第6回公判 弁護側による証人尋問
〜その1〜

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松文館裁判第6回公判には、証人として刑法学者の園田寿氏が登場した。

前回は社会学者である宮台氏によって、「有害情報が犯罪を誘発する」という俗説が社会学の世界ではほぼ完全に否定されているという証言がなされた。
また、未成年に対する「有害情報」のコントロールは、175条による発禁処分のような形ではなく、ゾーニングによって行われるべきだという自説が展開された。

アカデミックな地平からの「175条不要論」は件の西村検察官を沈黙させ、弁護側の完封試合に終わったかに見えたのだが、一方で裁判官たちの反発を招いてしまった。法文の解釈に生涯を捧げている裁判官たちにとって、「そもそもわいせつ罪が無意味なのだ」と刑法そのものの権威を否定されることは許しがたいことだったのかもしれない。特に傍聴席から見て裁判長の左側に着座する、メガネで小太りの判事の「マジギレ」っぷりはすさまじく、敵意むき出しの怒声で同じ話を繰り返す「執拗に因縁をつける」としか表現しようのない異様な姿に、傍聴人ははじめ息をのみ、それから失笑した。

だが悲しむべきことに、判決文を書くのは彼らなのだ。
平等公平の立場をかなぐり捨てて感情むき出しで噛み付いた彼に、宮台氏の言葉は届かないのかもしれない。そんな彼ら権威主義者の法律屋が理解できる反論として、現行法の法運用論に絞った反論をしてゆくため、園田氏は招聘された。

園田氏は甲南大法学部教授・園田氏は、175条を専門に研究しているほとんど唯一の学者として知られている。また、彼は大阪府青少年健全育成審議会第2部会の会長でもある。この審議会は、大阪府の意向を受けて、いわゆる「有害図書」の指定を行なっている組織、つまるところ表現弾圧・思想浄化の尖兵機関である。その組織の頭目という、必ずしも見方とは呼べない立場の人物を弁護側の証人として引きだすことは、実は戦術的には極めて有効でもある。
なぜなら、取り締まりを行なう側が「権威」と見なす人物による証言は、判決に大きな影響を与えるはずだからだ。



○弁護側による主尋問

園田氏が指摘したのは
・チャタレイ事件における「わいせつを構成する3要件」を満たしているか?
・大阪府での「健全育成条例」の運用状況はどうなっているか?

の2点。その上で
蜜室は175条のわいせつ図画には該当しない

との結論を出している。

「チャタレイ事件の3要件」とは?

1.徒に性欲を興奮又は刺激せしめ
2.普通人の正常な性的羞恥心を害し
3.善良な性的道義観念に反する

この3つの条件を満たすものが「わいせつ物」であるとされる。
そしてそれは
一般社会において行われている良識すなわち社会通 念
を基準として判断される。

チャタレイ事件・・・1950年、D.H.ロレンスの「チャタレイ夫人の恋人」が伊藤整の翻訳により出版。約15万部を売ってベストセラーになるが、警察により摘発、出版者と訳者が「わいせつ文書販売罪」で起訴された事件。
1952年、第一審で訳者の伊藤整は無罪、出版者は有罪(罰金刑)。二審では訳者、出版側共に有罪に。同年、最高裁で有罪が確定する。このときの判決理由として、戦前からの伝統的定義である「わいせつを構成する3要件」が根拠とされた。
「チャタレイ夫人」は現在の基準で見れば全然わいせつ物でもなんでもないのだが、今日でも出版・販売は禁止されている。



これをふまえたうえで、園田氏の証言を追っていく。
証言の内容自体は先に提出された意見書とほぼ同内容であるため、弁護士とのやり取りは概要をまとめた形式で記述する。

わいせつの3要件に照らし合わせて『蜜室』はわいせつに該当するか?
3要件は3つ全ての要件を満たすことが必要になるが、『蜜室』は第1の要件「徒に性欲を興奮又は刺激せしめる」を満たさない。したがって『蜜室』はわいせつではない。
   
現在の性メディアにおいて、どの程度の表現であればわいせつに当たると考えるか?
直接に性器が描写されているあるいは性器の結合部分がはっきりと写 っている、はっきりと写っていなくてもはっきり写っているのと同視できるほどに描写 されている写真等が175条に該当するのではないだろうかと考える。
    
それを本件の密室にあてはめると、『蜜室』はわいせつに該当するか?
該当しないと思う。ヘアヌードが氾濫している中で、漫画がわいせつに該当することはない。
インターネットの普及が、日本では禁止だが外国では合法な画像が国境を越えてダイレクトに入り込んでいて公共のわいせつに対する考え方に大きな影響をあたえている。国民がそういう事実を受け入れている。抵抗なくそういう事実に接している。
     
最高裁判例では「社会通念に基づいて判断する」とあるが、社会通念は時代や環境によって変化するものか?
わいせつというのはひとつの文化であり、「わいせつの概念」は自体は変わらないが、その概念が指し示す範囲、具体的な事実は時代によって変わってくる。警察による取り締まりが長く行われず、性的な表現について許容するような社会一般 の風潮が長くあると、わいせつの概念は変わらなくともわいせつという言葉が指し示す事実が広くなったり狭くなったりする。
   
