第8回公判 弁護側証人尋問
〜その13〜

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検察による奥平氏への尋問の後、そのまま続けて漫画評論家の藤本由香里氏が証言台に立つ。
山口弁護士の質問はまず彼女のプロフィールに関する質問から始まり、それから「蜜室」の具体的内容について踏み込んでゆく。



弁護人:証人は現在どのようなお仕事をされていますか。
証人:20年ほど前に東京大学教養学科を出まして、筑摩書房に入社しました。それで、女性、セクシュアリティ、ジェンダー論といったような方面の単行本を作ってまいりまして、現在では第4編集室、第4編集室というのは、文庫、生活書、専門書以外の一般的な単行本というものを扱っている部署で、そこの統括をしております。
また十数年ほど前から、コミック、女性、セクシュアリティというふうな分野を中心にしまして、評論活動を始めました。それから何冊かの著作、連載、あるいはときどき講演などもいたしております。5年ほど前から早稲田大学で夏期集中講座で漫画史を、4年前から明治学院大学で「芸術・社会・人間」という講座を持っております。来年からは法政大学でも非常勤を務めることになっております。

弁護人:編集者として証人が手掛けられた本にどのようなものがありますか?
証人:上野千鶴子さん、小倉千加子さんの「ザフェミニズム」、それからその2人に作家の富岡多恵子さんを加えました「男流文学論」、遥洋子さんの「東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ」、中島らもさんの「コミュニケーション不全症候群」、それから翻訳ですけれども「売春の社会史」、「レイプ、男からの発言」など、主にやはり女性セクシュアリティ、それからコミュニケーション論、社会問題などを扱った本を手掛けております。

弁護人:ポルノグラフィの分野について、何かお仕事をされたことはございますか?
証人:私の単著に「私の居場所はどこにあるの?」「快楽電流」「少女まんが魂」という3冊があるんですけれども、その中で「快楽電流」という著書につきましては、レディースコミックとAV、東電OL殺人事件などを題材に取って、女性のセクシュアリティというふうなものを考察したものです。
それから80年代の終わりから90年代の初めにかけまして、学陽書房から「ニューフェミニズムレビュー」という全6巻のシリーズがありまして、これに白藤花夜子という名前で編集委員として参加し、第3巻の「ポルノグラフィ」という巻を責任編集及び執筆をしております。これが1992年の出版で、そのときに女性向けのポルノグラフィだけではなく、男性向けのAVですとか小説、コミックなどのポルノグラフィなどを研究いたしました。
一番最近の著作といたしましては、今年の3月ですか、岩波書店から出ております「アジア新世紀」というシリーズがありまして、その4巻の「幸福」という巻に、「性の快楽・恋愛の快楽」ということで、中国と韓国の発禁本ですね、具体的にはr上海ベイビー」と「LIES嘘」という作品なんですけど、それと、タイのエロティックな映画大作である「ジャンダラ」という映画、この3つを取り上げまして、エロティックなものと社会体制との関わり合いというふうなことについて、論法をまとめております。

弁護人:証人は今、何かほかに団体のほうの仕事をされていることありますか?
証人:2年少し前に発足いたしました、日本マンガ学会の理事を務めております。今、3年目になると思います。それから、2000年から2002年まで、朝日新聞社主催の手塚治虫文化賞の選考委員を務めさせていただいておりました。

弁護人:ほかに連載とかは。
証人:連載としては、共同通信、それから「週刊文春」、「ESSE」、「MINE」というふうな雑誌に、今、連載のコラムを持っております。主にコミックに関する連載です。

弁護人:それでは、本論のほうに入らせていただきます。まず、証人は、今回摘発された「蜜室」という単行本を読まれましたか?
証人:はい、読みました。

弁護人:それはぱらっと見たんですか。それとも、熟読したんですか?
証人:何度か読みましたし、精読もいたしました。

弁護人:これまで証人は、今の話だと、いろんなポルノグラフィをご覧になったという話なんですが、それらのポルノグラフィの描写と比べて、この「蜜室」における性描写が、格別に過激であるということは言えますか?
証人:いえ、特に過激であるというふうには思いませんでした。むしろ、このぐらいのものでしたらほかにもあるのではないかというふうな印象を持ちました。で、数あるポルノグラフィの中では、むしろストーリー的にも割としっかりしているし、不快感が割合に少ないものではないかという印象も受けました。

弁護人:不快感が少ないというところを、もう少し詳しく説明していただけますか?
証人:私が、特に男性向けのポルノグラフィなんですけれども、読みますと、やはり、何かその、頭の中にさわるといいますか、不愉快な部分というのがどうしても残ってしまうところがありまして、それを頭の中でちょっとより分けながら読むというふうな作業が必要になってくるんですけれども、この「蜜室」に限っては、割合にそういう部分が少なかったんですね。
つまり、感情移入ができないというふうなものが、非常に少ないというふうな印象を受けました。それは、恐らくですね、これは、9割以上というか、ほとんどの作品が、この中では、はっきりとした和姦であって、例えば、一方的に女性の意思を踏みにじることで快感を得るとか、非常に暴力的なシーンがあるとか、そういったふうなものが少なかったからではないかと思います。

