2  『名前? そんな野暮なことを聞くんじゃないぜ』




  「敵のつもりなら今すぐ打ち落としていいんでしょ?」

  空中に浮かんだ少女は笑みを絶やさず、本当に可笑しそうに笑いながら答える。

  「やりあうつもりなら構わないけどな、この世界の人間じゃないだろお前さん」

  「え?」

  予想外、先ほどの連中は言葉もなく私を襲ってきたけれど、目の前の少女は言葉を話せるらしい。しかも日本語で。

  「そう、とりあえず貴女とは話ができそうね」

  「あぁ。さっきのやつらはアンタを食べようとしていたけどな。私は食べないぜ、まずいから」

  「それで? 私が聞きたいことに答えてくれるの貴女は?」

  「丁度通りかかったところで人間を見つけたんだからな、人助けさ」

  そうして彼女は地面へと降り立ち私の前までやってくる。

  「どうやら人間の世界から引き寄せられたみたいだな。しかも特殊な条件で」

  「飛ばされた? それにここって私たちがいた世界じゃないの?」

  「焦るな焦るな、一つずつ説明してやるよ。今ならコイン一個でいいぜ」

  「はぁ……」

  兎も角、私はこの魔女の話を聞くことにした。



  「………」

  私はそのにわかには信じがたい話を一通り聞いたあと、まさしく呆然としてしまった。

  学校での優等生振りを知っている人間には到底見せられないような顔をしていたに違いない。うん。

  彼女の話を要約すると次のようになる。

  ひとつ、私はどうやらこの世界にいる誰かと一瞬ではあるが魔力で繋がってしまったらしい。

  ひとつ、私が崩壊させた宝石剣ゼルレッチの影響で、ここ幻想郷と呼ばれる空間と私がいた空間が繋がってしまったらしい。

  ひとつ、私のいた世界では時間が止まっていると同じ状態になっているらしい。

  「……つまり私は今現在、幻想郷って呼ばれているこの空間に引きずりこまれた状態ってわけね」

  「話が早くて助かるぜ」

  黒い魔女は何故だか嬉しそうに私に笑顔を向けてくる。

  なんていうか、ちょっと裏がありそうだけどいい人みたいじゃない。

  「それで、私はどうすれば元の世界へ帰れるのかしら?」

  「普通の人間だったら博霊神社辺りから帰るのが妥当なんだが、どうみても普通じゃないっぽいな」

  そうして彼女はしばらく唸った後に唐突に。

  「思い出した、幻想郷のどこかに『時間と空間を操る人間』がいるらしいからソイツに頼んでみればいいんじゃないのか」

  「『時間と空間を操る』……? ちょっとまった! そんな魔法みたいなことを出来る人間がいるわけ!? それって禁忌中の禁忌じゃないの?!」

  私が一斉に捲くし立てた所為か、彼女はきょとんとした顔をした後に。

  「あぁそんなことか。幻想郷じゃ割と当たり前だぜ」

  なんてことを言ってくる、父さん、私達はどれだけの苦労をあの世界でしているのでしょうか。

  「…はぁ、まあいいわ。それでその人間はどこにいるの?」

  私はもう思いっきり開き直ってこの悪夢からさっさと覚めたかった。

  夢から覚めて、そうして私は目的を果たすんだから。

  「知らん」

  「はい?」

  ちょっとまった、今この黒いのなんて言った?

