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1970年(昭和45年)パ・リーグ優勝の瞬間と同時にファンが東京スタジアムのグランドになだれ込んだ。この画像のどこかに管理人もいる。今じゃ、信じられないがファンが選手のことを胴上げしたのだ。当然ベンチにあったグラブやバットなどの用具は全て略奪された。でも、下町の原則は「喜びは全ての人で分かち合うこと」。当時としては当然の行動であった。 |
![]() 木樽投手を胴上げするロッテファンたち(本当にファンが選手を胴上げした証拠画像)。ビデオの中でも木樽本人が証言している。「気が付いたらレフトスタンドの前まで連れて行かれていた」と。管理人は真剣に思う。ジョニーをはじめとするマリーンズの選手たちをマリンスタジアムで私たちの手で胴上げしてみたいと。 |
| 【神様、仏様、稲尾様の涙で「男」になった日】 少年だった管理人は、ロッテ優勝の瞬間と同時にグランドに乱入した。 胴上げに参加したと言っても子どもが実際に選手の身体に手が届くわけではない。胴上げの周りで飛び跳ねてはしゃぎ、1塁、2塁、3塁、本塁、全てベースを踏みロッテのベンチを覗いた後、対戦相手の西鉄ベンチを覗いた。その瞬間… あの神様、仏様、稲尾様と呼ばれ西鉄の黄金時代を築いた「鉄腕稲尾」が、壁に寄り掛かり腕組みをして真っ赤な顔に悔し涙をためているのを見た。今でもその姿が目に焼き付いている。それは、少年の喜びを吹っ飛ばす壮絶な光景であった。当時の西鉄は黒い霧事件(八百長事件)の後遺症で最悪の時代。その西鉄を引き連れた稲尾の惨めな負け姿。少年野球チームに所属していた管理人は、この時、男が勝負に負ける意味を知った。 グランドを後にしてスタンドに戻ると、父親が「何も持ってこなかったのか? ボールぐらい持ってこいよ」と言ってきた。少年はこの時はじめて父親に対してむかつき(反抗という意識)を覚え、「おまえに何がわかる稲尾の涙を見たのかよ。男の涙を!」てな、心境になった。少年からほんの少し「男」になった日とでも言っておこう。 それから月日が流れ、あの稲尾がロッテの監督に就任。管理人は理屈抜きに稲尾ロッテの時代が一番燃えた。優勝は出来なかったが、村田や落合などの持ち味を十分に引き出した素晴らしい監督だったと思う。 |