立山編

序章

友人A「3シーズン目でバックカントリー?」
ごん太「うん!」
友人B「そりや無謀」「死ぬぞ」「捜索費高いよ」
ごん太「・・・・・・・」
友人C「リフトないとこなんで滑るの?」
ごん太「い・・一緒にやらない?」
友人ABC「嫌だ!!!」

このように、バックカントリー(BC)を始めたいと言い出した時にたくさんの
友人からの暖かい励ましの言葉をいただきながらもBCにとりつかれた男『ごん太』が
始めるBC日記です。

ごん太日記は、ちょーBC初心者がバックカントリーマスター(なれるのか?)になる
までの過程を勝手気ままに書いてる日記です。
それでははじまり〜〜〜〜〜


99年11月19日


第1話、バックカントリーってなんだ?

バックカントリースノーボードってなんだろう?
ゲレンデの立ち入り禁止のロープをくぐって滑ることがバックカントリー?
違う違う! そんなことしたらパトロールに叱られる。

ゲレンデ脇に広がるノートラックの斜面。パウダーの浮遊感を味わったスノーボーダーには
たまらなく美味しそうな斜面だ。パトロールの目を盗んで滑れば大丈夫かな?
しかしそこには危険と言う落とし穴があることにごん太は気ずいていた・・・・フフフ
(そりゃ年間に何人ものボーダーがコース外入って死んでりゃ気ずくかな?)
じゃどうやったらパウダーを滑れるのか?ゲレンデ外の雪山はほとんどパウダーだ。
正々堂々と雪山を自分の足で登ればいいんだ!ワッハッハッハ・・・

しかしまてよ、雪山の知識は皆無に近い・・・・・
『無知+雪崩+滑落+遭難+怪我=ごん太死ぬ』
「3シーズン目でバックカントリー?」「無謀だ」「死ぬよ」「捜索費用高いよ」
友人の言葉が脳裏を過る・・・・・・
ゲレンデ内と違ってレストランもない、トイレもない、怪我してもパトロールは助けに来て
くれない。そう!雪山に入るということはすべて自分の責任になってくるんだ。
(これがバックカントリーなんですう)
じゃどうしたら雪山の知識を得てBCを楽しむことができるのだろうか?
そうだ!雪山ツアーに参加して山のお勉強をしよう!

探しに探して<初滑り立山バックカントリーツアー3泊4日>を発見!
仕事の都合上2泊3日の途中参加しかできないが とにかく申し込んだ。

ツアー内容は :雪崩について :弱層テスト(雪崩が起きやすいかどうかのテストの仕方)
       :ビーコンでの捜索(電波を発信して埋まった場所を知らせる機械の使い方)
       :地図の見方 :怪我した時の搬送体験 :ビバークの仕方
       :雪崩埋没体験(????)

これはすばらしい!ちょー初心者ごん太にはピッタシの内容だ。
なになに・・ツアーに必要な道具は・・・し・しまった!道具揃えなければ・・・・


1999年11月25日


第2話、ばっくかんとりーぎあ

バックカントリーのツアーの申し込みをしたのはいいが、必要な道具をほとんど持ち合わ
せていないことに気ずいた。そして慌てて道具集めをはじめたのである。
バックカントリーギアを集めるにあたってごん太は一つテーマを持っていた。それは
「技術は三流でも道具は一流を!」のちに給料は四流だったと言うことに気ずかされるの
だが。ツアー参加なのでレンタルもやっていたのだが、バックカントリーマスターを目指
には道具ぐらい揃えなければと考えたのである。

さまざまな雑誌やホームページを調べた結果、日帰りツアー(立山室堂山荘に泊まるので
道具は日帰りになる)に必要な道具はこれだけになった。

  いるものリスト
    :ビーコン :ゾンデ :シャベル(この三つは絶対に必要)
    :35Lぐらいのザック :スノーシュー :伸縮するストック
    :水筒 :地図 :コンパス :行動食 :非常食
    :ヘッドランプ :予備電池 :予備の衣類
    :アンダーウエアー上下(化学繊維のもの):ゴーグルのスペアレンズ
    :アウターウエアー上下 :救急用品
    :もちろんスノーボードギア一式

これだけは最低限必要な装備だとわかった。これからがごん太の長い道具集め(3ヶ月か
かった)の旅がはじまった。
はやく立山ツアーの模様を書きたいので道具編は次回の1回だけにします。(笑)

ホントは道具集めに3ヶ月かかったのは全部いっぺんに買うお金がなかっただけ。


1999年11月29日


第3話『池中ごん太80キロ』

まずはビーコン。今までまったく縁のなかった道具に遭遇。電波を発信して雪崩に遭遇し
て埋まってしまった人を探したり探してもらったりする道具なのだが、できればずっと使
いたくない道具の一つ。デジタル式とアナログ式の2種類あるらしいのだがどっちがいい
のだかどう違うのかさっぱりわからん。値段もそこそこ高いしこの道具だけは生死にかか
わる道具なんで、とりあえずビーコンだけはレンタルして経験者からアドバイスをもらう
のがベストと考えた。

次はゾンデ。なんだこりゃ?これもはじめて見る道具の一つ。アルミなどの金属で出来て
いて分割式のポールになっている。(組み立てると3メートルぐらいの長さになる)
雪崩に埋まった人にとどめを刺す道具か?(うそうそ)

