょっと疑問です。佳乃シナリオでいまいちキレに欠けるのは、聖の描写不足も一因だと思います。そうすると佳乃シナリオになるのか聖シナリオになるのか微妙になっちゃうけど、聖をヒロインに昇格させてはいけないってこともたぶん無い。

8月13日水曜日「AIR3」

 よし、今度は観鈴シナリオでちゃんとエンディングまで持って行けた。やっぱり全開はバッドエンドだったみたい。でもきちんとしたエンディングに辿り着いたといっても、刮目してみるほどなにかが変わったかどうかというと、そうでもない。すこしエピソードが増えました、というくらい。
 なんとなくプレイヤーというよりも作り手としての指摘ばっかりで自分でもなんだかなーと思ってるんですが、やっぱり演出面で弱い部分が目立つ。これはもう、佳乃シナリオでは弱いといいつつも数多く出てきたCGが、観鈴シナリオでは3枚しか出てこないということに尽きる。ただでさえ往人と観鈴のマンツーマンの会話が続く中で、話そのものにも画面的にもメリハリに欠けるから、どうしてもダレてしまう。もうちょいなんとかならなかったものだろうか。
 特にラストシーン近くでの往人の修行の話。あそこは結構大事なシーンで、主人公の内部に起きた変化を見せられる絶好の機会だった……んだけど、それもテキストのみの表現に留まった。シナリオの中に占める重要度も高いアイテムである人形も、プレイヤーがビジュアルとして見られる場面はない。せめて初期のダサい演技と、変化後の生まれ変わった演技の演出を、ポテト程度の小さなウインドウだけでも良いから見せて欲しかった。
 そういうこともあって、制作者が観鈴シナリオの何を重要視して作り上げたのか、よくわからなくなってしまっている。これは佳乃シナリオにも言えることだけど。

 こういったノベル系作品の大きな特徴は「先が見えない」ということにあります。小説だと残りページを見れば今後の展開の予想が付きます。ミステリの場合、謎解きに入っているのにページが残っているのなら、なんらかのどんでん返しがあると読むことが出来るというように。テレビドラマも放送枠で時間が決まっているし、映画にしてもビデオやDVDのパッケージには収録時間が記載されています。でもノベル系作品はいつ終わるのかプレイヤーには分かりません。
 実際、「AIR」ではこの特殊性が悪い意味で働いているのだと思います。ダルい展開がいつまで続くのかを読み切れないんですよね。特に観鈴シナリオではそれが顕著で、あれほど長い前振りをしておいて、終盤になって突如巻きの入る展開。まるであと2週でうち切りの決まった漫画作品みたいに。結局観鈴シナリオでは何が始まって何が終わろうとしているのか、ほとんど分からないままに終わってしまいます。何かあるのだとしても、もうちょいそれを示唆する物が欲しかったかなあ、と思いました。
 「AIR」が三部構成の作品ということは、さすがに話に聞いて知っています。まず最初に並列したいくつかのシナリオがあり、その後にそれらを収束させるシナリオがあるという意味では、昨日も引き合いに出した「僕と、僕らの夏」や「YU-NO」、「Ever17」それに「水夏」なんかもそうです。これらの作品を私も気に入っていますが、「AIR」はそれに比べると前座部分がつまらない。「Ever17」も前座がつまらんという話があるけど、私はそれほどそう感じなかったしなあ。感じ方の違いといえばそれまでだけど。
 ギャルゲーにはヒロインを全面に押し出して売るタイプと、シナリオをメインに据えるタイプとがあります。前者のタイプを好きな人は、後者を退屈に思える。後者が好きな人は、前者を陳腐に感じる。この前にも書いた作品によってプレイする構え方を変える、というのはようするにそういうことで、それを踏まえていれば両方を楽しめる(と思う)。「AIR」は天秤をどっちに傾けようとしているのか、いまいち伝わってこないんですよね。それも良くない印象を増加させてる要因かもしれません。なにもかもがはっきりしない。

 ところで今日の朝食は冷や奴、納豆、豆腐の味噌汁。見事なまでに大豆食品。むう、ヘルシーといえばヘルシーだが(笑)。そのくせ、お腹の調子はここしばらくずっといまいち。おかしいな。そんな食生活はしてないつもりなんだけどな。

8月12日火曜日「AIR2」

 今日は仕事のはずと思って出勤してみたら、実は休みでした。誰でも良いから事前に教えてくれよ、そういうことは(笑)。突然休みになってもどうしたものやら……。
 仕方ないのでこないだ襲撃して失敗した天神を再襲撃。今度はメアテの品の入手に成功。それがなんだかはヒミツ、

