即席セイザー小説。かなり短い読みきり文書。 戻る

番外 三上辰平自宅 茶の間


 巨大魚の『銀ちゃん』の前でしゃがみこみ脱走しているミルワームを拾ってタッパーに戻している。その背中には重く青い横の縦線がカーテンのようにかかっていた。
「前に愛に『残酷よ』っていわれて活餌から人工フードに代えたんす。でも栄養的に偏りが出たり、太りすぎたりするから‥‥エサは活餌とペットフードと半々す」
「イキモンだし、しゃーないじゃん」
 まあ、女の子にはキツイけどな、と天馬。
「動物愛好者の究極の課題ですからねぇ」
 報われないなぁと辰平が呟く。
 呼び鈴が鳴った。集金の類かと思い辰平はのろのろと玄関を開けた。
「こんにちは、奥さん。グランセイザーです」
「なんなんですか、その変なキャッチコピーは」
 どういうわけか秤谷仁が、まいどといって立っている。があっという間になにかに首根っこ掴まれ後方に下がり入れ違いのように肩に缶ビールのダンボールを乗せ手にはスーパーの袋を抱えた松坂直人が
「‥‥ぉぅ」
と手を上げた。こんがりとトースターで炙ったような肌の色に黒のタンクトップ、胸にはドッグタグ。ミリタリーパンツに、安全靴。で相変わらずの口数の少なさ。口数を除外すると宅配の兄ちゃんに見えてしまう。
「あ、松坂だーっ」
 補助輪つき自転車を転がしていた子供が食いついた。トモダチに叫んで伝達。
「松坂直人がいるぞぉぉぉ」
 休みの子供は体力と好奇心が有り余っているらしくあっという間に、子供用自転車に囲まれた。
「松坂ー、サインくれよ」
 と子供一号。塗り絵用の水性ペンと落書き帳を手渡す。
「‥‥松坂さん‥‥だろ」
 渡されたノートにサインをする直人。どんな紙でも直人は丁寧にサインするらしい。案外いいヤツなのかもしれないと、仁は思った。
「直人、キック見せてよ」
「‥‥直人さん、だろ」
 空き缶を拾って、それを拳で縦に潰し、三歩下がって真空飛び膝蹴りを見せた。子供の集合体と、ビールのダンボールを押し付けられた仁から、低い感動音が響く。
「すげーぇ」
「‥‥ごめんな、用事があるんだ。試合みてくれよ」
 子供と握手しながら仁からダンボールを受け取り、辰平の家に入った。


「むさくるしいなぁ、華やかさがねぇーし」
 仁がちゃぶ台を囲う天馬と誠。それに作務衣姿にタオル巻いてお茶の準備をしている辰平に向かっていった。
「愛、いないじゃんっ」
 天馬がシーっと唇に人差し指を当てる。
「逃げた」
 と誠。ガチっと台所方面から陶器がこすれる音がした。
「‥‥辰平。土産だ。冷蔵庫にいれろ」
「ありがとうっす」
 このまま魂どっかに飛んで行ってしまうのではないかと心配するぐらいテンションが低い。
 どっかりと畳に座り何もいわずに豆大福を食らう直人。完全にくつろぎモードにチェンジしている。
「なぁ、仁。なんでお前がいるの」
 今日来る予定になかったメンバーが飛び入りしていることに天馬は「仕事だろ、たしか」という。
「してたさ、オープンカフェでネタ作りをしたら、コイツがオレのこと拉致られたんだよ、この営業妨害っ」
「‥‥クルマで走っていたら仁が大口開けてあくびしていた」
「あくびぐらいするだろっ人間なんだし」
「‥‥暇だったんだろアクビがでるのは」
「どゆ理屈だっ、あーあ。ネタにつまってショーがポシャったら、直人のせいにしよう」 あーあくっそうとかいいながら前髪をいじる。で、水槽たちを順に見ていく仁。
 遠い目をしながらじっと水槽をみて、
「なぁ辰平。お前ああ見えてセンスいいんだな」
とぽつりと仁。
「ああ見えてってなんのことっすか」
「ファッション・チェック」
 ポキっと首が鳴る辰平。そんな凹みモードな辰平たちを置いといて、なにかネタが浮かんだらしく、
「メモ用紙もらえる?」と辰平にいった。
 未使用の大学ノートとペンを貰い、水槽を目の前になにやらセッセと書き込み作業を始めた。
「サテンでアクビするよりもココは、能率がいい環境らしいな」
 誠はぬるくなった茶をすする。
「直人さん、なんですか、コレ」
「‥‥刺身だ。知らないのか」
 そういう問題違いますよと、辰平。
「‥‥たまたま目に付いた。たまには生の魚が食いたい」
 じっと水槽を見ている。なんらかの危機を感じてか、汽水に住むカレイが、慌てて砂のなかに逃げ込んだ。
「‥‥あ、お茶よりもビールがいい人」
 直人以外の全員が手を上げた。松坂直人は案外生真面目なのかすでに冷えているビールを買ってきていた。スーパーの袋に刺身があるってことは、他にもビールのお供が入っていることだろうと辰平は思った。が、すぐに困り果てた。
 水羊羹。あんみつ、水饅頭。でちゃぶ台にある豆大福の山。これをみたら誠はどーいうリアクションをとるのかと考えただけで、胃の深いところあたりがギリギリと傷んだ。
「コンビニ行ってくるわ」
とトイレに行くふりをして仁が辰平にいう。仁はこの内容物を知っていたのか、とりあえず場をもたせろといって、外に出て、2分も経たないうち帰ってきた。袋の中身は完璧なまでの宴会メニューだった。
「ごめんなさい仁さん。我が家には、電子レンジありませんっ」
「えっマジ」
「ブレーカー落ちます」
「ドライヤーとか使ったらダメじゃん。つか‥‥必要ないか。アイロンももしかして‥‥なの」
「はい」
「わかった、わかったよ。コンビニで温めてくるわ」
 暖まった靴にまた足を突っ込んだ。

