ヨウムを飼いたいと思ったきっかけ
さくらまこさんの漫画やヨウムを飼っている方のホームページに影響されました。TPOを心得た会話ができるなんて面白い!と思いました。50年以上長生きっていうのも魅力。だって、文鳥やセキセイインコは最長でも10年で天に帰ってしまうから…。それから、ヨウムのアーモンド形の目やうろこのような羽模様を見るのも大好きです。グレーと赤の配色が素敵ですね。

プロフィール

奈々ちゃんについて
名前 奈々子…無料姓名判断占いでつけました。
出身地 南アフリカ共和国
誕生日 2002年4月
好きな食べ物 ハリソンのペレット、さつまいも、かぼちゃ、苺、イチジク、ブドウ、ふやかした豆類など。カボチャや芋を差し出すと「フニィ」だの「ホヒョ」だのといった甘え声を出す。
きらいな食べ物 他のメーカのペレットはあまり好まない。ニンジン
好きなこと プレイジムやおもちゃで遊ぶこと。飼い主の肩に乗ること(現在、肩禁)。頭カキカキ。破壊活動。おもちゃ類は好きですが、一番興味あるのは飼い主みたいです。
きらいなこと ケージに戻されること。肩乗りを阻止されること。下手なカキカキ。
性格 ヨウムらしい臆病さはあるけれど、新しいおもちゃは怖がらないです。注射された後でも平気で鳥の先生の手に乗ったりする。活発で、遊び好き。甘ったれで、一人になるのは嫌いです。
おしゃべり オッハー、オカーサン、お待たせー

管理人について
出身地 浅草。幼稚園の頃、千葉県に引っ越したため、江戸っ子になりそこねる。
誕生日 11月22日
好きなこと ぼーっとすること。北斗星で行く北海道旅行。鳥たちとたわむれること。
きらいなこと 早寝早起き、宮仕え、自分の時間を束縛されること。
好きな芸能人等 佐藤愛子(小学生の頃からの愛読者)、中野翠(好き嫌いと善悪が直結しているコラムニスト)、池田晶子(哲学者)、トマス・H・クック、ジル・マゴーン、P・カーロン、J・ブラント、ジョデイ・フォスター(世界一の美人だと思う)、美輪明宏(オペラ歌手並みの歌唱力でした)、トキオの松岡(「秀吉」の森欄丸役の最期がカッコ良かった)、榎木孝明(時代劇の二枚目悪役がよーく似合う)、宮本亜門(顔の形が)、田村正和(年取り過ぎないうちに「古畑任三郎」またやってほしいです)、エドワード・ホッパー、東山魁夷、
Duran Duran、Tears For Fears、Pet Shop Boys、
Hall & Oates(若い頃のダリル・ホールはかなりタイプでしたね〜)
きらいな芸能人等 浜崎あゆみ(声も顔もどうも生理的に…)、ダウンタウン(やはり生理的に…)



奈々ちゃんが家に戻ってくるまで

いろいろありました
2002年7月下旬 鳥専門ショップにヨウムを予約しにいきました。どの子にしようか…。10羽以上いたような気がします。3、4羽見せてもらって、小柄でおとなしそうで羽の色の美しい女の子(なんて、こちらの大いなる誤解だったことが判明)を選びました。まさにこれが運命の出会いです。予約が数日遅れていたら、予約自体がそもそもなかったことでしょう。なぜなら、この数日後にヨウムばかりがバタバタ死んでいる、わけのわからない伝染病にかかっている、と店長さんから電話があったのだから。予約を取り消すことを勧められましたが、縁あって選んだ子だし、予約を取り消したらこの子はどうなる?と思い、取り消しませんでした。本当に、数日遅れていたら、お店のほうで予約を受け付けてなかったと思います。
2002年8月初旬〜
中旬
炎天下の中、予約していた子を迎えに行きました。ショップの人たちは「病気に感染していないといいですね」と言ってくれました。おもちゃとキャリアーとペレットをおみやげにヨウムを連れて、そのまま鳥の病院へ行って血液検査と健康診断をお願いしました。そしてその数日後、店長さんから死んだヨウムたちはPBFDにかかっていたという電話をもらいました。いや〜、人生最大のショック!のひとつでしたね。「ええっ、そんな!」という感じでした。それでも、うちの奈々ちゃんは大丈夫、と思ってましたが、ほどなくして鳥の先生から電話がありました。「ヨウムちゃん、元気にしてますか? 検査の結果ですが、PBFD陽性と出ました」と言われ、目の前真っ暗になりました。その頃にはもう、インターネットでいくつかのPBFD闘病記を読んでいましたから、この病気が鳥と飼い主にとってどれほど悲惨かを認識していました。