弁護人:ちょっと、先ほどの答えと重複してしまうかもしれないんですが、この「蜜室」なんですけど、作品としての完成度はどうですか? こ証人:れは短編の集合体のオムニバスですから、全体で見て作品としての完成度という意味なんですけど。
ポルノグラフィを見ておりますと、特に男性向けはそうなんじゃないかと思うんですけど、ストーリーとかが余りはっきりしていなくて、性交場面とそのシチュエーションがあればもうそれでいい、というふうなものが多いんですが、この「蜜室」は、短編なんですけども、どれも割合に作り込まれているというふうな印象を受けました。
人物造形などについても、割と細かいところまで書かれている、そういったところで、あるいは、絵的なところでも、俯瞰を使ったり、あるいはアングルを工夫したりというところで、かなり丁寧に作者の方が仕事をなさっているというふうな印象を受けております。

この後、証言内容は「密室」に収録された9つのショートストーリーそれぞれについて、具体的な物語の内容にも触れながらの解説になっていくので、まだ「密室」本体の読んだことの無い方は参考にしていただければと思う。
ただし、ここだけを読むと「密室」が珠玉の文芸作品のように見えてしまうのだけど、それは藤本氏の評論技量に依拠した裁判戦術として見るべきだろう。
「蜜室」は決して唯一無二の文芸的最高傑作ではなく「普通のエロ漫画」だ。
奥平氏も述べていたが、誰もが礼賛するような傑作はほっといても燃やされることはない。世に出回る99%の「ごく普通の」漫画やアニメが守られなければ、表現の自由を守ったことにはならないし、今回の裁判も「ごく普通のエロ漫画」を守るためのたたかいなの
だということを強調したい。

弁護人:それでは「蜜室」に入っている作品の1つ1つについてお話を伺おうと思.います。まず、第1話の「新ヒロイン」という作品については、どのような作品でしょうか?
証人:これは、スタントマンをやっている女性が主人公で、彼女は、体が弱いので、もうそれ以上その仕事を務めることができないと。しかし、いつか特撮のヒロインをやりたいという夢を持っていた。それを聞いて、君もこのまま辞めるのは惜しいだろうと、で、ちょっとAVではあるけれども、その特撮のヒロイン、主人公の話があるんだよと、やってみないかということで、その新しい役に挑戦する。
やってみると、AVなんだけど、AVを超えたものにしようと思って、スタッフー同張り切っているので一緒にやっていきましょうというふうに言われて、実際に細かいところで、例えば、その撮影が始まったところで、見ながら、さあ、ここで上げるんだというのでピアノ線を引いたりとか、そういった、それにかけるスタッフの意気込みというふうなものも、具体的に、言葉だけではなくて描写されているなというふうに思いました。で、ビデオが好評だったので、2作目も作られることになったというところで終わっています。

弁護人:第2話の「髪ゆいの恋」とはどういう物語でしょうか?
証人:これは美容院に勤める女性の話なんですけれども、その女性が店長からセクハラを受けていると。それに、新しく入ってきた男の子が気が付いて、セックスにはそういう一方的にされるがままのセックスではなくて、お互いの思いやりに基づいた恋人としてのセックスもあるんだというふうなことを言いまして、そして、彼との間にそうした行為を持つと。で、そういう、お互いに快楽を相互に交換するようなセックスに目覚めたことが彼女の力になって、そのセクハラをしている店長に一矢報いることができると、そういう展開になっております。

弁護人:第3話の「一獲千金」とはどういう物語でしょうか?
証人:これは、デザイナーをしている女性というふうなのがいまして、その先生のところに新しく弟子に入った男の子がいると。その仕事の後、非常に疲れているというふうなこともあって、その先生が、ある種、自分にオーガズムを感じさせてほしいということを頼むわけですね。最初、男の子はちょっととまどうんですけど、じゃあちょっと頑張ろうというふうな気持ちになって、懸命に彼女をオーガズムに導くと。それがきっかけになって、2人は結婚して、今では彼女のだんな様になっている、というふうなお話になっております。