 

もちもちもち。ずーっ。もちもちもち。ずずっ。
 口のまわりを白くさせて、豆大福に夢中な直人。そのときどき薄くのびる餅の隙間からなかのアンコが見えた。そのたびに誠はぶるっと震えた。
「うまいね、コレ。愛からかぁ」
 仁がモグモグいわせながら指についた粉をぺろりと舐めた。ごちそうさまといって、さあビールだと仁は自分に発破をかけた。
「愛の実家の近所に、うまい和菓子屋があるんすよ。子供の頃から最高のおやつでした」「ふーん。いいなぁ。そーいうのって。やっぱ日本人はアンコにお茶しょっ」
「‥‥そうなのか」
「なんていうの、こーさっ、日本人の遺伝子が求めてるっていうかさ。そゆことってない?」
 一番典型的日本人の髪色でない秤谷仁が『日本人論』を熱く語っている様は大変奇妙に見えた。
「ねーよ」
 さっきからお茶とビールばかり口にしている。口からはみ出る七味カワハギが噛むたびに左右にゆれている。
「とくに、小豆にはない」
 カワハギが残る口のなかに枝豆を投げ入れた。
「ははーん。さては誠。アンコきらいだろ」
 天馬がビールはやっぱり一口目がうまいとか、言った勢いで、語った。
 沈黙。直人の咀嚼の音と水槽のポンプの音しか聞こえなかった。
「‥‥スキ嫌いが多いと学校の給食で食えなくて、昼休みがなくなったことがあっただろう、誠」
 びくっと肩の筋肉が震えた。
「あ、図星だね。それ」
「やかましいっ」
「‥‥なんでも食わないと、強くなれないぞ」
「口の周りを運動会の演目状態にしているやつには、言われたくないっ」
 最後の一個になった大福に噛み付いた。大福には、すばらしく歯並びのいい歯型ができた。
「‥‥大きくなれないぞ、誠」
「とっくに、成長期は過ぎてるっ、お前の考えおかしい!」
「あ〜〜。思ってても口にしちゃいけないことって、あるんだよ。ウチのリーダーにだ。たとえば『あんたの性格がおかしい』とかいっちゃだめだし」
「洸はすぐ忘れるし、別にいーんじゃねか。直人。この刺身うまいなぁ。中トロなんて久々だー」
「貧乏、うるさい」
「ビンボーは余計だろうっ」
 うわっ、ムカつくわと天馬がさっきから誠が一人独占している枝豆を横からかっ攫った。
「ゴチャゴチャいうやつにゃやらねー」
 まるで枝豆を機械のような素早さと正確さで平らげていく。
「おーい。天馬君。それオレが買ってきたんだけどー。もしもし。聞いていますか」
「‥‥辰平、水羊羹」
 空になった皿を辰平に出す。家主は落ち着いて飲んでいる暇もなければ酔っている隙もない。キャンキャン言い始めた誠と天馬をなだめ、仁に「そーっすよね」と相槌をくわえ、ジコチュウの直人に水羊羹を用意し、ちゃぶ台の上にのせた途端に「また、アンコかよ」と悪態をたれる誠に睨みをいれる。
 なんて手間のかかる客だ。呼ばなきゃよかった。
 ある意味、弱肉強食の世界に面食らって帰った愛に引っ付いて自分もどこか遠くに行けばよかったと考え始める。
「たっぺー、も一本」
 仁が空になったビール缶を振った。オレもーと天馬。
 冷蔵庫に走る。
「辰平。しょう油とってくれ」
 キッチンにダッシュ。
「‥‥水饅頭」
 冷蔵庫。
 狭い室内をぐるぐる回って、少し目が回ってきた。まだ一口しか飲んでいないビール缶がちゃぶ台の上で大汗かいている。
 嫌な感じで酔いが回っている天馬がふらりと立ち上がった。手には箸で挟んだ中トロの刺身がある。
「なーなー辰平。こいつ刺身食うかな?」
「イグアナのソフィアにあげないでください」
