アマチュア映像製作グループすべて

解説羽字野 上典(自称・かぶしきがいしゃ永久顧問)

かぶしきがいしゃあゆみ


1974年(昭和49年)1月のことであります。
それまで、同じ会社でスチール写真を撮っていた、たかはしよしひで(左)と、南雲正明(右)の二人は、その写真を動かしたいという、きわめて単純な動機から、『アマチュア映像製作グループかぶしきがいしゃ』を設立したのであります。
そして、当時でもまだ高価だった8ミリフィルムのカメラ「Z450」を、共同で購入したのです。
記録物が全盛の時代に、ひたすらアクション物を撮っていたのですから、変わり者だったようです。
こうして、『かぶしきがいしゃ』の歴史は、ひとコマ、ひとコマフィルムに刻まれて行くのでありました。

(写真は、同じ職場だった「共立薬品」の裏で、恥ずかしげもなくポーズをとる設立当時の二人。若かった……)


『NOVA』セット撮影記念(1985年)


水谷しゅん監督来県
(蔵王にて1991年)

『紅の森に』撮影風景
(左●高橋浩司監督)

『紅の森に』撮影風景
(左上●水谷氏)

『紅の森に』撮影風景
(右●斎藤修)

『紅の森に』撮影
(元木光一郎)
(後方●浜谷修三氏)
数々の名作を世に送り続ける『マチュア映像製作グループかぶしきがいしゃ』のその熱い足跡をたどって行きます。
1974年に、さっそくたかはし、南雲の二人は、デビュー作となるサイレント作品『雪どけの詩』を製作しました。
75年には、たかはしが撮りたかった念願の『太陽にさけべ!灰色の空編』(76年2月、山形市長賞を受賞)を製作します。
同年、コミックバンド(?)が主役をつとめる『怪盗三羽あかガラス団』を製作。
80年、たかはしが、山形大学の学生だったただひろしと共同で、好きなジャンルのSF『未確認飛行物体』を製作し話題になります。
82年、松田優作+村川透監督作品に影響を受け、ハードボイルド青春アクション『HARDEST DAY』を製作。
同年、井上はじめ監督のパロディ『猫神家の一族』を、「かぶしきがいしゃが」編集とアフレコを担当して完成します。
84年には、冒険モノと、ミステリーを融合した『夢幻伝説』を製作します。
当時はまだアマチュアだった『ゴジラアイランド』の水谷しゅん監督が製作・音楽・編集で全面参加、作品の完成度を高めてくれました。
85年4月、大規模プロジェクトSF大作『NOVA』がクランクイン。
その85年には、水谷しゅん監督作品SFファンタジー『マーシー』の上映会を開催し、アマチュア作品とは思えない見事な出来に感動します。
88年には、『夢幻伝説88』完璧版の上映会を開催します。
91年に水谷しゅん監督が初来県し、たかはしよしひでと、感動の出会いをいたします(?)。
このとき、水谷監督の新作『ヒナラギ伝説』の上映会を開催し、完璧な出来映えに、腰を抜かします。
刺激を受けた、かぶしきがいしゃは、以後活発な活動が続くのであります。
92年に、高橋浩司監督作品ガンアクション『紅いフォーカス』と、ファンタジーアクション『真理子』を上映します。
93年、『紅いフォーカス』が、「第2回ガン&アクションビデオコンテスト」にて、グランプリ受賞したのであります。
94年には、かぶしきがいしゃ創立20周年記念上映会『フィルムの逆襲』を開催し、ひと区切りを付け、さらなる前進を始めます。
95年『紅の森に』が完成し、上映会を開催します。
96年には『夢幻伝説』が、「第3回ガン&アクションビデオコンテスト」にて入賞いたしました。
97年、『紅の森に』が、「第4回ガン&アクションビデオコンテスト」にて銅賞受賞しました。
2001年、急遽『NOVA』の製作が再始動しました。
2003年10月、冒険SF大作『NOVA』が完成・上映会を開催いたしました。
80年代のレトロな風景と最新のデジタル技術が驚異の世界を見せてくれます。
この模様は、「ピヨ卵ワイド430」で放送されました。
2005年5月28日放送のNHKBS2『デジタル・スタジアム』(第225回)に出演し、この週のベストセレクションに選ばれました。
テーマは「特撮」で、キュレーターは樋口真嗣監督、ゲストは乙葉さんでした。
2006年5月、「NOVA」DVDが発売されます。

また、待機作品としては、脚本が完成している『バーベット・ブルー』(脚本・監督:高橋浩司)。
それに、新しい試みとして、ホームページ上で、かぶしきがいしゃとTACによる共同製作の小説版『紅い…』シリーズの連載が予定されております。

(本文中の敬称を略させていただきました)

 


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