シャベルは御存じのとおりスコップ。間違っても園芸用や土木作業用のスコップとは違う
からね。ほとんどが分割式になっており、アルミ製やプラスチック製などがある。アルミ
製はなんだかこけた時に痛そうなんでプラスチック製を購入。シャベルはBCボーダーじ
ゃなくてもおすすめ。ちょっとしたジャンプ台などを作るにもザックのなかに忍ばせとく
と重宝しますぞ。車が雪に埋まってしまった時になんか使うといいかもね。

ザックはボードをくくりつけれる物を使わないとダメなんでとりあえずバートンの「AK
TEARDROP」を使ってみることにした。

スノーシュー(西洋かんじき)はいろいろなメーカーから発売されてる。REDからも発
売してるがあまりにも他社のメーカーとくらべると値段が高いのであきらめた。(給料は
四流なんで)それでブーツにつけるストラップの部分をバートン社と共同開発したと言う
「ATLASサミット22」を購入した。

ストックはボードでも必要。ハイクする時に疲れが少なくなるらしい。
滑る時にはザックにくくりつけて滑るので伸縮可能なストックを用意した。

水筒は御存じのとうりです。ほとんどのBC経験者によると「水筒持っていかなかったら
死ぬよ」って言われます。水分補給は必要なんですね。

それに化繊のアンダーウエアー上下。これもBC経験者の情報によると 
「綿のシャツなんか着て行ったら死ぬよ」って言われます。ありがたいお言葉です。

その他の小物はてきとうに安いやつを選んで買いました。
なんだかごん太のBC日記と言うよりも「入門」になってしまってるような気がするけど
BCでの道具選びは本当に大変(予算の都合も合わせて)なんです。

早速、家に帰って来てブーツを履いてスノーシューをつけてみたくなったので装着してみ
る。これ読んでいる人でスノーシュー履いたことある人いるかな?もし自分で買って来た
ら絶対に家でつけてみたくなるよ。(ごん太もはじめての人だった。)それで部屋の中を
歩きたくなるよ。でもちょっと注意!スノーシューの裏には滑り止めのアイゼンがついて
るので、畳やフローリングやカーッペットは傷だらけになる。僕は傷だらけにして怒られ
ました(笑)

そんでとりあえずウエアー着てザックに装備詰め込んでボードを固定してみると・・げ!
めっちゃ重い!なんじゃ!肩に食い込むような重さ!こんなんで雪山のぼるんか?
気になったので恐る恐る体重計に乗ってみると85Lになってる!!!!!!
ちなみに僕の体重は63Lです。85L-63L=22L!!!本格的な雪山登山者から
は笑われそうな重さだが雪山初心者&ボード3シーズン目の僕にはきつすぎる!!!!
滑る時には板は足につけてるから少しは軽くなるけど それでも重い・・・・・
こんなんで滑れるんか? ますます不安はつのってきた・・・・

今回の題名『池中ごん太80キロ』ってドラマ昔なかったっけ? 玄太やったかな?


1999年12月01日


第4話、出発2日前

出発2日前、装備揃って準備OKの状態。いつものように仕事をしていた時(たまには仕
事もしてる)なにげなく荷物を持った瞬間、背中に激痛が走った・・・げ!!!!!!

ぎっくり腰ならぬ、ぎっくり背中になってしまった。息もできぬほどの痛み。
そのままうずくまったまましばらく動けなくなってしまった。
頭の中には『立山中止』の2文字がぐるぐる回っている。

しばらくしていると痛みも少し和らいできた。しかし午前中の仕事はダウン。午後になっ
てから背中を見てみると背中右上部のあたりがぼっこりと腫れていた。痛いはずだ。病院
に行こうかも考えたが行ったら立山中止を宣告されそうだったので、自力での回復を試み
ることにした。応急処置でサロンパスを背中に6枚ほど貼った。

立山行きまであと1日半。 スノーボードの神に見放された心境。


1999年12月04日


第5話、出発!!

出発前夜。背中の痛みが気になる・・・・
しかしスノーボードとなればプロレスラーの傷の回復の早さ並みで回復していたごん太。
以前38度の熱で滑っていたら熱が下がったことがあった(笑)

puto(ここの管理人)にお別れの挨拶をして出発前の仮眠をとることにした。
立山ツアーの先発隊とは明日の夕方に室堂ターミナルで合流する予定。でもごん太には少
し考えがあった。(せっかく立山行くのになんで夕方?1日無駄にするの?じゃ朝一のケ
ーブル乗って1日滑ってから合流したらいいんじゃないの?)と卑しい考えを持っていた。
立山インターまでは約4時間半で着く。単純に計算してAM8時頃に立山駅に着いたらい
いからAM3時半頃出発したらいいだろうと考た。

ところがputoとのお別れの挨拶をしたのはいいが 床に入って1時間経過しても眠れ
ない。これはいけない!少しでも寝ないと体力が持たない!
寝酒飲んで寝よう(ごん太は酒飲むと5分でレム睡眠に入れる)と考えた。

<朝>心地良い眠りからの解放。『朝日が眩しい・・・・・・ん?』
20秒ほど自分の置かれた状況を考えた。今何時?!!!!AM9:30分!!!!
しまったあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!大大寝坊!!!前代未聞!!!
「やる気あんのか?」って突っ込まれそう・・・

慌てて服着替えて階下の部屋に荷物を運ぶ。母親がサンデーモーニング見ながら「あんた
まだおったん?」と聞いてくる。ちっ!朝の3時半に出発すること知ってたくせに。など
と喧嘩してる暇はない。とにかく早く出かけないと!