 「AIR」をやっている横で「Iris」のプレイも平行して進めています。「AIR」はきっちりボタンを押して進めないと内容を把握出来ませんが、一度PS2でプレイしている「Iris」はオートで流していても大丈夫。なので食事を作ったり食べたり、ネットに入って手と意識とモニターが塞がっている時に「Iris」をプレイするという状態です。シナリオのテンポの良さでは「Iris」が上かな……。
 正直「AIR」は演出面で損をしている部分が大きいと思います。観鈴シナリオ攻略に失敗した私は、そのまま佳乃シナリオへと特攻。ここで感じたのがシナリオ構成のバランスの悪さです。佳乃シナリオへ入ると、それまでの観鈴関連のシナリオの動きがほとんど根こそぎ無駄になってしまう。もっと早く佳乃&聖を登場させて、居候先を変えるという展開に持っていった方がすっきりします。もともとがダル目の展開なのに、余計なものを入れすぎと言いますか。観鈴だけではなく、もうひとりのヒロインの美凪関連のイベントも結果的に無駄になっています。無駄な部分と必要な部分の物語の抑揚に大差がないのが、無駄さを助長する大きな原因になっていると言えるでしょう。
 ま、そこは後々のカタルシスを信じてとりあえず耐える。終わりよければ全て良しと言えるように。
 で、佳乃シナリオそのものも演出面の不備が目立ちます。実際に起きていることを考えれば、もっと不気味な印象を与える話になっていてもおかしくありません。でも怪しい部分をわりとサラっと流しているため、あまり印象に残らない。なのに日常のダラダラ感は相変わらず健在なため、結果として物語の核心を散漫にしてしまっている気がします。
 具体的に言えば、往人vs裏佳乃のイベント。あれをもっと効果的、印象的なものにしていれば話の高低のバランスとして引き締まってくると思う。なぜあの重要なシーンでCGの一枚でも入れないのか、疑問を抱かずにいられません。このシーンで思い出したのが「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」の美月編で彼女に襲われるシーンでした。主人公が夜中の校舎の暗い保健室の中にいると、外で雷が落ちて壁に影が落ちる。それは主人公の背後でカッターナイフを手に襲いかかろうとする美月の影だった……というようなもの。
 サスペンス色が必要なのなら、ああいったインパクトも重要のはずです。CGもなく、ただテキストで首を絞められたとだけ書かれていても緊迫感はついてきません。これが入っていれば、ラストの幻想的なイベントにも説得力がついてくると思いました。淡々と流れて最後に際だって異常なイベントを入れられても、受け止める方の準備が足りない。
 話の内容自体、ダルさがあったにせよそう悪くないと思ったのですが、「AIR」という物語のひとつの話が終わった、という感じを受けませんでした。これは佳乃に課せられていた問題が綺麗に解決されたとは言えないからでしょう。謎の部分を謎として残しすぎてしまった。
 まだひとりしかきちんとクリア出来ていない時点でこういうことを言うのもアレだと思いますが、観鈴、佳乃、美凪を並列した攻略ヒロインとしないで、順番にクリアしていく話の構成にしていた方が効果的だったかなあ、などと思いました。
 どうも「AIR」をプレイしていると「僕と、僕らの夏」「YU-NO」と、知らず知らずのうちに比べてしまっている自分に気づかされるんですよね。どこかで両者に似た部分を感じます。どれも複数の章で構成されてるせいかな?

8月11日月曜日「AIR1」

 というわけで、おそらく戻る可能性はほとんどない「シンフォニー」を放り出して「AIR」を開始しました。ですので近日更新予定の「シンフォニー」レビューはフルコンプしてないバージョンということになりますね。まあ、それほど多くを語る必要もない作品ですし、それでいっかーという気持ちがあるのも確かです。
 そこで「AIR」です。ドクソツマラネエ作品の直後にプレイするだけあって、なにをプレイしても面白く感じてしまうような状況だったりして(笑)。さほどの期待をせずにプレイするということもありますから、肩の力を抜いて適当にいけたら、と思います。
 画面上の演出面、それに音楽での演出面、ボイスでの演出面。システムの使い勝手、キャラクターの描き方。どれひとつとってもケタが違う(笑)。この辺りはさすがに名作と言われる作品なだけあります。
 声優さんの演技も良いです。キャスト自体では「シンフォニー」も負けていないのですが、テキストの善し悪しと音声収録時の指導次第でここまで違ってしまうのか……と少し驚きました。川上”川島優夏”とも子の観鈴ボイスは演技の幅の広さを感じさせてくれます。さすがにプロは凄い。
 むう、我ながら絶賛している(笑)。とりあえず気になるのはシステム面でしょう。ボタンのレスポンスが微妙に良くないのと、トリガーを引かないとスキップしない&ボタンひとつでオートに移行できない仕様には違和感を感じました。日頃KIDとヒューネックスの親切システムに慣れきってしまっているのが災いしてます。でもまあ、この辺りはやってれば慣れる程度です。バックログを流すのが遅く、スキップそのものも遅い……ちょっと前の作品だし、そこまで求めるのは酷でしょうか。
 主人公の不思議な能力、母親の意味深すぎるメッセージ。観鈴の神経性アレに佳乃(変換して出すならヨシノだね)の右手のバンダナ。この土地で人形劇の受けない理由……家族構成のはっきりしない登場人物達。などなど、思わせぶりなポイントを存分にばらまいて深読みを誘ってくれます。
 しかし、ダルい。街そのものの時間がゆっくりと流れているせいなのか、とにかく展開がダルい。伝奇風の味付けを見るに、主人公とその周囲の人たちに起きる謎とその紐解きが大きな要素となってると思うんですが、その割にはやたらと日常が長い。いろいろと絡み合ってるようでそうでもない人間関係が世界観の奥行きを狭めているのも一因かもしれません。
 とりあえず観鈴編を進めています。その中で主人公国崎往人と観鈴の対話シーンが感覚的に70%近くを占めています。物語が平坦でメリハリに欠ける。序盤の変化に乏しい日常そのものが後半へ向けての伏線になってる……とも思うんですけど、やっぱりちょっと辛い。観鈴の周囲に人が乏しいということを示すためということも頭の中では分かってます。でもダルいものはダルい。
 結果、どうやら選択肢のミスでバッドエンドに入ってしまったようです。そのために「Kanon」の栞+真琴シナリオの焼き直しのようなダルい展開のままに終わってしまいました。かなりガックリ。
 ヒロインの不幸に根付く因果の描写に乏しいので、どうも不幸そのものに現実味を感じられないということもあります。この辺は今後のプレイ次第なのでしょうが。にしても正直プレイに対して集中力がとぎれ気味です。もうちょい踏ん張ろう。

8月10日日曜日「襲撃失敗」

 今日は仕事がある日なのですが、その前に天神まで自転車で行って来ました。もちろん欲しい本があったからなのです。……さすがに暑い。なのに熱いうどんを喰うし(笑)。もう汗ダラダラ。なのに目当ての本はまだ入荷前。これはつらい。結構泣けます。さすがに悔しかったので、「ヴァンパイアセイヴァー」のガシャポンを回してみました。お、オルバス……。
 ガシャポンといえば珍しいことにセガヒロインのタイトルが出るそうです。ラインナップは
★サラ・ブライアント(バーチャファイター)
★紅い輪のリコ(ファンタシースターオンライン)
★ネイ・セカンド(ファンタシースター2)
★ラマーヤ(アラビアンファイト)
★うらら(スペースチャンネル5)
★アルル=ナジャ(魔導物語)
 といった感じ。統一性の無さが素晴らしい。現在セガ・ソニックチームに版権があるとはいえ、自社タイトルじゃない「ぷよぷよ」からキャラを持ってくるとは。いくらセガ的にギャルとあんまり縁がなくても、まったくいないわけじゃないんだし。それに「アラビアンファイト」なんて無名ゲーム、見たこと無い人だって多いだろうに。サターンどころかメガCD時代の作品だよ……移植されてないけど。「シェンムー」から原崎とかの方が良かったな。
 でもゲーム中に姿を見ることが出来ないリコが入ってるのは強引だけど面白い。リコだけ欲しいな。ユージンから出たPSOのヤツは小さくて面白くなかったし。
 バーチャのパイとか「ファイティングバイパーズ」のキャラが入ってないあたり、第二弾の計画もあるのかなーと勘繰ってみたりして。出てもジェーンは無いだろうけど。ラマーヤ入れるくらいなら「ダイナマイト刑事」とか「ゾンビリベンジ」とかからチョイスしたって悪くはないよな。