弁護人:第4話の「カーニバルカーニバル」とはどういうお話でしょうか?
証人:これは学園祭の前日の話なんですね。出てくる2人は恋人どうしです。女の子が喫茶店をやるというのでメイドの格好をしています。そこに彼女の恋人の男の子が、彼のクラスでは天の岩戸の神話をやる、その中で、天鈿女という女神が踊るというふうな場面の読み合わせをやるんですけども、その天鈿女の格好がエロティックだったというふうな描写の場面に、彼女がメイド服を着ているということもあって、二人は性行為をしてしまうというようなお話になっています。
で、これだけが実は舞台が高校になってるんですけど、たしか3年生の教室だというふうに描かれていたと思います。で、この本の最後に、この本に出てくる人はすべて18歳以上です、というふうな記述がありますので、それは多分、この作品を意識して書かれているものだというふうに思いました。
で、この次の作品も、実は同じ主人公たちなんですけど、こちらもそうなんですが、比較的年若い主人公にしている2作品だけが、避妊に対する言及というのがあるんですね。ちょっと正確なものではないんですけど、その辺りも多少そういう設定を意識してのものなのかなというふうに思いました。

弁護人:今ちょっと話に出ましたがその第5話「肉体の問題」とは、どういうものなんでしょうか?
証人:これは、第4話に出てきた2人が、どういういきさつで恋人どうしになったかという、2人のなれそめみたいなものを書いたものです。女の子が、肉体的コンプレックス、要するに片方の乳首が陥没しているというふうなことで悩みを持ってます。それを治すために少し自分で触ったりするというふうなことで、少しマスターべーションを覚えて、彼女はそういうことに悩んでいること、それから自分を好きだというふうなことを彼女の友達を通して知った男の子が、彼女と初めての性行為を持つという、そういうお話になっております。

弁護人:第6話の「イノセント」とはどういうお話でしょうか?
証人:これはちょっと異色の作品なんですけれども、病院が舞台です。病室で、べッドの中に横たわっている男の人がいます。その彼が、どうもSMのSの趣味を持っているらしくて、それに対して女性が、あなたの望むとおりにしてきたのというふうなので、ボディーピアスをした体を彼に見せて、そして行為を仕掛けると。そうすると、病室の窓からのぞいている男に気付いて、その人もプレーに引き込もうとするという話なんですが、これは実は最後にどんでん返しがありまして、そのどんでん返しというのは、実は、そこで横たわっていると見えた男は人形なんですね。実は、入院しているのは彼女のほうで、ここは精神病院であるということなんです。で、実は、恋人であったであろう男にずっと虐待されていて、彼女はその男を殺してしまったと。で、その殺してしまった恋人と1週間同じ部屋でいたというふうなことで、彼女は精神に異常を来してしまって、ここに収監されていると。なので、今まで起こってきたことというのは、すべて、彼女が体験を追体験するというふうなことでの、ある種の、すべてが彼女の幻想であって、病室の窓からのぞいていた男というのは、実は患者の様子を見に来た新しく病院に入った医師であるというふうなことが、最後に明らかになるという作りになっておりまして、かなりストーリー的には工夫が見られると思います。

弁護人:第7話、「相思相愛」とはどういう作品でしょう?
証人:これはSMクラブを舞台にした作品です。ちょっと見にはこれは激しいSの客がいて、M嬢がそれに嫌がって抵抗して、それを暴力的に支配する、というふうな物語に見えます。ところが、そういうプレーが終わった後で、店長が彼女のところにやってきて、今の客のときは君は必ず抵抗するねと、もし本当に嫌ならやめてもいいんだよと、断ったっていいんだからね、というふうに言いに来るわけですね。つまり、お金をもらって相手をしているSM嬢であっても、本当に嫌ならば断っても構わないんだというふうなことが、そこではっきりと示されております。しかし、それを聞いて彼女は、いや、私がそういうふうに抵抗するのは、それが客が望んでいるプレーの形だからであって、それが相手が望んでいる愛の形なんだと、私はそれにこたえているだけだというふうなことを答えるんですね。
しかも、この客が、なぜそういう行為をするのかというふうなことで、SMクラブに入ってくる前の客の描写というのが実はちゃんとなされておりまして、携帯電話に彼は出てるんですけど、その携帯電話はどうも奥さんからのようなんですね。どうもそれは、会社の帰りに、バターだかしょうゆだか分かりませんけども、そういう日常品を買ってきてほしいというふうなことで、しかも、これは今日が初めてではない。要するに、会社の帰りにそういうふうなお使いを奥さんから携帯電話で頼まれて、嫌と言えないよう気の弱い中年男なんだというふうな。で、その人がある種バランスを取るために、そのSMクラブに通っているんだというようなところまで描かれていまして、ただの性的にSMを見せればいいということではなくて、そうした、なぜ人間がそういう行為をするのかというところにまでちょっと踏み込んだ内容になってると思います。

