控訴審判決文 その2

 第4 被告人には違法性の意識の可能性がなく故意が阻却されるとの主張
 所論は、要するに、被告人は出版業界の慣行やこれまでの摘発の状況から、本件漫画本はわいせつ物ではないと信じたものであり、被告人には違法性を意識する可能性がなく、故意が阻却されるから、被告人は無罪であるというのである。
 しかし、関係証拠を検討すると、本件当時被告人が本件漫画本がわいせつ物でないと信じていたとは認められない。
 すなわち、本件漫画本のわいせつ性の認識に関する被告人の供述をみると、被告人は、取調べ警察官に対しては、「『密室』はとてもいやらしいわいせつな場面が描写されており、法律に触れることは理解していたが、少しでも消し(網掛け)が入ればわいせつ図画には当たらず、逮捕されないと思っていた。」(乙4)。「平成9年ころから、他の出版会社が、消しを薄くしたり、消しのないものを販売するようになり、松文館の売上が落ちたので、消しの程度を70パーセント、60パーセントと徐々に下げ、現在コミック誌は40パーセントとしている。消しを全く入れないとわいせつに触れ、30パーセントでもわいせつな漫画本と認識していた。取次店から、消しを入れていないと法律に触れ逮捕されると言われてきたので、消しは絶対にはずすことはできなかった。40パーセントは、描かれている陰部や性交場面がよくみえるか見えないかの境界ラインであり、影がある程度で、描かれている線が分かる程度であると認識していた。」(乙7)旨供述している。要するに、網掛けが入れてあればわいせつ図画には当たらず、警察の取締まりを受けることはないと思っていたという趣旨の供述である、被告人は、原審公判においても、ほぼ同趣旨の供述をしている。
 これに対し、被告人は、取調べ検察官に対しては、「網掛けの程度を下げたのは、より高い性的興奮を求める読者の要望に応えるためである、読者の要望にそのまま従えば網掛けをしないことになるが、それではわいせつ物として警察の取り締まりを受けると思ったので、薄くするにとどめたものである。会社を経営していくには売上を伸ばす必要があり、なるべく性的な興奮度の高いものを出版する必要があったが、取締りを受けてはいけないので、仮に捕まったときにも、修正はしていると言い訳ができるように網掛けを行っていた。網掛けといっても、40パーセントや50パーセントの網掛けでは、透けて見えるような状態であり、『密室』がわいせつ物であることに変わりはない。午前中に行われた勾留理由開示の手続きにおいて、本件漫画本のわいせつ性について争いたいという違憲を述べたが、その真意は『密室』がわいせつ物に当たらないと思っていたわけではなく、『密室』よりも細かい描写で修正が行われていない漫画本もたくさんあり、そういった漫画本が今回取締を受けず、松文館が出版した『密室』だけが取り締りを受けることについて納得がいかなかったので、わいせつ物に当たらないと思っているという主張をした。自分だけが突出してわいせつ物を出版しているということになるのが我慢ならなかった。」(乙12)旨供述している。
 40パーセントの網掛けの入れられた本件漫画本を検分すると、その部分を見えにくくするという網掛け本来の機能はほとんど果たされておらず、このことに照らすと、網掛けがいれてあればわいせつ図画には当たらず、警察の取締を受けることはないと思っていたという被告人の警察官に対する供述内容は、信用性に乏しい。これに対し、40パーセントの網掛けの効果やそのような網掛けを入れていた動機に関する被告人の検察官に対する供述は、本件漫画本における網掛けの実体によく符合しているし、これに続く、本件漫画本のわいせつ性を争うことにした被告人の真意についての説明も、他社の出版物について述べるところの真否はさておき、当時の被告人の心境を物語るものとしては自然な内容である。したがって、上記検察官に対する被告人の供述については、全体として信用性を認めてよい。
 そうすると、本件当時、被告人は、本件漫画本がわいせつ物であると認識していたというべきであるから、所論は失当である。
 第5 「頒布」行為に該当しないとの主張
