即席セイザー小説。かなり短い読みきり文書。 戻る

番外  フナピラ、なっちゃん。

 

「支援要請出てるんだけど、だめかな三上さん」
 そんな電話が三上辰平のケータイにかかってきた。
 支援要請……別ないいかたは色々あるが、引越し、水槽の大破、増えすぎ……まま、モロモロの事情で、飼育動物を預かる、または引き取るという行為を意味する。ペット業界はショップの常連、雑誌への投稿やら、展示会での出会い、最近ではネットでいやに横に広い。珍しい生体や、飼育がうまいと業界では有名になる。
 三上辰平の場合、水族館の飼育係とグッピーやらの品種改良なんかで実績があるので、この業界ではけっこう有名人なのだ。
「古代魚は、いまアロアナ一匹で手一杯。いま60センチ一本空いているから、一匹程度だったら支援できるっス。あと、海水系はだめですから……預かりですか、里子ですか?」
「預かり」
「そっちでは、ダメなんっすか」
「だめだよ、この間、肺魚いれちゃったから水槽と電源に空きがない」
「で、生体はなんですか」
「なっちゃん」
「げ」
「だから、皆、支援拒否。相手、建替えしなんだって」
 なっちゃん。ピラニア・ナッテリーの愛称。水族館とかで出会える標準的なピラニア、ちょっとお腹が赤いのが特徴。
 基本的に一戸建てに一人暮らしが最低条件。(一戸建てに一人暮らし=水槽に一匹住まい、気性が荒い、他のお友だちを食べちゃう、図体がでかいお魚の飼育方法、俗称・ベアタンク*砂利も備品も入っていない、水だけいれた味気ない水槽で飼育するスタイル*)
 辰平はうーんとか唸った。玄関からピンポンとチャイムが鳴った。嫌な予感がしつつドアをあけると。
「来ちゃった」
と、ケータイ片手に持った友人がそこに立っていた。
 来ちゃったじゃねーよと突っ込んだ辰平の手をものともせず、友人はズカズカ上がりこんで水槽部屋に直進した。
「おー、空いてる空いてる」
 と膨れ上がった新聞紙の包みを部屋の端っこに置いて、水槽のセッティングを勝手に始めた。
「ちょちょちょっと、待って下さいよ」
「まま、気にするなって」
 60センチ水槽の隣のアロアナ水槽から水をポンプで抜き取り始めている。アロアナの銀ちゃんが「何事だ?」とシッポで抗議している。魚は普通の水では、まず生きられない。カルキ抜きをして、ある程度バクテリアが住む「こなれた水」好む。ゆえに新規で水槽を立ち上げる場合、他の水槽から水を拝借することがよくある。手早いもので、友人はあっというまに水槽を立ち上げ、持ってきた新聞紙の包みを開けてビニール袋ごと水槽に突っ込んだ。フナ程度のサイズの、地味な色合いになのに青く光り下顎が赤い魚が一匹。友人は、時計を見てビニール袋を開封。まっていましたとばかりにピラニアは飛び出し悠々と泳ぎ始めた。
「ナッテリーじゃないんじゃ……ないすか、コレ。……ブラックじゃないですか?」
「ば、ばれたー?」
「なにとんでもないもの人ん家の水槽にぶち込んでいるんですかっ」
 ブラックピラニア。ピラニアの仲間で最も巨大化する品種の一つ。(現地ではメーターオーバーのものがたまにかかるらしい、最低でも50センチになる)性格は引っ込み思案のピラニアの中でも数少ない人馴れする陽気な性格。でもピラニア。
 シャクれた顎がこっちを向く。素晴らしく整った歯並びのよさに寒気が走る。
「まぁ、ふた月だっていってたし。ちゃんと謝礼も出るってことだし」
「ホントでしょーね、絶対二ヶ月で解放してもらえるんでしょーね」
「そういってた。自宅を新築するんだって、水槽部屋作るっていってたし、床も補強してるってさ」
 友人の話で「ああ、あの人か」と辰平は確信した。職業、建設業。自分がよくいくペットショップで顔を合わす程度。噂はチョクチョク聞いている。友人は、彼と知り合いであるらしい。よく巨大魚を飼育している話は、店員や友人から聞いてはいた。
 で、巨大魚候補が支援で回ってきたってわけだ。ただ今サイズはフナ程度。手のひらよりふた周り小さい程度。でもピラニア。しかもブラック。
「やっぱ、カッコいいなぁ」
「カッコいいのは認めるんスけど……ちっょと問題が……」
「エサだって、アロアナと大差変わらないじゃねーか」
「いや……エサじゃないんすよ……」
 辰平の網膜には、まつげのパッチリした彼女の姿が現れた。ついでに額に血管が浮いたカメラマンの姿もよぎる。
 友人は、そそくさと消えた。手付けだと、といってエサ(ショップでもらったとおぼしき試供品の袋詰め)を置いていった。
 やばいもの預かってしまった。

 

「剣から聞いたんだけど、オマエんとこマジでピラニアいんの」
 天馬からそう切り出された。瞬時に真後ろに座っていた剣を探した。なにかに察知したらしく消えていた。
 ソファにかけていた誠の眉間と額にシワがよった。
「辰平っ」
「違うって、飼い主が家の建て替えで一時預かっただけだって」
 反町誠の場合、ちゃんとワケがあってもなくても同様の態度を取るケースが多い。あーだこーだと言い訳をしていると沸騰するので、あまり突っ込まないほうがいい。話がややこしくなる。
「すっげぇ。水曜スペシャルじゃん。川口じゃん。あれだろ吊り上げたピラニアをそのままリリースすると、食われてホネホネロックになるんだろ。こえぇーよな」
「なんか……むちゃくちゃ間違った解釈してません? 天馬さん」
「危ないんだろ、ピラニアなんだし」
「元来、ピラニアはおとなしいを通り越して臆病です。ついでに、乾季にでもならないかぎり、天馬さんがご想像しているような図にはなりません」
 辰平がいいきる。
「だって川口探検隊でいってたじゃん」
「真に受けないでくださいよぉ。はぁーーー」
 だから預かりたくなかったんだ。と辰平はしおれた。イグアナを飼育している時点で「変な人」扱いなのに、ピラニア飼って……一般人からは完全に「あなたの知らない世界」の住人だと思われてしまう。手間と恐怖は伴うが、普通の魚。一般人には、どーやらあの青いユニホームの探検隊のイメージが付きまとい危険魚としか思ってはくれない。でもピラニア。それは辰平にはよーく分かっていた。預かってしまったのだからもう遅い。
 遠からず遅からず、確実に愛の耳にも入るだろう。ますます嫌われてしまう。
 早く新築して、さっさと取りにきてくれと祈るばかりだ。二ヶ月は長いよなぁ。エサ代とかどうしようか。また、休日をエサ取りにあてるしかないかなぁ。最近すっかり採集生活になっている。イグアナのエサは土手で摘んだ葉っぱ。アロアナのエサは川で採取した消毒した小魚。
 ケータイが鳴った。
『三上さん、オレオレ』
「どーしたんスか」
『わるい、里子になった。貰ってもらえる? 飼い主がさぁ……会社倒産したって……』
「んだとぉぉぉぉぉぉーーーー」
『悪い』
「んじゃ、支援要請……」
『よろしく』
 ブツンと切れた。
「どーかしたのか?」
 と天馬と誠。不思議な顔をした二人なんかに気をとられている暇はないと、辰平は電話をかけ始めた。
 一ヶ月単位で10センチの成長スピードと聞くアレ。辰平に残された時間は少ない。


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