このままでは夕方の室堂合流にもあやうい状況。背中の痛みは無くなったが念のために昨
日より2枚多くサロンパスを貼り、合計8枚を背中に張り付けて出発!!
荷物を車に乗せて一路 立山インターへ。時速130キロオーバーで北陸道を走る!


1999年12月07日


第6話、サービスエリア

鱒寿司はうまい。順調に北陸道を進みサービスエリアで休憩を取りながら鱒寿司を食って
いる。時間はなくてもこれだけは食う。子供の頃、田舎(新潟県。ごん太には雪国っ子の
血が流れてる)に帰る途中には必ず駅弁の鱒寿司を食べていた。今も昔も変わらぬ味。
 『注意』鱒寿司とは酢飯の上に鱒がのっており、笹の葉でくるんで押し固めた寿司。
     大きさは約20センチ大の円形をしたものが一番ポピュラー。
     でもちょっと注意。鱒寿司の鱒を酢飯からはがして鱒の裏側を見てはいけない!
     ごはんの粒が鱒の裏にボコボコした形で残ってるので気持ちわるいぞ。
     そんなとこ見るのぼくだけかな?

少し遅いランチを取りながら本を読んでいた。バックカントリーヤー必読の書
『雪山に入る101のコツ』(中山建生 著)だ。この本はほんとうに勉強になるぞ。
道具から雪質から雪崩についてなどなどバックカントリーについての必要な知識がすべて
載ってる。それと本と言えばこの本もお薦め。
『死者は帰らず 山岳遭難の現実』(丸山直樹 著)
この本読んでマジでバックカントリーなんかするのやめようって思った(笑)
山岳遭難の事故例などが載っている本なのだが恐いけど勉強になります。

ゆっくりしている時間もないので残りの鱒寿司は車の中で食べるとしよう。車に向かう途
中なぜか猫がいた。首輪をしていないのでおそらく野良猫だろう。サービスエリアの客が
捨てて行った猫が野良猫化して住みついてるのだろうか?風貌はヨレヨレの汚い猫だ。
不憫に思ったごん太は鱒寿司を少しあげた。
しかし猫はクンクン匂うだけでそっぽを向いた。なんて猫だ!ヨレヨレの汚い猫だがサー
ビスエリアの客におこぼれもらっていてかなり舌が肥えてると見た! ゆるさん!!
などと怒ってる場合ではない。立山インターまであと少し。急いで車に乗り一路立山イン
ターへ。目的地の立山まであと少し。


1999年12月10日


第7話、ゴーストタウン

立山インターを下りて一般道を走ること約30分。<PM2:30>無事立山駅に到着。
駐車場に車を止めて(ちなみに立山駅前の駐車場は無料だった。良心的だ)
いそいそと準備にかかり車の中で着替えて板持って駅前のロータリーに出た。
そこでびっくり!!・・・・・・・・・・・・だれもいない・・・・
まさにゴーストタウン状態。秋の木枯らしがピューピューと吹き、足元に枯れ葉が舞う。
午後の3時前だと言うのに駅前にはだれもいない。
なぜかわからないが「なんかやばい」って感じた。
たしかに、ここは立山駅だがあまりにも人がいないので「本当にここでいいのか?」って
言う不安と孤独感が襲って来た・・・・・
『こんなとこ一人で来るんじゃなかった』との後悔の念が頭の中に浮かぶ。

立山駅にはバックカントリースキーヤー&スノーボーダーで賑わってることを想像してた。
だが駅前にはウエアー着てゴーグル付けてザック背負ってボード持ったごん太が一人。
もしこんなやつが近所の駅前ウロウロしてたらかなりやばい野郎だ。
警察にでも見つかったら職務質問の一つでもされるのではないか?
もしくは頭のおかしいボーダーが駅前に現われたとしか考えられない。

不安な気持ちを抱きながら立山駅に入ると お土産物の販売店があった。
客も5、6人しかいない。
ここにもスノーボーダー&スキーヤーは一人もいない。
看板を見ると確かに『立山室堂行き』と書いている。

しばらくするとケーブルが入って来る音がした。見てみると中にはボーダー&スキーヤーが
まるで鱒寿司のように押し固められて乗っている。静かだった構内が突然賑やかになった。
ぞろぞろと出てくる出てくる。よくもこんなに入っていたもんだと思うぐらい。
それを見て一安心。すぐさま切符売り場にて往復切符を購入。ちなみに往復切符は3日間だ
け有効だぞ。3日以上滞在する人は注意が必要。

ケーブルに乗り込むと乗客はごん太を含め5、6人ほど。ボーダーは僕一人でガラガラに
空いている。ケーブルの窓から見える景色はすっかり晩秋模様。外の景色にみとれてると
すぐに終着駅の美女平に到着した。次はバスだ・・・・・・・

