2 『それじゃあここで全部忘れてしまいなさい』

  
  「や、やっと……止まった……」

  あれから1時間ほど経っただろうか、月はその位置を変え、私自身もどこかわからない場所まで飛ばされてきた。

  (そもそもこの世界のどこにも私の知っている場所なんてないけれど)

  そうしてようやくこの釘バットの操縦方法がわかったところでこうして飛行訓練をしているというわけだ。

  きちんと操縦できれば意外にもこの釘バットというのは乗り心地がよかった。

  そりゃあ私は箒なんて乗ったことないし、空を飛ぶ乗り物だって飛行機くらいしか知らない。

  だけど自分で空を飛ぶのって言うのはそれなりに気分がいいものだった。

  言うなれば散歩と同じ感覚だ。

  空の散歩を多少楽しんでから私は東へと向かう。

  幸いにも釘バットに飛ばされている間は妖怪に出くわすこともなかったし、そういう気配も感じなかった。

  感じなかったのだが…。

  「いるわね、この先に」

  それも集団で。

  最初に出会った弱い妖怪達と変わらない魔力ではあるけれど、油断はしない。

  敵が其処に在る以上は隙を見せちゃいけないから。

  「手持ちの武器はガントとアゾット剣と宝石剣か……他の魔術は怖いからやめておこ」

  空中で武器を使って戦闘なんていうのはおそらく無理であろう。

  となればガントで戦うしかないのだが。

  「魔力は足りてる、足りない分は…最初からマナを使えば充分か」

  左手の魔術刻印にも充分、自身の体にも充分魔力は満ち足りている。

  どうやら私はこの世界との相性が良いらしく、使ってしまった魔力も時間がたてば自然に回復するようになっているらしい。

  自分たちの世界との差はその回復するまでの時間が決定的に違う、ということだろう。

  それがこの世界に飛ばされてしまった時の影響なのか、それとも元々魔術師達との相性が良かったのか、
  
  ここ幻想郷は非常に魔術師にとって居やすい環境であるといえる。

  「このまま進めばもうすぐ見えてくる……見えた」

  空中に漂う妖怪たち、姿形は人間のそれと大差はない。

  だが心なしかその動きはどこか統率が取れていなく、またこちらを『食料』として認識しているのか怪しい状態であった。

  「………」

  そしてどこか虚ろな目、まるで痴呆症の老人だ。

  しかし……。

  「…あー食料だー」

  「ホントだー」

  「食べよう食べよう」

  誰かが発した一声。

  その声に反応する誰か。

  さらに反応していく誰か。

  連鎖は続き、いつしかその場に居た全員が私を食べようと一斉に襲い掛かってくる。

  「結局こうなるわけね……いくわよっ!!」

  多少様子を見たのが仇となったのか、最初から攻撃していれば少なくとも全員同時に相手をすることもなかったかもしれない。

  が、それでも起きてしまったことは変えられない、だから私はこいつらをねじ伏せて前に進む。

  それが此処幻想郷での当たり前の事実。

  その事実を受け止めながら戦闘行為に意識を集中させる。

  敵が撃ってくる色とりどりの魔力。

  その一つにでも当たろうものなら私はきっと簡単に打ち落とされ食料にされてしまうだろう。

  だから私は必死にそれを避ける。

  正面からやってくる5人の集団に向かってガントを7発。

  狙いの正確さより数で勝負。

  向こうが撃ってきた魔力の弾を左に避けながらガントが当たったことを確認する。

  「わー」

  「ちくしょうー」

  なんてどこか気の抜けるような声を出しながら消えていく妖怪達。

  それを見た別の妖怪は。

  「よくも仲間を」

  「もう謝ったって優しく食べてあげないからなー」

  なんてこれまた気の抜ける声でなんとも恐ろしい言葉を発している。

  見た目とは裏腹に彼等は非常に力を持った存在である。

  きっと普通の人間なんかそれこそ1分も立たないうちに殺されて食料になっているに違いない。

  だけどガントは通用する。

  おそらく他の魔術でも効くんだろうけど魔力の消費と敵の数を考えた場合これが一番効率がいい。

  「だからってこの先ずっとこんなのと戦わされたらちょっと嫌ね」

  そう言いながら次々と妖怪を撃ち落としていく。

  その数は段々と減っていき、最後の2人になったところで攻撃の手をやめて質問を投げかける。

  「ねぇアンタ達。ちょっと聞くけど降参するっていうことは考えないわけ?」

  「降参? 降参ってなんだ?」

  「それよりアタシの名前ってなんだっけ」

  「はい?」

  いきなり何を言い出すのだろうか。そこまで頭が悪いのだろうかこの二人は。

  「バカ言うなよ、それよりさっきまでどこにいたか思い出すことが先じゃないか」

  「ううん、そもそも昨日はどこでなにしてたっけ」

  「……」

  待て、どこかおかしい。

  何かが引っかかる、それはとても大事なことだというのにどうしても引っかかるだけで掬い上げられない。

  「それより明日の予定だろ、なにかあったはずじゃないのか」

  「………わからなーい」

  「……頭痛くなりそう」

  決定、放っておこう。

  別に進路を遮っているわけでもないし、このまま過ぎ去るのが一番いいみたいね。

  そうと決まれば早速。

  私はまだ言い合っている二人を置いてさっさと先に進んでいく。

  しばらく二人の会話が耳に残っていたが、それが消えた頃……。

  「この先はきっと貴女の行く場所じゃないわ」

  森の終わりで一人の妖怪と出会った。

  「おあいにく様、私はこの先に居る人間に用事があるのよ」

  白と黒のドレスを身にまとい、整った顔立ちの少女がそこに浮かんでいる。

  浮かんでいる以上は彼女も妖怪だろう。 

  だから私は、油断して隙を見せないようにたっぷりと警戒しながら彼女の動きに注意する。

  「そう、けれどこの先に人間なんて殆どいないわよ。いても人間離れした人間だけじゃないかしら」

  「私はその人間離れした人間に用事があるのよ」

  「残念ね。おとなしく帰れば危害を加えたりしないのだけれど」

  「あら、貴女が私に何かできるのかしら?」

  私は油断なく彼女に挑発をかける。

  それで少しでも彼女の何かがわかればいいのだが。

  「………」

  彼女は黙ったまま私の顔を見て。

  「それじゃあここで全部忘れてしまいなさい」

  それだけ言うと指先にともした魔力で空中に文字を書き始めた。



		It continues next time.










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