即席セイザー小説。かなり短い読みきり文書。 戻る

番外 道との遭遇

 


 辰平に電話をしてみた、いつもの天馬の次ぐらいにバカな声で、
『ちーっす。三上っす。ただいまイルカの調教中で電話に出られません、音が鳴ったら30秒以内に元気よく伝言を残してください』
 いつでも調教しているわけでもないだろうが。仕事の半分は水族館の海獣のエサの準備と水槽やバックヤード掃除。水質管理、それに体調のチェック。想像しているよりも非常に地味な労働だ。
「あんまりイルカに同じことをやらせると飽きていうことを聞かなくなるから、ほどほどになんス」
 聞くところによれば、水族館に入る前に海獣たちを教育する訓練学校なるものがあって基本動作はそこで大体仕込まれる。よって水族館ですることといったら、動物との呼吸を合わせたり、プログラムの流れを覚えさせ、新技を一緒に考える。そういうことになる。
「イルカたちの仲のよさってのも重要」
 ある程度知能をもった生き物だ、あいつが好きとか気に食わないとかもあるだろう。飼育係というよりもこれは、保母さん。いや、保育士か。
 後を気にしつつ愛にも電話をした。電源が入っていない。看護婦の心構えが多少出来たのか。
 メールで、これから京南病院に出来上がった蘭の写真集を届けにいくと送る。
 ゴホゴホと咳き込んだ。どうも喉がいがらっぽい。元来平熱が高いほうなので計ってみないと分からないが、熱があるのかもしれない。首筋に手の甲を当てた。だいぶ熱い。行くついでだ。洸にでも診てもらおう。ああ、アイツは外科か。まあ、いいや。
 ……真後ろのヤツが異様に気になる誠。
 ケータイのディスプレのカメラ機能を使用してそいつの容姿を確認。
 目深にかぶった帽子(キャップではない)分厚くかつでかいサングラス。立体マスク。まるで雪山登山するかのようなツルツルのゴアテックス生地の黒いジャケット。同様の生地のパンツ。ここは東京。普通のオフィス街。八甲田山ではない。
 そんな怪しい人物にさっきからずっと後を付けられている。コンビニエンスに入ったときも一緒に入ってきた。出たタイミングも一緒(若干慌て加減)。いつぞやの怪しいバレンタインチョコといい、最近は変なものにとりつかれている。どっかで風邪を拾ったのもそのせいだろうか。舌打ちして誠は、カメラバッグをぎゅっと持ちダッシュを仕掛けた。例の登山人間もハタと気がついた様子で懸命に走ってきた右手を差し出し20メートル後で何かわめいている。
「まて、待てっまてって、誠ぉ」
 どっかで聞いた声だ、カメラバッグを地面において構えた。
「おれだって」
 ぜーぜー肩で息をしている。
 新手のオレオレかぁ。
 そいつは、ああ、やんなっちゃうよ、とかいって帽子を剥いだ。ぶしゅんとインコみたいな、でかいクシャミを三発。特徴あるパサパサ加減に空いた茶髪に金色のメッシュのスジ。髪の毛だけで分かるのは本当にありがたいと思った。
「仁か……何してるんだ」
 膝で帽子を二三度叩いて慌ててかぶる。身体がくの字に曲がるほどでかいクシャミした。立体マスクをずらして鼻をかむ。鼻先と上唇が真っ赤だった。
「なにじゃねーよ。病院にいくんだよ。病院だよ、ビョーインっ」
「なんかの病気か」
「花粉症だっ、見てわかんねーのかよ。バーカ」
 二十歳またいでバーカはないだろうと突っ込みたかったが、ファッション第一に生きる男がこの有様だ。たぶん完全防備なんだろう。掃うだけで花粉が落ちる材質の上下。髪の毛に付かないように帽子。目からも入るアレルギー物質をシャットアウトするサングラス……よく見たらゴーグルだったが。使い捨ての立体マスク。ポケットの中にはポケットティッシュ(さっきコンビニで買ったのは化粧水成分入りのティッシュ)秤谷仁にとっては、最も見られたくない姿かもしれない。豪の勤務する交番の前を通ったら即刻職務質問されそうだ。誠が見て怪しいと思うのだ。あの豪が見たら慌てて交番から飛び出てくるだろう。
「薬が効きすぎてクルマも運転できねーし近いから、タクシー呼ぶのも馬鹿馬鹿しい」
 仁がそうブツブツいっている。ふと仁の視線が誠の顔をとらえて、
「んか、顔赤くないか。二日酔い? オマエ」
 サングラス越しにでも分かるらしい。どうやらそれぐらい顔が熱で上気しているらしい。
「いや、なんか風邪のようだ……愛に蘭の写真集を届けにいくついでに、洸に見てもらおうかと」
「誠、オマエ知ってる? アイツ外科」
「知ってるそれくらい」
「まっ、ナンでも診るからいーんだけどね。普通の医者じゃねぇし。大した問題でもねぇなハハハ……」
 クシャミ三連発。派手に前屈姿勢でやっているから背筋あたりが筋肉痛になってしまうのではないかと心配した。そいつを通り越してグギっと背骨が鈍い音を立ててしまうのではないかと心配した。いかんせこの男、座りっぱなしか立ちっぱなしかのどっちかしかない。
 せき込むと喉の奥が熱い。まるで電子レンジで加熱したあんマンを頬張って自爆したみたいなほど。
「おーい誠。平気かよ、うわっ咳するときは口塞げアホっ」
「熱には慣れているからなんでもないだろう」
 正直、怪しい外装のコイツと一緒に歩きたくないので、熱々になった肺にかまわず早歩きで病院へ向かった。

