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人間関係・子供・大人・中年・老年  投稿者:緑三  投稿日:2001/03/04(日)01時16分46秒
 

      人間関係で悩んでいる。
      具体的な内容はというと、これがはっきりいってOLの愚痴と大差ないものなので、
      ここには書かない。
 

      俺は、人間関係というものは希薄であればあるほどいいと思っている。
      世間一般の人間関係に対する考え方も、それにちかいもののようだ。
      「隣はなにをする人ぞ」近所付き合いも希薄に。アパートの隣の住人の職業を
      知っている人がどれだけいるだろう。
      俺自身そういう都会生活者の一人なわけで、なるべく人との交渉を避けて
      生きてきた。
 

      しかし、そうもいってられない場面も多々ある。
      仕事の場もそのひとつだ。仕事には人間関係がついて回る。
      それこそ、昼飯を誰と食べるか、休憩時間を誰と過ごすか、会社の飲み会に
      参加するか、しないか、仕事終わりに誰と一緒に帰るか。
 

      俺は昔小さなデザインスタジオで働いていたことがある。
      そこでは、昼飯を新人が弁当を買いにいって、小さな事務所でみんなで食べる。
      「俺、今日はちょっと外で食べてきますわ」の一言がいえない。
      言える雰囲気がない。
      仕事自体は嫌ではなかったのだが、その昼休みが嫌で嫌で、3ヶ月と持たずに
      その会社は辞めてしまった。
 

      俺は人間関係を希薄なものにしたいと思う一方で、
      興味を持った人間には、これでもかというほど積極的にアプローチをかけ、
      親しくなろうとしてしまう。相手の都合などお構いなしだ。
      きっと、そういう人間がストーカーになったりするんだろう。
 

この人間関係不器用症は子供のときから、ずっと持ち合わせてきたもので
      小学校、中学、高校とそれに悩まされてきた。
      中学、高校のころには、しかし、そんなことで悩むのも今のうちだけだろう、
      と考えていた。大人というのは日々の雑務に追われ、そんなことに悩んでいる
      暇など持ち合わせていないものだろう。そんなことにかまけていては大人なぞ
      やっていけないのだろう。と思っていた。
 

      今年、俺は26になる。世間的には立派な大人だ。
      選挙権もある。タバコも酒も堂々と飲める。結婚だって自分の意志だけでできる。
      しかし、人間関係には悩まされる。
 

      思うに、俺は大人というものを誤解していたのだ。
      いやさ、差別していたと言ってもいいだろう。
      大人というのは鈍感で厚顔無恥で愚鈍なものだと勝手に思い込んでいたのだ。
      自分が大人になってはっきりと思う。
      それは勘違いであったと。
 

      俺はこの先も、きっと、なんとかかんとか生きていくのだろう。
      大人に対する差別を取り下げたように、中年、老年に対しても差別を持たない
      ようにしたいと思う。
 

あやしいわーるど@かもめのじょなさん

Everything OK!But,why am I crying?

緑三(midorizo@strangeworld.ne.jp)
メッセンジャー:midorizo@hotmail.com