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胆石症とそけいヘルニア手術記録

by Kazu

 胆石症による腹腔鏡下胆嚢摘出手術とそけいヘルニア根治手術を受けました。このときの状況について書いてみました。これはあくまで私の患者としての主観的な記録であり、同じ症状だからといって自己診断しないで必ずお医者さんの診断を受けてください。

1.症状と経緯

(1)胆石症

 胆石は3年ほど前の会社の成人病検診で発見されました。特に痛みもなかったのでしばらく放置しておきましたが、半年くらいたってやはり心配になって一度見てもらおうと思い、聖路加国際病院(以下、聖路加)に行きました。蛇足ですが、私はこの病院で生まれ大きな病気はすべてこの病院で治療してもらっています。

 主治医と相談した結果、とりあえずは溶解剤を使ってみることにしました。確か半年くらい飲みつづけたと思いますが、その後私が1ヶ月間の海外出張に行き、その間に担当の先生が海外に留学されてしまい通院を中断してしまいました。なお、私の1ヶ月の出張中とその後もう一度痛みましたがどちらも2時間程度で直ってしまったこともあり、検診で毎年指摘されていたにもかかわらず放置していました。 

(2)そけいヘルニア

 これは99年の4月末ごろからそけい部が痛み出し、ふと気が付くと足の付け根と陰茎の根元の中間の辺りが妙にぼこっと出っ張っていました。この出っ張りは仰向けになると跡形もなく消えてしまい、同時に痛みも消えていました。実はこの頃ちょうど会社の定期検診があり、問診の際に先生に相談したところ、そけいヘルニアかもしれないと言われました。ただし、診察はしてもらえず病院に行きなさいと言われました。さほどひどい痛みでもなく、特に日常生活に支障もなかったため、しばらく放置していましたが、やはり気になり、1ヶ月後に近所の病院に行きました。ところがこのときの診断は精索静脈瘤で、とりあえずはどうしようもないといわれ、痛み止めをもらい、様子を見ましたがどうも静脈瘤にしては様子がおかしく、徐々に痛みが増してきたこともあり、親戚のお医者さん(内科)に相談したところおそらくヘルニアだろうから外科のお医者さんでもう一度診てもらいなさいといわれ、また、ヘルニアだと治療は手術以外にはないとのことだったので、前述の聖路加に行きました。診断はやはりそけいヘルニアで手術が必要とのことでした。

2.手術

以降は日記風に記述します。 

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 そけいヘルニアを診てもらうために聖路加に行く。このときには胆石で通院を止めて以来初めてで、カルテには中断していた胆石の記録が残っていた。これ見た主治医からせっかく入院して麻酔をかけて手術をするのだからヘルニアだけではなく胆石も手術しなさいと説得されてしまいました。確かに仕事の関係で海外出張が多く、しかも海外に行くと例外なく脂っこい料理をいやというほど食べるため前から不安に思っていたこともあり、この際一気に方をつけてしまおうと決心した。

 一度決心するとその後は主治医と自分のスケジュールから手術は810日、入院は89日から16日の9日間と決まったた。なお、この9日間という日数については若干の説明が必要である。胆石の手術は最近は内視鏡を使った手術が一般的で、この場合には腹部に11.5cmの穴を4ヶ所ほどあけ、ここから内視鏡をいれて胆嚢を摘出する。しかし私は赤ん坊の頃に2度開腹手術をしており、この関係で内部に癒着があり、内視鏡が入っていかない可能性があるとのことで、その場合には通常の開腹手術による摘出に切り替えるとのことになり、この場合を想定した9日間であり、内視鏡による手術が行える場合には入院日数は数日短くなるとのことだった。(結果的には6日間)

 上述の診察の後に手術に備えた各種検査のため、まずは採血を行う。確か試験管56本分血を抜かれた。次は尿検査で、更にその後心電図、レントゲンと盛りだくさんであったが、すべて終わって支払いが終わって12:30頃だったと思う。

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 この日は手術前の点滴静脈注射胆嚢撮影のため聖路加へ。検査の内容は約30分かけて造影剤を点滴で注射した後にレントゲンで胆嚢を撮影するものである。撮影は2度に分けて行われた。最初は照射部が回転しながら撮影するもので、二度目は胆嚢の辺りを圧迫しながら撮影した。所要時間は約2時間であった。終了後は造影剤を早く体外に出すために水分を多めに取るように言われた。

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 いよいよ入院の日である。Nobuは会社があるので、父に車で聖路加まで送ってもらう。9:30頃に到着し1Fで入院手続きを済ませると4Fの外科病棟に案内された。聖路加の病室は小児科を除きすべて個室である。保険が使える部屋もあり希望は出したのだが、なかなか空かないらしく今回の入院も\3/dayの部屋になった。少々高いが保険等で大部分はまかなえそうだった。TomoYouもこの病院で生まれており、Youが生まれた1年半前にはNobuが入院していたので、部屋や病棟の作りは大体把握していて戸惑うことはなかった。

