ゆで込み菓の製造技術の解明とその利用

目  的

 多雪地帯である北陸地方では,冬期間の野菜確保のために雪中貯蔵を行っていたが,そのほかにも菜類の漬物や干し葉など緑色野菜を得るための知恵が普及していた.今ではほとんどみられなくなったが,新潟県の中越地方では、いぜこみ菜、またはゆで込み菜と呼ばれる,ダイコンの葉を水煮した後に水漬けする,一種の貯蔵技術が利用されていた.冬期間であるので塩を使わずに保存ができ,塩を使用しないため,必要なときに必要なだけを取り出し,冬期間不足がちな青ものとして味噌汁や雑炊に利用されていた.しかし,春先になると気温の上昇と共に微生物の活動を伴い,いわゆる無塩発酵漬物となって,これも同様に利用されていた.無塩発酵漬物の事例は少なく,国内では長野県のスンキが,海外ではチベットのグンドルックが知られている2).これらの無塩発酵漬物には特に乳酸菌が大きく関与しているとされており,低塩化が叫ばれている近年,これらの製造方法のすばらしさが注目されて,乳酸菌利用による低塩漬物の製造に関心が寄せられている.一方,‥ゆで込み莱”については,その規模が各家庭単位の加工であることや昭和30年頃以後利用が途絶えてしまったことから,試験研究の注目するところとならず,ゆで込み菜加工の実態の解明や合理的な製造法についての検討はなされていなかった.そこで,埋もれかかった地域伝統技術を見直し,地の利を生かした野菜の合理的貯蔵技術の開発ができないものか検討することにした.加えて,その知見を基にした漬物原料の保存法についても検討を行った.

実験方法

1)供試材料

 新潟県園芸試験場で栽培され,10月に収穫されたダイコンと新潟県赤塚農協管内で栽培されたダイコンを試験に供した.

2)分析測定

 有機酸:発酵あるいは貯蔵した試料の有機酸量を高速液体クロマトグラフィーにより分析した.

 アルコール量:クロム碇酸酸化比色法により分析した.

3)菌の増殖量:波長660nmの吸光度により濁度を求め増殖量とした.

4)ゆで込み菜の加熱条件

 20lの湯を70,80,90,100℃に保持し,ダイコンの菓部約1kgを2,5分間浸した.流水によって冷却後,試料の色調,硬さなどの状態を官能により評価し,良好な加熱条件を検討した.

5)ゆで込み莱の漬込み

 1kgのダイコン菓を加熱処理し,水道水1lと共に漬込み槽に入れ,落とし蓋をして5kgの重石で漬け込んだ.

6)スターター添加による漬込み

 水の代わりに発酵を促進することを目的に10%グルコース溶液を漬液とし,発酵状態を安定化するためにスターターとして乳酸菌と酵母を接種した・乳酸菌はストレプトコツカスフユーカリスを2・5×106個/g,酵母はワイン酵母であるサッカロマイセスセルビシエOC2を1.0×105個/gとした・試験区として無添加区,乳酸菌添加区,酵母添加区,乳酸菌+酵母添加区を設定した.これを,0℃で3週間発酵した後,7℃にて5週間発酵させた.

7)酵母を利用したダイコンの貯蔵

貯蔵温度と菌の増殖:低塩低温貯蔵のダイコンより分離した産膜酵母を変敗の原因菌として,その増殖と温度の関係を調査した.増殖用培地にはダイコンのしほり汁を0.45〃mメッシュで除菌濾過したものを用い5〜26℃で振とう培養した.増殖量の測定値は波長660nmでの吸光度で示した. 

アルコール濃度と菌の増殖:上記と同様の材料を用いて,アルコール濃度を調整し,変敗の原因菌の増殖とアルコール濃度の関係を調査した.

スライスダイコンの貯蔵:上記の結果を基に有効な貯蔵法を検討し,その貯蔵限界期間を求めた.