 仕事中に私服の警察官が来て「夜の3時頃にこれこれこんな二人組の女が来なかったか」と言ってきました。でも提示されたアレって警察手帳だったのかな? なんか高そうな大きいエンブレムの入ったヤツで、日本よりもアメリカの警察官が持ってそうなヤツだった。日本も今はああいうのなのかな。それにひとりだったっけ。捜査にあたる警察官はふたり一組が基本だったと思ったけど……。まあいいや。

8月9日土曜日「for Symphony」

 まず最初に陳謝しないといけません。「シンフォニー」までのつなぎに「AIR」をプレイしよう……結局出来なかったのですが……などと考えたのは大きな誤りであった、と。これは「AIR」に対して非常に失礼な話であった、と。そういうことです。「AIR」が私がプレイした範疇としての「Kanon」レベルだとしても話は同じです。この「シンフォニー」という作品、基本的に駄目すぎる(笑)。
 この作品の最大の特徴はプレイ開始時に男性視点と女性視点を選択出来ることです。つまり、ごくごく普通のギャルゲーである男の主人公の物語と、ちょっと切り口を変えた女の子主人公の物語と、2系統のシナリオが用意されているのですね。私はこの点に大いに期待して……いたのですが、期待を裏切られたとかそういうレベルではなく、なんか基本的にゲームとして駄目という出来でした。
 まずキャラクターデザインが駄目。かなり古臭いデザインだというのは、発売前にちょっと調べればわかることなので、ここは大目にみても良いでしょう。ですが、キャラの人格が非常に薄っぺらい。記号としてのキャラから脱却しておらず、魅力を感じられない。運動バカは運動バカ。真面目なキャラは真面目なキャラ。堅い女教師は堅い女教師。天然は天然、といった具合に、キャラクターに深みがなく、そこで繰り広げられる会話も陳腐なものばかり。キャラがそんななので、世界観にも奥行きを感じられない。
 特に酷いのが男側の主人公。「ぶっきらぼうで勉強嫌いで〜」といった古典的ギャルゲー主人公像そのまんま。その一挙一動にいちいちムカつきます。「君が望む永遠」の鳴海孝之は酷い主人公として有名ですが、私はそのキャラクター性を高く評価してます。あの物語はヘタレが主人公でなければ成り立たないストーリーで、ちょっとでも決断力があったり前向きだったりしたらぶちこわしです。ですから孝之にムカつくというのはとても正常な感じ方であって、それ自体はゲームの欠点になり得ない。でもコチラの方は駄目です。キャラクター性になんの意味もありません。ただ単によくある主人公を設定したというだけ。
 高校スプリント界ナンバー1のヒロインに、ちょっと本を読んで知ったような生兵法をアドバイスする場面にはガックリとさせられました。毎日努力して練習している相手に茶道部幽霊部員が何様か、と。
 独創性の欠片もないキャラしか作れないだけあって、シナリオの方も酷いものでした。いや、演出次第でもうちょい良く見せられた可能性もありますが(つまり演出もしょぼい)。書き込みがとことん足りないので、リアリティがまったく無い。戯画化されたギャグコントのキャラで、締まりのないシナリオを流されてるだけ。プレイしてて苦痛にもなりますわ。
 その他もCGのレベルが低い。春夏秋冬と展開していく時系列が理解しにくい上に、夏と秋のシナリオにはボイスが入ってない(滅)。BGMはいつの世代の機種のものなのかと疑いたくなるチープぶり。セーブ&ロード、再スタート時に前までの履歴が残ってしまうバックログ。主要キャラ以外には声がないなど、欠点盛り沢山状態。
 正直男性視点女性視点の切り替えもあまり上手く機能しているとはいえず、面白くない。男性視点だと女性主人公が存在せず、女性視点だと男性主人公が存在しないというパラレルワールド構成なので、裏話的なものが介入する余地がない。ただ単に同じキャラを揃えた2つの作品が入ってるだけというものに留まっている。
 それでも男女のシナリオでどちらが面白いかと言ったら、女性側になります。ちょっとくどいけど、離婚した両親のどちらにも付いていかなかったという設定をそれなりに活かしてるし。それにやっぱり目新しさってのもありますね。
 あ、あと、どっちの主人公も目がないってのは、やっぱりキモい。髪の毛に隠れてるんじゃなく、目があるはずの部分に目がないから、その違和感といったら凄い。さすがに「パンドラの夢」ほど酷くはないけど……。この点についてもギャルゲーの典型から離れられていないという指摘が出来ます。

 ちょっとヤバすぎな内容なので、コンプリートするまではやらないでしょう。フラグ管理もなんか変だし。適当にプレイしたら「AIR」をやります。

8月8日金曜日「はちがつようかはフジテレビ〜♪」

 もういい加減にこのネタもどうかと思うのですが。それでも書いてしまう程日高のり子の唄に精神を毒されているようです。こりゃもう駄目だ(笑)。

 給料日は毎月10日。でも今月の10日は日曜なので、その前の9日に振り込まれます。現在赤字ギリギリ状態なくらいの金欠モードでしたが(財布には……あと1000円札が一枚)、誘惑にはどうしても勝てず買ってきてしまいました。

『仮面ライダー龍騎エピソードファイナルDC』

 去年に公開された龍騎の映画のディレクターズカット版です。公開されたのと同じ寸のものならもう出ているんですが、後でDC版が出ると分かっていては買えません。これでようやく映画を見られます♪
 見逃せないポイント満載! ひとつずつ取り上げてみたいと思います。

