HERIKUTU
VOLLEYBALL
スパイクとゼロ・ポジション
[ 「トップページ」へ │ 「頂いた理論・持論・意見」へ ]


 整形外科医をされているオリビアさんから、ゼロ・ポジションとスパイクの関係について貴重な解説、ご意見を頂きました。オリビアさん有難うございます。

ゼロ・ポジション

  バレーボールでは肩を使っての運動が多くあります。しかしスイング動作について分析をしてある 本はほとんどありません。今回はスイング動作のほんの一部を考えてみました。

  元々、整形外科用語として生まれたのですが、一人歩きをしてスポーツ界でも広く使われている言葉に「肩のゼロ・ポジション(Zero position)」という言葉があります。確かに動きを見ていく場合にこの言葉をキーワードとすると有用な場合が多々あります。しかし元々の意味を知らずに誤用していたり、派生した概念で使っている場合も見受けられます。

  ゼロ・ポジションは1961年にインド人の整形外科医(大学の教授です)であるSahaにより提唱された肩を挙上した時の位置を言います。
ゼロ・ポジションの前と横向き

  上の写真が実際のゼロ・ポジションです。特徴的なのは挙上は耳に腕が着く位の完全な挙上位では無いことと、横向きではやや上腕が前に出ていることです。

  ゼロポジションのゼロ(Zero )には二つの意味があります。

(1)上腕骨の機能軸が解剖軸に一致する。
挙上0°
挙上60°
挙上90°
挙上140°

  白い線は上腕骨の軸で黄色い線は肩甲骨の軸をあらわします。両軸は挙上140°で一致します。つまりなす角はゼロとなります。これはレントゲン撮影でも確認出来ます。

(2)上腕骨が外旋も内旋がない。

  ゼロ・ポジションになると上腕骨への外旋や内旋といった回旋の力が加わりません。(力がゼロ)
ゼロ・ポジション時の筋配列

  左はゼロ・ポジションの時の筋の配列ですが、上腕骨に向かってきれいな配列をしています。
  特定の筋が収縮している訳ではありません。この特性は医療の現場で使われていて、上腕骨の骨折の牽引整復法に用いられます。骨折を起こした骨のずれが元に戻せないのは自分の筋肉の力により骨片が引っ張られてしまうのも一因です。骨折を起こした上腕をゼロ・ポジションで引っぱると、余分な力が骨片に加わらず、骨が解剖学的ないい位置に寄って来ます。
  また、肩関節の脱臼の時もゼロ・ポジションで引っ張るとかなり簡単に戻ります。肩の脱臼が戻りにくいのも筋肉に上腕骨が引っ張られるためなのです。肩の腱板損傷の手術後にもしばらくの間、このポジションで固定や牽引をします。
  このため上腕骨は余計な筋力を使わず、挙上位で非常に安定しています。

  もともと、Sahaが手術をせず(多くの医療費をかけずに)に骨折の治療や肩の治療をするために考案したポジションのようです。Sahaの原著にはゼロ・ポジションで肩を牽引したり、ギプスを巻いて骨折の治療をしているインドの人々の写真が多く掲載されています。ゼロ・ポジションはこういった患者さんを治そうという整形外科医の熱意から生まれた概念である事を覚えておいて下さい。

  しかし、このような機能的な肩の肢位を述べたのはSahaが最初ではありません。Sahaに先立ち肩関節の大家のCodmanも「ハンモック・ポジション」として同様の肢位を述べていました。ハンモックの上で両手を頭の後ろに組み、これを枕にして横たわる姿勢で、一番リラックス(=余分な力が入っていない)出来るポジションだからです。

  さらに動物に目を向けると、獲物に飛び掛かる前や速く駆ける時に前足を前方に伸ばして地面に足を着ける時の安定させるポジションです。
伸びをする犬と木にぶら下がるサル。ともにゼロ・ポジションである。

