1.こんなのが好きでした


  ここでは僕が好きだったもの(たぶん今も好きだけど)のことを書いておこう。




1.H マジンガーZ

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1.G ゲッターロボ

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1.F 石森章太郎

   先日、「石ノ森章太郎」が亡くなったとのニュースを見た。あれほど好きだった

  漫画家だったのにそれほどの衝撃が不思議と無かった。なぜだろうと考えてみるに

  答えは簡単で、僕の好きだった漫画家は「石森章太郎」であって、「石ノ森」では

  ないからだった。僕の好きな「石森章太郎」はもう10年以上前から作品を描いてな

  くて、時間は停止しているのだった。

   彼は昔たしかに天才だったけれど、才能を使い果たしてしまってからは(僕が

  思ってるだけかもしれないけれど)並みのレベルの大人向け作品をコンスタントに

  量産するただの職人マンガ描きになってしまった。「日本経済入門」とかヒットし

  て「HOW TOマンガの元祖」のように言われたりもしたけれど、元々ああいった

  ものは小学校の図書館によくあった「まんが日本の歴史」とか「まんが偉人伝」

  とかいったものと同じで出版社御抱えの「少年誌に描いてない良く知らない漫画家」

  が描いていたものの延長で「なぜ石森章太郎のようなメジャーな作家がこんなもの

  描いてんのや」と思ったものでしたが、そのあまりの地味さに「石森章太郎はただの

  マンガ職人になったんやなぁ」と実感したのもこのときでした。(しかし、一流の彼

  が描いたからこそ、それ以降、メジャーな作家の「学習まんが」が読めるようになっ

  たわけだからその業績としてはすばらしいものなのでしょう)

   朝のワイドショーでとても「009」なんて読んだことなさそうな人たちが、

  「サイボーグ009の完結編、天使編というのですが、やっと描こうとしていたら

  しいのですが、もう永遠に完結することはなくなり、大変に残念です、うんぬん」

  などと言ってましたが、「描きます」っていうのは、もう天使編をほっぽりだした

  時から言いつづけているので、営業的に描くのでなければ描かれることはなかった

  でしょう。描かれたとしても天使編が「009の最終回」だとは僕は思いません。

  天使編のような大仰な話は、狂言回しに00ナンバーサイボーグを使っただけの話で

  たとえ完結したとしてもただのサイドストーリーのひとつだと考えています。

  天使編は彼が今までに収得した技術だけでそれなりに完成させることができると思

  うのですが、「009の最終回」というのは「天才だったころの石森章太郎」でな

  ければ納得できるものはできないでしょう。ファンの勝手な言い種かもしれません

  けどね。

   「石ノ森章太郎」は逝ってしまったけれど、「石森章太郎」は逝って無いと感じ

  ているのは僕だけではないと思います。

   買ったままもう何年も本棚にある「さるとびエっちゃん」。やっとビニール袋

  から出して読めそうな気がする今日このごろなのでした。

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1.E タイガーマスク

 LD最終巻がやっとでた。2年いや3年待ったのでもう出ないのかと思っていた。

最終回だけはどうしても見たかったので、というより、最終回だけでは最終回が寂しか

ろうと1話から買ったのに、いざ最終ブロックのだんになっていつまでたっても出ない!

東映に火ぃつけたろかと考えてたが、とにかく出たので勘弁したる。次からはもっと、

しゃんしゃん出せーよ!。つまらんVシネマ作ってる暇あるんやったら他にやること

いっぱいあるやろ!やることやってから遊べよ!

