
スパイシークラシック (1997年4月)
私がサッカーにイカれているなんて、今更言うことでない。自分がサッカーについて感じることは、実に言い尽くせぬ程であろう。ただ自分は決してサッカーマニアでなく、格好つけて言うなら、サッカーで「社会」を見たいと思う。近代を見るのに、サッカー程新鮮で面白いテクストは、なかなか無い。でも全く開けていない部分だから、自分の理解も浅くて説明は甘いです。ごめんなさいね。
☆ サッカーの時代
物事をわかり易くするのが好きなマスコミは、まるで予め用意しておいたストーリーみたいに、Jリーグブームとその衰退を演出してくれた。
でももうすぐサッカーの時代になると言うのは、説明も面倒臭いくらい、私にとって決まり切ったことである。現在のスポーツ界に、目では見えなくても、まるで火山の様に、中で熱くうごめいてるものがあるのは確かだ。
世界で一番人気のあるスポーツが、サッカーだということを知らぬ人はいないと思う。
でもサッカーがどれ程凄いかを説明すると、まるで嘘か笑い話みたいになって実は結構難しい。ひとつだけ具体的な話をするなら、メキシコとミュンヘンのオリンピックが、ワールドカップの前座として行われたというエピソードで良いだろう。
私は日本のサッカー化を、日本の対外文化受容の歴史に、なぞらえることが出来ると思う。サッカーとは、単なるスポーツを超え、サッカー主義とでも呼ぶべき全体である。
元々日本はそれを受け入れるべき社会的条件を持ち、今はその基盤を整えつつある時期である。
日本はサッカー的に言うなら”12才
”だと思う。発展途上であると同時に、無限の可能性も秘めている。まだ、新しいものを受け入れる頭の柔軟さがある。ひとつことへの探求心と、天性の器用さもある。戦争が終わった頃、日本が経済の王様になるなんて言ったら、きっとキチガイ扱いされたろう。でも俺が言っているのは、それよりずっと大人しい話である。
☆ 未来予想図
その国のそのスポーツが将来どうなるか、実に単純に予想が出来る。若手が育ってるかいないかを見れば良い。サッカーでは、それを縦軸で無く横軸で見ることが出来る。17歳以下(ジュニア・ユース)と20歳以下(ユース)、23歳以下(オリンピック)の、それぞれ世界選手権がある。もちろん勝負事だからぶれはあるが、20の魂は30になってもそう変わらない。この年代の強化は後から必ず効いて来る。
☆ 振り返って
日本はサッカーの中心であるヨーロッパや南米からあまりに遠く、その内奥に接するには困難があった。日本サッカーの歴史には、その溝を埋めた3人の偉大なコミュニケーターが登場している。一人目は戦前早稲田に留学生として来日し、そのサッカー部を指導したビルマ人チョー・ディン
。二人目がドイツの名コーチデットマール・クラマー。そして”自閉症
”になっていた日本サッカーを、治療する困難を見事に果たしたのが、三人目となるハンス・オフトである。
彼が来日したのは今から5年前、そこから全てが始まった。彼が遺した仕事の大きさは、ここで書ききれるものでない。
その2年後、彼の片腕として経験を積んだ田中孝司が率いる日本ユース代表は、日本サッカー史上初めて、”世界の壁
”を突破した。日本のサッカーは、アマチュアの祭典だったオリンピックをを除けば、1994年まで、アジアの予選すら突破したことすら無かったという話である。でもよく5年でここまで来たよな。
彼らは「歴史を変える」を合い言葉に、アジアにセンセーションを起こすような素晴らしい内容を見せ、予選を突破した。この時のメンバーには、現日本代表の中田(当時韮崎高)や西沢(清水東)、オリンピックでブラジルを破ったメンバーである田中誠、松田、遠藤らがいる。
翌年の世界大会で印象に残るのはスペイン戦、今やヨーロッパで1番注目される若手であるラウールと、同じく”世界選抜