その週の土曜日、奈々ちゃんを病院へ連れて行きました。そして、先生から今後どうしたいかと聞かれました。私自身、何が最良の選択かわかりませんでした。ショップの店長さんは、「うちでいつでも引き取ります。引き取っても処分したりしないで、ある人に頼んで置いて貰うから」と言ってくれましたが、「どのような方なんですか?」とあれこれたずねると、「戻した後は、この子のことはもう忘れたほうがいい」と言われ、不安になりました。正直どうしようか迷いました。「でも発症したら、とても悲惨ですけど、その方は大丈夫ですか?」と後日メールでたずねると、「その人はそんなこと全然気にしない人だから大丈夫」との返事が来て、内心、「いや、気にしてくれないような人だと安心できないんだけど」と思いました。しかし、うちにはセキセイがいるし、マンションだし、完全な防疫なんてできません。感染する可能性があります。かといって、奈々ちゃんをショップに返したら、奈々ちゃんはどうなるんだろう? ちゃんと治療してもらえるのだろうか? だから、鳥の先生がCAK(コンパニオンアニマルキングダム)の松本さんを紹介してくれたときは、心底ほっとしました。松本さんご夫妻と会ってお話をし、奈々ちゃんを預かっていただくことになりました。これこそ、最良の選択でした。

2002年9月初旬〜
12月
CAKでの奈々ちゃんの闘病生活が始まりました。松本さんご自身、PBFDで大変辛い目にあわれています。この上、奈々ちゃんまで発症したら、私より松本さんのほうが辛いな、申し訳ないな、という思いはいつもありました。CAKは千葉県富津市の富士山と海が見渡せる風光明媚なところにあります。こんな良い環境のところでお世話していただけるのなら奈々ちゃんも幸せです。松本さんはPBFD闘病の経験者だし、鳥の扱い方・世話の仕方のプロなので完全に安心して奈々ちゃんをゆだねることができました。月に一度の通院日は車で病院まで送り迎えをしました。土曜日に富津市まで迎えに行き、病院で診てもらった後、その夜はうちで過ごし、翌日曜日に再びCAKまで送り届けていました。
2002年12月初旬 投薬開始から3ヶ月が過ぎました。投薬を終えて最初の血液検査をし、念願だったPBFD陰性の結果が出ました!「奈々ちゃんはえらいね〜。よくがんばったね!」と奈々ちゃんを思い切り誉めてあげました。私も嬉しかったけど、松本さんはもっと嬉しかったようで、泣いてしまわれたそうです。奈々ちゃん、誰のことも悲しませなかったね。本当に奈々ちゃんはえらいよ! この1ヵ月後に2度目の駄目押しの検査をしましたが、これも陰性が出ました。これで完全にPBFDとはおさらばです。ザマーミロ!ってなもんです。
2003年2月初旬〜
現在に至る
奈々ちゃんがうちに帰ってきました。まさか、こんなに早く奈々ちゃんが元気で帰ってくるなんて思いもしませんでした、去年の夏は。日本一の鳥の先生、CAKの松本さんご夫妻とスタッフの方々というすばらしい人たちのおかげで今に至っております。2003年4月現在、奈々ちゃんは反抗期真っ盛りです。肩に乗りたがって仕方ありません。肩に乗るのを邪魔するときつく噛みます。大型鳥を肩に乗せるのは良いことではありません。アイコンタクトが取れないし(何かを指示するとき、言葉だけでなく、アイコンタクトがとても重要です)、目線が人よりも上に来るので、自分の方がえらいと思って攻撃的になるし、耳や目を噛んだりするといった事故が起こるからです。奈々ちゃんの通院のときは毎回うちに泊まっていましたが、このとき甘やかしたのがいけませんでした。ホント、育児(鳥)はムズカシイ。奈々ちゃんと暮らすのはまだ正味3ヶ月強ですが、私に一番なついてくれています。思春期の大型鳥にあるという、お気に入りの人乗り換えをせず、このまま私にべったりでいてよね!