| 選手 (団・守) | 選手 (団・守) | 備考 | 時期 |
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本 原(ダ・投) 御 船( ・内) | 金銭 (広・ ) | |
| 足 立(広・投) | 金銭(日・ ) | |
| 佐 川(オ・投) | 金銭(日・ ) | テスト |
| 植 田(広・捕) | 鈴木哲(西・投) | |
| 小 野(近・投) | 自契→(西・ ) | |
| 南牟礼(中・外) | 自契→(神・ ) | |
| 長 嶋(ロ・外) | 金銭(神・ ) | |
| 屋 鋪(浜・外) | 自契→(巨・ ) | |
秋 山(西・外) 渡辺智( ・投) 内 山( ・投) | 佐々木(ダ・外) 村 田( ・投) 橋本武( ・投) | |
| 柳 田(ヤ・外) | 金銭(近・ ) | |
| 加藤哲(近・投) | 自契→(広・ ) | テスト |
| 平 塚(浜・外) | 葉 室(オ・捕) | |
| 渡辺伸(オ・捕) | 金銭(広・ ) | |
| 平 野(西・外) | 自契→(ロ・ ) | |
| 小 野(中・投) | 自契→(ロ・ ) | テスト |
| 山 崎(浜・外) | 自契→(ダ・ ) | |
| 熊 野(巨・外) | 自契→(オ・ ) | |
| 中 谷(近・外) | 自契→(オ・ ) | |
| 笠 原(ロ・投) | 金銭(ダ・ ) | |
| 高 野(ヤ・投) | 柳 田(ダ・内) | |
| 大 門(浜・投) | 自契→(神・ ) | |
| 内 田(巨・外) | 自契→(ダ・ ) | |
| 市 原(ダ・内) | 自契→(中・ ) | テスト |
| 高木豊(浜・内) | 自契→(日・ ) | |
| 大 野(巨・内) | 自契→(ヤ・ ) | |
| 坂 口(日・内) | 自契→(ヤ・ ) | |
| 渡辺伸(神・投) | 古 溝(オ・投) | |
| 高木晃(オ・投) | 馬 場(ダ・内) | |
| 嶋 田(神・外) | 米 崎(近・内) | |
| 田 口(ダ・打) | 復帰→(ダ・投) | ※1 |
| 原 口(西・投) | 自契→(ダ・ ) | | 94/1 |
| 中 村(オ・投) | 自契→(浜・ ) | テスト | 94/1 |
| 岡 田(神・内) | 自契→(オ・ ) | | 94/1 |
| 西 (広・投) | 自契→(浜・ ) | テスト | 94/1 |
| 野 中(元/オ) | 復帰→(中・投) | ※2,テ | 94/2 |
| 西 本(オ・投) | 自契→(巨・ ) | テスト | 94/3 |
| FA登録選手 |
| 松 永(神・内) | ダ・金銭 | |
| 駒 田(巨・内) | 浜・金銭 | |
| 石 嶺(オ・外) | 神・金銭 | |
| 落 合(中・内) | 巨・金銭 | |
| シーズン中 |
| 広 永(ダ・外) | 金銭(ヤ・ ) | | 94/5 |
| 吉 田(巨・投) | 岸 川(ダ・外) | | 94/6 |
| 井 上(ダ・投) | 金銭(広・ ) | | 94/6 |
| 原 (広・内) | 金銭(浜・ ) | | 94/6 |
| 中 山(元/洋) | 復帰→(中・投) | ※3 | 94/6 |
| 大 石(元/広) | 復帰→(神・投) | ※4 | 94/6 |
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FA制度が導入され4選手が移籍を選択。第1号になった松永は、阪神を不成績の挙句に1年で去った為大いに非難を浴びたが、前年オフにはFA制実現は予見し難い出来事だったから、これは仕方がない。
守備の負担もあり石嶺が低迷したほかはそれなりの成績で、1期生がひとまず成功裏に終わったのは制度定着に果たした意義は大きかったろう。
一方で、横浜は高木豊、屋敷らベテラン選手を大量解雇。FA導入の余波と言われたが、移籍後甦る選手もなく、一種の「解雇ブーム」が続いた。
近鉄も小野を自由契約としたが、こちらは鈴木監督との確執が主因で、西武が間髪入れず迎え入れた結果9勝と意地を見せた。
これらに刺激されたのか移籍選手は全般に多い。中でも根本前西武管理部長が専務兼監督に就任したダイエーは、電光石火の3対3のトレードを成立させた。
秋山の飛距離は年々落ち、渡辺智は復活せず、他方、村田は西武の水が合わなかったのか潰れて仕舞ったが、新球団らしいアドバルーンとしては効果は大きかったのではないか。西武球団誕生時の田淵程のインパクトは与えなかったとはいえ5年後、当の根本社長が急死したシーズン中にダイエーは初優勝を果たしている。
復帰選手の多かったことも珍しい現象だった。阪急解雇後、漫画家水島新二氏の草野球球団から台湾を経て地元で再起を果たした野中のような美談もあったが、中山の中日復帰には、決してメディアにヒーロー扱いさせない中日球団の同選手の取扱いも含め、異論は残ったろう。
その他、元ダイエーの4番打者岸川がシーズン半ばに巨人へ。右の代打としてひっそり過ごした。
「江川が投げる 原が打つ 松本が走る 西本がゴネる」でお馴染みの西本は、やはりオリックスとの再契約でもめ、テストの末巨人へ。「長嶋の道楽」と揶揄されたが、登板なく1年で引退した。
また、87年オフに交換された平野と小野が仲良くロッテ入り。空しく阪神を追い出された岡田はオリックスが身請けしたが、何時の間にか阪神監督に甦った。早大卒が鍵か。
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