3 『……結局自分でもわからない人生だったな』



  「以外に滅茶苦茶じゃないの、それ」

  「そうかしら、私はコレしか出来ないんだけど」

  彼女が空中に描いた文字、それはルーン文字とドルイド文字を合わせたという、魔術関係者が見たら卒倒しそうなものであった。

  「よく制御できるわね、私じゃとても無理よ」

  「お褒めいただき光栄ですわ。それじゃあこれでも当たってくださいな」

  一通り書き終わったのか、その言葉と共に彼女の魔術が効力を発揮する。

  直径にして30センチ程度。

  その平面状の中心から出てくる何か。

  それは円形に、そして球状に。

  ゆっくりと膨らんでから唐突に飛んでくる、

  「忘却のルーン、当たれば大切なことから忘れていくわ」

  「っ! 冗談っ!!」

  私は釘バットにそれはもう思いっきり魔力を込めて下降する。

  これはスピードと勘の勝負だ。

  飛んできたその魔術はようやく視認できるスピードだし、心なしかこっちに向かって曲がりながら飛んできている。

  あとは私がどうやってアレを避けるか……。

  「そんなのひとつしかないでしょ!!」

  限界までスピードを上げる。

  後ろから魔術の塊が追いかけてくる。

  その色は紫。

  私が限界のスピードで飛んでいるのに対し、向こうはそれより僅か速い。

  だから地面が先に当たるか、魔術が先に当たるかの違いだけ。

  そう、どちらにしてもこのままでは致命的な状況になってしまうのは明白だ。

  紫色にぶつかって、彼女の言うとおりに何かを忘れてしまう。

  少し赤みがかった茶色にぶつかって、体中に大怪我を負う。

  そのどちらも魔術師として、人間として大事な物を失ってしまうだろう。

  「そのまま地面にぶつかると食べやすくはなるわね。私は食べないけれど」

  そんな少女の呟きはきちんと私の耳にも届いている。

  だけどそんな期待には応えない、応えてやらない。

  ありきたりなんて言われてもいい、そうして危機を回避できるのならそれでいいじゃない。

  私はこと生き残るためならなんだってする覚悟ぐらいあるんだから。

  だからギリギリまで引き付ける、紫と地面の両方を。

  ぐんぐんと迫る、もう避けられない、当たる。

  その瞬間を待つ、全神経を釘バットに、集中させて。

  大丈夫、大丈夫、うまくやれる、失敗なんてしない。

  もう目の前だ、これ以上引き付けられない。

  「……Es laBt frei.!!」(解放!!)

