4 『思い出した、ワルキューレよ』




  「…おしまいですね、私の勝ちです」

  彼女、『フォールジィ・メモリー』はその瞬間勝利を確信していた。

  自身の手に握られている番傘「赤い夕暮れ」はその見た目とは裏腹に近接用の武器として作られた物であるからだ。

  これにかかれば生半可な武器では到底勝ち目などない。

  攻撃されればそれに対して自動的に迎撃してくれる。

  だから先ほど不意を突かれた時も彼女は慌てることもなく冷静に対処ができたのだ。

  このまま番傘を、目の前に居る赤い服を着た女に僅か触れさせることが出来ればそれだけで彼女は動けなくなるだろう。

  そんなのは目をつぶっても出来るような簡単な「作業」だ。

  だから白黒のドレスを身にまとった彼女は握った番傘を突き出そうとする。

  どこか諦めた表所を浮かべる赤い女に向かって。

  「これで覚悟なさいまし、ここは貴女のいるべき世界ではないはずですから」

  止めと別離の言葉を口にして最後の初動を開始する。

  ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


  

  「………」

  おかしいと思ったのは諦めてから目をつぶって3秒ほどだった。

  諦めるというと語弊があるかもしれないが、その瞬間の私は確かに頭の中が真っ白になっていたのだ。

  しかし私の体の感覚はどこも異常を訴えてはいなかったし何の変化も現れなかった。

  最初は感覚そのものすら超越した場所で一瞬のうちに事が終わってしまっているかとも思えたが、疑問は瞼を開けたときに解消された。

  「何やってるのよ、止め……ささないの」

  「……ちょっと、それどころじゃないかもしれません」

  目の前にいた白黒は顔面蒼白で立っているのがやっとという顔つきになっていた。

  番傘を杖代わりに立っている時点でそれがどのくらいの症状であるかは明白だろう。

  だから私はその瞬間を見逃さない。

  「っ!!」

  悪いけどっ! そんな台詞が喉まで出掛かっていたが口にはしない。

  余計な感情は挟まないのだ。

  だから私は一瞬で組み上げられる魔術を行使して目の前の少女を撃つ。

  ガン!!

  数ではなく威力。

  一発の威力に重きをおいたガントを一発だけ撃ち放つ。

  それは間違いなく命中して……。

  「うそ…どんな冗談よそれ」

  「私は冗談はあんまり好きじゃありませんよ」

  彼女は確かに具合が悪そうなままではあった。

  本当に立っているのがやっと、というのは変わっていない。

  そう、変わっていないのだ。

  ガントは命中した。

  だけれどその効果が表れない。

  これはいかなる魔術か冗談か。

  前者の魔術防御であるならば話は簡単だ。その防御よりも高い攻撃力で打ち破ればいいのだから。

  幸い一見ではあるが彼女の防御結界(結界という表現は的確ではないが今回は横においておくとして)は私のガントの威力には耐えられないことがわかっていた。

  問題は当てられるかという一点だったので、命中させるということを成功させた今回の突撃は成功ということだろう。

  だがしかし、だ――――――――――。

  目の前にいる少女は私が放ったガントではなく、別の理由からその体を傷つけている。

  傷ついているというよりは憔悴しているという表現のほうがいいだろうが。

  兎に角私のガントは彼女には通用しなかった。

  そして彼女は口を開く。

  「……あぁそうだわ」

  「………何?」

  「思い出した、ワルキューレよ」

  「何の話よ」

  「さっきの呪文」

  「………」

  もしかして幻想郷にいるのってみんなどこか思考回路がズレているのかしら。じゃないといい加減頭が混乱しそうよ。

  なんてのは心の中だけに留めておいて。

  「その体調じゃもう戦闘は無理そうね。話くらい聞かせてくれるとありがたいんだけど」

  「……忘れていただけよ、すぐに戻るわ」

  「あらそう、それじゃあその前に止め刺させてもらおうかしら」

  「できるものならどうぞ」

  「……言ったわね」

  頭にきた。

  こうなったらもっともっと魔力を高めて、それこそセイバーの宝具並の威力で倒してやろうじゃないの。

  少なくとも今の私にはそれができるんだから。

  「Es laBt frei! Es laBt frei! Es laBt frei!」(解放! 解放! 解放!)

