近代欧州の生産者たち

私事もあってサイトは充電期間をいただいておりました。その間、鞘次郎は基本に返るつもりで、
欧州競馬の黄金時代、同時に現代血統の原点であり、かつまたポスト St. Simon 期でもあった
20世紀前半における西欧競馬のことを、いろいろと調べたりまとめたりしてたのです。復帰して
しばらくはこの話をさせていただこうかと思います。ご興味の向きは掲示板にてお付き合い下さい。

 領地の名を冠してダービーを創設した第12代ダービー伯爵から1世紀あまり後、父16代を説き伏せ競馬界に本格復帰を果たしたエドワード・スタンレー Edward G. V. Stanley (1865-1948) =のちの17代は、仕入れや調教といったフィジカル面をジョージ・ラムトン、配合デザインをウォルター・オルストンに任せて、最大級の成功を遂げました。とりわけ Chaucer & Swynford, Phalaris, Pharos & Fairway, Hyperion, Alycidon など、のちの大種牡馬を次々送り出した点は、「現代父系の基本設計者」と形容されるに相応しいでしょう。 第17代ダービー卿の名馬
テシオの名馬  サラブレッド競馬に関しては後進国だったイタリアは、鬼才フェデリコ・テシオ Federico Tesio (1869-1954) の登場によって一躍世界の桧舞台へと踊り出ました。夫婦で営む小牧場(のち南部に牧場を持つインチサ侯爵と共同)から送り出す、年間わずか10頭あまりの生産馬によって、デ・モンテルやクレスピら当地の大資本を圧倒。そればかりかテシオは Donatello, Nearco, Ribot といった国際的な超一流馬を輩出して、競馬史に不滅の名を刻んだのです。その手法は深遠にして狡猾、また絶え間なく進化しつづけ、きわめて示唆に富むものでした。
 繊維業界で一代にして財を成したマルセル・ブサック Marcel Boussac (1889-1980) は、当初マーケットブリーダーとして出発し、やがてフランス随一の規模と水準を誇るオーナーブリーダーとなりました。自家生産した名馬かつ名種牡馬 Tourbillon, Djebel, Pharis などを自家牝系に掛け合わせ、極端な近交・外交を施したブサックの馬は、海峡を越えイギリスの競馬場まで荒らし回ったほどです。しかし続く種牡馬の導入を、悪名高き米カルメット牧場から図ったことでつまづき、ブサックの本業が破綻した晩年には、牧場もまた見る影も無く没落しました。 ブサックの名馬
 血統表を次から次へと見るのは大変ですが、それらを相互に比べたり横断的に見ようとするのはもっと骨が折れます。そこで、整理ついでに配合の特徴を一部数値におきかえ、生産者ごとあるいは時代ごとに比較できるようにグラフ化してみました。すると、今まで直感的に理解していたことが、ずいぶんシンプルに表現できてしまったのです。折角ですからこれもどうぞご覧下さい。 グラフで見る配合  これらのグラフ自体、メタ的な血統表であるとも言えますし、新たな要素や視点が加われば、それだけ広く多面的な分析ができることにもなります。あくまで簡単な統計手法にもとづきながら、また意味を見失わない程度に (^^; 数字を斬ってゆければと。もちろん、エクセル達者な向きはご自分でもどうぞ。


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