門番という存在意義すら認知してもらえない。


 1『まるで中国ね、口には出さないけれど』




  寝起きはいつも気だるい。

  毎朝の登校前だってそうだ。

  目覚ましはいつもきちんと鳴るけれど、寝起きの体調の悪さだけはどうしようもない。

  それは本当にいつでも一緒だ。

  士郎の家に居候していた時もそうだったんだから今更治るわけもない。

  だから今だってそうだ。

  いつ眠ったかなんて覚えていないけれど、この感覚は間違いなく眠りの感覚だ。

  夢は微かに見たとしか記憶にはないけれど、ひとつだけおぼろげに頭に浮かんだ。

  「そっか、私助かったんだ」

  おぼろげに見えた光の渦。
  
  私はその中で確かに何かを掴んだ、それが夢。

  掴んだ何かはきっと私の命だ。

  だからこうして私は生きている。

  「そう考えておこう、うん」

  そして私は辺りをふと見回す。あるのはいまだ燻っている地面と地面に突き刺さった私の釘バット。

  それと。

  「……やば、ほんとに私倒したわよね。自信ないんだけど」

  釘バットに並ぶように横たわっている彼女の番傘。

  『赤の夕暮れ』と彼女は呼んでいた。

  存在する番傘は以前のままのように見えるが、そこから出される雰囲気は違っていた。

  「なんていうか……抜け殻みたいね」

  それはやはり主を失った所為でしょうね。

  だとしたら今のコレに何の害もないでしょう、あとは放っておけばいいだけの話。

  「なんだけど……ちょっと気になるのが人情ってモノよね」

  そう、あれだけの性能を持った道具だ、魔術師として気にならないはずがない。

  「別段危険はなさそうだし……持っていくか」

  私はそうして彼女が使っていた『赤の夕暮れ』を手に入れたのだった。

  手にした瞬間、僅かに感じた違和感を私は気に留めなかったのだが。

  「さて、それじゃあまた先に進むとしますか」

  私は釘バットに跨ってまた宵闇の空を飛び始める。

  向かうはこの先から感じる魔力の違和感。

  私自身を引き付けるようなソレに向かう。

  それがどんな運命だとしてもだ。

  「……待ってなさいよ桜」

  自然と彼女の名前を口にしている。

  それは複雑な感情。

  けれど深く考えない。

  目の前、私の視界に彼女がいない今は深く考えても仕方がないことだから。

  そうして一陣の風が通り過ぎる。

  夜気に急かされているようでいて、しかし心地よかった。

  その先、湖を越えた先へと。

 




  ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

  幕間 ―― ちび○○○? ――

  「中国せんぱーい、怪しい生物を捕まえましたー」

  「こらっ! いつも言ってるけど『中国』はやめなさい」

  凛が向かっていた湖の先、そこに2人の妖怪が集まっていた。

  「はーい、すいません先輩」

  「で、何を捕まえたんだって?」

  先輩(中国)と呼ばれたその妖怪は多少不機嫌な顔をしながらも後輩の報告はきちんと聞いていた。

  「それがですね……」

  ここは紅魔館と呼ばれる館。

  幻想郷においても『近寄りがたい場所』のひとつに数えられている。

  もちろんそれは館の主が恐ろしいということであるが、それ以外にもいくつかの要因はあった。

  その内の最もレベルの低い要因。

  それが彼女達「館外警護隊」の存在である。

  ある者はさらわれてきたり、ある者は詐欺の契約書を書かされたり。

  理由は様々だが彼女達はここで働いている。

  その中で警護長を務めているのが先ほど先輩と呼ばれていた「紅 美鈴」(ほん めいりん)