  「だから知らないぜ、私はそういう人間がいるってことしか知らない」

  「呆れた…無責任のもほどがあるわよ貴女。そんないるかもいないかもしれない人間を探せだなんて」

  「いや、実在はしている。それだけは本当だ。私は嘘はつかないぜ」

  「……信じろって言うの、それ」

  「それはお前さんの勝手だがな」

  閉口、思案。

  自分の置かれた状況をもう一度よく考えてみる。

  私はさっきまでは確かに大空洞で桜と戦っていた。

  それは事実だ、うん。

  そして今現在私は幻想郷よ呼ばれる世界に来ているらしい。

  まったく、『平行世界』ならすぐに信じられるけれどこれはまったくもって論外もいいところだ。

  アヴァロンだったりヴァルハラだったりというのならばまだ信憑性は高い。

  だってセイバーが実在しているんだし、それがすでにそういう世界があるという事実の裏づけであるんだから。

  ……でも。

  例えコレが夢だとしても、もしかしたら死後の世界だとしても。

  私は私でここにいる。それは覆しようがない事実だ。

  だったら私が今できること、しなくてはならないことを考えればこの魔女の言い分にも納得しなくてはならない。

  そうなれば答えなんて一つだ。

  ああ、答えなんて簡単だったんだ。

  「……いいわ、貴女の言うことを信じてあげる。私は自力でその人を探し出してみせるわ」

  「いい心がけだぜ、それじゃこれは餞別。オマケもつけてな」

  「っと、これ…いいの?」

  「気にするな、それがあれば空も飛べるようになるぜ」

  「うそ。そんなすごい物なのコレ?」

  私に手渡されたそれはどうみても塗り薬にしか見えないんだけど。

  「『魔女の軟膏』。それを内股に塗れば世界の誰でも空を飛べるようになるぜ。それは人間の世界でも一緒じゃあなかったか?」

  「…確かに中世の魔女はそういう方法で空を飛んでいたって記録はあるけど。まさか貴女が作ったの?」

  「そうだな、じゃないとこうやって空を飛んでないぜ」

  「……ありがと、大事に使わせてもらうわ」

  「ああそれと」

  「?」

  「効果はランダムだぜ」

  「どういうこと?」

  「たまに落ちる」

  「っ! そんな危なっかしい物使えないわよ!!」

  「大丈夫、落ちる時は割とゆっくりだから」

  ゆっくり……それならまあいいかな…中世の神秘を目の前にちらつかされたら多少は妥協しなきゃね。

  「ちなみにどれくらいのスピードで落ちるわけ?」

  「そうだな、万有引力の法則ぐらいだぜ」

  「つまり自由落下って言いたいわけ?」

  あ、駄目だ。そろそろ血管の辺りが。

  「冗談だぜ、きっと震度1の地震だ」

  「それってつまりは「落ちるのがわからないくらい」ってこと?」

  彼女は満足そうにうなづくと、次に一冊の本を手渡してくれた。

  「この本は?」

  タイトルには『幻想郷での過ごし方。きっといち』と書かれていた。

  その手書きっぷりにはある種の感動を覚えたが何故に日本語なのかはあえて問わないでおこう。

  「困った時に読むといい感じだぜ。それじゃあがんばってくれよ」

  そうしてその魔女は現れた時と同様に唐突に去っていこうとする。

  しかし私はそれを呼び止めて。

  「待って、せめて貴女の名前くらいは聞かせてくれるかしら?」

  「名前? そんな野暮なことを聞くんじゃないぜ」

  「………」

  ああそうか、きっと彼女は私が困っていたから手を貸したけれど、深く関わることで私に起こる様々な厄介ごとから離そうとしてくれているのね。

  それなら私も名乗らないのが礼儀ってものでしょ。

  「そっか、それじゃあ色々ありがとね。世話になったわ」

  「気にすんな。きまぐれだぜ」

  そうして今度こそ、黒い魔女は月夜が綺麗な夜の闇へと吸い込まれていった。

  とてもとても綺麗な夜空、たった一人になった今でも、その美しさに変わりはない。

  後に残った私と、先に進んだ彼女とでは歩く道が違うのだから。

  私は私の道を、彼女には彼女の道があるのだから。

  だから私は自分に課した目的を果たすために自分の世界へ帰ろう。

  幸いにもまったくもって望みがないわけじゃないのだから。



		It continues next time.










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