夕暮れの街

 蝉の声が耳にいたい。
 京都、嵯峨野――。
 ふらりと車を降りて宛てもなく歩き出した。
 その気になれば携帯で連絡を取ってすぐこの場まで迎えに来させればいいし、迷うとかそういう
心配は一切していない。
 ただ暇つぶしに一条は歩いていた。
 見知らぬ土地を。
 
 京都に来たのはちょっとした悪戯心だった。
 それはある日の会話。
「修学旅行行くんですよ、来月」
 亜理沙がふわりと笑った。
 自由行動の際はこっそり二人でデートするんです、と笑う亜理沙に一条は悪戯心を起こしたので
ある。
 いきなり京都に現れて、二人に有名どころの料亭にでも招待しようなどとつらつら考えていたの
だが。
 二人の予定ではそろそろ嵯峨野の祇王寺あたりのハズだ。そしてそこから化野念仏寺。
 亜理沙に教えてもらった予定だとそういっているはず。
 念のためにつけた見張りからも一時間ごとに連絡が入る。
「しかしまだ時間があるな」
 今はまだ三時。予約したのは夕飯であるし、二人の予定もまだ消化しきっていない。
 一条はふらりと歩き出した。
「鳴海様、どちらへ?」
 脇に控えていた青年が一条に声をかける。
「少しぶらついてくる。まだ時間はあるだろう?」
 お気をつけて――と見送る青年に背を向けて一条は歩き出した。

 嵯峨野の町は新しいものと、古いものが入り乱れて立っていた。
 これも京都ならではなのだろう。
 古い家――そして寺社。
 新しい家。
 それでも景観を損なうことなくしっくりとした感じを醸し出している。
 一条はふらふらと辺りを見ながら歩を進める。

 やがて祇王寺の標識を見つけた。
 一条はおもむろに足をそちらに向けた。
 翔と亜理沙が行ったところをふと見てみたくなったのだ。
 鉢合わせするのではないかとか言うことも頭に浮かばない。
 とても、そんなことは思い浮かばなかった。
 檀林寺跡を脇目に坂を上ればそこはすぐに祇王寺。
 拝観料を払って中に入って見ればそこは山深い場所にあっというまに変わった。
 ほんの少し離れたところには人家が建ち並んでいるというのに寺の中は周りに人家があることを
感じさせない静謐さに満ちていた。
  祇王寺のパンフレットも開くことなく、苔生した地面と、竹藪。名も知らぬ木。それらを見歩く。
(確かにいい景観だ――)
 一条は草庵の縁側に腰掛けて辺りを見回した。
 何組かの観光客がいるほかに人の姿はない。
「瑶子もつれてくれば良かったか」
 何となく呟いて、苦笑する。
 彼女は仕事を休めないわ、といってここにはいない。今頃も水族館でフィー達を相手にしている
はずだった。

 やがて一条は立ち上がると標識の指し示すままに出口を目指した。
 たどってきた道をのんびり戻ると車の前に翔と亜理沙がいた。
「あ、やっぱり一条さん!」
 亜理沙の声に一条は微笑んだ。
「やあお嬢さん、どうしたんだい?」
「一条さんたら。酷いわ。京都に来てるなら来てるって言ってくれれば良かったのに」
 亜理沙は少し悪戯っぽく一条を見る。
 隣の翔はというと少々戸惑いを隠せないようだ。
「せっかく驚かそうとおもったんだが、ばれてしまってはしょうがないね。
 ところでもうこのあとの予定はいいのかな?」
「ええ。8時まで自由行動よ」
 亜理沙の言葉に一条はにっこりと微笑んだ。

 古の京の都の郊外。
 貴船の地に3人はいた。
「川床といってね。
 ちょうど今の季節は涼しくて過ごしやすいだろう」
 川の上に座敷を作ったその上に座り、運ばれてくる料理に舌鼓を打ちながら3人は談笑の時を過
ごす。
「京都か……やっぱり素敵ですね」
 亜理沙の言葉に一条も翔も静かに頷く。
 何故か、彼らは言葉に出さずとも遥か遠いギリシアの地を思い出していた。
 古の 彼らにとっての 都。
 ギリシアを京都に置き換えたような、そんなイメージを抱きながらそれぞれに京都の地を眺めて
いた、今日この日。

 過去の辛い――戦い。
 その中で別れてきた幾つもの魂。
 未だ出会っていない、古を共にした魂。
 徒然に思って止まない――。

「明日、帰るんだったな」
「ああ」
 貴船から翔たちのホテルへ戻ったあと。
 まだ少し時間はあるから、といって亜理沙は翔を一条と二人、車に残して先にホテルの中へ戻っ
ていった。
「今日は、いろいろなことを思った。
 何故だかこの町は――ギリシアを思い起こす」
 翔の言葉に一条は静かに溜め息をつく。
「確かに、そうだな。
 似ていないのに――この古都のイメージはどこかギリシアに似ている。
 だからといって戦った日々のことまで思い出すことはないだろうに」
 一条の言葉に翔は苦笑する。
「確かにそうなんだが。
 忘れられるものじゃない」
 いや、と一条は淡々とした口調で言う。
「忘れてはいけない。
 何故私たちが今もここにいるのか。
 亜理沙が言ったろう。
 未来に――もう一度出会うその時のために、生きるのだと。
 確かにその通りだ。
 私たちの次の出逢いのために――そしてこの星のために私たちは生きるのだ」
 翔は静かに車のドアを開けた。
「そうだな。
 その通りだ。
 ――そろそろ戻る。
 またな」
 別れの言葉を残して翔がドアを閉めたあと、一条は再び溜め息をついた。
「未来に、もう一度出会うその時のために。そしてこの星のために」
 一条は、自分がそのために何をすべきなのか――探り始めていた。
 遥かな未来のために。
 自分が、何をすればいいのか――。
 自分が成せることを――。

なんだかしっかり重くなってしまいましたが。
ちゃんと京の町を歩かせてみましたよ。
しかも嵯峨野――(笑)
自分がしっかり歩いてきた辺りを歩かせるのはやっぱり楽といえば楽。
取材済みですからね(笑)
しかし実際に行って来た京都はとても良かったです。
また時間もお金もたっぷりあるときに行きたいですね。
一条みたいに大学生で、しかもお金がある。そんな状況だったら私京都に釘付けだわ〜。
京都は本当に好きな町なので。
しかし野望その2のらぶらぶがでなかったのは――きっとちょっとテーマがテーマだったからね?
多分。 


回 Back 回