 病室に入り、さて寝巻きに着替えて落ち着こうと思っていたら、看護婦さんがやってきて十二指腸潰瘍が問題がないか胃カメラで検査をしたいのですぐに検査室に行ってくださいと言われた。数年前のカルテの記録から十二指腸潰瘍を念のため調べておいたほうが良いということになったらしい。かかりつけのひとつの病院で治療を行うことの有用性を感じた。たまたまこの日は超音波の検査を行うこととなっており朝食を食べておらず、胃カメラは心の準備をする間もなくあっという間だったが、やはり苦しいことに変わりはなかった。ところがまたしても十二指腸潰瘍が見つかってしまった。あまりひどくはなく、かなり直ってきていることから手術は予定通り実施することになったが、ここのところ仕事のストレスも多く、やはりなっていたかという思いで少し気落ちした。

 病室に戻ると今度は当初から予定されていた超音波検査へ。この検査があったので朝食を抜いており、徐々に空腹感が増していたが兎に角検査を受け病室に戻って待っているとようやく昼食がきた。病院の食事というと冷めてまずいというのが第一印象だと思うがこの病院では温かい物は暖かい状態で、冷たいものは冷たい状態で出してくれる。これは運搬用のカートに仕掛けがあり、保温、保冷された状態で病棟まで食事が届くようになっている。内容もまあまあでこの日の昼食のぶりの塩焼きなどもおいしかった。

 午前中の忙しさとは対照的に午後は検査のための採血があったくらいであった。夕方の回診の際に主治医から今日はゆっくり休んで明日の手術に備えてくださいと言われた。

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 いよいよ手術当日である。昨夜は誘眠剤を飲んだこともあり、ぐっすりと眠ることができた。この日はNobu9:00頃に病院に来て手術が終わるまで待っていることにしてくれた。予定は10:30頃から準備開始であったが前の手術が長引いたらしく準備が始まったのは11:30頃からであった。まずは点滴用の針を右の前腕に刺される。針は透明なシール上のものでべたっと覆ってしまい。多少動いても針が外れたりずれないように固定される。その後、手術用の白衣?に着替え、肩に注射を打たれた。また、手術後に胃液などを吸い出すための管を鼻から入れられた。この管は開腹手術になった場合に必要で、内視鏡で手術できた場合には手術後にすぐに抜いてしまうとのことであった。事前に看護婦さんから「苦しいので申し訳ありませんが…」といわれ、確かに少し苦しかったが、胃カメラを飲むことを考えればずっと楽だった。更に全身麻酔の準備ため、酸素マスクを口に当てられた。Nobはその姿を見てようやくこれから手術を受ける病人らしくなったとコメントした。この状態で待つこと暫し、12:00頃になるとようやく、お呼びがかかったようであり、手術室に移動することになった。病室のベッドにはキャスターが付いており、手術室へはベッドに寝たまま移動する。手術室は9室あるが、出入りは一ヵ所のみからで、Nobがついてこられるのはこの入り口までで、Nobはこのあと病棟近くのロビーで待つことになっていた。

手術室のMain Entranceを入るとまずは手首につけた名札の確認である。これは某病院のような患者取り違えを防ぐものと思われ、ビニール製で入院当初から手首につけていたものであり、切らなければ取れないようになっている。その後ベッドからストレッチャーにのり移るが、これも基本的には寝たままである。ストレッチャーに乗ると更に奥の方に進み、ようやく手術室へ、内視鏡などの手術道具が見えないかと周囲を見回したが、手術用のライト(直径1mくらいのが2)くらいしか印象に残らなかった。今度はストレッチャーから手術台に移るが、この時も寝たままで横へ移動するだけであった。また、このときに白衣のようなものを取られ、変わりに小さいシーツのような布を体の上にかけられた。そしていよいよ麻酔の準備に入ったが、正直言ってこのあたりから既に記憶が曖昧である。ただし、最初に何とかを入れますという声がして、少し頭がボーっとしたかなと思ったら次に「それでは眠くなります」と言われて数秒後に眠りに落ちたのを覚えている。感覚的には眠ると言うより一瞬にして気を失うという感じである。また、事前に打たれた注射の為かは良くわからないが、手術室に入って麻酔で眠るまで不安や緊張とは無縁だった。

〜 手術開始 12:30 手術終了14:10 〜

 そして次に覚えているのは手術前に鼻に入れた管を看護婦さんが抜こうとしているときで、「鼻の管を抜くということは、腹腔鏡手術で済んだのか」と思い、看護婦さんに尋ねた記憶がある。そして、ボーとしたまま、手術室を出て待っていたNobuに合い(15:50)、そのまま病室へ戻った。この日はその後ずっとうとうとしており、あまり何を話したかも覚えていないが、Nobuがもらっていた胆石を見て何か話をしたのとNobが夕方帰っていったのは覚えている。胆石は35mm程度の黒っぽい粒で、6個ほどあった。

 手術室から帰ってきた状態では右腕の点滴と導尿管と腹部からチューブが一本と酸素マスクの合計4本のチューブが体に接続されていた。腹部のチューブは先に袋がついており、ここに出てきた液がたまるようになっている。たまっている液をみると薄めの血のようだった。