弁護人:8話、9話は前編、後編ということになって、「這いずりまわる」と1つの作品になっているんですが、この作品はどういう作品なんでしょうか。
証人:この作品だけが実は唯一例外的に女性の意思と反した性行為が描かれております。それ以外の作品はこの「蜜室」では、はっきりと和姦なんですけれども、この作品に限っては、女の子がいて、恋人とドライブをするつもりで出ていくと、実はこの恋人がお金持ちの坊っちゃんなんですけれども、実は非常にワルで、友達とつるんで彼の父親の持ち物であるビルのフロアに彼女を連れ込んで、監禁し陵辱するというふうなストーリーになっております。
ところが、この作品では、中心になるのは男の子の使い走りで彼女の幼なじみである非常にさえない感じの眼鏡を掛けたネクラでオタクの男の子といいますか、その子が非常に、目立ちはしないんだけれども、1つの虚焦点のようにして現れてきて、途中にヒロインの述懐の中で、今や私を人間として扱ってくれるのは彼だけだというふうなことがあり、最後に、さんざん輪姦され乱暴された後で彼女が非常にそのさえない少年の姿を見たときに彼にすがりついて泣き叫ぶと、そうすると「ほんとにつらかったんだ、僕に頼るなんて」というふうなセリフが差し挟まれて、そして結局、彼が自分の薬の知識というふうなものを使って、非暴力的な手段で彼女を結局その地獄から救い出すという内容になっております。
この作品だけが非常にそうした陵辱のシーンなどが繰り返し描かれますために、読んでるとちょっとつらくて感情移入しにくいところもあるんですけれども、しかし、逆に考えますと、実はこういう監禁、陵辱というのは、割とポルノグラフィでは黄金のパターンというか非常によく使われるパターンなんですけれども、だから、作者はポルノの枠組みとしてそれを採用はしたと、しかし、そういった場合に、もう少しそうした行為というのがある種エロチックなもの、そうした意思を踏みにじるということ自体が喜びだというふうに書かれるものが多いのに対して、実はこの作品の中では、ヒロインにとってその行為というのが最初から最後まで嫌な行為であって、決していいとは思っていないということが一貫して書かれているんですね。
それはヒロインの側が、脅されてこんなことをしてるのもおまえが好きでやってるんだよなって、淫乱だと言えみたいなことを言わされるところがあるんですけれども、それもはっきりと、ナイフを顔に突き付けられてちょっと傷をつけられてそれで無理やり言わされているということは非常にはっきり出されている。で、それから髪を引っ張られたりとか、あるいは、どこでも逃げていいからと、で、見付けた人が犯してもいいみたいなゲームをさせられるところがあって、彼女がその掃除用具室の中に逃げ込むんですね。そこを開けられてつかまえられてセックスさせられるというふうな場面があるんですが、そういうときにも彼女の背中に当たっているのが掃除用具のモップであったり、あるいはちり取りであったりというふうなもので、そのごたごたしたものが背中に当たって、恐らく彼女の背中をものすごく傷つけている。そうすると、感じるどころではないし、それが彼女にとって喜ぶべき行為であるはずがないというのは、これがかなり意識的に書かれていることだと思います。
そういうところから見ると、恐らくこの作者は、確かにこれはポルノグラフィとして書かれているんですけれども、そのエロスの根幹といいますか、そうしたものはむしろ女性が自分と性行為というふうなものを持つうちにそこから喜びを感じて、で、だんだんと気持ちや体が開いていくと、そして、自分を喜んで受け入れてくれると、そういうことがエロスの根幹であって、それ以外のものは気持ちのいい性ではないんだというふうなことがこの作者の中にはすごくはっきりとあるのではないかと思いました。特にこれは詳細に作品を見ていけばいくほどそういう印象を持ちました。

弁護人:今言われたように、作者の書こうとしてるエロスについてですが、これはセリフの中で表れてるということはありませんか?
証人:この中で非常に目立つのが「大丈夫?」という言葉なんですね。これは男性からも女性からもあるんですけれども、「大丈夫?」というふうな問いかけ。それから、「力を抜いて」とか「リラックスして」とか、あるいは「気持ちいい」あるいは「愛してる」というふうな言葉というのが散見されます。で、特に「大丈夫」とか「力を抜いて」というのは、要するに、相手にとって今のその行為あるいは体勢なりが負担になってないかというふうなことを気遣いしているわけですよね。で、それが本当に気持ちのいい行為になっているかというふうなことで。ですから、そうしたセリフの場面で見ていっても、あるいはお互いにやり取りしてるセリフというのも、非常にうまくいってるときのセックスのリズムとか呼吸とかそういったものを写し取っているというふうに思われました。


後半に続く。


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※尚、このレポートはメモ及び記憶を元に作成されており、あくまで公判のイメージを伝えるためのものですので、多少の記述の食い違いは御容赦ください。
※転載は自由です。
※制作は児ポ法改悪阻止青環法粉砕実行委員会が行なっています。 また、制作に当たり匿名の方の協力をいただきました。