Vol.1 百名山ブーム

今年のGW、母校の高校山岳部員を引率して、北八ツを歩いた時のこと。
蓼科小屋で、40歳ぐらいの単独行者が小屋番と話をしている。
小屋番「今日はどこから?」
単独行者「大河原峠から」
小屋番「その前は?」
単独行者「八ヶ岳の頂上で泊まってました」

八ヶ岳の頂上って、赤岳のこと?
赤岳から一日で北八ツまで来るなら、なかなかの健脚じゃない。
でもふつう赤岳を、「八ヶ岳の頂上」なんて言い方しないでしょう?。
どうも変だと思って聞いていると、何と彼、赤岳から一端、美濃戸に下りた後、車で大河原峠まで移動したらしい。

彼は一体何を考えているのだろうと思ったが、「八ヶ岳」と「蓼科山」という2つの百名山を登るためには、彼のやり方が一番効率的であることに気づいた。
彼にとっては、「八ヶ岳」で一番高いことが大切で、そこが「赤岳」という名であることは重要ではないらしい。
百名山ブームのあまりの過熱ぶりに唖然としてしまった。

確かに百名山に選ばれた山は素晴らしい山である。
例えば、上越国境〜南会津にかけて選ばれた、巻機、越後駒、平ヶ岳、会津駒の4座。
平ヶ岳に登山道が出来たか出来ないかという、現在とは比べようもない程、乏しい情報の中で選ばれたのに、確かにこの4座はこの山域では抜きん出た秀峰であり、百名山たることに納得できる。
こうした深田久弥のセンスには感心せざるを得ない。

しかしかの単独行者のような人を見ると、」それ以外にも素晴らしい山はたくさんあるのに…というおっせかいを焼きたくなってしまう。
しかし、ここでふと我が身を振り返ってみる。
数ある沢の中で、なんだかんで「関東周辺の沢」に載ってるとこに行ってしまう。
「クラシックルート図集」買って、やっぱここに出てるとこは全部行きたいと思ってしまう。
ハイキングか沢、岩か、ジャンルが違うだけで、やってることは同じなのだ。
これでは、さもさも分かったように、百名山ブームを批判する資格などないのかも知れない。

周りにただ流されるんじゃなく、自分の価値観を持つこと.
ただし、それに凝り固まるのではなく、全体を見わたす広い視野を持ち、周りの優れた価値観は進んで取り入れてゆくこと。

このバランスは山に限らず、重要なことだ。
なかなか難しいんだけどね。


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