1999年12月15日


第8話、美女平

美女平はバスターミナルだ。ケーブルの終着駅でもあるがあまりきれいとは言えない。
ケーブルを降りると係員が「スノーボードの方は300円です!」と叫んでいる。
なんのことだかさっぱりわからなかった
がどうやら僕に向かって言ってるようだ。どうやら室堂行きのバスにスキー又はスノー
ボードを持ち込むには荷物代として300円払わなければならないみたい。

バスの時間まで30分ほどあったので辺りを散策してみた。外にはまだ全然雪が無く
バスのタイヤに巻いてるチェーンがアスファルトの上で痛々しい音をたてながら走ってる。
室堂周辺には道路も雪でいっぱいなんだろうな?なんて考えるとわくわくしてくる。

バスの切符売り場の横の階段を登るとお土産物屋があった。売ってる物はどこの土産物屋
でも売っている物ばかりだが立山らしい物を一つ発見!立山に生息している雷鳥のぬいぐ
るみだ。夏の斑模様バージョンと冬の白毛バージョンの2種類ある。どっちを買うか、
かなり悩んだが今は荷物になるので帰りまでにどちらかを買うか考えてから購入すべしと
判断した。

なんだかんだやってる間にバスの時間がやってきた。普通の観光バスだが乗客はごん太を
含めてたったの5人。写真愛好家らしき初老のおじさんと若いカップルとなぞのおじさん
一人を乗せて一路室堂までのバスツアーだ。

車内では立山の観光案内ビデオも流れており、ほとんど観光気分になってしまうが曲がり
くねった道をぐるぐる登るので気分が悪くなってくる。外の景色を見ていると少しずつ雪
が見えてきた。次第に回りの木も少なくなってきて雪の量も増えてきたが、途中でなんだ
か変な匂いが充満してきた。硫黄の匂いだ。温泉でも湧き出てるのでしょう。
辺りの景色はすっかり冬景色で雪原が広がってきた。夕日がものすごく綺麗でカメラに
その景色をおさめようとしたら、写真愛好家のおっちゃんはここぞとばかりにカメラを
取り出しバスの窓を全開にしてシャッターを押しまくった。強烈な冷気と硫黄の臭気が
バスの中に入り込んできた。若いカップルは迷惑そうにしてたがおっちゃんはかまわず
にシャッターを押しまくってた。
「おっちゃん!!窓開けると臭いし寒いよ」って言ってやろうと思ったが、小心者の
ごん太は黙って寒さ臭さをがまんした。少しすると鉄筋建ての建物が見えてきた。
あれが室堂ターミナルだ。


1999年12月20日


第9話、スプリットボード

室堂ターミナルにバスが着いた。バスを降りるとボードはゴロンと投げ出されていた。
美女平と同じでここもあまり綺麗なとことは言えない。先発隊のガイドさんに連絡をとろ
うと思い携帯電話を見ると圏外になっていた(本当は立山は携帯の通じる場所だが、ごん太
の携帯は5年前の古い電気シェーバーのような携帯なので入らなかった)
しかたがないので公衆電話からガイドの人に連絡する
と、なんだか息を切らして『ハー・ハー』言いながら話してるのが聞こえる。
どうやらハイク中みたいで大変息苦しそうだった。
結局、室堂山荘まで来て下さいって言われたので一人で山荘に向かうことにした。

出口を見つけて扉を開けようとしたが、なかなか扉が開かない・・・。
なんてたてつけの悪い扉だ!
やっとの思いで扉を開けると猛烈な冷気が入ってきたが今度は閉めようとしても閉まらない!
重い鉄の扉には開けたら閉めるって書いてたけど頭に来たのでそのままほっといた。
外に出ると一面は雪景色。日本とは思えぬ山々に囲まれてすんごく綺麗!!!
よく目を凝らして山々の頂上付近を見てみると下に向かって何本ものトラックがついている。
『げげっ!!』あんなとこ滑った人がいるんだ!!! マジですごい!!
ビデオでしか見れないようなラインが残ってる!!

やっぱり立山はすごいな〜〜などと見るものすべて感動してると前の方からあやしい人が
やってくる。REDのヘルメット被ってスノーボードウエアー着て足にはテレマークスキー
をつけてる人がやってきた。
それにしても立山には変わった人がいるもんだ。もしかして立山のテレマークスキーヤーの
間にはボード用品使うのが流行っているなかな?なんて考えてると目の前までやってきた。
ありゃ?テレマークスキーとはちょっと違うぞ?スノーボードが縦に二つに分かれている!!
これはもしかして!スプリットボード!!!初めて見たぞ!感動してるごん太を横目で見
ながらスプリットボードのお兄さんは黙々と歩いて行った。
 注:スプリットボードとはスノーボードが縦に2つに分かれテレマークスキーになる物で
   ハイクする時に重いスノーボードを背中に担がなくてもいい利点がある。
   ゲレンデなどではまず見かけられないボードでショップでも置いてる店はほとんどない。
   現在バートン社がスプリットボードを開発中らしい。

夕暮れが近ずいてくると、あっという間に辺りが暗くなって来たので急いで室堂山荘に
向かった。
『ごん太さんいらっしゃいますか〜!!!』だれかが僕を呼んでいる。
室堂山荘の前でテレマークスキーのお兄さんが僕を呼んでいたので
『は〜〜〜い!ごん太です!!!』と声を出すと、どうやらその人
がこのツアーの責任者でガイドさんだった。無事に合流できてなによりだった。