★女詐欺師霧島美穂・仮面ライダーファム
 映画版オリジナルの女性ライダーファム登場。白を基調としてナイトベースのデザインは……あんまり格好良くない(笑)。でも龍騎ライダーはそういうダサさの中に良さがあるので、一概に全てを否定する気もありません。
 浅倉威の殺害された姉を復活させるために大金を必要とし、純粋な心を欺きながら必死で生きる姿が可愛いしいじらしいし、とても格好良かったです。フォーさんが気に入るのも分かりました(笑)。
 ただ、なんだかんだで真司と接近していき、リュウガとの接触によって命を落とすくだりって、話の本筋にはほとんど関係無いんですよね。物語後半真司は美穂が死んだことも知らず、神崎優衣絡みのストーリーの中に飛び込んでしまうので。
 とはいえ、ライダーはそれぞれ別の運命を背負っていて、必ずしも有機的に交錯しているわけじゃないということを考えるとこういうのもアリなのかなあと思います。描き方自体はとても良かったしね。
 本編じゃわかりませんが、契約モンスターはブランウイング。ファイナルベントはミスティースラッシュだっけ? ブランウイングが起こした突風に吹き飛ばされる敵をソードベントでなぎ払う技。今回は大量のシアゴーストを相手にしていたのでその場で切り捨ててましたが、単体相手なら自分からカウンター気味に斬りかかる技なのでしょう。ロープに飛ばして帰ってくるところをスピアーという感じ。ガードベントで舞い散る羽が印象的でした。

★仮面ライダー王蛇浅倉威退場
 本編ではガイ、ライア、インペラーを倒し、最後に由良吾郎ゾルダまで倒してのけた王蛇。その最後はライダー相手ではなく狙撃隊が狙う中に自ら飛び込んでの玉砕でした。
 映画では最初に退場することになります。ファムを圧倒し、ユナイトベントからジェノサイダーを召喚、ファイナルベントドゥームズデイを狙ったところで、横からリュウガが介入。ドライゴンライダーキックによってジェノサイダーを倒され、契約モンスターを失いブランク体に戻った王蛇は、力を無くしファムの剣でデッキを破壊され消滅。
 死に瀕しても高笑いをあげるところはさすがです。映画版でこの最後を見た人は、まさかテレビ版で最終回まで生き残るとは思わなかったでしょうね。
 エビルダイバーとベノスネーカーは出たけど、メタルゲラスが出なかった……。

★仮面ライダーゾルダ北岡秀一退場
 本編でもタイムリミット間近になって病状が悪化、視力さえ衰えてしまったゾルダですが、映画ではなんとか戦っています。シュートベント二の門ギガキャノンを装備しつつ接近戦になるとマグナバイザーを撃つ姿がなんといっても格好いい! 王蛇のファイナルベントは不発だったけど、ゾルダの最強ファイナルベントエンドオブワールドは王蛇、龍騎、ナイトを吹き飛ばして炸裂! でもクリーンヒットしなかったらしく、ダメージを与えるだけに留まる……。そういえばライアも本編で被弾してたけど、吹っ飛んだだけだったっけ。
 美穂の決死な闘いに、バトルのむなしさを感じた北岡はデッキを置いて退場を決意。そのままだとマグナギガに襲われてしまいますが、ほっといても寿命で死んでしまう人だからなー。それにモンスター相手に戦わないということじゃないかもしれない。
 あの退場の仕方なら、後で戦列復帰して美味しいところをかっさらうってことも出来ますね。ふふふ。

★仮面ライダーナイト秋山蓮
 ひとつひとつのシーンでは良い場面も多かったけど、映画版独自のテーマというものもないせいか、ちょっと印象が薄い。これはおそらく美穂との絡みが無かったからではないかと思います。浅倉は美穂の姉の仇だし、北岡はその浅倉を弁護したということで恨まれてる(これは逆恨みだろうけど……)。でも蓮だけ、共闘を断っただけでおしまい。
 それにラストシーンが惜しい。あれがテレビ版のラストならまだし、真司との絡みの薄かった映画だっただけに……いまいちシーンの説得力がない。
 それでも優衣が机に突っ伏して絶命しているのを見て、複雑な思いを抱くシーンはかなーり良かったです。本編でも蓮と優衣の間柄ってのはいまいちよく分かってないので。

★リュウガと過去
 ラスト三日間という中で突如出現した黒いライダー、リュウガ。契約モンスターはドラグブラッカー。その猛威と残酷性、不気味さは須賀貴匡の演技の良さと相まって非常によく表現されてたと思います。まさか格好悪い龍騎を黒くして複眼を無くしただけであんなに格好良くなるとは。
 映画のキモはこのリュウガ。真司が子供の頃に優衣との約束を破ったことが起点になり出現した裏真司がその正体でした。真司がミラーワールドの形成に大きく関連していたんですね。でもテレビ本編では優衣と両親の関係がミラーワールドにつながった、となってます。
 つまりこの映画版は、テレビ版の初回〜だいたい半分くらいまでを経由して分岐した別の結末ではない。最初から設定が違う。宣伝にあったようなテレビ版最終回という触れ込みが嘘ということに(笑)。この辺に上手く説明付けが出来ません。まあ、それなりに面白かったからいいけど。
 たぶんゲームマスター神崎士郎的にはテレビスペシャル>映画>テレビ本編第一話という時系列の流れになるんでしょう。

★作品として
 やっぱり美穂ー浅倉ー北岡ー真司というつながりを持つ美穂パートと、リュウガー優衣ー真司という優衣パートが上手くつながってないのが問題なのかな。つないでいるのは一応リュウガなんだけど……。でもきちんとつながっていることを知っているはずの蓮が物語の中で機能しきってない。真司は美穂が死んだことをしらないから、リュウガとの間に見過ごせない因縁が出来てしまったことをしらない。あくまで優衣との因縁だけでリュウガを見てる。だからドラゴンライダーキック同士の激突というインパクトのあるシーンが意外と活きてないというか。
 改修する方法があるとしたら「龍騎vsリュウガの闘いを見守っていた蓮だけは美穂の死と死因を知っている」というもの、かな? それで上手く機能してくると思う。蓮が美穂を看取った時点で、龍騎とリュウガが別物であることを知らなくても構いません。その方が真司に闘いを求め詰め寄るシーンにも説得力が出ます。

