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オリオンズが生んだ天才スラッガー「榎本喜八」。管理人にとっての背番号「3」は長嶋茂雄じゃなくて榎本喜八である。ビデオ中で、某お宝拝見番組でおなじみの某氏も同じことを言ってた。2000本安打しているのに名球会を拒否しているのは、実は落合博満じゃなくて榎本喜八が元祖。東京スタジアムが取り壊される時、彼は毎日その一部始終を見に来ていたらしい。そして、東京スタジアムが荒川区のスポーツ施設に生まれ変わった後も、その周囲をランニングしていたとも…。 たぶん、マリンスタジアムが取り壊されることになったら「ジョニー」は榎本喜八と同じことをするのだろう。 |
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ロッテ最強の助っ人外国人は誰と問われれば、管理人は「アルトマン」と答える。ラフィーバー、リー兄弟、ディアズなんかを候補にあげる人もいると思うけど。それに、フランコ、ボーリック…。 けれどやっぱり、足長おじさんアルトマンだ。昭和45年のYGとの日本シリーズが悔しい。肝心な所でアルトマンが川上監督の緻密な采配で歩かされた。それまで管理人はYGのことも応援してたが、この日本シリーズでアルトマンとの勝負を避けたYGの野球に少年の心はえらく傷ついた。以来、管理人はアンチYG。一人の野球少年をアンチYGにしてしまったアルトマン…。 凄すぎる。 |
| 【榎本喜八とアルトマンと夏休みの宿題】1999.9/執筆 ある夏の昼下がり、少年だった管理人は隣に住む 2才年上の従兄弟と連れだって、東京スタジアムに向かいました。別にロッテの試合を見に行くというわけではありません。ただ東京スタジアムに行くだけです。少年たちにとって東京スタジアムとはそういう存在なのです。古びた22インチの自転車に2人乗りし千住大橋を渡り三ノ輪方面へと向かい、いつもの交差点にたどり着きました。 そして、いつものように2人は上を見上げました。交差点角の電気屋の2階には、本日の対戦カードを示したボード看板が設置されているのです。 「今日は南海とだ」 「ロッテは誰が先発かな」 そんな、たわいもない野球話しを続けなから、2人を乗せた自転車が「青木屋のパン」を通り過ぎ東京スタジアムの正面に到着しました。まだ、静かな東京スタジアム。数時間後には、男たちの真剣勝負を見届けにファンがそれぞれの思いを胸にやって来ます。 しかし、少年たちにとってそんなことはどうでもいいことなのです。東京スタジアムの周囲を自転車でぐるぐると回るだけで楽しい。ただそれだけで。 と、突然、従兄弟がブレーキをかけスタジアム正面入り口の、道をはさんだ向かいの民家の前で止まりました。 「おい。この家に、榎本って書いてあるぞ」 表札をまじまじと見る管理人。 「榎本(えのもと_)?」 「バカ、榎本喜八だよ。ロッテの。ここ、榎本喜八の家じゃないの?」 「(東京スタジアムのスコアボードの榎本の文字を思い浮かべ)本当だ。こんなとこに住んでたんだ」 少年2人は大はしゃぎしました。この後、もっとエキサイティングなことが待ち受けていることも知らずに。 ※「青木屋のパン」=スタジアム手前のパン屋さん。当時、みんな観戦前に調理パンを買い込んでいた。今も健在。 なんと、はしゃぐ2人の帰路の途中、例の交差点で自転車が突然パンクしてしまいました。2人乗りの報いなのか。 「だから、2台で来ようって言ったじゃん」 「んなこと、今さら言ったってしょうがねーよ」 2人に険悪なムードが漂い始めた。と、その時、スーツに身を包んだ体格のいい白人男性が、交差点に向かって歩いて来ました。そして、少年2人の横を通り過ぎて行きました。 「おい今の、ロ、ロペスだぞ」 「うん」 さらに今度は、向こうから背の高い黒人男性が颯爽と歩いて来るではありませんか。昭和45年の下町(南千住)を歩く黒人なんて、あの男しかいません。そう、アルトマン。 ふたり同時に「アルトマンだ!」 ニコッと笑い手を上げたアルトマンが、2人の横を通り過ぎて行きました。2人の興奮は最高潮です。パンクのことなど、もうどうでもよくなっていました。 「自転車パンクしたけど、俺たちついてるな」 「野球、見に来てーな」 「家に帰ったら、言ってみようぜ」 そんな、楽しい会話とともに自転車を押し家路へと向かう少年2人でした。 「ただいま。今日、東京スタジアムでアルトマンに会ったんだ。ねぇ、野球見に行っていい」 「どこに、行ってるのかと思えば。ダメにきまってるでしょ。そんなことより、あんた宿題終わったの」 ガーン! 従兄弟も隣の家でまったく同じことを、言われてました。 そして、29年後。管理人の家では、あの日とまったく同じ会話がなされています。 「ねぇ、8月31日のダイエー戦、見に行っていいでしょ」 「あんた、夏休みの感想文、書き終わったの?」 ガーン! 歴史は本当に繰り返す。 今にしてみれば、子どもの頃のたわいもない日常体験ですが、当時の心境としは大興奮の一日だったのでしょう。プロ野球選手を見る少年たちの瞳は、いつの時代も変わりません。あの頃の純粋な気持ち、忘れずにいたいものです。 |