第1話 

1  『だからって釘バットってどういうわけ?』


  見慣れぬ世界『幻想郷』。

  私は今、人間世界と隣り合っていると言う幻想郷で一冊の本を読んでいる。

  これをくれた魔女は不思議な雰囲気を放っていたけれどれっきとした人間だった。

  それはどうやら幻想郷では極端に珍しい事実であったようだ。

  この世界において人間と言うのは食料であり、「調達」されるものであるらしい。

  一部の例外を除いてではあるが。

  その例外と言うのが人間を食料としている「妖怪」と呼ばれる存在より強いということである。

  さて、この妖怪より強いというのはどういったことであるかといわれればそこは多少複雑な事情があるらしい。

  元々はこの幻想郷というのはとてもとても昔、それはもう神代の話。

  この地は立ち入れば妖怪に食われてしまうと恐れられていたのだ。

  そういった場所に人間は近づかない。

  極稀に勇敢な人間が退治を試みたり、妖怪が人里へ行かないようにと見張る者たちが現れた。

  そんなことが起きて年月がたった頃。

  幾人かの僧侶達により幻想郷は人間の世界とのつながりを絶たれるために結界を張られてしまう。

  そうして人間達は幻想郷の存在も忘れていった。

  勇敢にも幻想郷で人間の世界を守っていた人たちと、その他大勢の妖怪を閉じ込めたまま。

  それから世界は闇を排除していった。

  それは人間の世界を発展させていくと同時に幻想郷の内部も発展していったことになる。

  しかし彼等は人間達と同じような発展、進化はしていかなかった。

  彼等は彼等自身の世界を大事にしていたし変える必要はなかった。

  だから幻想郷はいまでも昔のままの形を残している。

  それが正に楽園に見えるのは人間側の勝手な解釈ではあるだろうが。

  そして現在の幻想郷、ここは今でもたまに道に迷った人間が紛れ込んでしまうらしい。

  それは神隠しと呼ばれているようであったが大半の人間は自分の世界へ帰ることはなかった。

  普通の人間は妖怪になす術もなく食料にされていったのだから。

  では先ほどの魔女はどうなのだろうか。

  彼女は妖怪に対する対抗手段を持っていた。

  それは空を飛べることであったり、妖怪に対しての攻撃手段等々を持っていたからであった。

  「つまりここでは弱肉強食ってわけね」

  それなら簡単でいい、先ほどの妖怪程度なら問題はない。(因みに、先ほど倒した妖怪たちは別に消滅したわけではなく、実体化出来なくなっただけらしい。)

