
若島津健自伝『空手キーパー』
○月×日。今日、街を歩いていると変なオヤジに出くわした。自称、サッカーのコーチらしい。で、俺にキーパーの才能があるから是非サッカーを教えさせてくれと言ってきた。勿論断った。なにしろ格好が浮浪者同然だったし。しかし、その日から毎日そのオヤジに付けまわされる事になった。勘弁してくれ……
◎月×日。根負けしてついに弟子入りすることになった。オヤジは大喜びで早速特訓を開始しやがった。いきなり三角飛びや後ろ回しげりの練習をさせられた。これじゃ空手の練習とかわんね―よ、とか思ってたら果ては火の輪くぐりまでさせられそうになった。俺はサッカー全然知らないけどそれはねーだろ、って思った。なんとか火の輪くぐりをクリアすると今度は崖から岩と一緒にボールを落とすから全部キャッチしろとかムチャな事をいわれた。さすがにそれは命がいくつあってもたりないので泣いて頼んで勘弁してもらった。しかしオヤジはすっげー悲しそうな顔をしていた。なんか、俺が悪い事をしているような気分になった。後に、西ドイツのミューラーが実際にその練習を成功させたという話を聞いて俺はメチャ後悔する事になるがそれは別の話……。
◎月×日。チームに正式に合流。日向とかいう奴がキャプテンらしい。とりあえずは仲良くしとこうと思ったのでフランクに『よろしくな、日向』と話し掛けた。すると何故かヤツは急に不機嫌になりまるで人殺しのような目で俺を睨みつけてきた。な、何がいけなかったのか? とか思っていたら、アフロヘヤーの男に『バ、バカ、さん付けで呼べ』と小声で言われた。? と思って回りをよく観ると、同級生はおろか上級生のヤツラまで日向にさん付けで話していた。しかも日向はめちゃめちゃ偉そうにしている。まるでジャイアンだ。しかも『スライディングタックルは相手を殺す気でやれ!』とかメチャクチャいっている。しかし皆ビビって日向に逆らえないようだ。はあ、こんなチーム辞めたい……
〆月×日。日向が恐くて『辞めたい』の一言がいえずに1ヶ月、今日は俺が入って初めての試合だ。日向の、相手のことをまったくかんがえないとんでもないラフプレイで明和は圧勝、敵チームのヤツラは半数以上が負傷退場した。俺は思った。『日向は敵に回す方が恐ろしい』。今日の試合で、他のチームに移ってサッカーをやろうとしていた俺の気が吹き飛んだ。ヤツだけは敵に回したくない。いや、それ以前に『辞める』なんて言ったらタコ殴りにされそうだ……。
◎月×日。岬とかいう転校生がやって来た。そいつはかなりサッカーが上手かった。性格も良さそうだし、これからは楽しくやれる……そんな事を思っていたらヤツはとんでもない事をしやがった。なんと日向を『小次郎』呼ばわりしやがったのだ。よりによって名前で呼び捨てにするとは……俺は数秒後の惨状を想像しておもわず顔をそむけた。しかし意外な事が起こった。日向が別段気にせず、いやむしろ楽しげに岬と話しているのだ。そうか、日向って呼ぶのはダメで、小次郎って呼べばいいのか、そう思った俺は次の日からあいつの事を『小次郎』と呼ぶことに決めた。翌日『よう、小次郎』とフランクに話し掛けたら日向はまた人殺しの目で睨みつけてきた。かなりビビった。その後岬が来て『おはよう、小次郎』と挨拶した。すると日向は優しく微笑んで『おう、岬』と挨拶しやがった。チクショウ、なんなんだこの差は。この日から俺は岬に嫉妬を覚えるようになった。