1999年12月27日


第10話、室堂山荘1

室堂山荘は日本最古の山荘らしい。
室町時代頃には建てられていたので室堂って名前がついたのかな?
って思ってたけど、どうやらそれは違っていた。室(ムロ)には「おこもりする場所」
という意味があり堂(ドウ)には宗教的な建物という意味がある。まあ〜〜数百年前まで
信仰の対象になってた山にこうも簡単に登って来れるなんて当時の人は考えもしなかった
だろうね。で、現在の室堂山荘はすごく綺麗だ。ゲレンデ近くの汚い民宿よりずっと大き
くりっぱな建物だ。山荘ってイメージにはあまりにもかけ離れていたので驚いた。

そしてガイドの人にどの部屋に行けばいいのか聞くと、なにやらどこもいっぱいらしい。
それは困った。もう一人のガイドさんと相談している様子でどうやら昨日一人怪我して
帰った人がいたからそこの部屋に入れてもらうことになった。怪我?
そんなやばいとこ行くのかな?3シーズン目のごん太はかなり不安になってきた・・・

教えてもらった部屋番号の部屋に行くと8畳ぐらいの部屋に先発隊のメンバーが
5人ほどいた。挨拶を済ませくつろぎに入ったごん太はいきなり爆睡モードに
入ってしまった。
『ごん太さん! ごん太さん!・・・御飯ですよ・・・』だれかが僕を呼んでいる。
夕食の時間らしい。同じ部屋の人が僕を起こしてくれた。
『ごん太さんずいぶんお疲れですね?今日は早かったのですか?』
ドキッ!!6時間寝坊したなんてかっこわるくてとても言えない・・
ごん太は『よ・4時に出ました・・・』と、うそを言ってしまった・・・・すみません。

食堂もなかなかりっぱで御飯もおいしかった。
食事も終わって夜は雪山に関しての講習だ。講習とは名ばかり?でみんな酒飲んで
和気あいあいと雪山の講習がはじまった。酒飲んでやってるが、ごん太にはなかなか
勉強になる話しばかりでバックカントリー経験者のナマの体験などを聞かせてくれて
楽しく学ばさせてくれた。
2時間ほどの講習を終えて みんな各自に部屋に戻って寝た。
いよいよ明日は山だ。


1999年12月30日


第11話、室堂山荘2

朝。6時に起きて朝食を済ませた。慌ただしく各自が山に向かう準備を始めた。
水筒にスポーツドリンクを入れる人。食堂でお湯をもらう人。ごん太もまねして
スポーツドリンクを水筒に入れた。
ビーコンの電源を入れてベルトで身体に固定する人。
ビーコン?しまったレンタルしてたんだ!!

ガイドさんの部屋に行ってビーコンを借りた。でっかいおはぎみたいな形のビーコンで
生まれて初めて見る道具だった。ボタン類はほとんどなく数字と矢印のランプのついた
シンプルな道具だった。どうやらこれが噂の最新式のデジタルビーコンってやつだった。
しかし身体に固定するベルトが複雑だったのでガイドさんにつけてもらった。
ガイドさんの話しではビーコンの捜索練習は昨日だったのでごん太さんは明日にしまし
ょうって言われた。今日、山に行くのに順番が逆だけど2泊3日の途中参加なのでしか
たないか。雪崩にあっても僕は使い方知らないので捜索はできないけどね。

ごん太も準備オーケー!!外に出てボードをザックにくくりつけて背負ってみる・・・
やっぱり重い。
スノーシューを足につける。生まれて初めてのスノ−シュー体験でドキドキ・・・・
ベルトをカチカチッとしめて雪の上を歩いてみる・・・おおおお!!これはすごい!!!
雪の上でも楽に歩けるぞ!!(だからスノーシュ−)調子にのってそこらを歩きまくる。
新雪の上でも楽に歩けるぞ!!(だからスノーシュー)これはすばらしい道具だ!!
感動したごん太は大喜び!!
AM8:30分気温−7°雲一つない快晴。
これから始る地獄のハイクをごん太はまだ知る余地もなかった。


1999年12月30日


第12話、ハイク

室堂山荘を後にして浄土山山頂に向けて歩きだした。山荘から山頂までの距離は
直線にして約1キロぐらい。雪も絞まってるし1キロぐらい楽勝楽勝・・・・・・
などという考えは甘いとすぐにわかった。高低差のことなどまったく頭になかった。

ガイドさんを先頭にみんな歩く歩く歩く・・・・スノーシュー初体験の感動などは
すぐに消え去り、自分の呼吸音しか聞こえない世界にいるような感覚になった。
普段運動をしていない人にはかなりきつい。
ごん太も3年間水泳をやってるがヘビースモーカーなのでかなりきつい・・・・
この時ほどタバコをやめようと思った時はなかった。

40分ほどハイクしただろうか?ガイドさんが休憩にしましょう!って言う
声がかかった。『フーーーーー』と一息・・咽がカラカラ。
ザックから水筒を取り出してスポーツドリンクを飲む。
うまーーーーい!!!!スポーツドリンクがこれほど美味しいと感じたのはひさしぶり。
タバコを取り出して一服・・・『フゥーーーー』うまーーーーい!!
さっきまでタバコをやめようなんて考えていた自分がウソみたい。景色も最高!!!!
目の前に見える雄山も最高!!!!!

