即席セイザー小説。かなり短い読みきり文書。 戻る

番外  なんだって、いいらしい

 

 徹夜明けの頭痛と充血した目には、いささか痛い取り合わせだった。
 ご丁寧に真四角に敷かれたゴザに人数分の座布団。真ん中の山積みになった食料群を指先でつまんでだ、
「剣ちゃん。あ〜ん。美味しい?」
「おいしー」
などとアクセル全開で毎度のパターンをしている、いつもの二人。辛気臭い顔で新聞を読んでる医者、横でおろおろしている数時間前まで看護婦だった娘。
 遠くの太い木に上ろうとしている筋肉バカに対して、その首根っこ掴んでいる美人。
 いかにも、この場にふさわしい態度で年相応に盛り上がっている、トンマ・ライダーに女子大生、毛深い坊主頭。ピカピカの坊主はアタマにネクタイという化石級のコーディネートをしていた。輪のなかに入ることの出来ないカメラマンは正座して缶ビール持ったまま俯いている。
「主催者が遅れるというのは、どういうことだ仁。お前には時間の概念というものはあるのか」
 もっさい格好で指差してぐだくだ説教を始める警官に対して、仁は耳に指を突っ込んだ。
「誰ぇが主催者だよ。場所借りてやっただけだろうが」
 あーいやだいやだと、ぶつぶついってみる。ポロシャツの上からカーディガンひっかけて、平気で外を歩くことが出来るファッションセンスのヤツの言うことなんて耳にも入れてたくはないと露骨にいう始末。
 仁は平気で一時間の遅刻をしている。アタマが石の豪が黙るわけがなかった。
「『縫製を請け負っている会社の藤棚が、イイ感じで……ま、なんだったら花見でもする〜来週にでも』なんていったのお前だろうがっ」
「いったけど……ま、いいじゃん全員集まったわけだし……文句ないっしょ」
「あのなぁー」
「場所取りの手間もない、水周りの心配もない、おまけにトイレも貸してもらえる。近所にコンビニにスーパー。電気も借りられてご丁寧にライティングまでしてもらって……こっちで用意したのってゴザと食い物だけじゃん……なんか文句あんのー」
 照明に関しては、この日前後で同様の宴が行われるので、別にこの奇妙な集団のためにワザワザしてもらったわけではなかったが。
「なんで花見が、藤の木なんだ」
「別にいいじゃん。藤だろうがツツジでも。んじゃなに。誠はこのこのメンツ全員集めてだ、散るのが早ーい桜で花見できると思ってんの。じゃ来年よろしくね。幹事くん」
 べこっと誠が手にしていた缶が小さな悲鳴をあげた。
 桜の季節に企画しなかったわけではない。東亜大学構内の桜でもよかった。面子がそろわず土曜の昼間と変な時間にまとまった人数が集まってしまい、未加の野点で花見という一風変わった風流な花見会となった。博士、涼子、愛、洸には好評だったが、おろしたてのジーンズ履いてきた天馬には酷く不評で、ただでさえ落ち着きのない人間だ。足がしびれて大変だった……とのこと。もっとも、その後の気張って着物着てきた未加を怒らせてしまった天馬の顛末のほうがよっぽど大変だったのだが。
「いいじゃない。寒くなくて。それに静か」
 涼子が静かにいった。右手に野生に戻ろうとした亭主の腕を掴んでいる。
「確かに」
 新聞をたたみながら洸も賛同した。
「まま、かったるいことナシナシ。ここパーっといけよっ、ほれビールっ」
 ヘレヘレになった天馬が涼子に缶を投げてきた。涼子はひとこと「投げないの」と小言を返す。
「その他の雑酒、しかもA。Aってなによ」
「いかなる分類にも類しない酒類のことだ。これの場合は、カラメルで色づけされ、ホップで香りつけされている……と新聞に書いてあったが」
 缶に向かって、嘘つき。と呟き眉間にシワを寄せる。
「そういうと思ってな、ワシが胡麻焼酎買っておいたぞ。それとも古酒がいいか涼子」
「じゃ最初お湯割り、あとでロックで」
「涼子、飛ばしすぎだぞー」
「普通じゃない。ね、直人」
「?」分からんと顔に書いてある直人。
「クワッ」変な声だして直人に威嚇する仁。
 相変わらずこの集まりには、異様な気配り屋が多い。何気なくさらりと場所を提供する仁。アルコールに妥協がない……というか単に飲みたいだけ。誰かしらが、妙な瓶を引っさげてくる。食べ物は大量の手作りにやたらと手馴れた蘭の独壇場みたいなものだし。なにも呼びかけしなくても、自然に必要な物資が整う変に気が利く連中の集まりだ。
 少なくても手ぶらで来るヤツは、ほぼ一人だけだが(物持ちに徹している人間は若干名いる)。
 こいつの場合はリアルで金が「食うにも困る赤い色に近いビンボー。アパートの鍵はドラクエのカギ」なので、仕方がない。ついでにこの件をツッこむと、×3で大声による文句と抗議と言い訳が、熱血おびた唾しぶきつきでリターンされる。よせばいいのに、それをいってしまうのが、神谷豪と獅堂未加である。
「だれよー、買ってきたの」
「だって安かったし、新製品だし」
「え、天馬だったのぉ。わぁ雨だわ。明日絶対雨降るわ。きっときっと酸性雨」
「しこたま飲んどいて、なんだよなんなんだよ、その態度はよぉ」
「しこたまって……二本だけじゃない。二本目なんてまだ、ふた口しか飲んでい・ま・せ・んー」
「一本95円以下で買ってきてくれた天馬は努力したと自分は思うぞ、未加。褒めてやれ」