★最後
 優衣がいる部屋の奥から見える空で、ハイドラグーンの大群と戦う龍騎サバイブ&ナイトサバイブ。この後どうなったのかは分からない、誰が最後に生き残ったのかわからないというオチでした。ま、決着はテレビ版最終回でいいかなーということまで合わせて考えると、これでいいのかも。
 スタッフロールで流れたのが「ALIVE A LIFE」だったのは良かった。これが実はエンディングテーマではなくオープニングテーマだったとすればテレビ版第一話につながるってのもなんとなく分かるし。考えすぎかもだけどね(笑)。
 限られた時間に詰め込むだけの内容を詰め込んだということでは良く作ったなと思います。最終回を語るだけなら王蛇退場とゾルダ退場は足枷だったと思うんですよね。それを外すための美穂の登場だったのかもしれません。

 よし、また見ようっと。

8月7日木曜日「いくらなんでも」

 今日、いつも通りに仕事をしていると怒られました。基本的に接客業なので、お客さんが多い間は裏での仕事を最小限に押さえて表に出るのが基本……だと思っていたんですが。丁度引継もある時間帯だし。そしたら裏に呼ばれて「これを誰がやってやってると思ってるんだ」などと言われました。
 具体的には書けませんが、使用済みアイテムの処理みたいなことです。別に私は人にやってもらおうと思ってないし、放置しておいてもらえば自分でやります。それをこんな風に言われてもなあ。たいして苦労のかかることでもないし、裏にいて手の空いてる人がやればそれでいいとは思うけど、それをこんな押しつけがましく言われると、さすがに頭に来ます。
 そもそも、その作業を全部自分で引き受けているような口振りでしたが……私もやってるんですよね。というか、その関係は自分がやるからオマエはやらなくていいと言ったのは誰だっけ……その当人だったような……。じゃあもう一切やめようかな。

 昨日一昨日とえらそうにレビューの書き方の話をしましたので、とりあえず未レビューだった「魔女のお茶会」の分を書いてみました。適切なものを書けているか、自分でもよくわかりませんが、今回少し分量が大きくなりましたね。
 同時にレビュー予定の作品もえらいたくさん増えました(笑)。本当に全部プレイするつもりなんかね、これ。とりあえず次は「シンフォニー」。もうすぐ届きます。

 常識について考えてしまうことがあります。今日のあるファミレスでのことです。私が店の中で普通に食事をしていると、ひとりの若い大学生風の男が入ってきました。入るなりどかっと座席に座り込むと、その男はなんと自分で持ってきた食事を食べはじめました。当然店員に制止を受けるわけですが「どこにそんな取り決めが書いてあるんだよ。俺の勝手だろ」などとのたまい始めます。店員は絶句してしまいました。さすがにちょっと可哀想です。
 「明文化されていないことは、何をやってもいい」
 と勘違いをしているアホが増えているのは知っていましたが、ここまで厚顔無恥になれるヤツが発声しているとは、想像の外でした。もちろん飲食店ではそんな当たり前のことを書くまでもないから書いてないわけで、ようするに常識です。そんな常識を破ることに快感を覚えているのか、それを大胆な行為と考えて自己満足しているのかわかりませんが、それで恥ずかしくならならないとなると、鋼鉄の精神というよりも鈍すぎてどうにもならない感じのような気がします。
 ちなみにその男は食べ残しを席に置いていきました。最悪です。

8月6日水曜日「昨日の続き」

 昨日の続きの話です。とりあえず犬の方から。しつこく居座る犬をどうにかするには威嚇するのが良いのだそうです。跡になってからそういう話を聞きました。が、正直言ってその当たり前のような手段に思い至ることがまったくといって良いほど無かったのですね。私って自分で思ってたよりもお人好しなのかもしれないなあ、ということを考えたというオチでした。