  もっとも、この先にいるであろう「時間と空間をあやつる人間」はその程度の実力ではないだろうけど。

  実際に対峙してみないと実力がわからないと言うのは少々問題があるとも思うけれど今はそれにすがるしかないんだから。

  「聖杯戦争とはワケが違うってのはわかるけどさ…」

  途端、今頃桜と士郎はどうしているのだろうかなんて考えてしまった。

  先ほどの魔女の話でいけば私のいた世界での時間経過はないということだったが確証がない以上はどうとも言えないだろう。

  もしかしたらとっくにカタがついていて、私が帰る頃にはあの黒い影が世界中埋め尽くしている、なんてこともありえるかもしれない。

  「やば…変な想像しちゃったわ」

  私はそんな想像を振り払うとこれから先どうするかを思案する。

  「さし当たって例の人間を探すのが目標だけど……感じるのよね、ここに来てから恐ろしいまでの魔力の塊を」

  そう、私がこの世界に来てからずうっと感じている気配があった。

  それは隠そうともせず、しかし挑発しているわけでもなく。

  ただ自然に、本当に当たり前にそこに居るのだと主張するように魔力を放っていた。

  その方向はここから東に向かったところ。

  「それを目指せば何かしら収穫があるかもしれない、か」

  そう直感させるほど、その魔力には何かを感じていた。

  だから私は其処を目指すつもりなんだけれど……。

  「この深い森に入っていくのはちょっと自殺行為よね…」

  目の前にはとても深い、まっくろな森が広がっている。

  私が目覚めた場所はちょうど広場になっているような場所で円形に開かれていた。

  そのおかげでこうして月明かりを受けることが出来るし本だって読むことが出来た。

  「けど…空を飛ぶ以外無理じゃないのコレ…」

  魔女は箒を持っていた、でも私は何も持っていない。

  この差は大きいだろう、『魔女の軟膏』をもらったとはいえこれ単体で空を飛べるかどうかはわからないし、仮に飛べたとしても集中力を持続させる媒体がないので非常に危険だ。

  現代では『空飛ぶ箒』というのは非常にポピュラーな物質である。(実際に飛ぶというわけではなく)

  そこで箒を媒体にして空を飛ぶイメージを膨らませる。

  そうすれば無駄な集中力を使わなくても空を飛べるのである。

  であるが箒がない。

  「はぁ…仕方ないから何か探してみるか」

  そうして結局そういう結論へと至る。

  幸いにしてここは森の中である、運がよければ長い枝でも落ちていれば……。

  「………」

  思案。

  目の前にある物体を観察。

  「確かに形としてはこれが一番まともだけれど……」

  それは以前誰かの工房で見た気もする。

  でもそれとは形状が若干違っている気がする。

  「それに魔女ってイメージじゃないでしょこれ」

  そうなのだ、これで空を飛ぼうものならおそらく私たちの世界では異端者扱いだろう、きっと別の意味で。

  でもコレしかない、コレ以外にはないだろうと頭のどこかで考えてしまっている自分を感じる。

  「だからって釘バットってどういうわけ?」

  目の前には私が見たことのあるバットより数段長い柄を持っている。

  おあつらえ向きにその長さは私が乗っても大丈夫な長さと太さになっている。

  けれどその先端、膨らんだその部分には釘が数十本。

  本当の意味でも釘バットっていうのは釘の先が突き出していたり、中途半端にさびたり曲がったりしているのが刺さっている、というイメージがあるが……。

  「正に釘バット以外の何物でもないじゃない……」

  そんな感想が一つこぼれた。

  「……はぁ…知り合いには見せられないわよね、絶対」

  それでも仕方なく、そう仕方なく。

  私は『魔女の軟膏』を自分に塗りつけるとその釘バットに魔力を流し込み「イメージ」する。

  さすがに最後の抵抗があるので釘バットを跨ぐような乗り方はしない。

  地面において魔力を込めると釘バットは徐々に浮き上がってくる。

  そこに腰掛けるように乗っかってさらにイメージ。

  「空へ、空へ、空へ、空へ」

  繰り返す、繰り返すごとに釘バットは空へと向かい始める。

  私を乗せ、徐々に空中へと。

  「へぇ……本当に空を飛べるんだ」

  ゆっくりと上っていく、急ぐことはない、焦らずに落ち着いてやればうまく行く。

  私はその程度の能力は持っていると自負しているし実績だってそれなりにある。

  さすがに空を飛ぶのはコレが始めてだけどそれは瑣末なことであろう。

  「よし……すすむわよ」

  コントロールの神経に魔力を集中させる。

  やがて少しずつ前に進み始めて……。

  「ってぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

  何がなんだか、視界が急に滅茶苦茶になっていく。

  色は七色に、空気はバターに、音は超高速でリピートを繰り返す。

  ガンガンガンガンと打ち付ける早鐘は胸と頭を打ち、見えるはずのない風切りが幻視される。

  其処は地上か天上か、最早今の私にはわからなく。

  とにかく振り回される。

  つまりは……。

  「言うこと聞けぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

  それはもう、狙ったかのように釘バットはコントロールを受け付けてくれなかったのである。

  「どこ行く気よーーーーーーー!!!」

  そんな叫びも聞こえないのか、釘バットは自分で勝手に動き続け、元にいた場所かが遠くに消えてしまうほど進んでしまった。



		It continues next time.










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