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1988−1989シーズン】
マイアミ・ヒートは、オーランド・マジック、ミネソタ・ティンバーウルブズ、およびシャーロット・ホーネッツと共にリーグ拡張の一部として1988−89シーズンよりNBAに入りました。 マイアミのチーム名は、シャークス、トルネードズ、ビーチズ、バラクーダーズといった候補の中からヒートが選ばれました。 ドラフトでは1巡目9位でシラキュース大のセンター、ロニー・サイカリーを獲得。 シューティングガードを取得するために、20位でデポール大のケビン・エドワーズ。 2巡目には、イースタンミシガン大からパワーフォワードのグラント・ロングを獲得しました。 エドワーズはオールルーキー セカンドチームに選ばれました。


【1989−1990シーズン】
ヒートはこのシーズンより、ミッドウエスト・ディビジョンからアトランティック・ディビジョンに移動しました。 ドラフトでは、1巡目4位でフォワードのグレン・ライスを獲得。 ミシガン大のライスは、ビッグ10カンファレンス空前の先導スコアラーとして有名で、その春の全米大学選手権(NCAAトーナメント)ではミシガン大を優勝に導きました。 2巡目においてシラキュース大からシャーマン・ダグラスも獲得しました。 ダグラスはオールルーキー ファーストチームに、ライスはセカンドチームに選ばれました。 また、サイカリーがMIPを受賞しました。


【1990−1991シーズン】
’90のドラフトでウィリー・バートン、デイブ・ジャマーソンを獲得しました。 バートンはNBA オールルーキー セカンドチームに選ばれました。


【1991−1992シーズン】
’91のドラフトは、ミシガンステイト大からガードのスティーブ・スミスを1巡目5位で指名しました。 1月にはダグラスをボストン・セルティックスに放出、代わりにブライアン・ショーを獲得しました。 遂にヒートはこのシーズン、イースタンの第8シードでプレイオフ初出場を果たしましたが、プレイオフでは短命なものでした。 1stラウンドの相手は、レギュラーシーズン67勝15負というリーグベスト記録を作ったマイケル・ジョーダン率いるシカゴ・ブルズでした。 ヒートはあえなく1stラウンドで姿を消しました。 スティーブ・スミスが
オールルーキー ファーストチームに選ばれました。


【1992−1993シーズン】
’92のドラフトでは、ガードのハロルド・マイナーを1巡目12位で指名しました。 また、このシーズンはアトランティック・デビジョン5位で終わりました。


【1993−1994シーズン】
ヒートはこれまで最もよい成績42勝40敗でシーズンを終えました。 イースタン・カンファレンスにおいても第8シードとしてプレイオフに2度目の出場。 しかし1stラウンド、アトランタ・ホークスの前に力つきました(1−3)。 オフにはドリームチームIIで参加したスティーブ・スミスが、バスケットボール世界選手権において金メダル優勝に貢献しました。


【1994−1995シーズン】
’94のドラフトでアリゾナ大のガード、カリッド・リーブスを1巡目12位で指名しました。 
リーブスは、全米大学選手権(NCAAトーナメント)で得点王になっています。 シーズン始めトレードが成立します。 要員として、ゴールデンステイト・ウォリアーズとの間で、ビリー・オーエンス獲得の代わりにロニー・サイカリーを放出。 アトランタ・ホークスとの間ではスティーブ・スミス、グラント・ロングを放出しケビン・ウィリスを獲得しました。 オールスター戦前夜、オールスターウィークエンドの3ポイントコンテストではグレン・ライスが優勝を、ダンクコンテストではハロルド・マイナーが優勝しました。 シーズン途中には、HC(ヘッドコーチ)のケビン・ロカリーからアシスタントCだったアルビン・ジェンタリーへのHC交代がありました。


【1995−1996シーズン】
シーズン前、パット・ライリーがHCに就任しました。 ドラフトではテキサスキリスト教大のフォワード、カート・トーマスを1巡目10位で指名。 ライリーHCはシーズン開幕直前ピート・マイヤーズ、リロン・エリス、およびオールスタープレイヤーのセンター、アロンゾ・モーニングと交換にグレン・ライス、マット・ガイガー、カリッド・リーブスをシャーロット・ホーネッツに送った大型トレードを行いました。 またオールスター後には、ティム・ハーダウェイ、クリス・ギャトリング、ウォルト・ウィリアムズ、タイロン・コービン、およびトニー・スミスと契約。 この時点でキース・アスキンスだけが昨シーズンからのメンバーになりました。 このシーズン、第8シードでプレイオフに進出したヒートは、シーズン成績72勝10敗という驚異的な成績を残したジョーダン率いるシカゴ・ブルズと対戦し、あえなくスイープされました。