 

「なんだ仁か。薬か」
 病院の廊下で伝通院と出くわした。この姿見を知っているということは度々このナリで出てきているんだなオマエ。
「早くくれ。おれはとっとと帰りたい」
 こっちだってさっさと消えたいと思う誠。隣、不審人物にしか見えないパリコレ・デザイナー。まん前巨人外科医。嫌な取り合わせだ。
 ただでさえ変な顔している洸が眉毛をまげてこっちの顔を覗き込んだ。
「誠、風邪か?」
「ああ、そうらしい。愛に写真集届けるついでに診てもらおうと……」
 洸は白衣のポケットから何かを取り出し、問答無用に誠の鼻に突っ込んだ。
「あがっ??」
 長いメンボウだ。
「動くなよ、誠」
「はが??」
「うわ、だっせー」
 ゴーグル越しの仁の目が笑った。
 引き抜くと、なにも言わずスタスタと靴の裏側を鳴らした診察室に入った。
「お茶でも飲んでいけ。魚住君は内線で呼ぶ」
 洸の診察室に通され、かける場所がないので仁はベッドに腰掛けた。洸はなにも言わず机の上でさっきのメンボウをなにやら実験道具めいたものに突っ込んで、あれやこれやしている。
「おい」
 誠は洸のひょろ長い背中に向かっていった。返事はない。
「おい」
 やはりなにも返ってこない。
「15分だ」
 洸がいう。
「座って待て」
 なにをまてというのだろうか。すでにベッドに腰掛けている仁は飽き始めていた。
「なー洸。愛呼ぶついでに、薬持ってきてって頼んでくれよぉ」
「相変わらず、診察ぐらいちゃんと受けろ」
「いじゃん、洸でさ。この時期アレルギー科って時間かかるんだもん。やんなるー」
「私は外科だ。アレルギー科ではない」
「んならさ、伝通院先生サマ特権で、順番スキップさせろよ。いーじゃん常連なんだしさぁ」
「馬鹿馬鹿しい。病院には秩序と順序がある」
「ブーブー……」
 また、小動物がするみたいな変なクシャミ垂れた。
「おい……」
 仁の言葉にはアレだけ返事返すのに、ムシかよ。
「A型だな」
「俺はAB型だ」
「誠、後でリレンザ飲め。48時間以内にだ。内科に連絡を入れておく。仁もついでに内科に回しておこう」
「なんなんだ。その48時間って」
「洸〜それって、映画?」
「インフルエンザの型だ」
「いーーーーーー。誠、近寄るなぁぁあっち行けっ」
「風邪じゃないのか」
「検査結果が出た。A型ウィルスだ。まあリレンザ48時間以内に飲めばさした問題もないだろう」
「48時間以内ってなぁ……分かるわけないだろうが」
「そうか?」
「そうか、じゃないだろう。このクソ医者ぁ。タイムオーバーかもしれないじゃないか」
「それは、前もってワクチンも打たずにいた誠に責任がある」
 医者はさらりと言う。

 


「すみません、すぐ薬ください。いま飲みます」
と内科医に言ったのは、内緒だ。

 


 三日後。愛から連絡が入った。
「仁さん入院ですよ。インフルエンザなんです。花粉症も大変なのに……」
 ふと、海外取材が恋しくなった。


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