 で、ゲームレビューの話についての続き。
 昨日書いたことをいきなり翻すことになりますが、個人的に「Iris」は理想的なギャルゲーかもしれないと思っています。なぜこの時期に「Iris」の話をするのかというと、もうすぐDC版が発売になるからだったりして。好きな作品なので宣伝です。効果があるかどうか激しく疑問ですが、やらないよりはマシかな、ということで。
 なぜ「Iris」が理想的なギャルゲーなのか。それは主人公とプレイヤー……ようするに私とのシンクロの相性が非常に良く、とても共感出来たからという点に尽きます。はっきりいってこの作品の最大の長所といったらそこであり、逆にそれ以外の点は結構弱い。特別際だったシナリオを持つわけでもなく、冗長でないかわりに短いプレイ時間。ヒロインによるシナリオのボリュームの格差。年齢を考えるとちょっと幼すぎるキャラクター達。どっかで聞いたようなBGM。そこかしこに見られる誤字。うん、欠点の方が多いな。
 ま、それらについての反論は可能です。シナリオは短いけれどもバランスそのものが劣悪なわけではない。シナリオのボリューム格差……短い話はバッドエンド扱いだから。幼すぎるキャラクター。登場人物の多くが中学生であるため。大人っぽい思考を持つキャラを登場させるとキャラが中学生であるという意義が薄れる。どっかで聞いたBGM……これはそのまんまか(笑)。誤字、スタッフロールの校正のヤツはなにをやっていた(大爆笑)。
 ともあれ、ひとつの論には常に逆説が伴うのだという話です。「Iris」はそれが比較的顕著な作品で、まさに合う合わないの領域にあるといえます。
 さて、主人公に対する共感ということを書きました。けどこれは感情移入というのとは微妙にニュアンスが異なります。私はプレイしている時に主人公治樹との心理的一致を求めませんでした。彼の視点を借りてはいても、自分を治樹及び「Iris」の世界観に投影しているわけじゃない。なので治樹の気持ちに触れた時、共感という言葉を使うのが適当なんです。でもこれも結構難しかったりして。
 「Iris」のヒロインは半分以上のキャラがゲーム開始当初から治樹に思いを寄せている状態です。しかもわりと露骨に。治樹はほとんどハーレム状態。ギャルゲーではわりとありがちなことですよね。プレイヤーに嫌な気持ちを抱かせないということではよく出来ている。たとえそれが現実逃避的なものであったとしても、それだからこそギャルゲーを求めるという心理も成り立つんだし、それ自体を否定はしませんが。
 ただ問題なのは主人公なんです。ギャルゲーの主人公というと「ぶっきらぼう。わりとアウトロー気味。勉強嫌いで成績は赤点ギリギリ。友人は親友ひとりだけか、下手するといない。結構図々しい。それでいて女にモテる」というのがわりとメジャーなところです。おおよそのキャラはこの路線の範疇で、一部をアレンジしたりして個性を出しています。私はあんまりこのタイプの主人公が好きじゃありません。
 ギャルゲーのヒロインたちに製作者の願望を交えるというのは、まあ普通のことでしょう。好きなキャラを作らないと製作するにあたってもモチベーションを維持するのが難しくなります。で、主人公についても同じ事が言えるでしょう。つまり先ほどの典型的な主人公像というのは、そのまま制作者が考える理想の自分というか。……だろうと思うんですけど、本当にこんなのがいいんですかー? とも思います。そんな主人公とヒロインとの距離が縮んでいく過程に疑問のある作品は多い。どうしてこんな良い子がこんな駄目野郎に惚れるのか、ということですけど。
 作品のスタイルというか、作品性を決定づけるのに主人公が果たす役割は大きいと思いますが、肝心の主人公のコンセプトをしっかりと打ち出した作品って結構少ないです。これはどうしたことだろう? それこそ「マイメリーメイ」とか、KID以外だと(意外にも)「君が望む永遠」とかくらい? 「僕と、僕らの夏」なんかもそうかな。「Canvas」なんかはコンセプトを打ち出しておきながらそれを消化出来てないタイプに入ります。
 やっと「Iris」に話が戻ります。ようするに「Iris」はそれが上手く出来ている作品なんですね。理想のギャルゲーたる第一歩は、ヒロインではなく主人公からだという話。「Iris」は中学三年生という大人じゃないし子供とも言えない中途半端な時期の少年の、ストレートな気持ちを描いた秀作だと思っています。ある意味「Iris」で一番魅力的なのはヒロインたちよりも主人公の治樹です。萌えはほとんど無関係だな(笑)。後はやってみて感じてください。
 さて、ここまで「Irisは良い、それも主人公が良い」ということを書いて来ました。重ねて言いますが「合う、合わない」の世界です。客観的な評価ではなく、主観的な感想、つまり好き嫌いの話になると結局こういうことになります。主観的な感想というのは、好きだとしても嫌いだとしてもベクトルが大きくなるほど普遍性を失っていきます。
 ですから嫌いな作品だからといってその欠点をいくら追求しようとしても、主観的な視点でもって論を完結させてしまう限り、感想文の域を出ないのです。はー、あんたはそういう意見なのね、で終わってしまいます。過剰な分析は却って本質を曖昧にしがちです。
 客観的なレビューを心がけるなら、読み手に判断の余地を残すようなものにするのが良いでしょう。そこで終わらせてしまってはいけません。ひとつふたつのポイントを取り上げて褒めるかけなすかしまくるよりも、もっと多くのポイントを提示してそのうちのいくつかを拾い上げてもらえる文章を書ければ……良いですね。私もそんな風にレビューを書いていきたいですね。偉そうなことを言っても実践できなきゃ意味がないや(笑)。

8月5日火曜日「犬」

 仕事中、職場に犬が侵入して来ました。侵入の侵の字は人偏です。つまり押し入ってくるものが人であることを示しています。ですからこの場合犬偏を使うのが正しいのではないかなーとアホな事を考えてしまいました、仕事中に(苦笑)。
 今日はかなり暑かったですよね。ニュースの気象情報で確かめたわけじゃないですが、感覚的に今夏で一番の暑気だったのではないでしょうか。一歩でも外へ出るとむわっとする嫌な暑さが身体にまとわりついてきます。これが近年的にいって普通の夏なのだといえばその通りです。むしろこれまでの暑さがヌルかった。
 犬が入ってきたのも主にそのせいではないかと思われます。入って来るなり入り口に居座り、邪魔だからどかそうとすると抵抗してグタっと寝っ転がりやがります。筋肉を弛緩させた生物の重さといったらたまりません。絶対に自分から歩こうとしないのです。涼しくエアコンの効いた店内に固執しているのがアリアリと伺えます。
 何度追い出しても入ってくるし。
 とうとうこちらが根負けし、日が落ちて暗くなるまで置いておくことにしました。夜でも暑いことには違いないのですが、太陽光が無いだけマシだったのでしょう。一度だけ戻ってきましたが、再度追い出すとどこかへ行ってしまいました。
 お願いだから明日は来ないでくれ(笑)。でも外へ出したら出し田で信号無視して道路を横断したりして、危ないったらありゃしない……。ヒヤヒヤした。
 この犬、首輪をしていないし妙に匂ったのでおそらく野良犬だと思われます。そのくせ図々しくて妙に愛嬌があるため、毛嫌いした人間は誰ひとりとしていませんでした。強いていえば私。別に犬が嫌いとかそんな性癖の持ち合わせもありません……けど、邪魔は邪魔。クソ重い図体をどかすだけでも一苦労です。ウザいです。
 かなりの数の人間がこの犬と接触したわけですが、あからさまに遠ざけようとする人もいませんでしたね。日常生活において犬嫌いの人の割合というのは案外低いものなのでしょうか。むしろ好きな人の方が圧倒的な多数派みたい。