現実に警察が摘発の対象としているかどうかということと、法律の175条のわいせつに当たるかどうかは別 問題では?
警察が摘発しないからといって当該文書のわいせつ性がただちに否定されるわけではない。ただし、事実上取り締まりがされていない、ごく普通 に流通し、書店で購入することができるという事実は、わいせつの概念が指し示す事実の範囲がかなり狭くなってきたといえる。


まとめると、園田氏の見解はつまりこうだ。

まず園田氏は、刑法175条を社会秩序を維持するために必要であるとしている。

つまり刑法175条の役割とは、何らかのエロメディアに接して「徒に性欲を興奮又は刺激せしめ」られた群衆が全国で暴れ回り、警察の留置所がレイプ魔であふれて社会がメチャクチャになるような事態を防止するためであるとしたうえで、発禁にすべき「わいせつ物」の基準として、戦前からある「3要件」を規範にすべきだとしている。

その一方で、「3要件」が、具体的に何を指し示すのか、 つまり「徒に性欲を興奮又は刺激せしめ」るメディアとは何か? が、時代や社会通念によって変化するという判例を持ち出したうえで、インターネットの普及によって、今日の「社会通 念」は、性メディアに過去と比較して格段に寛容になっているとしている。

そして、たとえ「性器露出」であっても、漫画程度では「徒に性欲を興奮又は刺激せしめ」られたりはしないのだ。
と結論づけているのだ。




次に、園田氏が会長を務める、青少年健全育成審議会についての説明と、その運用のなかで『蜜室』のような漫画がどのように扱われているかについての証言をまとめる。



大阪府青少年健全育成審議会についての説明をしてください。
第1部会・・青少年健全育成条例の改正について審議する
第2部会・・有害図書指定を担当する部署
第3部会・・有害玩具を指定する部署

第2部会のメンバー構成は?
書店組合、ビデオ組合、流通業界、PTA、市民の代表者、精神科医、法律家といったメンバー十数名で構成される。

有害図書指定はどのような手続きで行われるか?
大阪府庁青少年課職員が書店自販機からランダムに購入し、月一回の会合を行なう。
一回の審議で30冊から40冊の雑誌書籍、ビデオについては3〜5本が審査される。
また、過去の判断の積み重ねを第2部会でルール化したものがあり、それを基準にして審査を行なう。審議会で指定されなくても、条件に該当する場合は、審議会の諮問を聞くまでもなく有害図書として規定されてしまう。包括指定の場合は審議会に上がってこないので、業者の方で指定している。

有害指定されたものはどのような扱いをうけるか?
18才未満の者に販売してはならない。ゾーニングで18才以上の者には合法的に販売することが出来る。違反した場合は刑事罰がある。

最近、審議会に持ち込まれる図書・ビデオの傾向はどうか?
モザイクの大きさがだんだん小さくなっていて形が小さくなっている
写真もモザイクが掛かっているが、かかっていないのと同じような状況になっている。
漫画はモザイクが描かれているものもあれば性器がそのまま描かれているものもある。

そのなかで『蜜室』の性表現は突出したものだったか?
審議会の最近の傾向としてはコミック誌がとりあげられることが多い。それと比較して、特にひどいかというとそういう印象はない。内容的ないやらしさで、特にそういう印象があるかというと、そうではない。

漫画は実写にくらべて性的刺激がすくないか?
小説でも感動することはあるし、漫画でも読んでいて感動することも興奮することもある。実写 にはかなわない

『蜜室』はどのよう扱われるべきものか?
『蜜室』は基準に従えば有害指定されるべきものである。
内容を読んだが、子供に見せたいとは思わないし、家にもって帰って置いておきたいとは思わないが、175条のわいせつ図画かに該当するかというと、そうではない。審議会でも、年に何件か「あきらかにわいせつ物ではないか」というものがある。その場合は有害図書の指定を留保して府警本部に持ち込んで意見を聞く。

有害図書と判断したうえで府警本部に持ち込むのではないのか?
有害図書として指定してしまうとあとで警察が摘発しようとしたときに有害図書指定を取り消す必要がでてくる。
性表現を規制するときは2つの方法がある。ひとつは全ての物に対して禁止される場合、一定年齢のものに対してのみ規制される場合。大人であろうと子供であろうと、社会に流通 することそのものが禁止される。有害図書は、18才未満以外に対しては合法的に流通 することが認められている。

それは何故か?
わいせつと有害図書は両立しえない概念だからである。
有害図書規制精度は、戦後岡山県で条例ができて以来、性表現で青少年に見せられないものは条例で規制しようという制度が全国的に一般 化している。条例のない自治体では175条の保護法益に「青少年の健全育成」も入るかもしれないが、現に条例が機能している以上、それは条例の管轄になっている。

法理論的には下位の条例の解釈で上位概念である法律の解釈が左右されるのはおかしいのではないか?
事実の問題で、性表現のうちで青少年に問題があるような部分は条例で規制されている。175条はもっとひどい性表現について規制しているだけで、条例が法律を規定しているわけではない。事実としてそうなっているということ。




これに対して検察側の反対尋問が行われる。



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※尚、このレポートはメモ及び記憶を元に作成されており、あくまで公判のイメージを伝えるためのものですので、多少の記述の食い違いは御容赦ください。
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※制作は児ポ法改悪阻止青環法粉砕実行委員会が行なっています。