”バルセロナのデ・ラ・ペーニャら、凄い相手と日本は戦った。中田が同点のコーナーキックを決めたが、ラウールに2点目を奪われ、日本は2対1で破れた。しかし日本は予選リーグを2位で通過、準々決勝でブラジルと当たる。日本は前半早々奥(ジュビロ)が見事なミドルシュートを決め、何と先制する。しかし地力に勝るブラジルが試合を支配、結局日本は2対1で惜敗した。
しかしこの大会べスト8という結果は、世界は遥か遠いと感じていた関係者に自信を与え、アトランタへとつながったのだ。一度こういう経験を積むと、選手も世界へ免疫がつく。かつてジュニアユース代表でナイジェリアと対戦したことのある中田は、オリンピックで再び対戦した時、周りの選手はビビってるのに、むしろ「あまりに成長していない」ことの方が驚きだったという。
☆ 再び世界大会
あれから2年、この6月16日からマレーシアでユース代表世界選手権がある。まだ20歳以下の選手とはいえ、第1回のMVPがマラドーナだったことで分かるように、名選手の登竜門であり、その国の将来を映す鏡である。
お陰様で日本サッカーは若手が、しかも下にいけば行く程育っている。今年Jリーグには20人程10代の選手が出場したが、プロ野球は三木(ヤクルト)1人である。
従って、今度のユース代表も、タレントは文句無く揃っている。下手な奴など1人もいない。当然まだ若いから完成されてないが、この年代は長所を持っていることが大事。結果よりも、経験を積んで未来へつなげることが目的なのです。
この大会には、世界の予選を勝ち抜いた24カ国が出場。日本は18日,予選リーグ初戦では強敵スペイン、次いでコスタリカ、パラグアイと対戦する。目標になるのが、前回を上回る世界のベスト4。つまりこのチームが目指すのは、日本サッカー史上最高の成績である。
注目の選手
南 雄太 GK 183cm・72kg 静岡学園高 彼はまだ18才、実は次の大会の出場資格(1979年1月1日以降に生まれた者)も満たしている。つまり「飛び級」を果たす実力の持ち主。中学時代は読売クラブで活躍、高1で全国優勝、2年で国体優勝と、川口以来のエリートコースを突っ走っている。彼の運動センスと能力は、中学時代副業のバスケでも東京23区代表に選ばれたというエピソードに証明される。加えて他人の順番をぶん取ってPKを蹴るような強気、熱意と、大成する条件を全て持っている。おまけにいい男だし。
宮本恒晴 リベロ 176cm・70kg ガンバ大阪 彼がキャプテン。チームではレギュラーを失い、試練の時間が続いている。しかし彼のクレバーさ、キャプテンシーは折り紙付き。現在、同志社大学経済学部に在学中。
古賀正紘 ストッパー 183cm・76kg 名古屋グランパス 昨年、J全チームに勧誘されて話題になった。高2の時には彼のプレーを見た加藤久氏をして、「今すぐにだって日本代表でプレーできる」と言わしめた。最もその時の彼は怪我をしていて、本当はプレーできる状態じゃなかったらしいが。素直で頭が良く、ディフェンダー向きの性格。左利きというのも貴重。
廣山 望 右アウトサイド 173cm・63kg ジェフ市原 50メートル6秒ジャストの俊足。テクニックとセンスも抜群、それにちょっと変人。高3の夏に高校総体と国体で、両方ともMVP級の大活躍。一躍ブレイクした。オールラウンドの能力を持つから、いろんなポジションをさせてみたい。高2まで試合に出れなかったというのも信じられん。だから高3までプロのになる気等無く、勉強をしすぎてしまったらしい。習志野高校3年間の評定平均4・8で学年1位、推薦で千葉大教育学部へ進んだ。
城定信次 左アウトサイド 180cm・72kg 浦和レッズ 彼も、レッズでは監督とあわず、自信を無くしてコンディションを落としてしまった。 しかし彼こそが、このチームで1番大切なプレーヤーだと思う。アジア予選で対戦した韓国のキャプテンも、「6番(城定)が一番怖い」と言っていた。とにかく彼のように強く正確で気のきいたクロスを、しかも左足で上げられる選手なんて他にいない。マーキングやカバーリングも良いし、何しろボール扱いが軟らかい。まだ才能に意識が追いついてないくらい。