さー出発!!またまた歩く歩く歩く・・・・タバコやめよう(笑)
ハイクしていて気ずいたのだが、所々かなり危ないとこ歩いているなーと感じさせる
所がある。吹雪いているか、もしくはホワイトアウトしているか、突風でも吹いて滑
り落ちたら50メートルぐらい滑り落ちるんじゃないか?と思う箇所がある。
未経験の人がこんなとこ来たらかなりやばい。助けようがないぞ。
もう一度休憩をとって2時間のハイクの末、10時30分無事浄土山山頂に到着した。


2000年01月14日


第13話、テスト

2831メートル浄土山山頂に到着。
その内、約2400メートルはケーブルとバスです(笑)
生まれて初めて2時間も雪山をハイクして、たどりついた山頂は絶景!!!
天気も最高にいい!!!雲一つない空は恐ろしいほど青く空ってこんなに青かったのか?
と気ずかされた。
身体は汗だくになり、くたくたに疲れているがこの景色を見たとたんにいっぺんに吹き
飛んでしまう。山頂からは『白馬』『御岳』『妙高山』が見え本当に綺麗!!
すっかり山屋さんの気分になったごん太は登山家の気持ちを少し理解した気分。
写真を撮ったり少し早い昼御飯(カロリーメイト2箱)を食べたりして1時間ほどの
自由時間をもらった。

これから浄土山山頂から滑るわけだが その前に弱層テストの講習がある。
(弱層テストとはこれから滑る斜面が雪崩の危険性があるかどうかの判断をするテスト)
今回のテストはハンドテスト&スクラムジャンプテストの2種類を行う。
ハンドテストは直径50センチ深さは掘れるだけ掘る。
(本当は直径30センチ深さは50〜70センチぐらいでいい)
約2メートルぐらい掘り進んだ所で氷の層が出てきたのでストップ。
出来上がった直径50センチ深さ2メートルほどの円柱に上から順番に指を刺して雪の
層を調べていくのだが・・・まったくない・・・滑るには最高の条件だが弱層てテスト
の講習には不向きな積雪。
弱層があれば雪の円柱を抱きかかえるように引っ張るとだるま落としのようにはがれて
いくらしい。
ちなみにこの円柱は蹴飛ばしても抱きついてもびくともしなかった。

隣では3人のガイドさんがスクラムジャンプテスト用の穴を掘っている。
U字型した横幅3メートルぐらいの塹壕だと思って下さい。
そしてそのU字型の上の雪の残った部分にスキー又はスノーボードを履いた人がおもっ
きりジャンプして踏み込む訳だが・・・案の定まったく崩れない・・・
でもこのテストが一番確実な弱層テストらしい。
次は?雪崩埋没体験・・・浄土山山頂に悲鳴が響きわたる・・・


2000年01月29日


第14話、死にゆく者への祈り

『ギョヘ〜〜〜〜〜〜〜!!!』浄土山山頂に悲鳴が響きわたる。
スクラムジャンプテストで掘った穴に次々と人間が入り実際に雪崩に遭遇して埋まって
しまった時の状況を体験させてくれるのだが.....かなり恐いみたいだ。
しかし!埋める方はかなり楽しい(笑)

そして完全に埋まった時点で埋没者に声をかける。
『おーーーーーーい!!!』『・・・・・・・・・・・』
返事がない?もう一度
『お〜〜〜〜〜〜い!!!』『・・・・・・・・・・・』
やっぱり返事がないので掘り起こしたら意識がなかった・・(うそ!)
出てくる人みんなが「こわーい」とか「苦しい」とか言って出てくる。
埋まっている時「大声で呼びかけたのがわかった?」と訪ねたら
「こっちも大声出したよ!」って返事が
帰ってきた。あれ?おかしいね?全然返事が聞こえなかったよ?不思議だ。

ついにごん太の番が来てしまった・・・顔の前に息ができるように空間を作って
埋めてもらう。ドサドサと背中に雪をかけられていく。
『うへ!!!!!』重い!!!!!!雪ってこんなに重いのか!
太陽の光りも消えて真っ暗になってしまった!!!
『暗いよ〜〜〜狭いよ〜〜〜〜恐いよ〜〜〜〜』
これは冗談抜きで恐い!!雪崩に遭遇して埋没してしまった場合15分以上埋没
していると生存率がどんどん下がって行くと言われているが、15分どころか5分
も耐えれない。今は顔の前に息ができる空間があるからいいが、実際に埋まったら
息もできない状態だろう。
死にゆく者への祈りは一つ・・ゾンデでとどめを刺してくれ!!(笑)

埋没中、外でみんなが『お〜〜〜い!』って叫んでいるのが聞こえる。
僕も『お〜〜〜〜い!』って返事をした。やっと みんなに掘りおこしてもらって
一安心。みんなに僕の返事が聞こえた?て聞いたら、聞こえなかったよ?て言ってる。
あれ?そうなんだ?

どうやら雪の中に埋没してしまった場合、外からの声は聞こえるが埋没者からの声は
雪にかき消されてしまってほとんど聞こえないようだ。これは大発見!
でも恐いぞ。雪崩に埋まってしまって捜索する時、外が吹雪いてたらアウトだね。
次はやっと滑りだ!


