99年・第120回天皇賞(秋)
| 最初にお詫び) 痛恨事ですが、セイウンスカイの写真を撮るのに失敗してしまい、 セイウンスカイの写真が残念ながらございません。 私も撮れなかったのが大変悔しいんです。 セイウンスカイのファンの皆様、どうかお許しを。m(T_T)m 毎年、天皇賞(秋)(以後秋天)は荒れるレースであるといわれ、1番人気になった馬は 1988年以来1着になれないという、恐ろしいジンクスが存在します。 中でも1991年のメジロマックイーンは1位でゴールするも他馬を妨害したため18位に降着、 1994年のビワハヤヒデはレース中に故障して5位に終わり(結局このレースで引退)、 そして1998年のサイレンススズカは粉砕骨折で予後不良、安楽死という最悪の結末を 迎えたことはご存知の通りです。 さて、この年のメンバーは・・・ 札幌記念を楽勝、調教も抜群だったセイウンスカイを1番人気として、 前年の天皇賞(春)(以後春天)の覇者で、去年の有馬記念や今年の春天など、日経新春杯の1着以外は全て2着、 シルバーコレクターの名前を返上したいメジロブライト、
安田記念で強豪・グラスワンダーを破って勝利を収めたエアジハード、
善戦するも、どうしても重賞勝利に手が届かず、シルバー・ブロンズコレクターに甘んじているステイゴールド、
オールカマーで3年半ぶりの復活を遂げ、前年のオフサイドトラップと同じ「屈腱炎からの復活」 シナリオを実現させようとするホッカイルソー、
ダービーと春天の覇者で、これまでどう転んでも3着以内に入る優等生だったのに、 京都大賞典でまさかの7着に破れ、調教も不調、陣営も意気上がらぬスペシャルウィーク (しかも馬体重は前走よりマイナス16kg!)
といったメンバー、合計17頭でした。 レースはというと・・・ なんと、1番人気のセイウンスカイがゲート入りを嫌って出走が遅れましたが、 (ファンファーレに合わせて起こるあの歓声がやっぱりまずかったのでは?) いざスタートしてからは大きな乱れも無く最後の直線を向き・・・、 なんと駆け込んで来たのは、調子が悪いと言われていたスペシャルウィーク! (写真は撮ったんですが、カメラブレを起こした上、私の前の観客の手が写り込んでしまったため、見られたものではありません) 一緒に駆け込んできたセイウンスカイを置き去りにして、トップに立とうとしていたステイゴールドも首差でかわし、見事春・秋両方の盾(天皇賞は優勝賞品が盾なので、こういう別名があります)を手にしたのです。 おまけにタイムは、1990年の天皇賞・秋でヤエノムテキが出した東京2000mのコースレコードを0秒2更新した、1分58秒0。 (写真をクリックすると大きいサイズの写真が表示されます。) 同じ年での春・秋天皇賞制覇は、1988年のタマモクロス以来11年ぶり2頭目の快挙です。また、秋・春の順で連覇を果たしたスーパークリークを含めても、京都の3200m(春)と東京の2000m(秋)の両方の天皇賞を制覇するのは至難の業であることを証明するかのごとく、3頭しかいないのです。 写真でもわかる通り、口取りで鞍上の武豊騎手が両手を上げていましたが、ひょっとしたらこれは シンボリルドルフが皐月賞・ダービー・菊花賞と三冠レースを勝つにしたがって、岡部幸雄騎手がガッツポーズで手の指をそれぞれ1本・2本・3本と伸ばしたのと似た理由なのかもしれませんね。 (写真をクリックすると大きいサイズの写真が表示されます。) 本当にやきもきさせられましたが、おめでとう、スペシャルウィーク!
|