 「めいびー」の初回、まだ終わってません。長いよう。
 それとはほとんど無関係にゲームのレビューサイトを眺めてみました。私もショボいながらもレビューを書いていますが、出来るだけ客観的な評価をすることを念頭に置いているつもりです。システム面、レスポンスなどは基本的に誰がやっても同じ感覚だろうと思いますしね。
 それでも主観が混じるのを避けることは出来ません。私のページでは作品に点数をつけることをしてませんが、これも主観を排除するひとつの手段なんです。それでもやっぱり無理なものは無理。特に面白くなかった作品をレビューする時が危険です。どうしても感情を殺し切れません。最近では「空を舞う翼」がそれにあたります。あれはキツかったな……。
 それでもその作品が抱えている欠点をひとつひとつ提示していくのは悪いことではないと思います。「空を舞う翼」で言えば選択肢の決定に際して複数のボタンを使用する点や、重要キャラでも男にはボイスが入っていない点。この辺は100人プレイして80人以上が欠点と指摘できるポイントでしょう。欠点というか欠陥というか、とにかく文章を読んだ人にも同意してもらえそうなポイントです。この辺はまあ、よい。
 問題になるのは「感情移入」についてです。私はこの作品のレビューで随分この点についても叩いてしまいました。しかしこれは本質的な危険を孕んだ行為です。この感情移入というポイントは、極めて個人の感覚に頼る部分の大きい問題であり、それこそ千差万別、非常に個人差が激しいものです。この部分で主観と客観を取り違えると大変なことになります。
 たとえばキャラの言動に矛盾があるとしましょう。それを欠点として挙げ、感情移入を疎外する点だと指摘するのは簡単です。が、人間が必ずしも理路整然と行動出来る生物でないことも事実。時として行為の中に矛盾を抱えることだってあります。ゲームの中の登場人物に理路整然とした行動を要求するのは、ある意味間違っているのです。矛盾があっても欠点ではない可能性は常に存在します。むしろ受け取った情報を租借するという観点から考えれば、矛盾した行動こそ強く着目すべき点ともいえます。
「なぜそのような行動に至ったのか」
 それをいろいろと想像してみるのも物語を楽しむひとつのやり方です。
 ま、こんなのはあくまで一例ですが。
 極端な話、キャラクターメイキングをほぼ完全に作り手に委ねているノベル系ギャルゲーというジャンルにおいて、万人が感情移入できる主人公を作成すること自体が不可能なのだと言えます。「PSO」のようにユーザーがキャラメイク出来るようでないと、ちょっと無理。そこにはどうしても相性という物がついてまわります。
 ですから、感情移入出来ないのであれば「感情移入できなかった」ということを書けばいい。そこが一番大きなポイントであって、感情移入出来なかった理由は副次的なものに過ぎません。なのに感情移入出来なかった理由を列挙することに力を入れてしまうと、なにがなんだか分からないものになってしまうのですね。感情移入出来ないことに対して、複雑な理由付けをする必要はありません。下手にそれをやってしまうと、それを通り抜けられる道筋を自分でどんどん狭めてしまうことになりかねないのです。
「こうでなければならない。これではいけない」
 というような絶対条件を作ってゲームをプレイすると、確実にストライクゾーンが狭くなります。自分が何を楽しんでいるのかさえ分からなくなってしまうかも。
 正直、ノベル系の作品をプレイする時に……特にギャルゲーであればなおのこと……感情移入というのは邪魔な存在ではないかと思っています。特に主人公に感情移入するのは危険です。突き詰めると登場人物の些細な言動。プレイヤーのわずかな不快を煽るような台詞ひとつで一人のキャラが台無しになりかねないからです。そういった不快な発言の全排除の結果、ある意味理想的なギャルゲーが出来上がるのかもしれません。でもそれはきっととてもつまらん駄作でしょう。キャラクターは理路整然と行動するわけではない、主人公(否プレイヤー)を和ませるために存在するわけでもない。本来それで当然、でしょ?
 というわけで私の「空を舞う翼」レビューでの「キャラのエゴ全開過ぎ」というのは、やや的を外した指摘である可能性があります。それでもものには限界というものがありますが(笑)。
 時として「正しい指摘、でも無粋」といったことだってあるかもしれません。KID作品で主人公と会話するキャラが軒並み背中を見せない……だなんてことにどれほどの意味があるのか。
 おまけ。作品毎に(作品の傾向を考えて)プレイするスタンスを変えるというのはわりと当たり前のことですよね。STGとレースを同じ感覚でプレイして評価する人間は普通いません。いたとしてもせいぜい操作に対するレスポンスの善し悪し程度でしょう。ノベル系作品とノベル系作品を比較する時も、ここまで極端じゃなくても同じようなことが言えるはずです。「Kanon」と「シスタープリンセス」を同じ目で見るのは明らかに間違い。主人公との共感を重視するあまり、同じスタンスで両者を見てしまうとスットコドッコイなレビューにしかならない。当たり前ですよね。
 プレイヤーに対する裏切り、なんてフレーズが乱舞するレビューなんて読んでてもつまらんですよ。あんたは何を期待してるんだ、という話ですわ。一方的な期待を寄せて違ったものを提出されたからといって、ひとこと裏切られたで済ませるのは短絡ではないでしょうか。いったいその信用はどこからやって来たのやら。ギャルゲーに対してなにか変な幻想でもあるんじゃないの?
 もっとも完璧に「萌え」に特化したヨゴレ的レビューをするというなら話は別ですが。それはそれで結構面白いしね。
 素直に「激萌え、激萎え」と言う方がよっぽど潔いわ。

8月4日月曜日「やっぱり終わってない」

 「詩奈乃キュア2」を書く合間に巴里物を〜ということで、ネタをひねり出してさくっと着手。どっこい、あんまり良い感じになってくれません。いつものように考え無しに書き始めてしまったのが悪かったようです。いつも大抵これで上手く行くのですが、今度の話は構成のバランス取りが重要になってくるので……それを読み違えた私の失策でした。ある程度の分量を書きましたが、とりあえずボツ。再利用出来る部分は使いたいな。
 さてさて、そんな腐った状況なのに「いっそのこと巴里組5人分の話を書いてやろうか」などと無謀なプランを立ててしまいました。いつぞやの年末に一度やっていますが、今回はそれぞれに別個の話を用意する……激しく無理っぽいです。こんなの話半分です。
 最近考え無しに書いた話をボツるケースが増えてきました。ヤバい傾向です。理想はもっとスマート、シンプルなんですが……「キュア2」のダラダラ感を見るにつけ、なおさらそう思っちゃいます。

 DC版「めいびー」の初回プレイを続けています。さすがに長い。まだ終わっていません。改めてそのボリュームの凄さを思い知りました。とりあえず由真狙いで継続中。バッドエンドに入ったら泣きます。
 「めいびー」と言えばレビューページに新設予定のアレ。ちっとも進んでいません。これもボツるかも。悪い癖ですね。