 それはさておき、やっぱりよかった。アニメにしとくのがもったいないくらいハード

な展開!梶原一騎のとことんしょうもない原作版ラストに比べてあまりにすばらしい。

 知力、体力全てに勝るものに敵対せねばならない時、地位も名誉も愛情もそして命も

捨てて立ち向かうということがいったいどういうことなのか、涙が止まらぬほどの感動

をもって教えてくれたのはタイガーマスクなのだった。ついでにいうと、いかなる理由

があったとしても「うそで固めたものは結局は虚構に過ぎず、崩れ去るしかない」とい

うことを教えてくれたのは伊達直人であった。彼の決意と行動に比べれば、某政治家達

の「不退転の決意でもってうんぬん」とか「それは死ねというに等しい」とかいったセ

リフはしょせんは借り物、軽いかる〜いものにしか聞こえない。彼らは20年前のアニメ

の主人公以下の行動力と品性なのだった。もちろんそんな奴等に国を任してしまってい

る僕たちがいちばん愚かなのだけれど。

 最終回に話を戻すが、「力、技、スピード」三つのミラクルを有するミラクルスリー

が実はトラの穴最後のレスラーであるボスであり、四つ目のミラクル「反則」を加えた

タイガーザグレートとなってタイガーマスクに挑戦してくる。ミラクルスリーの段階で

既にタイガーに勝つ見込みはない。かつて「黄色い悪魔」と恐れられたタイガーの反則

技も、もとはといえば「トラの穴」で覚えた「技」でありグレートはその創始者なのだ、

勝てるわけがない。しかも相手は勝つだけでなくタイガーを殺そうと、いや、なぶり殺し

にしようとむかってくるのだ。だが彼は今はまだこの場から逃げられない、正統派のレ

スラー、タイガーマスクであると同時に伊達直人でもあろうとしたために様々なしがら

みに捕らわれているからだ。圧倒的な実力差でもってタイガーをなぶるグレート。しか

も4カウントの影に隠れた「反則技」の連続だ。血まみれになりのたうつタイガー。

しかし、ここでグレートは致命的なミスを犯してしまう。タイガーのマスクを剥ぎ取っ

てしまったのだ。もうタイガーには帰る場所がなくなってしまった。タイガーが唯一

闘い続ける理由である「ちびっこハウス」を守れなくなってしまったのだ。守るべきもの

が無くなったのではなく、”守ることができる状況を無くしてしまった”ことがグレー

トのミスだった。守るものを無くしてしまえば目標を失い気力を失ったのだろうが、

本人の意志も力も充分過ぎるほどなのに、その動きのみを制限するような状況に追い詰

めたりするから、それこそ全てを捨てざるをえず、活動目標がグレートを倒すことしか

そこに残っていない伊達直人の反撃を喰うことになる。「窮鼠猫を噛む」とよく言うが、

ディズニーランドで相手が無抵抗なのをいいことにミッキーマウスの着ぐるみをどつい

てたらころげたはずみで背中のチャックがはずれちゃって「あ〜あ」とか言ってると中

からバイト学生じゃなくって「人生捨てちゃったやくざ」が出てきて「うそっ!」って

な感じでしょうか(ちょっと違う気もするが)追い詰めてるつもりがリミッタをはずし

てしまった後は凄惨の一語だった。とても「窮鼠猫を噛む」といったレベルではない。

あれがTVで2年以上もの時間をかけ「正統派のレスラー」となるべく努力に努力を

重ね続け、どんなに苦しく追い詰められようと”反則”で応じることなく精神力と鍛え

あげた”技”で切り抜けてきたタイガーマスクの姿なのか?と目を疑うような、いや、

目を覆うようなシーンがリングに繰り広げられるのだ。そこには正統派レスラーのタイ

ガーマスクも、かつての黄色い悪魔の姿も無く、殺人マシーンと化した伊達直人の荒れ

狂う姿があるだけだった。既に反則などと呼べるものではない行為の連続にぼろぼろの

サンドバック状態のグレートをなおも責め続ける音、そして泣きながらそれを続ける伊

達直人の哀しい笑い声だけが会場に響くのだ、「全てを捨ててもやる」ということはど

ういうことなのか、と教えられたというよりも「こういうことだ」と深く心に擦り込ま

れてしまった。勧善懲悪、どんなに強力な敵も努力と根性で最後には倒すことができる

話ばかりの当時、タイガーマスクも最終話「去りゆく虎」までは確かにその路線であっ

たはずなのだが、その最終話では「痛めつけられながらも、最後には立ち上がり、一発

逆転の必殺技で勝利を手にするヒーロー」の姿は無くまして「ヒーローを勇気づける子

供達の応援する声でもって勇気100倍で立ち上がり、怒りのパンチで勝利するヒーロー」

の姿も無い。マスクを剥ぎ取られ、泣きながら、笑いながら、猪木と馬場の制止も振り

切って、むちゃくちゃな反則技で相手をなぶり殺しにし、リングから逃げるように走り

去ったタイガーマスク=伊達直人の後ろ姿が僕には忘れられない。

 彼は、正義のレスラーでも黄色い悪魔でも悪役でもない、「ひとりでがんばるしか

ない”人”」だったのでした。

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1.D 無敵超人ザンボット3

 LD-BOXが出た。なにぶん昔の作品なので、というかロボットアニメの画力がまだ
