歴史から学ぶ

 英国議会の誕生_1 12/10/04

 議会と言うけど何かが違う 

日本の議会と元首は、英国のそれと類似している。 日本には、衆議院と参議院があり天皇が元首である。英国には、庶民院と貴族院があり、エリザベス女王が元首である。 確かに、両国の制度は似ているが、議会で討議されていることが、何か違うみたいだ。 レベルが違うのだろうか。 かつて英国で労働党政権になったら、企業が国有化されたことがある。 また、福祉政策が手厚くなったりした。 一方、保守党が政権をとったら、企業が民営化されたり社会保障制度が見直されたりした。 日本では、2009年に2大政党が争った結果、、はじめて民主党政権が誕生した。 それまでは、概ね保守政権による事実上の一党独裁が続き、議会で政治が激変するなどということは無かった。 制度的に似ていても英国の議会は、根本的に違うのではないだろうか。 そんな素朴な疑問から、議会制度に焦点を絞って中世・近代の英国史を読んでみた。 国民の意志が、立法に結びつく議会が誕生するまでには、幾多の苦難があったようだ。

 英国議会の誕生の概略 

英国議会の原初形態は、中世に見られた。 現在の感覚からすると、議会というより集会であり、機能は裁判所であった。
12世紀、議会は、人民主権や選挙による代議制と無縁なものであり、王とその封建的臣下の集会であった。 直接受封者間や王と直接受封者間の訴訟を取り扱う裁判所として機能していた。
1234年以降、裁判所ができてから、最高裁判所として上級審の機能を持つことになった。

13世紀初、ジョン王(イギリス)がフィリップ2世(フランス)と争い、負け、フランス西部の領地を失い、財政に窮して重税を課した。
1215年、貴族が王に反抗し、大憲章(マグナ・カルタ)を承認させた。これにより、新課税は僧侶、貴族の大会の承認を要することや、都市の特権を尊重し商人の自由交通を許すことなどが定められた。

1258年、オクスフォード協約が成立し、大会議(パーラメント)が諸侯が参集して、広く国政一般を討議する機関として出現した。
13世紀末、議会は国王の評議会として、王を補佐した。議会のメンバーは、国王が任命した役人、法律家で、最高裁判所として機能した。
14世紀初、集会の討議事項が司法事項以外に拡大した。
宣戦・講和、課税、政府の重要人事、土地・年金の賜与など政治外交問題も扱うようになった。 また、議会のメンバーが評議員(王の役人・法律家)から封建的反対派の諸侯に変わっていった。 封建的反対派とは、国王による中央集権化に対して、王権の制御を図ることを目的として結束した既存の封建領主階級である。
12世紀から14世紀にかけて、封建的反対派が英国政治史を動かした。

 議会の構成も変わる 

地方(州)と都市の代表が参加するようになる。 州は、地方における王権の拠点であり、治安維持、土地占有権の安定のため、月例で州裁判集会を開いた。 騎士郷紳層が担当した。
王権の確立にともない、国家財政の基盤が変化した。当初、王領収入、裁判収入、封建的附帯義務収入が財政基盤であったものが、多額な国庫収入となる全国的直接税へと財政基盤が変化した。 その徴税・査定徴税官として、在地騎士郷紳層が担った。また、騎士郷紳層は、同時に担税者でもあった。
課税同意を得るため、国王は大会議パーラメントとは別の地域代表集会として彼らを招集した。 後に、パーラメントの一員として参集することになった。また、都市代表も州代表より遅れて、同様に、最初は、別集会へ参加し、後に、パーラメントに参加するようになった。

 地域代表集会の目的と任務・権限 

目的:
1.課税協力を得る
2.内外の敵に対する示威および国民への宣伝
3.諸侯派に対する政治的示威・宣伝

任務・権限:
1.自身と州共同体を代表する全権
2.決定は、将来において州住民を拘束する
3.王による、行政上の上意・下達の機会

 課税は議会誕生に大きな役割を演じた 

封建的支配から絶対制への支配権力の移行によって、国王と封建家臣との関係は、疎な人的支配から知行に基づく密な領域支配へと変わった。 王権が強化されるに伴い、任務も増大した。王権の公権的性格が明白となり、一般課税の概念が生まれた。

「公共のことに関係する問題については、国王は王領収入以外の一般課税によることができる。」 (ボーマノワール、「ボーヴェー慣習法」、13世紀末)

一方、封建家臣側は、国王に課税承認の必要性を求めた。

「すべての人に関係することは、すべての人によって承認されねばならなぬ。」 (プラクトン、「イギリスの法と慣習」)

従来、国王の諮問機関であった封建諸侯会議が会議体として質的変化した。 王権側にもメリットがあった。個々に家臣と折衝するより、必要に応じて会議を招集したほうが、はるかに便利であったからである。 王権と家臣の個別的対抗関係が、王権と家臣集団との対抗関係に変わった。 課税承認と引きかえに、身分的権利の確認と王権の恣意の拘束がなされることになった。






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