早田誠自伝「カミソリファイター」



●月×日
 今日は雨天の為、練習はなく替わりに室内でミーティングをやった。そして俺はかねてから計画していたある作戦を皆に発表した。  その名も「東一中カミソリタックル部隊」。簡単に言えば反則スレスレのタックルの波状攻撃でボールを奪おうというもの。あわよくば相手に恐怖も与え、萎縮させる効果も期待できる優れ技だ。  
 しかしオレのこの華麗なプランは多数決であっさり却下された。理由を聞けば「明和のパクリ」だの「ネーミングがダサい」だのてめえ勝手な理由ばかりだ。バカヤロウ!オレ一人に頼りっきりで何のとりえもないお前らを少しでも役に立てようと徹夜で考えてやったというのに、なんだその態度は!?
 しかも辻が言ってはならない一言を言った。
「カミソリだけにキレてんじゃねえのか、お前?」
周りは大爆笑。即、その場でブン殴りたかったが、さすがに皆の前ではうかつな行動はできない。しかしミーティングが終わった後、オレは校舎裏に辻を呼び出してボコボコにしてやった。
「タイマン勝負ならいつでも相手になってやるぜ!」
 我ながらイカした一言だ。しかし次の日、辻はこのことを先生にチクッてオレは小一時間、こっぴどく説教を受けた。鬱だ…。

◎月×日
 王者・南葛との大一番、オレの獅子奮迅の活躍で見事な先取点を奪い、そのまま試合は終わり、大金星…のはずだった。
 しかし、そこは流石に大空翼、勝つ為には手段を選ばない。オレの徹底マークを振り切れないことを悟ってか、トップスピードでオレを味方に激突させるように仕向けやがった。オレはその策にまんまとハマり味方と正面衝突。してやられたり。
 だが、いくらオレでもこんな殺人プレーまでは、やったことがない。オレ以上のエースキラーっぷり、恐ろしい男だ大空翼。
 この超兇悪プレーが炸裂し、同点に追いつかれてしまう。だが、オレには秘密兵器がある。そう、二枚刃カミソリシュートだ。これで決勝ゴール、今度こそ大金星…のはずだった。
 だが、シュートの軌道を翼に読まれ、事もあろうか、あの森崎にキャッチされてしまった。あのヘタレ森崎にだ。
 その瞬間は魂が抜け出たような気がした。まさに人生最悪の瞬間だった。そしてそのままカウンターで決勝ゴールを食らい、逆転負け。
 フッ…早田誠伝説の第一章から傷をつけられちまったな…。ていうか、負けたことのショックより森崎から(略)
 いや、落ち込んでばかりはいられない。今後のJr.ユース代表入りには、この森崎との一件は死活問題だ。ここはさりげなく、戦士(おとこ)っぷりをアピールして失墜したであろうオレの印象を少しでもカバーしておこう。
 ついでに南葛にはJr.ユース代表入りするようなやつらが わんさかいる為、今後の為に試合前のピリピリした関係を払拭する必要がある。自然にかつフレンドリーに近づき、お互い遺恨を残さないように務めるオレ。
 しかし、こっちは翼のケガを心配(するフリ)してんのに、オレのケガの心配は無しか南葛諸君。まったく世話のやける連中だ。そして、決めの一言。「ちくしょう、負けちまったぜ!みんなメソメソすんな!胸はって帰ろうぜ!」よし、こんなもんでいいだろう。
 きっと「いい奴かもしれないな」ってな風に思われてることだろう。

○月×日
 王者・南葛との試合に僅差で敗れはしたものの、あの大空翼と互角以上に渡り合ったオレの奮闘ぶりは全国に轟いたことだろう。そう思いながら、帰りの駅のホームで新聞を全種類買い込み、新幹線の中で心躍らせながらスポーツ欄を開いた。すると、そこには…
「森崎くん、十年に一度の奇跡のセービング!」
「SGGKガンバる!」
「森崎有三ここにあり!」
 な、なんだこの記事は…。こぞってオレの二枚刃カミソリをキャッチしたヘタレ森崎の記事が取り上げられている。オ、オレの記事は?…あ、あった!
「写真:森崎くんにシュートをキャッチされた早田くん」
 鬱だ…。しかも地元に到着し、駅の改札口を出た瞬間、自称“大空翼ファンクラブ大坂支部長”と名乗る女からペットボトルの水を浴びせられた。
 どうやらあいつにケガを負わせたことが地元の大空翼ファンを暴徒化させちまったらしい。そして気付くと周りは大空翼ファンの女共ばかりになっていた。ケッ、派手な出迎えだ。
 オレはキレ気味に「バカヤロウ!あれは不可抗力だ!むしろ、あいつがオレにやったプレーこそわざとだし、危険だし、悪質だったじゃねぇか!あいつのプレーは下手すりゃオレの選手生命すら終わらせてたんだぞ!」
と言った。そしたら、今度は生卵をぶつけられた。
 オレは半泣きで逃げるように帰宅した。