「……箱も缶もボコボコだけどね……」
 一体いくらだったのかなぁと、剣はため息ついた。ビンボーセンサーが働いている、それに以前のような地球の存亡に関わるボランティアもなくなっているのにもかかわらず、相変わらず弓道天馬は、力いっぱいビンボーさんだった。あの時も今も後にも前にも進んでいない。
「ままま。ケンカはいけませんって。未加さんおでんはどうですか? ハンペンやちくわぶなんて、味がしみておいしい色になってますよ。天馬さん、ほらイチゴタルト。愛が作ったんっス」
 なにかを察してか。単に接客業ならではのアンテナがある辰平は立ち上がりけんか腰で鼻息荒く顔面を五センチの近さで接している二人に割ってはいって、皿を押し付けた。
「伝通院先生っ、ミートパイお好きでしたよね。私作ってきました、食べてください」
 特大に切り分けられたミートパイを突きつけて、てへっと笑う愛。「とくに好き嫌いはないんだが……」と薄味のコメントを返して洸は、なにも考えずに紙皿を受けとる。
「……」
 絶句な表情で固まる辰平の足元で、剣がまるでテレビにむかってツッコミをするかのように、
「人間の縮図を絵に描いたような対人関係だね……大変だ」
と呟く。
「はりきって、たくさん作ったので、いっぱい食べてくださいね先生」
 言葉の後に♪が剣と仁の目には見えた。
「明らかに食べ過ぎる」
 花瓶でくたびれているチューリップかガーベラみたいに愛の首がしおれる。
「辰平、食べていいよ……」
「やったー」
 ちびちびとボコボコになった発泡酒缶を舐めている仁と、こんにゃくの端を齧っている剣が同時に呟いた。
「……不憫な」
 愛が差し出すものだったら、皿まで食らう男、三上辰平にため息と同情心をささげた。「ちょっと博士。これはなんですか?」
 なんか見覚えがあるなぁと、未加は博士に寄りかかるように立っているジェラルミンのアタッシュケースを指差した。
「むむっ、これはだなぁ国防省が開発した最新の自律思考型ロボットの試作品とデータだ」
 飲んでいた焼酎を高速で片付け、目の前に広がっていたご馳走の平原を右へ左へと押し分けてケースを開けた。蓋の部分には、データと思われるCD-ROMが差し込まれ、梱包材のなかに30センチ程度のプラモデルが寝転んでいた。
 おでんのタマゴを置き、真っ先に食いつく直人。その横で大根を箸で切りながら誠が、「国防省……まだ懲りていなかったのか……」
「……余計なことを言うな」
 手を伸ばそうとする直人の手のひらをピシャンと涼子が叩く。
「触っちゃだめでしょ」
「なんでも某国に脱出したロボット工学博士の意見を参考に作り上げてな、まぁ色々とロボットには縁があるワシの意見も参考にしたいと、データがきたわけだ」
「ふーん。和久井博士とか博士とか以外にもそういう夢たくさんな研究者っているものなのねぇ」
 手酌で焼酎飲みだした涼子がいう。
「そういえば……博士って結構まわりにいっぱいいるね」
 蘭が指折り始めた。
「愛ちゃんのお父さんの和久井博士」
「いま、ドクターベアは海外に行ってます」
「え、今だにそう呼んでるの?」
「うん、メールでは。なんかそう呼ぶほうが自然で……」
「あと、アヤさん……会った事ないけど神谷さんの手帳と携帯にプリクラ貼ってあるんだよー」
 剣と仁と辰平はニヤニヤ笑っていた。
「その後どうなの進展は?」
 平気でいう新妻は、怖いもの知らず。いや、本気で怖いものは、たぶんない。黄泉がえりな元彼にも動じなかった女性だ。
「わー知りたい」
 蘭が豪の袖を引っ張った。
「いや……その……めっメールをだな……で、なんだ……えーっと」
「ムリムリ蘭。コイツから面白い話とか聞きだせると思う? こういう場合は、直人か未加に部屋のドアぶっ壊してもらって、剣に頼んでパソコンばらしてもらったほーがよっぽど面白いって……で、オレが楽しい返事をアヤちゃんに書いちゃうっと」
「住居不法侵入、プライバシーの侵害、迷惑防止条例っそれからそれからっっわーーーー」
「……豪からかっても。つまんねーよ」
「うわ〜ひどーい、未加ぁ、天馬酷いこといってるー。オレらの好奇心の芽を摘もうとしてるよー」
「仁? どーしてワタシが、ドアぶち破らなきゃいけないのよぉっ」
「得意じゃない……やめてっ実演はやめてっ」
「……やぶへびですね」
「後になってしまったと言っても遅い。自業自得だ」
「栞さんに、里子さん……」
「……里子くん。連絡してくれ。君はまだ独身だ」
「んなんっじゃそりゃ」
「切実ですね、博士」
「だってワシより若いのが目の前でくっ付いたら……こー気持ちがなぁ」
「分かる、わかるよ、超わかる」
「……えーとあと……以前お話に聞いたおられましたよね、女性の博士……」
「……愛、それ以上だめよ。禁句だから」
 鈍い音を立ててミートパイにフォークが刺さり、使い捨てのプラスチックのフォークの柄が真っ二つに折れた。
「せっ先生っみみみみ、ミートパイになにか入ってましたかっっ」
 わたわたする愛ほ遠巻きに見ている数名が、
「……あーあ」と呟いた。


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