単独行の人
黄蓮谷右俣 ぼくのなつやすみ 沢の冒険編
世の中は広い



黒戸尾根にて

黒戸尾根にて


 世の中にはいろんな人がいるものなのだと、改めて実感した。
 まず、場所などの場合、自分のエリアのみ見たり聞いたりしたことが全ての世界だと当たり前のように思っているけど。実際そうじゃないのが当たり前なんですね。
 テレビとか本の写真とか文献というのは凄いリアルだし、インターネットのお陰でその場所に行ったような気になってしまうけれど。
 実際のその場所というのは、生々しくて、匂いとか、手触りとか、その場所に続いているいろんな風景とかがあって初めて実感できるものだったりする。
 黄蓮谷の奥千丈の滝は200メートルもあり登ってみないとその生々しさが分からなかったりする。実際にその場に立ってみて、ここにいると死んじゃいそうだ、と実感してみて鳥肌がたって始めてその沢のことが実感できる。そういったリアリティを肌で味わうことができた。
 沢登以外でもっとリアルだったことがあった。

 稜線で沢登の着替えをしていたら甲斐駒から一人の登山者が降りてきた。身なりを見ると僕等と同じく沢登りをしたようだ。話を聞くと今回は尾白川本谷を遡行してきたのとこと。それも単独で。
 見た感じ、上背もあり身体も大きくて、鳶職がよく似合うかんじのオニイサンであった。ザックなども50〜70リットルくらいの大きさで、荷物重量は25キロ近そうな感じ。
 雰囲気として長谷川恒夫氏か志水哲也氏みたいな雰囲気。
 こんな荷物を一人でひっ背負って沢登りカヨ、みたいな一種の驚きを感じてしまった。
 話を聞くと前に一人で黄蓮谷を遡行したことがあるとのこと。今回の尾白川本谷も思っていた以上に難しかったとのことだ。なんだか大岩がたくさんあって、その一つ一つを登っていくのに大変苦労したとのこと。それから大滝は人工登攀みたいな感じで、丁度一ノ倉の中央稜の以前の核心部の人工ルートみたいな感じだったとのこと。あれで二級上というのはヤバイとのことでした。
 今日は今日とて甲斐駒の頂から一気に駒ケ岳神社におり、そこでザックをデボする。それからヘッドランプを付けて林道を2時間あまり迂回して林道終点にあるマイカーを取りに行くとのこと。都合8時間実働だ。今が1時だから、休憩も含めると夜の10時にやっと登山が終了ということになる。
 僕も単独行がメインなので単独行のことはわりとやっている方だ。しかし黄蓮谷とかを一人で遡行しようというのはしんどい感じだ。たぶん沢のグレードとすると4級だ。4級クラスの沢を単独で遡行するというのはかなりの体力と技術レベルが必要だろう。
 4級以上のグレードの場合、2人分くらいの力がないと遡行は危険だ。雑誌とかの記録を読んでいると単独でそういった沢を遡行している人はかなり名前などが知られていたりする。
 というか4級以上の沢を単独で遡行する人のレベルは、日本の場合百人レベルの人数しかいないのではないかと考える。
 あのグレードの沢に一人で入るというのは、よほど単独行にたいして思い入れがあるか、他人との行動に妥協できない心情があるかということかもしれない。
 困難な冬山とか、困難な岩場とか沢に行ったりすると、そのコース中で時々人に会う場合がある。そういった時に会う人はなんだか凄いスピリットのオーラを持っている。僕がいつも会う下界の人たちとか山仲間とはちがう、別の、ハートが熱い人たちだ。何か凄いトレーニングを積み、懸命に山に向かっているオーラを感じてしまう。要するに言葉と行動が一致している感じなんだ。
 困難な山に行くほど身の程をわきまえるようになったりする。山に対しての恐れ多さを身にしみてわかっている。だから言葉も控えめだ。
 今回はそんな稀少な登山者に久しぶりに出会った気がした。
 なんだか今までの当たり前の世界を掃除しないといけないかも。
 そういえば五合目小屋で夜寝ていたら、黒戸尾根をヘッドランプを点けて降りて来た登山者がいて、そのまま黄蓮谷に下るコースを降りていった、と友人が話していた。
 彼もまたたった一人で黄蓮谷か尾白川本谷を遡行し下山していったのかもしれない。なんだか胸が熱くなる思いがした。


 



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