★救国埼玉青年挺身隊事件
青年将校と栗原安秀の教育を受けた学生(幹部候補生)、下士官、除隊した軍人、農民等が呼応し決起をし、
西園寺公、牧野内府、斉藤首相、鈴木政友会総裁等を暗殺して昭和維新を断行しようという内乱陰謀事件であるが未遂に終る。(埼玉県警察部特高課により昭8年11月13日に発覚)
栗原他に香田、丹生、中橋、水上らの226事件で処刑された陣原画どの程度の関係があったかはハッキリしていないが、ともかくは彼らの名前が出ていた事や襲撃目標を決め「戒厳令の宣布を為し憲法を停止し軍政府を樹立し〜」と、具体的にその革命建設方針をうたっている事が後の226事件の前進と言える
押収された栗原所持の手帳に記された連絡網の人名簿も割合に正確な点から見てこの事件は北一輝の「日本飼い増法案網」に基づくそのままの計画という未熟さが残るがその背景を考えると重大な事件とされる。