明神智和 ボランチ 173cm・66kg 柏レイソル 地味ぃな選手。黙々と敵の攻撃の芽を摘み、確実に攻撃へつなぐ。余りに目立たぬのか、国体の選考会は30分で「不合格」になったと言う話も。彼を好きというあなた、通ですね、マニアですね。
中村俊輔 ゲームメーカー 178cm・66kg 横浜マリノス まだ線は細いけど、感動的に上手い。視野の広さとプレーの”切れ”が凄い。やはり左利きには天才が多い。スピードのある名波と言ったところか。中学時代はマリノスにいたがあまりに背が低く、レギュラーを諦め、桐光学園に進路変更。そこで何故か身長が20cmも伸び、別人になってしまったという話は有名。
大野敏隆 ゲームメーカー 173cm・69kg 柏レイソル 中村みたいに苦労を知らないから、まだわがままを残す天才児。パス出すことに関しては文句無く、点も取れる。ある知り合いによると、「プライドが高い人」という印象だったらしい。
柳沢 敦 フォワード 177cm・72kg 鹿島アントラーズ 彼がこのチームで1番フル代表に近い。昔は強引なプレーが持ち味だったのに、最近はジーコの躾が行き届いて、とても品のいいプレーをするようになった。上手くて早くてパワフルで、しかも流れが読める、万能のストライカー。
永井雄一郎 フォワード 184cm・70kg 浦和レッズ 今年Jリーグへ衝撃のデビューを果たした。それまで実績がなかったから、なおさら衝撃だった。足が長くて柔らかく、ボディバランスも最高で、日本人離れのランニングを見せる。体を作れば余裕も持ってプレーできるはずだから、ホント凄い選手になれる。レッズでは「上手いけど点を取れない」という評価だったが、マレーシア遠征の大活躍で、それもレッズというチームのせいということが証明された。決して、「顔」だけの選手ではない。彼も早生まれで79年のため、「飛び級」組に入る。
☆未来予想図U
U‐18日本代表 〜天才達の共演〜
この5月に水戸で開かれた茨城国際ユース大会をもって、元ジェフ監督の清雲栄純が指揮を執る、U(アンダー)18日本代表チームが活動を開始した。このチームは、現ユース代表より年齢制限が2つ下。ユースの世界選手権は2年ごとだから、つまり次のユース代表である。
このチームは早くも「史上最強」の呼び声が高く、監督自ら「本当に凄いメンバーが揃った」ともらす程だ。前回アジア予選で思わぬ苦戦となった反省から、今回はチーム造りを早め、世界大会の2年以上前という異例のスタートとなった。
このチーム最初のゲームとなった5月3日の茨城高校選抜戦を、私は観戦した。ゴールデンウィークのあたふたの中、朝6時に起き、水戸では25分激走してスタジアムに辿りつくというという大旅行だった。その時の印象も含めて、このチームの紹介と展望を、述べたいと思う。
主な選手
曽ヶ端準 GK 鹿島ユース 79年生 186cm・78kg 普段もプロのブラジル人コーチに指導を受けていて、実力的には南と遜色無い。この大会では茨城選抜の方に入り、スーパーセーブを連発。ハイボールにも安定性を見せ、圧倒的な存在感だった。チームは全敗にもかかわらず、大会最優秀GKに選出された。
鶴見智美 センターバック 韮崎高 79年生 182cm・78kg 彼がストッパーをやっていることは、このチームの実力の証明になるかもしれない。韮崎では中盤の司令塔として、存分にテクニックを発揮している。センスとクレバーさ、そして身体能力を合わせ持ち、攻守に力を見せる。昨年はボランチながら、チームの全得点の半分くらいを決めてしまう無茶苦茶をやった。国立山梨大学付属中学校卒というのも、変わっている。
井出口純 センターバック 桐光学園 79年生 180cm・72kg 今年高校選手権で準優勝を果たした彼は、中学時代にも、三菱養和のキャプテンで、全国優勝を経験している。練馬区の110mハードルチャンピオンという過去も持つ。バネとスピード、パワーがあり、なおかつ先輩をバスに待たせても平然としていた無類の強心臓である。高校レベルではテクニシャンで通ってるが、このチームでは何とも。でもフィールドの端から端へ、一気に飛ばすサイドチェンジは見事。