 所論は、本件漫画本は青少年健全保護育成条例上の有害図書に該当し、そのことを外見上明らかにするための工夫がされており、同条例を遵守する書店ではゾーニング(区分け)されて販売されているから、「頒布」に該当せず、また可罰的違法性を欠くというのである。
 確かに、本件漫画本が出荷されるにあたり、他の有害図書と同様、中身が見えないようにビニール袋で包み、表紙には「成人コミック」というマークを入れ、販売にあたる多くの書店において他の書籍と区別して販売していた可能性が高く、本件漫画本を見たくない人、見せたくない人の目にできるだけ触れないよう工夫がされていたことは事実である。しかし、これらの措置、工夫は事実上のものにすぎない上、見たい人に対する規制とはなり得ないから、ゾーニング等販売上の工夫を理由に頒布に当たらないとか、可罰的違法性を欠くということはできない。
 第6 量刑不当の主張
 所論は、要するに、被告人を懲役1年、3年間執行猶予に処した原判決の量刑は重すぎ、被告人に対しては罰金刑で処断するのが相当であるというのである。
 そこで検討すると、本件は、株式会社松文館の代表取締役である被告人が、同社編集局長及び同社と専属契約している漫画家と共謀の上、合計21か所において、取次店等合計16社に対し、わいせつ図画である本件漫画本合計2万544冊を頒布した事案である。
 頒布にかかる本件漫画本の冊数は2万冊を超え、頒布先の取次業者を通じて全国各地の合計約5300店にのぼる書店に搬送されてその店頭に並び、相当数が販売済みであり、本件漫画本の取締りを求める投書や電話が本件捜査の端緒となったことからも明らかなように、本件犯行が、本罪の保護法益である社会における最小限度の性道徳、健全な性風俗の維持に与えた悪影響は小さくない。
 原判決(量刑の理由)で説示するとおり、被告人は、会社の代表取締役として、同社における成人向けの漫画本の制作・出版に携わる中、本件漫画本についても、現行のセリフを修正させ、初版刷りの部数を決めるなど積極的に関与している。そして、同社は、弁護人提出の証拠によっても、本件漫画本の制作・出版により480万円の利益を上げている。
 そうすると、被告人の刑責を軽くみることができないから、原判決が、被告人のために酌むべき諸事情を考慮した上、執行猶予付きながら懲役刑を選択したのも相当の理由がある。
 しかしながら、わいせつ図画頒布罪の量刑判断に当たっては、頒布の規模や態様のほか、頒布された図画のわいせつ性の程度も、基本的な量刑要素として考慮されるべきである。所論指摘のとおり、本件漫画本は男女の性交や性戯場面等を露骨に描写しているといっても、そのわいせつ性の程度を、同様の情景を実際に撮影した写真やこれを録画したビデオテープ、DVD等の実写表現物の有するわいせつ性の程度と比べると、両者の間には相当の開きがあり、本件漫画本が漫画本であるが故のわいせつ性の特殊性も考慮しなければならない。さらに、被告人は原審公判において本件漫画本のわいせつ性を争っているが、検察官の取調べにおいては、本件漫画本がわいせつ物に当たることを認め、本件犯行について謝罪の気持ちを有していたという事情もある。
 こうした事情を総合勘案すると、被告人に対しては、罰金刑で処断するのが相当であり、懲役刑を科した原判決の量刑は重きに失すると判断される。論旨は理由がある。
 よって、刑訴法397条1項、381条により原判決を破棄した上、同法400条ただし書により、当裁判所において更に判決する。
 原判決が認定した事実に法令を適用すると、被告人の所為は、包括して刑法60条、175条前段に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その罰金額の範囲内で被告人を罰金150万円に処し、この罰金を完納することができないときは、同法18条により金2万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置し、原審における訴訟費用の負担につき、刑訴法181条1項本文を適用し、主文のとおり判決する。
 平成17年6月16日
東京高等裁判所第6刑事部
裁判長裁判官 田尾健二郎
裁判官 鈴木秀行
裁判官 山内昭善



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