2000年02月08日


第15話、登り2時間滑り1分

いよいよ滑りだ。数人のボーダーとスキーヤーが集まってなにやら相談しているので
近くに寄って話しを聞いてみると、どのラインを滑ろうか検討している。
なるほど、どんなラインを滑るのかな? 滑降場所をみて仰天!!!!!!
こ・ここって斜度50度以上ないッスか?下見えませんよ・・・・
おまけにブッシュ&岩がちらほらと・・・
これはかなりやばい!この斜面を見たごん太はまるで生まれ立ての子馬のように足が
ガクガクと震え出した。こんなとこ滑ったら死ぬかもしれない。 どうしよう・・・・

するとガイドさんが、こんなバカ集団はほっといてこっちラインをすべりましょう!
ってお声がかかってほっと一息。こっちの斜面は30〜35度程度で滑りやすそうだ。
ブッシュ&岩も出ていない。スキーヤー&ボーダーがみんな滑りだした。
本当はバックカントリーの世界では滑る時は一人ずつで滑り終わった人は、次に滑り
降りる人に合図を出して安全確認をして滑り降りるのを見届けなければならい。
万が一雪崩に遭遇してしまった時最後に見えた場所からビーコンで捜索が
はじまるからである。

ごん太もビンディングをつけて滑る時がやってきた。やっぱりザックは重い。
初滑りだったのでかなりビビリながら板をズルズルと横に滑らしてしまう。
これではいけない!!意を決して思いきってスピードを出す!!
1ターン2ターン・・・・あれ?身体って案外憶えているものだね。
調子に乗ってスピードを出して滑ったらあっと言う間に滑り降りてしまった。
でも気持ちよかった! ゲレンデとは違った達成感を感じた。
『ふ〜〜〜う』と一息。あれ?落ち着いて考えてみると2分も滑ってないぞ。
登り2時間滑り1分ちょっと・・これがバックカントリー・・・

下でみんなが集まって斜度50度を滑るメンバーを見物している。
するとボーダーの一人が滑り出した!
いきなり岩に乗り上げてバランスを崩し転倒しそうになった!
危ない!!!!と思いきやバランスを立て直してみんながいる場所まで滑り降りて来た。
すごい!この人はいったい何者?
後から聞いたら白馬に住んでて年間100日ぐらい滑ってるって言ってた。納得。
自分の未熟さを痛感させられた。


2000年02月11日


第16話、雄山

浄土山山頂から全員無事に滑り降りると次の滑降場所に向けてトラバースする。
テレマークスキーヤーはそのまま移動できるがスノーボードはそういう訳にはいかない
ことに気ずいた。ボードをはずして、スノーシューを履いて、ストックを伸ばして、
ザックに板をくくりつけてはじめて移動ができる。こりゃ大変だ。
テレマークスキーの機動力には驚かされた。

次に滑る山は目の前に見えるでっかい山『雄山』だ。またまたハイク・・・・・
頂上に見える雄山神社はまるで豆粒のよう。あんな所まで登るのか?
先発のテレマーク隊は次々に登って行くのでごん太も負けまいと登りはじめた。
浄土山の登りと違って雄山の登りは斜面に向かって垂直に登って行くのでかなりきつい。
脱落者も増えていきハイクの列もみだれてきた。

すると上の方でガイドさんが(注)ピッケルで雪の斜面を削ってるのが見えてきた。
何してんだろう?と思い近くで見るとガイドさんの約2メートルぐらい横に同じツアー
客が座っており、ピッケルで足場を作ってもらっていた。ハイクの列から2メートルぐ
らい離れた所がアイスバーンだったので元の列に戻れないでいたのだ。
たかが2メートル離れた場所ではアイスバーンになってるとは 全然気ずかなかった・・・

約1時間ほどハイクして山頂から50メートルぐらい下の所でみんなが集まってる。
あそこから滑るらしい。もう一息で合流できるのだがスノーシューでも歩行困難な
ほどのドライパウダーでますますきつくなってきた。遅れること10分。
やっと合流できた。
(注)ピッケルとは登山用つるはしみたいな物。こいつで頭を殴られると
   ヘルメッターでも即死しそうな痛々しい道具。


2000年03月02日


第17話、Feel Good

雄山で15分ほど休憩した後いよいよ滑走開始だ。
先ほど滑った浄土山より滑走距離も長く斜度もあるのでなかなか滑りごたえありそうだ。

するとガイドさんがここは1人ずつ滑らないと危険なので下に着いたら合図するからそ
れから滑って来て下さいって言われた。なるほど・・ここは浄土山と違って雪質がぜん
ぜん違うからだろうね。
それにしても斜面が変わっただけでこれほど雪質が変わるなんてゲレンデで滑ってる時
には考えもしなかった。

第一走はガイドさんだ。テレマークで滑り降りる後ろ姿はなかなかかっこいい。
ガイドさんが下について合図が出たので次の人が滑り降りた。次々に順番が回ってきて
いよいよごん太の番が来た・・・・
今日の2本目だがやっぱりドキドキする・・・そしておもいきって滑り降りた。

1ターン2ターン・・・やっぱりパウダーは気持ちいい!!!
順調に滑り降りていると一瞬視界にキラリと光る斜面が見えた。
『やばい!』と思った瞬間クラスト(注)に乗りあげて転倒してしまった・・・
さっきまでパウダーだったのになんで?と思いながら立ち上がってまた滑りはじめた。