  刹那、爆発した。

  否、爆発という表現は正しくないだろう。

  爆発したようには見えないこともない、しかし少なくともあの少女にはそう見えたことは間違いない。

  「……私、破壊系の魔術を使った覚えはないんだけれど」

  ほら、なんだか疑問に思っているのが証拠じゃない。

  それこそが私の狙ったこと。

  地面スレスレで魔力を解放させ、派手に砂を巻き上げる。

  砂埃は私とその周辺を瞬時に覆い隠し、少女の視線から私の姿を消してくれる。

  もちろん私は進行方向のベクトルを変え激突を回避している。

  ついでに言えばそのまま深い森の中へと身を隠して次の攻撃に備える。

  「………かくれんぼですか? そうですか」

  名前も知らない少女は背中に手をやるとそこにある何かを取り出す。

  「なによあれ……」

  目に映ったのはそれはもう見事なものだった、あそこまでいけば感嘆に値する。

  私はそれに目を奪われたし、なにより実物を見たのは初めてのことでもあったからだ。

  一般的に言えばミスマッチ、けれどそれは一般的な認識。

  彼女にはその言葉は当てはまらない。
 
  白と黒のドレス、そのドレスに身を包んだその様は可憐という言葉が似合うだろう。

  それは間違いがないと思う、うん。

  けれど、だ。

  そこに一色違う色が混ざっている。

  否、『栄えている』

  赤色、大まかに分類すればその色。

  僅か茶に偏った赤色を持つそれの名は。

  「番傘……どうして西洋の女の子が東洋の傘なのよ」

  そんなミスマッチも不思議と違和感が無いのが恐ろしい。

  「さて、おそらく森の中にいると思いますが……このスペルはなんでしたっけ」

  彼女は番傘を自分の向いている方向へ示すと、一つの魔術を行使し始めた。

  『こと天に関しては我が右に出るものは無し、なぜなら我は天の使い也。此処において其処において英霊たる彼の者達よ、無鼓動の友を我に貸さん』

  それは呪文、自身を魔力回路そのものへと変貌させるための鍵。

  そして外界、この場合は大気に満ちた魔力=マナを自分という魔術回路に通してから魔術を行使する。

  名前も知らない白黒赤は流れるような唇の動きで言葉を紡ぎだすとその魔術は形をもってこの世界へと現れる。

  突き出した番傘の先、その部分に流れ込み集まってきた魔力の光。

  それは一つ一つはわずかな大きさであるけれど、それが集まってボーリングの玉ぐらいの大きさまで集まると次の変化を起こす。

  そのわずかに青く光る魔力の塊は形を徐々に変化させ、2秒ほど経過したところでその形が何かの動物だということがわかった。

  「綺麗……」

  思わずそんな言葉を漏らしてしまう、それほどまでにその動きは幻想的で私にとって未知の領域だった。

  純粋な魔力そのものの動き、そういったものはただそれだけで綺麗だと思える。

  そりゃあ私だって流動魔術を得意としているから魔力の動きっていうのはよく見ているつもりだ。

  だけどそれとアレは根本的に何かが違う。

  あんなにはっきりと外界に出現しているのにそれが停滞したまま次のステップへと進む。

  私にははっきり言って無理だ。

  アレは士朗の投影並に人間離れした所業。

  それ故その魔術の意味、威力も。

  「―――――――――」

  私自身の言葉さえ聞こえない。すべての音が一瞬奪い去られてから光に包まれる。

  彼女の放った魔術は私が視認した限りではその姿を鳥、おそらくは白鳥に変えていた。

  そこまでは見えた、けどそこまで。

  私はその白鳥が羽ばたいた瞬間、すべての音を奪われ、そのわずか後には視力も奪われた。

  この時をもしも彼女に見つかっていれば私は間違いなく倒されていただろう。

  幸いにも私の五体はまったくの無傷であったし彼女に見つかったということもない。

  ただ、番傘を持ったその子は空中から地面へとその居場所を交代させ、森の中へと目を凝らしていた。

  私がいる方向とはまったく反対側を見ているのだけれど。

  「いるなら出てきてくださいね、探すのって面倒ですから」

  番傘でそのあたりの茂みをガサガサと突きながら彼女は私を探している。

  「……どうする、ここでガントで狙うか……」

  いや、この距離で狙ってもいいけど一撃で倒せなければ反撃を食らうのは確実だろうし。

  第一私はまだあの女の子の実力を把握していない。

  そんな状態で攻撃してもかえって私自身を危険にさらすだけだろう。

  そうなれば後は何も考えずに彼女に向かって殴りかかるくらいしか思いつかない。

  それは最後の手段、本当はもう一つあるけどこれは本当に最後までとっておくべきだと思うからやめておこう。

  だけど今の私にはそうやって無謀にも飛び掛るくらいしか手段が残っていない。

  だから私は呼吸を整える。

  「すぅ………はぁ……」

  その瞬間を待って。

  「どこですかー。いい加減にしないとこの辺焼き払いますよー」

  焦るな、本当に焼き払う気ならもうやっているはずだ。

  「むー。ここですかっ」

  惜しい、私はそこのちょうど反対側にいるのよね。

  「今っ!!」

  私はその無防備な背中に向かって全速力で走り寄る。

  私が生きてきた人生でここまで本気で走ったのは本当に数えるくらいしかないだろう。

  それくらい本気で走る。

  あと5メートル。

  彼女はまだ気がつかない。

  確かに無防備な背中。

  そこに向かって持っていた釘バットを振りかざす。

  ここで重要なのが上ではなく横にということだ。

  上からの攻撃だと外れた後にこっちが危険になる可能性が高い。

  横からだって大して変わらないかもしれないがそこはあまり考えないでおこう。

  だってここまできたらもう後戻りなんてできないじゃないの。

  「あら?」

  気づかれた、でも遅い。

  「やぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

  前に一度だけ見たことがある藤村先生の剣道。

  普段の先生とはまったく違うイメージを私に与えてくれた凛々しい姿。

  あのイメージを頭の中に膨らませて私の一閃を叩き込む。

  先生までとはいかないけれど、不意をついた強みと得物の凶悪さでそんなものはカバーできる。

  「……ちょっと乱暴ですね」

  と思っていたのは間違いだったようだ。

  あれほど見た目には騙されないとわかっていたはずだったのに、また間違えた。

  そう、結局私は一番大事なところで失敗をやらかす癖があるのだ。

  これは癖というより遺伝子の問題かもしれないけれど。

  とにかく今回も間違えた、しかも今回は一番間違えちゃいけない「自分自身の命にかかわる事柄」で間違えてしまったのだ。

  つまるところ。

  「残念ながらその程度の武器ではこの番傘『赤の夕暮れ』には太刀打ちできませんよ。割りと自動で攻撃をはじきますから」

  なんていう台詞と一緒に私の手から釘バットが弾き飛ばされていたのだった。

  それはもう目にも見えない速さと正確さで。

  私は弧を描いて飛んでいく釘バットを無様に見つめながら自分自身の最後を予感した。

  そう、これでおしまいだという予感があったのだ。

  「あーぁ」

  自分で呟いた言葉、それは大きく自分の耳へと残って。

  「……結局自分でもわからない人生だったな」

  確かにその瞬間までは最後だと思ったのだ。

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		It continues next time.










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