| 隊中美男五人衆 | |
| 楠 小十郎 | 文久三年六月ごろに入隊し、八月の政変にも出動したと思われる。 長州の間者で、桂小五郎が送り込んだと言われている。 同年、九月二十六日、御倉伊勢武・荒木田左馬之助らが、長州の間者として殺害された際に、 原田によって斬殺された。十七歳だったという。 |
| 佐々木愛次郎 | 大阪浪士。19歳。 町の娘、あぐり(だったはず?)と恋に落ちるが、芹沢が妾に迎えると言っていると聞き、。 そのため娘と駆け落ちするが、二人は芹沢に朱雀の竹やぶで殺されてしまう。 娘に横恋慕したのは佐伯又三郎という隊士で、二人は佐伯の策略によって騙しうちされた というのが真相だろう。しっかりとした人物だったようだ。 |
| 馬越三郎 | 文久三年六月以降に入隊。 八月十八日の政変に出動したものと思われる。16歳くらいだといわれている。 明治二十年ごろに壬生の八木家を訪れた時、二十代後半に見えるほど若々しかったと伝えられている。 衆道の気があったといわれる武田観柳斎に言い寄られ、隊を脱したとか、武田観柳斎の殺害に関与しているなど 話は色々とあるが、池田屋前には離隊しておりそれはありえないだろう。 |
| 馬詰柳太郎 | 文久三年五月までに父親信十郎と共に入隊。 子母澤寛「新撰組始末記」では気が弱く、女も買えないといったような表現もしている 実際、池田屋事件前後で父とともに脱走している |
| 山野八十八 | 元冶元年入隊。伊東と同期。 江戸に引き上げた後、甲州勝沼の戦いや宇都宮、會津を経て箱館に渡航している 明治平定後は、京都下京の菊浜小学校に小使として職につき、明治二十九年七月退職した。 |