◎月×日
 今日の試合の相手はなんとあの東邦学園高等部。日本一の高校生チーム引っ張って来て、どうしろってんだ?絶対勝てるわけねぇだろう。だが意外にも試合は膠着状態に。
 そういや、日本一高校生チームつっても全員ザコ顔だったな。どうりで。
 そして魅せ場は来た。試合終了間際、オレのカミソリパスを受けた日向がノートラップでゴールに叩きこんで決勝ゴール。
「やったァ日向!」
「さすが日向さん!」
「ナイスタイガー!」
 おいおい、オレのナイスアシストへの賞賛の声はどうした?
「あの難しいパスをノートラップで合わせるなんて凄すぎるぜ!」
 なっ…!オレのエクセレントなパスを「難しい」だとォ!
 あれはワントラップでも楽にシュート打てただうろが!くっ!日向!日向!日向!どいつもこいつも日向! なぜだ!なぜやつのシュートを認めてこのオレのパスを認めねえんだ!オレの速くて優しいパスを!
 オレはヤケになった。まあいいさ、次の練習の時、カミソリタックルでヤツ(日向)はリタイアだ、へへ…。そう思ってたら、日向がオレの肩をポンと叩き
「ナイスパス早田、お前のパスのおかげだ」
 と言った。
なんか無性に泣けて来た。

○月×
 ハンブルグとの親善試合、ハンブルグはあの若林のいるチームだ。最初こそ優勢に試合を運んでいたもののこちらのシュートはバンバン止められた(オレ含む)。
 しかもこれは若林のワンマンショーの演出の為わざと手を抜かれてたそうで、途中からチーム全員が本気を出された後はもうボロボロだった。点は取られまくるわ、若島津はケガするわ、森崎は出てくるわ、乱闘騒ぎになるわ。
 結局5対1の完敗。しかも若林にバカにされるおまけつき。大敗の責任を取り、日向はキャプテンを降り、その座を松山に託した。
 …なぜオレに渡さなかった?なぜあいつ(松山)なんだ!?そもそも、あいつ(松山)は出しゃばりすぎなんだよ!
 食事の時には話したくもないのに勝手に隣に座って話しかけてくるし、頼まれもしないのに人の服、勝手に洗濯しようとするし、今日の試合だって勝手にオレたちDFに指示出してたぞ、そういえば!
「バカヤロウ!おまえにキャプテンは似合わ…ねえ!」
と言いたかったが、やめといた。あいつ怒ると強そうだし。


○月×日
 今日はブレーメンとの試合。移動のバスの中、サル崎が熱心に何か読んでいる。どうやら独和辞典のようだ。なんでも、この遠征中にドイツっ娘をモノにしてやる為らしい。ついでに和仏辞典まで持っていた。こいつ、何しに来てるんだ。
 オレもちょっと借りて読んでみたが、なかなかにドイツ語はニュアンスがカッコいい。オレも一言二言覚えて、こっちの選手を驚かせてやるか、HA!


○月×日
 フランス戦、オレのグンバツな働きであっさりと先取点。だが幸先がいいと思ったのも束の間、クソ審判の謀略で退場になってしまった。あまりにも理不尽だ。翼がキャプテンぶって抗議してくれたが全くの無駄だった。
 っていうかお前、フランスの審判にポルトガル語で抗議してどうする。ベンチに戻った際、すれ違い様に見上監督がオレの耳元でボソッとつぶやいた。
 「今日の試合、負けたらお前の日本代表の座は永遠に無いものと思え…」
 突然目の前が真っ暗になった。溢れ出る涙を必死にこらえるのがやっとだった。
 しかしピッチを去った後ではもはや祈ることしかできない。ひたすら祈った。神に祈った。泣きながら祈った。フランス流で祈った。オレん家は浄土真宗にもかかわらず。
 その甲斐あってか、なんとか勝利を収めた。オレは一人一人に礼を言った。初めてこいつらをいいチームだと思った。
石崎「いやぁ、このまま負けてたらお前、カミソリで手首切っちまうからな」
 一言多いんだよサル。


○月×日
 日本サッカー協会の片桐さんからオレの家に電話が入った。なんとブンデスリーグ2部の、とあるチームがJr.ユース大会でのオレの活躍に興味を持ったらしく、シーズン前のキャンプへの参加を持ちかけてきたそうだ。
 フッ、やはり一流は一流を知るということだ。いくら2部といってもオレにとっては願ってもない話だ。
 黙ってても楽勝でJリーガーにはなれるが、海外となると話は違う。まさに千載一遇のチャンスってやつだ。これを足がかりにブンデスリーグに殴り込みといきたいところだ。
 オレはヨーロッパ遠征中にドイツ語を多少覚えたこともありドイツ語にはそれなりの自信があった。そこでちょっとカッコつけてドイツ語混じりに
「答えはもちろんヤー(イエス)です」
と言った。しかし、片桐さんは意味を勘違いしたのか
「そうか、嫌なのか」
と言って即座に電話を切ってしまった。かけ直して訂正しようにも片桐さんの電話番号がわからず、後日、片桐さんと連絡が取れた時は既に断った後だった。激しく泣いた。


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