岬が来て3ヶ月が過ぎた。心なしか日向が丸くなった気がする。練習でも以前のようなムチャを言わなくなった。だが俺の岬に対する嫉妬心は増すばかりだった。そんな事を考えているとまた岬が転校していくというニュースが入った。日向はメチャクチャ落ちこんでいたが俺は内心微笑んでした。すると日向は『ボールに寄せ書きして岬に渡そう』とかいいだした。3ヶ月しかいなかったやつにそこまでしなくてもいいだろうと言ったら、日向がまた人殺しの目で睨みつけてきた。めっちゃ恐ええ。おまけにプレゼント用のボール代は俺もちにされた、チクショウ。そのほか、日向が岬の乗るバスに殺人シュートを撃ちこむなどなんやかんやがあったが、無事岬は転校して出ていった。そしたら日向は次の日から以前以上の横暴ぶりを発揮するようになった。チクショウ……
×月◎日。交通事故にあって入院した。大会前だったのでチームの皆にちょっと申し訳ないなと思った。すると、日向が心配したのかお見舞いに来てくれた。俺はチョット感動した。そしてチームのこととか学校の事とかについて雑談した。だが日向の様子がおかしい、なにかチラチラと俺の後ろを見たりしている。はっそうか、お見舞いの果物が食いたいんだな、そう思った俺は機嫌がよかった事もあって『よ、よかったらどうぞ』といってしまった、これが間違いだった。ヤツは大喜びでかたっぱしから食い始めた。全てのお見舞い品を食い荒らすとサワヤカな顔で『じゃあな若島津、ケガ早く直せよ』といって去っていった。その日から毎日、現れては見舞い品を食い荒らして去っていく日向。チクショウ、早く直ってくれ俺の右足……
〆月×日。小学校卒業を控えたある日、家に日向と見知らぬおばさんが来た。おばさんは東邦のスカウトらしい。そして俺の両親に『ぜひ御宅の健君を東邦学園に……』とか言う話をしていた。どうやら日向が推薦したらしい。俺は思った『や、やっとあの日向と縁が切れると思ったのに……でも推薦でサッカーの名門にいくのもカッコイイから悪くないか』
結局両親も賛成してくれて、俺は東邦学園に進学する事になった。しかしスカウトのおばさんの様子がおかしい、すんなりまとまったのに元気がまるでない。気になって日向に聞いてみた、そしたら……『ああ、それか。実はな、ホントは俺と翼がスカウトされるはずだったんだが翼に断られてな、次に若林をスカウトにいったら若林はドイツに渡った後で、次に岬をスカウトにいったらフランスに……三杉は心臓病で……松山はチームメイトと別れたくないとか……。で、散々断られつづけてようやくお前が引っかかってくれた、ってわけだ。ま、ドラフトのハズレ一位みたいなもんだけど気にすんなよ』 ……ハズレ一位。俺は、俺は……『俺はあいつらのかませ犬じゃないんだ――――――――!! ……畜生』
〆月×日。日向が勝手な行動を取った為、東邦を首になることになった。やった、これで日向との縁が切れる。おまけにオレはキャプテンに任命された。キャプテン若島津か……いい響きだな。とか思ってたら何故か誰一人オレをキャプテンと呼ばずに、あいかわらず日向をキャプテンと呼んでいる。ナンデヤネン……
♪月×日。全日本Jrに若林が正式参戦する事になった。俺の正ゴールキーパーの座も危ないかな……とか思っていたら早田が『なあ、やっぱり大会は若林を使うのかな』と何気なくいった。その場の空気が一瞬で凍りついた。誰かが『かもな、三上監督は元若林の専属コーチだし』とフォローしてくれた。しかしそのフォローこそが俺のトドメだった。やっぱりみんなは心の中で『若林>>>>>>>オレ』と思っているのか……。その日の晩、オレは枕を涙でぬらした……。
〆月×日。アルゼンチンに四点も取られて鬱になっていたら、みんなの話し声が聞こえてきた。『やっぱ若島津じゃ駄目だよな〜』『そうそう、若林を使って俺達に楽させて欲しいぜ〜』とかいっている。早田と次藤だった。チクショウ、お前等イタリア戦で勝手にオーバーラップして足引っ張ったくせに。明日こそ、明日こそ無失点できりぬけてやる……