市川大祐 右サイドバック 清水ユース 80年生 178cm・69kg 小学中学と全国優勝を果たし、ジュニアユース代表のキャプテンも努めた超エリート。でも今は、静岡県選抜のポジションを取れなかったり、やや勢いを失っている。しかしディフェンスのスペシャリストながら、この年代で3本の指に入るテクニックと圧倒的なスピードも持つ夢の選手。この年のサイドバックとしては、世界最高級のプレーヤーだと思う。
稲本潤一 ボランチ ガンバ大阪 79年生 179cm・71kg もうJリーグのレギュラーである。「ストイコビッチの後継者」クルプニと並んでも、テクニックでは上かもしれない。身体能力も、この年代では抜群。もちろん頭もいい。 ジュニアユース代表では、レギュラーとして様々なポジションをこなした。
酒井友之 一応ボランチ ジェフ市原 79年生 169cm・62kg 彼は体力的には恵まれぬが、抜群の技術と判断力で勝負する。幅の広いプレーが出来、チームにとって貴重な存在。彼もJでのプレーを経験している。ジュニアユース代表のレギュラーボランチとして、世界大会を経験。
大槻紘士 ボランチ 京都ユース 80年生 164cm・58kg 何か体の小さい選手ってセコいイメージがあるのだが、彼だけは別。プレーを実際に見て、自分の中の評価が急上昇した。スタミナや判断力という、ボランチ必須の条件はもとより、瞬発力と安定した技術で、相手チーム(PSV)の監督にも絶賛されてた。サンガはどうせ弱いんだし、とっとと彼を起用すべき。プレーは激しいが、ピンク色のほっぺと時折見せる京都弁が何処かキュートな17歳。
小野伸二 ゲームメーカー 清水市商 79年生 174cm・72kg 彼へ捧げられた賛辞をいちいち紹介すると、退屈な結婚式みたいになってしまうので、何とかまとめよう。ベルギーの名門アンデルレヒトや、アヤックス(一昨年の世界一)に続いて、イタリア遠征の時にはユベントスが獲得に動いたとされる。上手いのも半端でないが、従来のゲームメーカー像を打ち破るほど強くてダイナミックなプレーぶりだ。 取りあえず、ヨーロッパを探しても彼を超える選手はいないと思う。アフリカか南米にはいるだろうけど。
高原直泰 フォワード 清水東 79年生 180cm・71kg 高校こそ違え、小野とは中学3年以来のコンビ。中学時代は群を抜いた才能を買われ、全国最強の東海大一中で2年からレギュラー。しかもキーパー以外は全部やらせるというエリート教育を受けた。フォワードを始めて2年だが、凄いペースで点を取っている。元々の万能ぶりで、あらゆるプレーをこなしてみせる。気の強さもストライカーとしての強み。
大島秀夫 フォワード 前橋育英 79年生 186cm・77kg 群馬にテクニックのある大型プレーヤーがいるとは聞いていたが、あれ程だとは知らなかった。見たこともないフェイントや切り返しをやって、茨城の高校生を「うめぇべ」と唸らせていた。
小松原学 フォワード 平塚ユース 81年生 178cm・71kg 彼も余り好きなタイプでなかったが、才能に疑いの余地はない。このチーム唯一の「飛び級」選手。Jリーグの最年少出場記録を、大幅に破ることは間違いないだろう。体力もそうだが、ゴール前での体の使い方が素晴らしい。
この他にも注目選手がいることは、言うまでも無い。売りはスピードと中盤のプレス、そしてパスワークだろう。天才パッサーが揃って、そのバランスを考えねばならないというのが贅沢な悩み。あとサイドバックが薄いかもしれない。一番の弱点は「監督」との説が有力。彼らがA代表の選手より上手いということなら、絶対保証出来る。 規則上は、「飛び級」組もこのチームに戻ることが可能だ。しかし慣例として、そうしない確率の方が高いであろう