8月3日日曜日「DC版開始」

 「めいびー」のDC版を始めました。話には聞いていましたが、シーク音がギコギコとうるさいです。ただいつもいつもうるさいというわけでもなく、わりと静かな時もあるというのがちょっと不思議。KIDでは「僕と、僕らの夏」もわりかしシークがきつかった覚えがあります。あれはKIDシステムを応用しているものの、製作そのものはPC版を作った移植元だったらしいので、そういうこともあるかなあと思ってましたが。この辺の調整ってのは作り込みの部分に入るのでしょうか。発売までもう少し時間をかけられたら解消出来たのかも。とはいえ、そんな余裕が無さそうなのも事実です。残念。
 今のところPS2版とDC版で「ここが明らかに違う」という部分はあんまりありません。が、PS2版では汎用CGをナナメに使って由真が寝っ転がってるシーンを再現してた演出が、DC版では突っ立ってるだけのものに処理しなおされてました。ちょっとがっかり。でもその程度です。
 とまあ、現在オートメインでプレイ中ですが、7日に「シンフォニー」が届いたらそちらへ移行です。んー、ぼちぼちVMの残量が気になるところ。

 「詩奈乃キュア2」の続きも書いています。相変わらず第二章で停滞中。今日も10kほど書いたはずなのに話が進んでないような。この第二章、詩奈乃と琴絵が温泉に行くというコンセプトで動いているのに、まだ旅館に到着すらしていません。なのに早くも60kを超えています。1章のサイズに並びました。これは完全にどうかしています。異常です。7月中に2章を終わらせたいという目算も既に外れていますね。
 「詩奈乃キュア2」自体はプロローグ、第1〜4章までの探査編。第5章になる休日編。第6章のサクラ4決戦当日編、第7章のCURE編、でもってふたつあるエピローグという構成になっています。探査編も内容が本格化するのは3章からなので、今書いている部分は前振りということになります。その段階でここまでもたつくとは……。第2章は第2章で、これから温泉に行くでしょ。あの人に会って、あの人が出てきて、話の大詰めはこれからなのにね。
 3,4章と非常に鬱陶しい内容の話が続きます。はやいとこ○リ○が出てくる5章まで辿り着きたいです。もっとこう、話をスマートに進める技術が必要なようですな。ダラダラしすぎかも〜。とにかく頑張ろう。

8月2日土曜日「花火」

 こないだ靴を買った時に書店を覗いてみたら、フルメタルパニックの番外編新刊が出ていることに気づきました。が、本編よりも番外編の方が面白いとかいうおかしな作風のせいか、近所ではどこへいっても売り切れ状態。やむを得ないのでオフを待って天神を襲撃することに決定。
 というわけで天神へ向かい、目的の品を無事にゲット。さすがに専門店には置いてありました。よかったよかった。
 ここまで足を運んだんだからついでに弟のうちも襲ってしまえということで、もう少し自転車を走らせるとなにやらいつもと違った出で立ちの人波がずらっと信号待ちをしています。浴衣はまだいいとしても、既に絶滅したかと思っていた(福岡は結構多いんだけど)ギラギラの刺繍を入れた特攻服の連中までいます。
 実は今日は偶然にも大濠公園で花火大会がある日だったらしいんですね。それで一目見ようと言う連中が大挙して押し掛けてきたということのようで。でも私はそんなの無視して弟のところへゴー。「Ever17」「Canvas」「Air」の3作品の回収に成功。「Ever17」がうちに戻ってくるのは何ヶ月ぶりだろう(笑)。
 さすがに強者というかなんというか、弟の「めいびー」プレイ履歴は999時間59分でカウンターストップしていました。この男、私よりも確実にPS2を酷使しています。
 早めに帰ろうと外に出ると、まだ花火は上がっていました。弟のマンションの前の道からもそこそこよく見えます。せっかくなので見物していくことにしました。弟もひょっこり出てきて見ようとしたんですが、そのころは地上に近いあたりで炸裂する花火メインだったらしく、木の陰になって見えない状態、残念でした(笑)。

 帰宅してから目的の本をだらだらと読みました。そこそこ面白かったですよ。

8月1日金曜日「エンジェル伝説」

 弟の日記から線画だけのイラストを貰ってきて塗りの練習。弟によると一時間で塗ったよーんということなので、自分的にも同じくらいの作業時間を目指してやってみました。が、出来は散々。比べようもないほど酷いものでした。うーん、やっぱり私に塗装のセンスはないのかなあ
 それでも8月用の日記に背景を描かないといけません。下手は下手なりになんとか頑張らないと。
 毎回毎回女の子のイラストばっかりなのもちょっとアレだなーと想い……実際野郎を描くよりも楽しいし……野郎を描くことに決定。なにか良い素材はないかと探してみた結果、WWEのプロレスラーなんか良いじゃないかとなり、画像探し。それを参考にしてグリグリと描いてみました。
 ベテランアンダーテイカーはやっぱりかっこよいですね。RAWの中に紛れていまいち存在感を発揮しきれていないあちらのベテランに比べると格段のカリスマを感じますよねー。
 ……そういえば先月は浅倉威だったっけ……。男描いてたよ。

 最近毎週末にどかっと漫画を借りてきて読むのがマイブームになっています。今週は「エンジェル伝説」全15冊を借りてきました。「ストーンオーシャンj「天」ときて「エンジェル伝説」というのはなんとも脈絡がない(笑)。
 以前に月刊ジャンプに連載されていた作品で、心の純粋な悪魔的強面の少年が知らず知らずのうちにドタバタに巻き込まれてしまうという番長ギャグ漫画です。本人の自覚と周囲の勘違いッぷりのギャップに何度も爆笑させてもらいました。ギャグ漫画といってもこれだけ笑うのは珍しい。そんでもってヒロインの小磯良子も強くて可愛い。だんだん人格が変わって来ちゃったけど(笑)。
 ラストはやや唐突な印象を受けましたが、終盤になるとゲストキャラをメインにした展開ばかりになっていたので、そろそろ限界だったのかもしれません。それでも面白かったけど。
 今回は借りて読みましたが、古本でいいので揃えてみたいな、と思わせてくれる作品でした。