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みちのく一人旅日記
ブログ式スク〜ルボ〜イ
「三上恭平とMIKAMIとスク〜ルボ〜イ」
Written by MIKAMI.
 2000年4月29日、DDT北沢タウンホール・2Days興行で凱旋帰国。二日目のメインで高木三四郎からピンフォール勝ちをスコア、そしてリング上で初めてこう言った。

「これが世界を獲ったMIKAMI様の必殺の…スク〜ルボ〜イ!!」

 …日本を発ってプエルトリコ入りしてから僅か二日後、まだ時差ボケも治ってないオレにミステル・アギラ(=当時)の持つIWAライトヘビー級のベルト挑戦の知らせが飛び込んできた。このベルトはアレクサンダー大塚、ザ・グレートサスケらが参加して行われたトーナメントで初代チャンピオンが決定、これを見事勝ち抜いて初代選手権者の座に輝いたのがミステル・アギラだった。
 
 プエルトリコ入りしたオレは翌日すぐさまIWAプエルトリコ(=代表・ビクターキニョネス)の会場に出向き、IWA参戦を直接ビクターにアピール。その場でTAKAみちのくとEXマッチを行うまでこぎつけるも、面識もなく飛び込みで来た小さなジャパニーズがそう簡単に参戦を認めてもらえるはずがない。家路に着いたオレは、突きつけられた現実と絶望感、長旅の疲れ…途方に暮れていた。

 そして迎えた翌朝、運命の電話が来る。逆指名ともいうべき、突然のIWAからのオファーだ。一体何があったのか。急きょ舞い込んだ参戦要請に、一度は閉まったリングシューズをあわてて旅行カバンの奥から引っ張り出した。世の中本当に何が起こるか分からない。しかも聞けばいきなりタイトルマッチだという。事態もよく把握できないまま、とにかく急いで車を拾ってサンファンの会場へと向かった―。

 この日の目玉は初代王者ミステル・アギラのタイトル防衛戦だったが、対戦相手が直前になってキャンセル。チャリティー興行のためTVマッチではないが、かといってIWAとしては、発表したタイトルマッチを中止にするわけにはいかない。緊急事態に現場サイドは混乱。頼みのTAKAみちのくも肩を負傷して欠場中、いきなり試合をできる状態ではない。あれこれ考えている余裕はなかったという。
 
 …しばらくして、リング上には小さなジャパニーズの姿があった。リングネームの事なんて全然頭になかった。リングアナに「名前何だったっけ?」と聞かれて「ミカミです」と答えた、ただそれだけ。それがまさかこの先ずっと、使い続けることになろうとは。

 舞い上がっていた…どんな試合だったか、映像が残ってないため今となっては、おぼろげにしか思い出す事ができない。セコンドにはTAKAみちのくがいた。外国人ばかりの異国の地、英語とスパニッシュが飛び交う中で耳に飛び込んでくる日本語のゲキ。これほど心強いものはなかった。咄嗟に足をすくった。丸め込む。必死で押さえた。カウント3。
…勝った!勝ってしまった!TAKAみちのくが「やりやがった!」と飛んでくる。見知らぬ小さなジャパニーズの王座奪取劇に、会場は大騒ぎ。オレひとりだけが、リング上でポカーンとしていたものだ。
 
 その後、第二代IWAライトヘビー級王者「MIKAMI」としてIWAプエルトリコマットでレギュラーを獲得、5回の王座防衛に成功。6度目の防衛に失敗し、帰国――。(文中敬称略)



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