【1996−1997シーズン】
チーム創設以来、最高成績(61勝21敗)でアトランティック・ディビジョン初優勝を飾り、ヒートはリーグで一番の成長したチームとしてNBAを驚かせました。 このシーズンはダン・マーリー、ジャマール・マッシュバーン、PJ・ブラウンが加入しています。 バックアップセンターとしてアイザック・オースティンが活躍しMIPを受賞しました。 また、昨シーズンからボション・レナードも加入していました。 ライリーHCはコーチ オブ ザ イヤーを受賞しました。 プレイオフでは、1stラウンドでオーランド・マジック相手にGame5までもつれたが勝利。 続くカンファレンス・セミファイナルではニューヨーク・ニックスと対戦し3−1と王手をかけられたが、その後3連勝で初のカンファレンス・ファイナルへ進出。 しかし、またしてもシカゴ・ブルズ相手に2年連続で敗れたのでした。


【1997−1998シーズン】
2度目のデビジョンタイトルを獲得。 モーニングが22ゲームを欠場中、アイザック・オースティンが活躍をして穴を埋めました。 しかしシーズン終了後FAになるオースティンは、シーズン途中にルーキーのチャールズ・スミスと共にLA.クリッパーズへ送り、代わりにブレント・バリーを獲得しました。 プレイオフではニューヨーク・ニックスと対戦し、2年連続の乱闘となりヒートは敗れました。


【1998−1999シーズン】
NBAはロックアウトのため、50ゲームが行われました。 カンファレンス初優勝を果したヒートのプレイオフ1stラウンドの相手は、第8シードのニューヨーク・ニックスでした。 しかしGame5までもつれた末、敗れると言う結果に終わりました。 シーズン後、モーニングはディフェンシブ プレイヤー オブ ザイヤーを受賞しました。


【1999−2000シーズン】
4年連続4回目のデビジョンタイトルを獲得。 ’99のドラフトは、1巡目25位でティム・ジェームスを指名、2巡目ではロドニー・ビフォードを指名しました。 このシーズン、イースタン2位でプレイオフに出場したヒートは、カンファレンス・セミファイナルでニューヨーク・ニックスと対戦しました。 しかし最終戦にもつれた後、ニックスの前に敗戦してしまったのでした。 モーニングは2年連続でディフェンシブ プレイヤー オブ ザイヤーを受賞しました。


【2000−2001シーズン】
ドラフトで全体の2巡目37位でエディー・ハウスを指名しました。 前シーズン終了後にはホーネッツとトレードが行われました。 ジャマール・マッシュバーンやP.J・ブラウン、ロドニー・ビフォード、ティム・ジェームスなどをホーネッツに送り、エディー・ジョーンズ、アンソニー・メイソンらを獲得しました。 更にはクラレンス・ウェザースプーンをキャバリアーズへトレード、ボション・レナードとマーク・ストリックランドもナゲッツへトレードで放出しました。 ハーダウェイとモーニング以外のスターター3人がトレード要員となるチーム大改革のオフとなりました。 一方、新加入としてブレイザーズのブライアン・グラントとサインをしました。 オフにはシドニー五輪の代表メンバーとして、ティム・ハーダウェイとアロンゾ・モーニングが出場し金メダルを獲得しました。 シーズン開幕前にはモーニングに腎臓疾患が発覚し、シーズンのほとんどを欠場すると言う事態になりました。 ヒートは、シーズン終盤に奇跡の復活を遂げたモーニングと共にカンファレンス3位でプレイオフに出場しました。 しかしプレイオフ1stラウンドではホーネッツと対戦し、まさかのスイープでシーズンを終了しました。


【2001−2002シーズン】
チームワースト記録の12連敗を喫したヒート。 シーズンオフには、長年ポイントガードを努めたティム・ハーダウェイがマーベリックスに移籍。 そしてケンドール・ギル、ラフォンゾ・エリスと契約をし、シーズン途中にはロッド・ストリックランド、ジム・ジャクソンなどと契約。 しかし成績は低迷し、7年連続のプレイオフ進出はならずシーズンを終えました。


【2002−2003シーズン】
ドラフトでは全体の1巡目10位でコネチカット大のキャロン・バトラーと、2順目53位のラソール・バトラーを指名しました。 このシーズンも成績は伸びず、2年連続でプレイオフ進出を逃し、ディビジョン最下位と言う結果でシーズン終了しました。

【2003−2004シーズン】
ドラフトでは全体の1巡目5位でマーケット大のガード、ドウェイン・ウェイドと、2順目33位のジェローム・ビーズリーを指名しました。 オフにはラマー・オドム、レイファー・オルストンと契約しました。 そんな中、開幕直前にはパット・ライリーがHCを辞任。 後任にはスタン・バン=ガンディが就任してシーズン開幕を迎えました。 開幕7連敗のスタートだったヒートはシーズン終盤に驚異的な追い上げを見せ、42勝40敗で3シーズンぶりのプレイオフに進出しました。 ヒートは1stラウンドのホーネッツに勝利した後ペイサーズと対戦。 惜しくも2−4で敗れシーズン終了となりました。 この年、ウェイドはシーズンを通しての活躍が認められ、オールルーキー・ファーストチームに選ばれました。


 

 
                          
    
 
 
 

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