 また、手術後の痛みは点滴で注射した痛み止めが非常に良く効いていたようで、この日はあまり痛みは感じなかった。(病室に戻ってすぐ看護婦さんに「痛い〜」と訴えて、痛み止めを追加してもらったのに、覚えてないのね。<Nobu>)その代わりに前述のように非常に眠くなり、Nobuが帰った後、気が付いたら夜中の0時頃であった。また、明け方4時頃に痛みが耐え切れなくり、看護婦さんを呼んだ。この時はもうすぐ朝だし、点滴の痛み止めは眠くなるので、座薬にしましょうということで、座薬の痛み止めを入れてくれ、これも、30分程度で良く効き、朝までにもう一度眠った記憶がある。

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 手術当日は痛み止めが強力であまり痛い思いはせず、返ってこの二日目のほうが痛みがあったような気がする。まずは酸素マスクが外れ、導尿管も取れ、動けるようになると早速起き上がって歩くように言われた。なお、酸素マスクを取ると気のせいか少し息苦しかった。朝食は完全な流動食で、メニューは重湯、かぼちゃのペースト、桃のペースト、カルピス等で、前日何も食べていないせいか、食欲は旺盛で全て平らげてしまった。看護婦さんに体を拭いてもらい、少しすっきりする。昼食はもう流動食ではなく軟らかめの食事で、サンドイッチその他だった。確か午後くらいから起き上がって、腹部から出ているチューブとその先の袋を持って歩き始めた。聖路加の病棟はナースステーションの周囲に廊下があり、病室がナースステーションを取り巻くように配置されている。このため、1周約100mくらいの廊下をぐるぐると周回することができるようになっている。この日は手始めに2周ほどしてみたが、最初のうちはこれは楽勝だと思っていたら、病人らしくとぼとぼとゆっくり歩いていたにもかかわらず2周目に入るとふらふらして汗をかき始め、あわてて病室にもどった。午後、ガスが出たが、その後腹がごろごろとしてしょっちゅう出るようになった。飲み薬の痛み止めと一緒に出ていた胃の保護薬が以前にも飲んだことがあるものでそのときにも同様の状態になったため、薬を変えてもらう。夕方両親が見舞いにやってきた。飲み薬の痛み止めは、夕方殆ど痛みがなかったので、飲まずに寝たところ夜中の2時頃に痛み出し、薬を飲んだところ30分程度で聞き始め、そのまま、また眠ることができた。

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 朝から通常の食事に戻った。また、朝の診察時に体内のチューブを残したままそこから伸びていたチューブと先に付いていた袋が取れたので、動きやすくなった。痛みや体の状態も前日に比べると飛躍的に良くなって来ている。ナーススーテションの周りの周回運動を一回2周から3周に増やした。看護婦さんが「シャワーを浴びますか」と聞くので思わず「えっ良いのですか? 頭も洗っていいのですか?」と聞き返すと、チューブのはいっているところだけ濡れないようにすればOKとのことで、ガーゼの上から透明なシール状のフィルムを貼ってくれた。このフィルムはすぐれ物で、肌にぴったりと張り付いて完全に防水してくれた。ヘルニアの傷は最初からこのフィルムが貼ってあった。その他の傷はもう濡れても問題ないとのことだったがなんとなく気になってあまり濡れないようにした。Nobuが午前中半休を取って来てくれた。14:00頃に少し痛み出したので痛み止めを飲んだ。なお、痛み止めを飲んだのはこのときが最後で、これ以降は動かなければ殆ど痛みはなくなった。夕方、主治医の先生が病室を訪れ、このまま問題がなければ14日に退院、いずれにしても今週中には退院にしましょうと言われる。

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 朝、点滴の針がようやく取れた。また、朝の診察で腹部のチューブをとってくれた。チューブは思っていたより長く、20cmくらいずるずると出てきたのには驚いた。ヘルニアの傷の上に張ってあったフィルムも取れ、手術後初めて傷をよく見た。ヘルニアは6cmほどの傷で意外に小さい。また、胆嚢の方はチューブが入っているところ以外に傷は3個所で、いずれも11.5cm程度であった。午前中はNobuがきて、9Fの喫茶室に行った。その後、続けてB1の売店に行ったところ、さすがにふらふらし始め、Nobuに言って慌てて病室に戻った。午後両親が見舞いにきた。その後シャワーを浴びた。ようやくパソコンに触る気力が出てきたのでまずはメールのチェック、その後、この記録の執筆に取り掛かる。夕方の主治医の回診で翌土曜日に退院に決定。夜中に、傷の痛みよりも背中が痛くて目がさめた。どうもベットが合わないようである。睡眠不足気味。

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 いよいよ退院である。TomoYouと両親も一緒に来てくれるとのことで、私は病院で食事をとり、みんなは病院内のレストランで食事をしてから迎えに来てもらうことになった。昨日Tomoはお父さんを迎えに行くんだ張り切っていたらしい。久々に会うTomoYouは相変わらずやんちゃだが、Youは少し女の子らしい可愛さが出てきたような気がした。12:30頃に病院を出て、一路自宅へ。この日は前夜の睡眠不足もあり、車の中でも家に帰ってからもよく眠れた。