「じゃ、こいつは」
「ブラックバスにそんなもの食わせないでくたさい」
「やってみなきゃ、わかんねーって」
 水槽のライトを外し、ガラス蓋を上げて箸をぼっちゃりつけて、水槽のなかで振ってみた。
「うぉぉぉぉ、やめて下さいよ天馬さん。勘弁してください」
 辰平が天馬の腕を掴んだ。時すでに遅くブラックバスは中トロをくわえて水槽の底で口をモグモグさせている。
「あー、食った食った」
「‥‥勘弁してくださいよ」
 辰平は水槽のガラス面にべったりと顔をつける。どうなっちゃうんだブラックバス君。
「バカ天馬が、辰平のこといじめてまーす」
 仁が「そんなに顔つけてるとガラスに脂がついて大変だぞ」といってきた。
「天馬さん。うちの子になんかあったら、責任とってくださいよ」
「‥‥ってどんな」
 にやりと笑う辰平。日ごろからニコニコ笑っているので、こういう「昔なんかあっただろう系」のヤツから、にやり、されると体育館の後に呼び出しとかをついつい想像してしまう同じ穴のムジナーな天馬。
「ところで、たっぺーちゃん。このムサい集まりはなんの趣旨」
「アロアナ銀ちゃんのお披露目式&マイナスイオンたっぷりの癒し系飲み会っす」
「あーあー。つまり、グダグダ会。オレ帰るわ。スケッチできたし。直人、クルマ出せよ拉致ったんだから、責任を持って送れよぉ」
 酒飲んでいないやつがいるとサイコー楽だと仁。
 直人は、もくもくとお茶と水饅頭を交互に食っている。真面目に「自分のためだけに買ってきた」気配がする。でさっきからずっとゲージのなかにいるイグアナの目を見ている。
 むくっと立ち上がる直人。ああ帰るのねとジャケットを掴んだ仁。つかつかと直人はゲージの前に立ち、あーっといっている辰平を無視して戸を開けてイグアナを「むんず」と片手で掴んだ。
「でかいカナキッチョだ」
 満足げな顔の直人。
 カナキッチョ‥‥カナヘビ。その辺にいる茶色いトカゲだ。違う、そいつはイグアナだ。
「わーーーー。やめてください、それはイグアナです、片手で胴体掴まないでくださいっ肋骨が折れるっっっっ」
 くねくねと腰を振って、嫌々ポーズをとるイグアナ。いかんせ体長が60センチもある、そんなものが空中でじたばたするのだ、ビール缶は吹っ飛び、拍子で軽いコンビニ惣菜のポリ容器は宙を舞い、デタラメに振りぬかれたシッポは誠の頬を打った。ついでに天馬の額もぶった。
「ぎゃぁぁぁ、すっスケッチにポテトサラダがっ」
「あにすんだよ、この野人っ」
「オレは、こーいうイキモノは大ッ嫌いなんだよ、ゲージから出すなっ、触るなっ、近寄るなあっちに行け直人っ」
「松坂直人、おとなしくソフィアを離せっ」


「しってっか、この間ここで松坂直人の試合があったんだって」
「そこのボーズのおっちゃんとタッグを組むらしいよ」
「金魚のおじさん?」
「そうそう」
「ねーねー、松坂直人はーぁ?」
と、近所の子供に散々聞かれる。やれ、どこのプロレス団体だの、なんちゃらマスクだろ、お前とか。子供は無邪気に残酷だ。



「もう、絶対やつらを家にはあげねぇ」
 あの日の翌日、ブラックバスはぷっかりと腹を上にしてお星様になっていた。辰平は泣きながら魚拓をとり、筆書きで一言。
『馬鹿天馬』と書き入れ、
「大きな魚が採れたので天馬さんに魚拓あげます」
といって、にこやかに手渡した。




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