U‐15日本代表 〜恐るべき中坊〜
毎年春休みに行われる全国選抜中学生大会とは、競馬の新馬戦みたいなもので、その年代注目の選手が、初めて表舞台に登場する場面だ。平成2年度の城、川口をはじめ、この大会の優秀選手からは、数多くのJリーガー、代表選手が輩出されている。特に、”トレセン
”制度が確立された最近では、選手の発掘率がかなり上がってきた。彼らが次期ジュニアユース(U‐17)代表候補になる。
この大会も、3試合程見たが、優勝した東海選抜のプレーは本当に衝撃だった。他のチームより、平均で5cmほど背は低いのだが、チームとしての動きがとても中学2年のものには見えなかった。周りの大人が、皆異様なくらい昂ぶって口々に感動を表してる光景は、ちょっと笑えた。
そのチームの、キャプテンマークをつけた10番に、全ての人の目が注がれていた。その名は佐野裕哉、彼こそがこれからの日本を背負っていく選手だと、皆が感じているようだった。
佐野裕哉 アタッカー 東海大一中 82年生 170cm・58kg
昨年夏の中学選手権で、中2ながらチームのMVP的な働きを見せて有名になった。でもテレビ中継があった決勝戦では、累積警告による出場停止になって見れなかった。解説者の「面白いプレーをする選手なんですよ」という一言が、ずっと気になっていた。その後読んだ雑誌でも、彼は絶賛されていて、だから予想はしていた。
しかし実際見た彼のプレーは、魔法使いのようだった。どんな状況でも、どんなスピードでも、さも簡単で楽しそうに最善のプレーをしてしまうのだ。自分には、あれ以上上手いということの想像ができない。しかもゴール前に行けば行くほどリラックスして、イマジネーションが沸いてくるようだった。
彼は今15才、まだ背も伸びるし、プレーヤーとしてはどんどん成長する時期である。勝手ながら、栄養をとって、遊びは程々にして、とっととプロに入って欲しいと思ってます。彼がその日怪我をしていて、本当はプレーできる状態じゃなかったと聞いたのは、その暫く後のこと。あんな愉快に呆れたのは、その時をおいて他にない。
飯尾一慶 フォワード 読売ユース 82年生 167cm・53kg このチーム唯一の高校生だが、早生まれのために出場資格を有している。1年ながらもうユースチームのレギュラーで、リズムとテクニックを持つ点取り屋。U‐18代表の天才センターバック飯尾和也(読売ユース)の弟だと思ったら、そうではないことが判明。
鈴木良和 ボランチ 東海大一中 82年生 165cm・64kg がっちりというか肥満気味の体型ながら、プレーはシャープ。相手の攻撃の芽を摘み、今度は素晴らしいボディバランスから、ピンポイントパスやドリブルを繰り出す一連の動きは見事。見かけと違ってエレガントなプレーヤー。
佐野裕也 センターバック 清水Jrユース 82年生 174cm・66kg 静岡県選抜、東海選抜、ジュニアユース代表と、いずれも佐野裕哉のチームメート。ただの同姓同名。こっちは能力の高いスイーパー。
流田雄一郎 センターバック 広島府中ユース 82年生 169cm・57kg 本来ゲームメーカーだがこのチームでは抜群のマーキングを買われ、センターバックをしている。左足のテクニックはもちろん、身体能力が抜群で、しかもオールラウンドなプレーが出来る将来期待の選手。
この年代のレベルの高さは言うまでも無い。ついにJリーグのまいた種であるクラブ制度が機能しはじめ、そこで育った選手が活躍しているのが印象的だった。今回の優秀選手25名中、クラブから20人、私立の中学から3人、公立中からは2人だけである。正直言って、これほどた易く日本にクラブが根付くとは、自分の楽観的予想すら超えて、全く信じられない程だ。
彼らが日本サッカー最大の宝物である。自分として、Jリーグはヨーロッパのクラブ的要素に、アメリカのメジャースポーツの収益努力を持てば、怖いものなしだと思う。ハードは後10年で出来る、そうしたらもう熟成を待つだけ。