まだ低いころの作品なので見直してもし「な〜んやこんなもんやったんかぁ」となるまえ
に見た当時の感動で書いておこうとあわてて書いている。(ごくごく普通のTVアニメ
ではその脚本、演出、ごく一部のアニメータのセンスでもって頭の中にそのすばらしさが
擦り込まれて、画面自体はそんなにたいした話ではない場合があって、今見直すと前述の
ようなことになりかねないのだった。そう!みんなただのあほなガキやったんや!)
 で、僕がザンボット3を見たのは本放映の時には1本のみ今ではどの回かも不明なのだ
が電波状態の悪い局でざらざらの画面をひまつぶしにつけたTVで見た話だった。
チャンネルを切り替えて映った場面がいきなり一般市民がザンボットの戦闘にまきこま
れて文字どうり虫けらやゴミのように爆風に吹き飛ばされるシーンだった。実際画面上
何回繰り返されたのかおぼえていないのだが、頭に残るイメージではもう何回も何回も
もうやめてくれと言ってるのに見せ付けられたようになっている。小さな頃、学校でも
ウルトラマンが怪獣と闘って壊したビルとかは誰が建てなおすんやろ、なんて話はして
いたけれど、それは暗黙の了解でもって、子供番組ゆえの追及してはいけない亊であった
が、それをもっと口にしてはいけないこと「ヒーローの足下には名も無き一般市民の死体
が累々と・・・」を画面で放映してしまっていたのであった。当時の僕は自分で言うのも
なんだが、まだまだ性格もまっすぐでとってもいいこだったので「これはこれ以上見ては
いけない」と本能的にさとったのか、それっぽっきりで以後見なかった。(ザンボットで
これだから”海のトリトン”が”トラウマ”になってもしかたないよなぁ)
 セカンドコンタクトは時期が記憶で明確ではないのだがビデオであの最終回を含めた
数話を見たことになっている(時間感覚的には学生の時、再放送ではなくビデオで見た記
憶があるのだが、ビデオを買ったのは会社に入ってからなのでちょっとあわない。けれど
最終回では不覚にもボロボロ泣いてしまったのに、それを人には見られた記憶がないので、
ビデオでなく再放送があったっけ?ともおもうのだけれど・・・まあどうでもいいか)
とにかく主人公一族が守るべき人々からいじめられる、いじめられる、「おまえたちがい
るからガイゾックに攻撃される!!」とまで言われ、ほとんど村八分状態になりながら、
それでも彼らは”自分たちの星”だからといって闘い続けるのである、その上、ロボット
に搭乗する三人は”睡眠教育”で自分の意志に関係なく”戦闘教育”され主人公の「勝平」
以外の二人は勝平を生き残らせるために”特攻”までするのである。ロボットアニメの言
ってはいけないお約束の揚げ足を取りまくったきつい作品だった。
”特攻”するのはロボットクルー二人だけではない、祖父が、祖母が、父が、伯父が兄が
そしていとこが、万に一つ、正直に言ってしまえば可能性が限りなく”ゼロ”なのに、
それでもそのわずかな可能性を残すために勝平の目の前で次々と”特攻”をかけていくの
である。もう無力感の塊になった勝平の「マグナム!マグナムをくれ!!!!」の叫びが
むなしく宇宙にすいこまれた日にゃ、主人公はたまらんよまったく。そこへ更に追い撃ち
をかけるのだからこれを書いた”富野”というやつとんでもないやつだ(当時はね)親族
一同全滅状態で心身供にボロボロの勝平にむかってガイゾックは言うのである、「ここま
で闘ったおまえ達に地球の人々は感謝してくれるのか?」と・・・。ここまでの状況では
”絶対に感謝などされない”のである、「ウルトラマンありがとう」などと軽く言ってく
れたりしないのである。神ファミリーが地球に移住したからガイゾックは地球を攻撃し、
人々は家族を隣人を失ったことになっているのである。そして勝平は心の底からはガイゾ
ックに言い返せないのである。当然の状況がそこにはあり、口先だけで受け答えするには
あまりに重いものが少年の肩にはのしかかっていたのである。
ここまで追い詰めておいて、最後に甘い”救い”を用意してあるのだから、泣いてしまっ
てもしょうがないだろう、いやほんと、泣かない奴はほんま”鬼”やで、ボロボロになっ
て地球に降下し、波打ち際に打ち上げられた勝平(ガイゾックの言葉に自問自答しうなさ
れている、もうほんまにかわいそうのひとこと)にやさしくひざまくらするブスペアのミ
チ、しがみつく勝平、そして最後は理解者になるが、第一話からずっと対立していた香月
の「つかれてるんだ、もうすこし寝かせておいてやろう」とやさしい言葉そして、そして
つぎつぎと集まってくる人々の輪、おそらく”感謝”などしないと勝平の心を痛めた人々
が勝平の安否を気づかって集まってくるのである。それまでそれほどぱっとした歌ではな
かったけれどもうこのシーンのために書かれたとしか思えないエンディングテーマがかぶ
さった日にゃもう涙で画面が見えませんの鼻水ティッシュ山盛り状態であった。ふう。
 ザンボットにはもう一つ”人間爆弾”という子供番組じゃやっちゃいけない卑怯な大ネタ
があるのだが、ここまで書いてもう疲れてしまったのでやめときます。どうでもいいわけ
じゃなくて同じくらい体力つかいそうなんで今日は寝ます。