  いかにも中国という様な出で立ちをしているために周りからは本名でなく「中国」と呼ばれることが多い。

  実力は館外警護隊最強、でも館内にはもっと強い妖怪がいる。

  出世はできないが職務には割と忠実。

  でもやっぱりどこか弱い。

  そんな妖怪。

  「……ねぇ貴女、コレどこにいたの?」

  「それがですねー、大体2時間くらい前に突然空から降って来たんですよー」

  「空からって……」

  目の前にいる生物に対してだろうか、美鈴は怪訝そうな顔で話を聞いている。

  「んでもってそのまま追いかけまくって先ほどようやく捕まえたってワケですー」

  「そ、そうご苦労様……後は私が何とかしておくから貴女は見回りに戻りなさい」

  「了解でありますぅ」

  そうして彼女の部下であるその妖怪は、背中に生えた羽を小刻みに動かしながら見回りへと戻っていった。

  「ふぅ……私もいい加減この仕事長いけど……」

  軽い溜息をついてから一度夜空を見上げる。

  「……こんなみょうちくりんな生物初めて見たわ」

  そしてもう一度目の前の生物に目を向ける。

  逃げ回って疲れたのか、それとも後輩が気絶させたのか。

  今目の前にいる生物は軽い寝息を立てて眠っていた。

  身長は大体40センチ前後で2頭身、短目の手足と不釣合いな大きさの頭。

  見ようによっては確かに人間に見えなくもない。

  ただ2頭身の人間がいるかどうかが問題なだけで。

 「兎に角起こしてみないと何にも分からないわよね」

  そうして美鈴はその生物を起こしにかかるのだった。

  幕間 ―― ちび○○○? ――  了

  ――――――――――――――――――――――――――――――――


  



  「参ったわね、さっきのはちょっと意外だったわ」

  湖の上空、私は先ほど倒してきた暗闇を操る少女を思い出していた。

  夜の闇に浮かんだ影、そんな物は幻だと思いたかったがソレは確かに存在していた。

  彼女は自分のことをルーミアと名乗っていた。

  「闇を操るんだよー」

  なんて言っていたからそういう妖怪なんだろう。

  さすがに空間ごと暗闇にされたときは驚いた。

  驚いたけれど大した問題じゃなかった。

  試しにガントを撃ってみたらあっさりと闇は消えてしまったし、それに驚いたルーミアも

  「ひゃあ」

  なんて声を出したりするから見つけるのは簡単だった。

  だけど誰にでも特技はあるようで。

  「お、驚いたけど恐くはないんだからね。『月符 ムーンライトレイ』!」

  そう言って何やらいくつかの魔術を繰り出してきたのだがはっきり言えばメモリーに比べて段違いだった。

  「まるっきり拍子抜けね」

  つまりは段違いに弱かったわけだ。

  だから退治も楽だったし私はかすり傷程度の怪我しかしなかったのだ。

  それがあまりにも意外で私は彼女のことが印象に残ったというけなのだが。

  「……見えた」

  やがて見えてきた館のおかげで私はルーミアのことを頭の中からきれいに消した。

  勢い込んで出てきたけれど簡単に倒せしまうような妖怪は覚えていてもしょうがない。

  『この館は駄目だ』、一番最初に感じたのはそんな事だった。

  ここは人間風情が簡単に近づいていい場所じゃない。

  それは中に居るであろう主人の存在。

  館の外にまで発せられるその妖気ともいえる威圧感。

  気分が悪くなってくる。

  「けど、ここに入らないと駄目なのよね」

  私は軽い嘔吐感を振り払ってその館へと近づいてく。

  その周りを囲んでいる城壁のような塀を飛び越して行こうかとも思ったのだがここまできて忍び込むような真似をしても仕方がないだろう。

  私自身がその存在を感じているように、ここの主人も間違いなく私という存在を感じているのだろうから。

  館の正門、そこを探す。

  これだけ広大な敷地を持つ屋敷なのだが意外にも簡単に見つけることができた。

  「さて、吉と出るか凶と出るか……」

  「って! アンタ私が見えてないのっ!?」

  「へ?」

  驚いた、正門の前までやってきたところで誰かに呼び止められたんだから。

  「そこのアナタよ、門番が居るのに無視して行こうなんていい度胸じゃないの」

  「えーと……」

  目の前に現れた彼女、緑を基調とした服装で帽子まで緑色だ。

  基本的には優しげな顔立ちなのだろう、しかし今はその目もつり上がって如実に怒りを表している。

  その格好を見て私は思った。

  {まるで中国ね、口には出さないけれど……それより}

  私がもっと気になったのは別のことだった、それは彼女が小脇に抱えているモノだ。

  「そう、貴女門番だったの。それよりソレなにかしら?」

  「……言う必要はないわよ。それより貴女こそここに何の用かしら。ここは簡単に近づいていい場所じゃないわよ」

  「そうね、そんなに簡単に来られたわけじゃないものね」

  「?」

  「貴女にはあまり関係のない話よ。それで? やっぱり貴女も他の妖怪と同じなわけ?」

  「そうね、食べたりはしないけれどここを通るというのなら」

  「……そうね」

  余計な会話は一切いらないということか、それなら話が早いじゃない。

  「ここは通さないわよっ!!」

  「押し通るっ!!」

  月はまだまだ空高く、夜はまだまだ終わりなく。

  目的を果たすための障害は無数に転がる幻想卿。

  私は此処で、またひとつの障害を――――――乗り越えてみせる。



		It continues next time.










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