結果およぴ考察

1)ゆで込み菜の加熱条件

秋冬ダイコンの葉は非常に硬く・しかも組織中に多量の気体を含むため・漬かり難い特性がある・そこで,ゆで込み菜製造時,物性の柔軟化気体の非乳歯数低減等を目的に加熱を行うが、このとき程良い物性と緑色が保持されるのが好ましい.本試験では莱顆の加熱特性およびクロロフイラーゼの失活条件が80℃などからして、70℃以上の加熱を行った.表1によれば90℃以上の加熱では緑色の減少がめだった・また、70℃では脱気が行われずダイコン葉の柔軟化がスムーズに行なわれなかった.以上の結果や加熱処理後の状態、および処理した試料を脱気包装し・5℃2週間保存し
た状態から判定した結果、80℃5分間の加熱が良好であった.さらに,20分間までの範囲で処理時間の検討をしたが,5分間が最も良好な状態を保つ条件と判断し,以後はこの条件で試験を行った・

2)ゆで込み薬の漬込み

 ゆで込み菜の漬け込みの伝承に従って,加熱処理を行ったダイコン葉を等重量の水道水と共に1カ月漬け込んだ.まず0℃で漬け込み保存をしたところ全く微生物の活動はみられず,漬け込んだ当初の状態で経過した.次に,春先の気温の上昇による発酵状悪を観察する目的で,野沢菜漬けの乳酸発酵に適する7℃で保存したところ水棲菌などのいわゆる雑菌の増殖によってオフフレーバーを発し,目的を達成でさなかった.その理由については准測の域を出ないが,菌学的にきれいな実験室環境下の試験のため,作業中の微生物汚染が少なかったことから,加熱処理で残存した原料由来の雑菌の増殖をみたものと考えられた.ところが家庭で行われていたゆで込み莱の漬け込みの場合は漬け込み容器をはじめとする環境からの汚染が大きいことから,多様な微生物の混入があって,春先の温度上昇期には発酵状態が得られるものと思われる.そこで,スムーズな発酵を得るためにチーズ.日本風味噌などの発酵食品の製造技術の常法として普及している,スターターを用いた漬け込みを検討することにした・

3)スターター添加による漬け込み

 スンキは前年の製品を干して保存したものをスターターとして利用している.本試験では漬物の香り,味の発現に係わるところの酵母と乳酸菌を添加することとし,ゆで込み菜が無塩であることから風味のさわやかなワイン酵母を用い,乳酸菌はストレプトコツカスェーカリスを用いた・これに発酵促進を目的にグルコースの添加を試みて試験を行った.表2にゆで込み菜の発酵過程,成分変化を示した.雪中貯蔵温度である0℃では,3週間経過してもアルコールや乳酸の増加がみられないことから,この温度では酵母,乳酸菌は、共に活動を停止していることが判った.そこで,7℃に温度を上昇させて発酵させたところ,酵母添加区は当然のこと,乳酸菌+酵母添加区においも酵母の作用が先行して進み,酵母によるアルコール発酵が得られて比較的良好な発酵状態,貯蔵状態となった.一方、乳酸菌添加区においては,乳酸菌の増殖も見られたが,それ以上に雑菌の増殖が進み,変色や軟化が起って結果的には良好な状態とはいえなかった.添加したストレプトコツカスフェーカリスの性質も関係していると思われるが,雑菌を抑えた優先的な発酵状態は得られなかった・また,無添加区では雑菌の増殖のみとなってしまった.
 以上の試験結果から,伝統的に行われていたゆで込み菜の貯蔵発酵状態を堆察すると,次の3つの投階を経て利用されていたと考えられた.まず漬け込みから厳冬期にかけては,乳酸菌,酵母とも活動を休止した無発酵状葱にある.この時のダイコン葉の色は緑色を維持して,緑色野菜として利用されていた.次に寒冷期(7℃未満)を迎え,酵母だけが発酵を開姓し・アルコールを蓄積した貯蔵状態となる・この時点でも葉の色は緑色を保っていて,まだ緑色野菜として利用されていた.さらに.温暖期(7℃以上)となり乳酸菌による乳酸発酵が起こり,PHの低下とそれにともなうダイコンの葉の黄色化が起こり,いわゆる漬け菜の状態で利用されていた.そして,さらに気温が上昇すると変敗してしまい用を足さなくなった.このようなことから雪国に育ったゆで込み菜の技術は寒冷な北陸の気候を巧みに取り入れたすばらしい貯蔵技術であったといえる.