追伸:こんな見てるほうも精根尽き果てるような作品がかつてはぽろぽろあったのだけれど、
   感動するのは僕たちの世代だけなのかもしれない。
   倫理観も価値観も異なりすぎる(特に倫理観)子供たちがザンボットを今の技術で、
   たとえそのままリメイクされたとして「感動した!」といわれても「信用できねぇ!」
   と思ってしまうのは僕だけだろうか?ジジイのたわごとと言われるのは解っている
   のだが、個人的にはゆるぎない確信なのだった。
   あれだけ、日本中にヒットして知らないガキはいないだろうとおもわれる”トトロ”
   にしても”森の中で「何かいそうだ」と感じたことの無い人”、”広がる田んぼの
   あぜ道に立ち、さ〜っと吹き渡る風を感じたことの無い人”、”夜中にふと目が覚
   めて外に出たことの無い人”等あのシーンと同じようなことを体感したことのない
   人達(子供達)に”トトロ”の持つ感動は100%伝わるのだろうか?やはり伝わら
   ないだろう。受け取れないことを責めるつもりはないし、「損やな〜」と思うだけ
   なのだが、80%、70%のネタでこれだけ日本中に浸透してしまった”トトロ”の
   実力に頭が下がるだけなのであった。チャンチャン。

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1.C 宇宙刑事ギャバン

 LDシリーズが完結した。今見てもほんまにかっちょええ!。仮面ライダー以来延々
と続いていた地味なアクションが一新され、「そうや!こんなシーンが見たかったんや!」
の連続だった。大葉健二の捨て身のアクションというかとにかく一条寺烈のときの”や
られかた”が絶品であった。やられかたがかっこいいというのも変だが、ぼろぼろに
されたあと力をふりしぼって立ち上がり、押し殺した声で、「蒸着!」指令のコール、
瞬間(わずか0.05秒、このところは次のシャリバンの”わずか1ミリ秒”のほうがごろ
がいいが)銀色に光り輝く粒子が体にまさしく”蒸着”される。かっちょええ!!の
ひとことであった。その後なだれこむ、きめポーズの嵐に蒸着プロセスの再現、そして
レーザーブレード!!宇宙刑事のかっこよさはじっさい語り尽くされているだろうし、
みんなの胸のなかに華麗に跳躍するギャバンの姿があるのだろうけれど、やっぱり一言
いいたくなる。当時はやったパワードスーツものはどうしても”ロボットのきぐるみを
着る”といったところであくまであこがれの巨大ロボットとの一体感を求めていたような
感じだった(武器もミサイルとか元々等身大ヒーローのものではなかったし)その点と
いっちゃなんだけど宇宙刑事っていうのは”蒸着””赤射蒸着””焼結”といった言葉
から受ける「薄い感じ」がやはり”変身”であり超兵器を内蔵した”パワードスーツ”
なのだった。ギャバンはまだパワードスーツという感じがつよいがシャリバンだともう
ほとんど”鎧”だ。生身を防御するのみで後は”剣”と”銃”で闘うのだ”血”が騒が
ないわけがない!あ、あかんギャバンの話がシャリバンに変わってしまいそうや、話を
戻して、むちゃくちゃな時空がこれまたむちゃくちゃに接続された”**空間”とか
おもしろさの基本はギャバンに始まるのだけれど結局宇宙刑事以降メタルヒーローもた
くさん出たけどいまだに宇宙刑事を越えるかっこよさを持ったヒーローは出ていないよ
うだ。宇宙刑事シリーズが毎回その”かっこよさ”の追及をやめなかったのにその後の
メタルヒーロー達は状況設定は変えるものの縮小再生産以上の努力が見られなかった、
といえば言い過ぎかいな。ギャバンの話からそれ過ぎそうなので今日のところはこれで
やめとこう。

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1.B サイボーグ009(TVアニメカラー版)