翌日のフランス戦、頑張ったが四点も取られた。しかし一点はPKだし一点は早田の抜けた穴を付かれての失点だから俺のせいじゃない。そう思っていたらまた話し声が……『若島津のやつ全然駄目だなあ』『ほんと、いないほうがマシだぜ』……立花兄弟だった。チクショウ、お前等はスカイラブ失敗して交代して即リタイアして足引っ張っただけやんけ……。
〆月×日。今日監督に『正ゴールキーパーは俺と若林のどっちなんですか』と聞いたら『う……うむ、それはだな……』とお茶を濁してきた。むかついたので『俺は若林の噛ませ犬じゃないんだ―――!!』と叫んで机をぶっ壊して来てやった。あのオヤジはかなりビビっていた。めちゃすっきりした。でも全日本に居づらくなったからプロ入りすることにした。ま、ユースなんかやっても金にならんしね。で、合宿場から出ていこうとしたら日向がいきなりネオタイガーショットを後頭部にぶち込んできやがった。とっさにキャッチできたからよかったが脳天に直撃したらどうするつもりだったんだあの殺人鬼め。
〆月×日。いきなり日向がやってきた。何事かと思ったら若林がケガしたからかわりに俺に全日本のゴールを守れとか無茶苦茶な事を言い出した。当然いやだったので、かわりに日向のオフクロの入院費用を出してやるからそれはカンベンと言ったら日向のやつは『この金はありがたく受けっとっておく、そのかわりお前をユースに連れていく』とか言い出した。ちょっとまて、それはお前に一方的に有利なだけじゃないか、そう突っ込んだら日向は『気にするな、俺のものは俺のもの、お前の物も俺のものだ』とかいいやがった、ジャ……ジャイアニズム……。さんざんいやがったんだが日向の野郎は俺のどてっぱらに新必殺技の雷獣シュートを叩きこんで、俺が気絶してる間に無理矢理首に縄つけて引っ張っていきやがった。そして、皆の前で俺に『ゴメンナサイ、ボクガマチガッテマシタ、ドウカユースニサンカサセテクダサイ』と腹話術で言わせた。これで俺はユースに参加せざるを得なくなった。チクショウ……
♪月×日。ウルグアイ戦。ヘルナンデスですら大量失点したからオレじゃ駄目だろうと思っていたらやっぱり五失点もした、恥だ。今となっては名セリフの『俺は若林のかませ犬じゃないんだ――――!』も空しいだけだ。翌日、何事もなかったかのようにスタメンキーパーが若林にスリ変わっていた。誰も異論を唱える者はなかった。もちろん5失点もした俺に文句を言う資格があるはずもなかった。チクショウ……。
〆月×日。ブラジルとの決勝戦。ここまで若林が調子がいい。なんとスェーデンとオランダ相手に延長も含めて2試合連続無失点だ。おまけに若林は調子に乗って『俺が防ぎきってPK戦でも勝てばヒーローは俺だ』とか言っている。ヤバイ、ここで無失点優勝でもされでもしたら俺と若林との差は圧倒的に開いてしまう。そう思った俺はベンチでひたすら若林の失点を願っていた。そしたら願いが通じたのかついに若林がゴールを割られた。その上スカイウイングトルネードアローシュートとかいうわけわからんシュートを食らって右手を破壊されやがった、ザマミロ。
しかしいい気分にひたっていたらトンデモない事になった。ナトゥレーザとかいうわけわからんやつが出てきて若林からペナルティエリア外からゴールを奪ったのだ。それはいいがその結果サドンデスに突入し、若林が限界でキーパー交代。つまり俺の出番だ。ヤバイ、あんなバケモンからゴールを守りきる自信はまったくない。あっさりゴール奪われでもして逆転負けくらったらオレのせいにされる。そう思ったオレはやけくそで飛び出して攻めこんでやった。これがたまたま上手くいって結果日本は勝った。ラッキー、若林はケガするわ、俺の評価はあがるわと最高の試合だった。
♪月×日。WY大会を優勝で終え、悠々凱旋すると、知らない間に俺の所属していた横浜フュリューゲルスが消滅していた。ナンデヤネン……