4)アルコール発酵によるダイコンの貯蔵技術

 本県はダイコンの産地であって特産品として,沢庵製造がなされており,下漬したダイコンの需要が多い.また,低塩化が要望され,下漬けダイコンの過度な脱塩による素材の味不足をきたしている昨今,塩を加えずに原料を貯蔵する技術の開発が待たれている.しかし,本報告の一連の試験で,生のダイコンを雪中貯蔵した場合は,8週間の貯蔵が限界であることが判っている・そこで、それ以上の貯蔵性が期待でさる方法として、前記の低温で酵母が優先的に作用する知見を基に・アルコール発酵を利用した下漬ダイコンの貯蔵法について検討した.まず,他の微生物の増殖を極力抑制しながら発酵を得ることが必要なため・温度の影響を検討した.図1に温度差による増殖の違いを示した.実験に供した菌株は・漬物製造における下漬原料由来で,低温下で良く発生する産膜酵母である.低温下で発生するものであっても・低温にすればするほど増殖が抑えられ,9℃以下では増殖が緩慢になった.図2はエタノール温度と増殖の関係を示した.試験に供した産膜酵母のエタノール耐性は強く,完全に抑えるにはエタノール温度28%が必要であった・3・5%で抑制の傾向を示したことは,消極的ではあるが3%以上のエタノールの発酵生成による、産膜酵母の増殖抑制が期待でさると考えられた・そこで,ゆで込み菜製造時の寒冷期(アルコール発酵期)の作用を利用したダイコンの貯蔵法を検討した・まず,ダイコンを4mm厚にスライスした材料3kgにグルコース300g,水700ml,変色防止を目的にビタミンcを10g加え,2kgの重石をして,貯蔵温度5℃で漬け込んだ.この時ワイン酵母1・0×105,産膜酵母1.0×10ソgを添加した・その結果,変色もなく良好な状着で6カ月間の保存が可能であった・そして,保存後のエタノール濃度は3・3%を示した.通常,低塩沢庵用に用いられる7%食塩濃度下の塩歳では,約1カ月程度で産膜酵母の発生をみるが,本試験ではその発生はなかった・エタノールの耐性試験では強い耐性を示した産膜酵母であったがスターターとして添加したワイン酵母の競合作用とエタノール生産の相乗効果によって・産膜酵母の増殖が抑えられたと考えられる・

要  約

 ゆで込み菓の製造法の解明とその技術の利用について検討し,次の結果を得た・

1)ゆで込み莱のゆで込み条件は80℃で5分間が最適であった.

2)ゆで込み菜の貯蔵は厳冬期(0℃以下)の無発酵状態,寒冷期(7℃以下)の酵母による発酵状態,温暖期(7℃以上)の乳酸菌による発酵状態と3段階の時期から成ることを推察した・

3)ゆで込み菜の寒冷期の状態をヒントに・発酵助剤としてグルコースを10%添加し,ワイン酵母をスターターとして漬け込むダイコンの無塩貯蔵法を開発した.

4)この方法では3・3%のエタノールが生成され低温との相乗効果で6カ月開ダイコンが保存できた・

残された問題点

 6カ月保存を行ったスライスダイコンは若干食感が軟らかくなった・その防止のために,カルウウム剤の添加等の検討が必要である・

引用文献

1)本間伸夫等:聞き書き新潟の食事 農文協・164(1985)

2)ティカ カルキ・伊藤 寛・新国佐幸・大野三千堆・海老根英雄:食総研報・43・40−53,(1983)

書き物の部屋へ