  左は伸びをする犬。右は木にぶら下がっているテナガザル。ともにリラックスしていて肩はゼロ・ポジションを示しています。

  しかし、概念を広げて何でもかんでもゼロ・ポジションがいいと考える人がいるのも考えものです。例えば、野球のバッティングの構えの時に「ゼロ・ポジションを取り入れると肩のリラクセーションが取れてよい」という具合です。構えで余分な力を抜くということは重要だと思いますが、このような機能的なポジションをとることがリラクセーションにつながるか否かは難しいところだと思います。 またバッティングはゼロ・ポジションのままでインパクトの最後まで保つことはは不可能で腕を下げてボールにインパクトします。
  構えには「予備緊張」「先行動作」というリラックスだけでなくある意味の緊張も必要と思われます。また運動の間中、ゼロ・ポジションをキープするのではなくボールのリリースやヒットの肝心な時にこのポジションが取れることの方が重要です。あるバレーボールの雑誌に自分が推奨するレシーブの構えを指して「構えのゼロ・ポジション」という言葉が出て来ましたが、「ゼロ」という言葉が何を指すか意味が不明ですし、混乱を招くので、拡大解釈した言葉は安易に使うべきではないと思います。

  ゼロ・ポジションの意義を考える上でもうひとつ覚えていただきたい言葉が「肩甲平面(scapular plane)」という言葉です。

肩甲平面

  先程、ゼロ・ポジションでは「上腕骨への外旋や内旋といった回旋の力が加わりません。」と書きましたが、このようなポジションはゼロ・ポジションだけでなく、肩を前方に30°〜 45°出した時にもあります。
  この状態で腕を下から上まで挙げていくと一つの平面が出来ますから、この平面を「肩甲平面」と呼んでいます。ゼロ・ポジションは肩甲平面上にある一つの点であり、この点で先に画像で挙げた様に機能軸と解剖軸が完全に一致します。運動学的にはこの肩甲平面の方が重要と思われます。
  では実際の運動の中でのゼロ・ポジションを観察してみます。

運動の中のゼロ・ポジション 倒立、野球の投球、テニスのサーブ

  左は倒立をしているところ。長時間安定させるには肩をゼロ・ポジションにしておくことが有利です。野球の投球でボールリリースやテニスのスイングの時に多くはこのポジションです。ボールヒットやリリースの時に上肢を加速して、最高速でヒットしたり、リリースしたりする事がボールが受ける運動量を考えるとボールの最高スピードを生みますが、このためには肩に余分な力が働くことは上肢への速度にブレーキをかけることにつながることになります。
  また、上腕骨に回旋力がかからないゼロ・ポジションは肩の障害の予防になると思います。「かぶったフォームでなくボールを体の前で捉えなさい」という教えはまさに「ゼロ・ポジションを使ってミートしなさい。」と述べたものでした。

  左の写真は女子選手のサーブのフォームですが上の写真とほぼ同じゼロ・ポジションを呈してます。右のイラストはある女子選手のスパイクフォームの写真を参考に作りました。腕がほぼ垂直に伸びていて高い打点のフォームで、一見すると「良いフォーム」に見えます。
  しかし、肩の挙上について見るとゼロ・ポジションを通り越して、さらに高く挙上しています。ゼロ・ポジションを外れたスパイクミートフォームです。このフォームは打点は稼げますが、肩のスイングとしては効率が悪くスイングスピードはゼロ・ポジションでヒットする場合よりも遅くなります。
  肩の障害の面からもゼロ・ポジションを外れたフォームは肩を壊しやすいと考えられます。(この事に関しては別の場でも書いています。)


  では打点も犠牲にせずに、ゼロ・ポジションをキープできるフォームでスパイクするためにはどうしたらよいでしょうか?

パスカル選手(スペイン)のゼロ・ポジションでのボールヒット

  上の写真はスペインのエースのパスカル選手のフォームです。非常にきれいなゼロ・ポジションでのボールミートです。また打点も非常に高く、上のイラストと同様に腕が垂直に伸びています。
  このゼロ・ポジションと打点の両立の鍵は両肩のラインにあります。パスカル選手の左肩は上のイラストの選手より左肩が落ちて見えます。彼は「左肩を落とす=体幹を左に傾ける」ことで見事にこの両立をなし遂げていました。指導者の方の中には「左肩を落として打つな」、「体を傾けるな、両肩を水平にしろ」と指導している方もいますが、ゼロ・ポジションがキープ出来ていればむしろ打点を稼ぐ意味では体幹を傾けた方が優れたフォームと考えます。
  どうすれば「ゼロ・ポジションでのボールミート」が可能か、「できるだけゼロ・ポジションをキープしたフォーム」で打てるかを考えると肩の問題だけでは解決出来ないといえます。スイングは肩を中心に行っていますが、そこに至るには体幹を中心とした他の部位の問題を考えなければなりません。これは別の機会に考えてみたいと思います。

(2000年8月)

「トップページ」へ │ 「頂いた理論・持論・意見」へ ‖ オリビアさんへメール