 原作コミックは当然大好きで、”地底帝国ヨミ編”ラスト(流れ星(大気圏突入で今
まさに燃え尽きてしまう009と002)に平和への願いをかける姉弟の姿・・・)で
は不覚にも涙で前が見えなくなってしまった多くのファンの一人である。(だから!
実は001がテレポーテーションで二人を救出していたなんていうあの名シーンをだい
なしにするしょ〜もないところから始まる以降の話には興味無しなのだった)
 TVアニメ白黒版(防護服が白い)は熱烈なファンが多いようだが見たこと無い、残
念。ついでに旧東映劇場版も見たこと無い、残念。
 さて、TVアニメカラー版(防護服が赤)は忘れもしないあれは僕が高校3年の時で
した。(あれ?2年のときだっけ、あかん、忘れてる)下宿の晩飯喰いながら第1話の
開始を待っていたときのことでした、真っ白な光の中、そして闇の中からゆっくりとス
ライドしてくる009(加速装置で高速移動しているのだ!)、特殊能力を使いながら
画面に現われては消える00ナンバーサイボーグ達(超高感度センサー集合体の003
を見せるのに、ただ振り向いて微笑むだけというのがいい、そう、彼女の特技って実は
かわいいってことだったのね),004のマシンガンもいいけれどやはり圧巻なのは岩
をもちあげる005のカットこれがかっこいい!パリで巨人と綱引き状態になるシーン
もいいが、このカットは短いながらも一瞬手をぐっと握り締めてしまう。そして最後に
009の目から流れる涙が風に流されるカット、当時は本編30分よりこの1分弱の
オープニングが見たかった。カット、カットが細かく見たくて写真部の子に画面を撮っ
てもらったりした(ビデオなんて無かったんだあ!!)う〜ん、オープニングテーマソ
ングとのタイミング合わせも一分の隙もなく”金田アニメ”の最高傑作だね!
 本編はどうかというと、とりたてて好きというわけでもなかったりする。「甦った
神々編」と「ネオ・ブラックゴースト編」をからめたのはいいのだけれど、ネオ・ブラ
ックゴーストが神々の事件を作ったのか、神々がネオ・ブラックゴーストを裏で導いた
のか、そこらへんの謎が解決しなかったのが敗因であった(もちろんちゃんと語られて
いるようなのだが、LDを見直してもやっぱり僕にははっきりこうであったと説明でき
ないのだった)それでも見続けたのは、キャラクターデザイン兼総作監の”芦田豊雄”
の線を少なく、影をシャープにしたデザインが好きだったのと、009の加速シーン、
そして”巨人”が見たかったからだ。巨人の重い動きの攻撃を009が加速してかわし
ていくところがたまらなく好きだったのでした。ただそれだけ、以上。

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1.A  機動戦士 ガンダム(1997.3.31)



 かなしいことに、現役で大好きなのであった。車に乗っても自転車に乗ってもついつ
い「いきまあーーーす」といってしまうし、ちょっとぼーっとしていると無意識のうち
に「連邦のモビルスーツはバケモノかあ?!!」と口にしてしまい、誰かに聞かれなか
ったかとあせってしまう毎日なのである。
 ガンダムのどこが好きといってまあいろいろいいところはあって、たったひとつでは
ないところが長生きのひけつなのだろうけれど、僕が好きなガンダムはやはりモビルス
ーツの殺陣なのであった。ジオン軍モビルスーツの単眼が「ギン!」と光るあのタイミ
ング、はねあがったシールドを「影」にビームライフルがうたれ、すくいあげるように
グフの腕を斬り落とす。ガンダムのアクションにはチャンバラと忍者もののおもしろさ
があったのである。スペースコロニーでの細かな描写も僕にとっては忍者が天守閣の屋
根の上で闘うのと同じ、ただの危険な状況設定にすぎないのであった。
 そんな僕にBANDAIのMGガンダムは本当に心の安らぎそのものなのであった。
そのまま組み立てて、ガンダム・マーカーでのお手軽墨入れだけで感動的なかっこよさ
が手に入ったのであった。昔、ビームサーベルがランドセルからつきでてるような粗悪
なモデルでがまんしていた頃を思うと、高額なガレージキットでしか手に入らなかった
リアルな雰囲気のガンダムが楽勝で手に入っちゃうのであった。正直いって僕が会社に
まじめに出勤できてるのもティガがおもしろくなるまではこいつのおかげであった(お
いおい:でもほんと)見てるだけで幸せになれる自分が哀しい。(うーーん)
 BANDAIさん、プラモは満足したからもったいぶらないで早く最初のガンダムの
LD出してよ。(でもこれ買っちゃうとほんとに生きてく目標がなくなりそうでちょっ
とこわいな。

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