歴史から学ぶ

 英国議会の誕生_2 12/10/04

 英国議会誕生に影響した要素 

中世ヨーロッパには、議会の原型がフランスなどの他の国にもみられたが、英国のように一気に近代的な議会制度の形成にいたらなかった。 英国に近代的な議会制度が誕生するには、いくつかの要素が影響したようだが、私は、次の3点に注目した。

1.独立自営農民の増加により、中産階級が形成された。
2.宗教改革の進展により、イギリス国教会が誕生した。
3.国際情勢が国家主義を助長した。

 独立自営農民の増加により、中産階級が形成された 

経済的に豊かな農民が増え、ものが言える人が増えた。
13世紀、領主的商品経済が発展すると、領主は直営地経営を拡大するため、自己の農奴の賦役を強化した。その結果、農民闘争が始まった。
14世紀、農奴の抵抗が激化し、黒死病による農民大量死もあって、農業労働力が不足し労賃が高騰した。 そのため、領主の直営地経営に大きな変化をもたらした。 賦役農奴制から隷農制への転換を余儀なくされた。 農民が農奴的束縛から解放され、賦役(労働地代)を徴収されず、生産物地代または貨幣地代を支払う方法に変わった。 違いは、大きい。農民の生産物が、全部とられれば、労働意欲をなくしたであろうが、生産物地代または貨幣地代として支払ったもの以外は、自分のものとして手元に残るのであれば、工夫もしたであろうし、懸命に働いたであろう。
15世紀、富を蓄積した農民は、農奴から独立自営農民(ヨーマン)に変わっていった。 農民層は、両極分解し、富農層、地主層(ジェントリー=郷紳層)が誕生した。ジェントリーは、地方の行政機構を担当した。

 宗教改革の進展により、イギリス国教会が誕生した 

宗教改革以前の中世ヨーロッパは、ローマ教皇を頂点とする超国家組織であった。 教皇は、国家の枠を超えて世俗領主と同様に領地を持ち、すべての領主を通じて、十分の一税などを徴収していた。
教会聖職者の腐敗から、教皇の権威は失墜した。 ドイツ、スイス聖職者の間で、宗教改革が叫ばれた。 イギリス、フランスは、ローマンカソリシズムの超国家主義を克服し、国家本位の教会を作り上げた。 宗教改革運動を利用して、自国の教会をローマの支配から解放すると同時に君主権の監督下に置いた。

イギリスでは、反聖職者主義、反教皇主義が国民各層に浸透していった。 ヘンリー8世は、妻キャサリンとの離婚問題を通じて、教皇を世俗君主と同列に見るようになった。 議会は、聖職者への不満から、本来、離婚に反対でありながら、最終的に、反聖職者的法令を制定し、イギリス国教会の独立に賛成した。 宗教改革の担い手は、ヨーロッパ大陸では聖職者などの宗教改革家であったが、英国では、議会であった。 1529年、反聖職者立法の成立から、1534年、国王至上法の成立まで、議会は国教会独立に向かって矢継ぎ早に諸法案を成立させた。

1529年、反聖職者立法成立(布施制限法など)
1531年、聖職者会議の決議(国王が最高首長、国権による教会監督、王権による国内聖職者の掌握)
1532年、初年度収入税上納禁止法(初年度収入税のローマ教皇庁への上納禁止)、聖職者会議の決議(聖職者の服従=教会独自の法律制定権の放棄)
1533年、上告禁止法(教皇の最高司法権の否定)
1534年、国王至上法(国教会樹立、初年度収入税・十分の一税を国王が収納)

国王至上権の行使により、修道院解散、所領没収が行われ王室財政にあてたが、王室財政の窮乏により、売却された。 主な売却先は、貴族、廷臣、国王役人(特に、王室増加収入裁判所役人)、ロンドン商人、カウンティ・ジェントリー、ヨーマン。 新興勢力は、イギリス国教会のの有力支持者となった。

 国際情勢が国家主義を助長した 

中世ヨーロッパは、フランス、ハプスブルグ家、イギリスなどの絶対君主が覇権を争っていた。 特に、イギリスは微妙な立場に立たされていた。 最も恐れた事態は、フランスとハプスブルグ家が連合して、イギリスを攻撃することであった。 イギリスは、巧妙な戦略で、決定的な敗北を免れている。

1.カール5世(パブスブルグ家)とフランソワ1世(フランス)が合同の機運が高まると、ドイツ新教諸侯との同盟が求められた。カールはドイツの新教諸侯と争っていたからである。 また、この時、イギリス国教会もプロテスタント化している。

2.カールとフランソワが不和の場合は、新教勢力との協調は不要となっている。この場合、イギリス国教会は、カトリック化している。

3.アンリ2世(フランス)が、スコットランドに関心を示すと、イギリスはネーデルラントに問題を抱えていたカールに援助を求めている。 アンリが、もしスコットランドからイギリスに勢力を拡大すると、カールはネーデルラントの維持が困難となると考えられたからである。

4.カールがドイツの支配権を失い、イギリスに関心を示すと、イギリスは、フランスと同盟を結んでいる。

5.国家主義の台頭
メアリー(イギリス)は、フランスの脅威に対して、スペインの支援が必要と考え、フェリペ2世(スペイン)と結婚した。 これにともない、ハプスブルグ家の属邦となった。 しかし、国民は、ローマンカソリシズムへの反感から、スペインのイギリス支配を排撃することとなり、イギリスに国家主義が台頭した。

 自由は進歩・革新の原動力に思える 

普通に生きてきた私でも、長く生きてくると思うことがある。農奴は、いくら懸命に働いても、すべての成果を領主にとられてしまう。 これでは、生きていくための最低限の労働しかしないだろう。努力してもしなくても何も変わらなければ、労働意欲がなくなるだろう。 富の蓄積が、認められると、人間は努力を惜しまなくなるようだ。 賦役農奴制から隷農制への転換の遅速は、近代化の遅速となった。フランス、ドイツは、英国に遅れた。ロシアは、農奴制に固執し、近代化から取り残された。

食欲は、第一次欲求だが、私有も、同様に根源的なものではないかと思う。生物共通のものかもしれない。 英国の修道院は、国内の領地の1/3を占めていたが、国王により没収後、売却された。修道院の新地主は、土地を効率的に利用して、国民経済の展開に刺激を与えた。 改善された農耕法の採用、有利な牧羊業の実施、工場の設置、鉱山業の起業などが行われ、土地の潜在的価値を引き出し国民的富を形成し、資本主義への道を切り開いた。

新しく自由を得た人たちは、懸命に努力し、歴史の歯車を大きく動かした。だから、近代は躍動的で、テレビや映画のドラマを見るよりも面白いのである。






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