中年の星 吉野俊朗

  吉野俊朗といえば、30代以上のラグビーファンなら誰でも知っているか
つての名プレーヤーである。1980年代のはじめ、本城と共に早稲田の双
璧を担った俊足バックスである。日立一高から早大、卒業後はサントリー入
社。確か、35、6歳までつまり、四捨五入すれば40までトップレベルを維持
した名選手である。
この中年の星 野が月刊 ラグビーマガジン誌上でおなじく38歳で今でも現
役でがんばるワールドの東田と共にインタビューを受けていた。
「おぉ、あの吉野や、吉野や」
とインタビュー記事に見入ってしまった。
吉野で思い出すのは、6年前、1996年の全国社会人大会(正確にいえば
1995年度)決勝で、前半、三洋電気に20点以上差をつけられながら後
半、三洋電気陣内、深く蹴り込んだボールを三洋FBがもたつく間に骨惜し
みせず走ってきたのは吉野、インゴールでボールをグランディング。サントリ
ー、反撃の起爆剤となった。
圧巻は後半35分すぎ、サントリーゴール前からカウンター。5人、6人の手
によって運ばれたボールは最後の最後、サントリーの誇る若きスピードエー
スがトライ。ゴールも決まって27−27の同点。この5人、6人の中、吉野は
忠実につなぎのプレーに徹する。
試合は同点のままノーサイド。トライ数で上回ったサントリーが日本選手権
出場への権利を得た(95年当時は社会人NO.1と学生NO.1が1月15
日の成人の日に日本選手権を戦っていた)。四捨五入して40の35歳の吉
野がこの大舞台で2トライを貢献。まさに中年の星である。
ラグビーマガジンの記事によると、吉野は現在41歳。37歳で現役を引退
し、サントリーのヘッドコーチを勤めていた。去年、大阪に転勤になり、今は
六甲クラブというクラブチームプレーしているとのこと。六甲クラブは全国クラ
ブ選手権に毎年出場する全国でもトップレベルのチーム。7〜8年前までは
わが足やクラブともけっこウ接戦をしていたが、社会人ラグビーを引退した選
手が大量に入部し、今では水をあけられた感じだ。
吉野は今でも早朝にスポーツジムでランニング、筋トレを行い、週1回、六甲
クラブのナイター練習で汗を流している。練習が楽しいという。
10年ほど前だったと思うが、朝日放送形で放映した「サラリーマンと楕円
球」で吉野の仕事とラグビーの奮闘ぶりが紹介された。当時の吉野は30
歳、サントリーのグルメ事業開発部というレストランを開発する第一線の営
業マン。テレビでは古くなった映画館をレストランに改築するシーンが映って
いた。6時過ぎに仕事を終え、都心にある本社から、電車とタクシーを乗り
継いで府中市のグランドへ。7時半から練習開始。早大時代からまだ一度
も味わっていない日本一のために今日も走る、と紹介されていた。

10年前も今も舞台はちがうが、走る吉野俊郎。
僕みたいな見かけ倒しの中年ラガーマンではなく、彼こそ真の中年の星、中
年ラガーマンなのである。



                                  2002年01月19日