  私はゼルレッチの宝石剣を手に取りその魔術―――――ほとんど魔力をぶつけるだけの魔術を組み始める。

  「…さすがにそれは危なそうですね。次の手です、『シグルズ』!!」

  でも、それより早い彼女の魔術がその構成を織り成す。

  シングルアクションでの魔術、現代に生きる魔術師ならばそうそう大きな魔術は使えないはず……だが。

  「『真名の……』!!」

  「遅い、それでは勝てない」

  「っ!!」  

  私が最初に視認できたのは西洋の剣の切っ先。

  その刃以外、今の私にとっては霞んでしまってうまく見えてくれない。

  霞む?

  どうして霞む。

  私の五体は正常に機能しているし、魔術の行使で視覚の一部がやられてしまったわけでもない。

  それならばどうして。

  答えは簡単だ、その剣は切っ先以外が本当に霞んでいるのだから。

  空間そのものに干渉しているのか、剣の周りはどこかきちんとした世界とは別の次元で霞んでいるのだ。

  セイバーのエクスカリバーのように風を使って見えなくさせているわけではない。

  その空間に何かが具現化されようとしているために見えなくなっているのだ。

  剣の具現は一瞬。けれどその周りに現れる何かは時間をかけて僅かずつ具現化していく。

  いや、これはもうある種の召喚魔術と言ったほうがいいだろう。

  そしてその切っ先が私の顔目掛けて飛んできたものだから、咄嗟に顔を左にずらしてその刃を避ける。

  「よく避けましたね。でもこれからで……す」

  相変わらずに顔面を青白くさせながらも、この魔術がただの剣の召喚ではないことを暗に伝えてくる。

  「思い出したから説明しますね、この魔術はかの有名な名剣『グラム』をその召喚で呼び出しています」

  「グラムって……まさかっ」
  
  「あら、ご存知でしたか。それなら余計な説明は要りませんね。倒されなさい」

  「………」

  その具現化を完成させようとするドラゴンだとか。

  いつでも体調の悪そうな青い顔とか。

  震える自分の肩だとか。

  そういった普段の自分にとって重要であることがどうしてか抜け落ちた。

  一点の疑問点に捕まってしまったからだ。

  彼女は言った、グラムを召喚していると。

  でもそれは間違いだ、あの名剣が現代に残っているわけがない。

  例えここが常軌を逸脱している幻想卿という場所であるとしてもそんなわけがない。

  そう、彼女は私が良く知る方法でグラムを実体化させているのだ。

  しかもそれは不意打ち気味に私の心に入ってきて、戦闘中は極力余計なことを考えないようにと努力してきた私を否定して。

  それでもなおソレを考える思考を止めることができなくて。

  そう、つまりソレは……。

  「このタイミングで私の記憶に干渉するなんてね。許す許さない以前の問題よっ!!」

  「何の話ですか?」

  「こっちの話よっ!」

  似すぎているのだ、その方法が。

  「私の―――人に!!」

  独白、自分でも何を言ったか覚えてはいなかった。

  けれどそれは独白。

  私が心の奥にしまっておいたわずかばかりの罪悪感と吐露したいという気持ち。

  あとはわけのわからない感情。

  『その召喚という行為は、私の知る限り投影と呼ばれる魔術に酷似しているのだ』

  故に感情は動いた。

  故に意味のない台詞を吐いた。

  故に腰の剣に組み上げた回路で魔力を注ぎ込む。

  そして。

  「貴女、名前を聞いておくわ」

  「……覚悟はできたようですね。私はフォールズィ・メモリー。名前の由来は忘れましたわ」

  「そう、それじゃあさよならだわ」

  「えぇ、いずれ死しても恨みなく」

  瞬間、目の前に具現化しているドラゴンが咆哮を上げる。

  (後でわかったことだが、具現化という概念ではあるが実際は魔力で形作っているだけだった)

  同時に私も負けないくらい、あらん限りの大声で魔力を放出させる。

  「A bride's name is GuzuRuna」

  「『真名の波風』!(Jewelry sword of ZERURETCHI)」

  名剣グラムを『投影』し、さらにそれをドラゴンの咆哮で打ち出す魔術。

  対するは辺り一帯の魔力をただぶつけるだけの魔術。

  炎を纏った一筋の線。

  七色の光を纏った三日月。

  その衝突の瞬間、私はまたしても戦闘とは関係のない部分に気をとられてしまった。

  だけど、信じられない光景を突きつけられれば誰だってそうでしょう?

  「うそ、どうしてアナタが……」

  そんな台詞が出てくるくらいに驚いたんだから。



		It continues next time.










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