転倒したがなんとか下まで滑り降りて来て自分の滑った斜面を眺めてみた。
まだ上にいる人が豆粒のように小さい。こんなとこ本当に自分の足で登って滑り降り
てきたのか不思議になってきた。ジワジワと感動が湧き出てきて今にも大声で叫びたい
気分になった。管理されたスキー場でリフト使って滑ったのでは絶対に味わえない感動!
やっぱり立山来てよかった・・・涙が出そうになった。
 (注)クラスト・・・・雪の表面が凍って硬くなってること。


2000年03月15日


第18話、帰り道

雄山から全員滑り降りて来たらいよいよ室堂山荘に帰ることになった。
山荘への道のりは一度下ってからまた登り返すコース。
下りでかなりアップダウンのあるコースをトラバースするのだが、
これがまた天然のボーダークロスのコースみたいだ。こけては滑っての繰返しで
なかなか楽しいトラバースだったが、パウダーに隠れてる岩がちと恐い。

登りがはじまったのでスノーシューに履き替えてしばらくハイクをしていると、
横になかなかでかいキッカーを発見した。
立山にも飛び系のボーダーが来ることを初めて知った。

やっと室堂山荘に着くと辺りはすでに夕暮れ時。夕焼けがすごくきれい。
今日はたったの2本しか滑ってないけど すごく充実したスノーボードをした気分。
やることなすこと初めての体験ばかりの一日だった。でも疲れた・・・
早く風呂に入って御飯を食べたい。

山荘に入る前にもう一度雄山を見てみた。
夕焼けで赤紫に染まった雄山がほんと綺麗だった。


2000年04月11日


第19話、搬送

朝になると今日は昨日と違ってみんなゆっくりしているのでなんでかな?と思って聞いて
みたら、今日は滑りは無いみたい。残念。
今日は地図でコースを決めてそこをチェックしながらハイクする練習と怪我人が出た時の
搬送の練習をするらしい。

外に出てみると今日もいい天気で絶好の滑り日和。でも今日は我慢。
スノーシューを履いて地図とコンパス持って室堂山荘近くのミドリガ池の回りをハイクする。
池のある位置はわかるのだが、今自分がどこにいるのか正確な位置がさっぱりわからない。
コンパスの使い方も地図の見方もほとんど知らない初心者。慣れてくると地図も立体的に
見えてくるのらしいのだが・・・・まだまだ訓練が必要だ。

室堂山荘近くに戻ってくると次は搬送の練習。簡易ツェルト(ビバーク用のテント)に人間
を包んで搬送する。文字で書くと簡単だが、実際には非常に難しく困難な作業。
まずは怪我した人の背中に荷物を抜いたザックを敷いてツェルトに包むのだが・・・・
上手くできない。さらにロープで固定するのだが、これもかなり高度な技術が必要。

なんとか出来上がって搬送するのだが、男4人がかりでも搬送するのは大変。
平坦の所でもかなりの労力だが、これが登りになるともっと大変。下りはかなり危険。
搬送してる人を滑落死させてしまうかも。
この時、BCに出かけた時は無理など絶対しないようにと心掛けた。


2000年04月18日


最終話、家路

搬送の練習も終わり、各自昼御飯をたべた後、山荘に戻って帰り仕度をはじめた。
荷物をまとめて山荘を出るとガイドさんが僕を呼んでいるので何かな?と思ったら、
僕だけビーコンの捜索練習をしていないので今からしますって言われた。
すっかりわすれてた・・・・・

今回ごん太がレンタルしたビーコンは「トラッカー」とか言うデジタルビーコンで、
距離と方向が表示されるやつだった。すでに捜索されるビーコンは埋めてあったので、
すぐに受信モードに切り替えて捜索を開始しはじめた。

ビーコンを手に持ってウロウロと歩きはじめるとすぐに距離と方向ランプが点灯した。
方向ランプに従って歩いて行き電波の発信地点から約2メートルまで近ずいた時、
顔を上げてみると目の前に女の人が座っていて目が合った。あれ?・・・・
「もしかしてビーコンの電源入ってません?」
どうやら座っていた女の人のビーコンの電源が入っていたのでそれに反応してしまった
みたい・・・初めからやり直し・・・・

再度挑戦してなんとか埋めていたビーコンを発見することができた。しかし今回は1個
のビーコンの捜索だったが実際の雪崩に遭遇して巻き込まれてしまうのは1人だけとは
限らないので、2〜3個のビーコン捜索のトレーニングも必要になってくるだろうね。

ビーコン捜索の練習も終わってみんなで室堂ターミナルに向かって歩きはじめた。
来た時と違って1人ではないのでなんかうれしくなってきた。
扇沢方面と立山駅方面とに別れてバスに乗りケーブルに乗り込むのだが少し混雑して
いるのが嫌だった。立山駅に着いて解散すると』、また1人で帰るのかと思うと
どっと疲れが出て来た・・・

駐車場で着替えて車に乗り込み立山駅を後にすると、たった3日間の出来事なのに
なんかすごく充実した気持ちになれた。
立山インターに入り、家路に向かう途中でおみやげの雷鳥のぬいぐるみを買うのを
すっかり忘れていることに気ずいた・・・ 春にまた来て買えばいいね。


2000年05月07日





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