HERIKUTU
VOLLEYBALL
腕のしなりと前鋸筋
[ 「トップページ」へ │ 「たれいらんのへりくつ」 ]


 久しぶりの更新ですが、かなりボリュームのある記事になってしまいました。もし早くもうんざりした方がいらっしゃいましたら、最初と最後だけでも御覧下さい。比較的やさしい話題になっていますので。

●本題に入る前に

 「ジルソン選手のスパイクフォーム」でも解説しましたように、キレのあるスパイクを打つには肩の外旋−内旋の動き(参考)が欠かせません。本題の前鋸筋(ぜんきょきん)の説明に入る前に、この外旋−内旋の働きを体感しておくのが良いですから、先にその練習方法をご紹介します。

「真下投げ」(バレメカMLより)

 もともとテニスボールなどを真下、つまり足元に向かって投げつけ、合理的な投げ動作を身につけるために考案されたようです。バレーボールでは「真下打ちつけ」と呼べるでしょうか。名前などつけなくても、すでに行っている方もいらっしゃると思います。ボールを胸の高さに浮かしてそれを足元に向かって真下に打ちつける練習です。この動作では腕の位置関係により腕の外旋、内旋の可動域が広くとれ、また腕がどう動いているかを自分の眼で確かめやすいですので、ぜひご自分で試行錯誤して見てください。力はあまり必要ありません。肘を伸ばす動きを強調するより、肩での外旋→内旋の動きを強調する方が「ムチの動き」に近いのではないでしょうか?

 ついでにもう一つ大切なポイントを説明します。右の写真では綺麗に肘を後ろに引いていますね。手のほうが肘より前にあります。しかしこの次の瞬間には上腕が素早く外旋し、肘が前に出、手が後ろに引かれるという動作が行われます。この動作のことを「ラギングバック」と呼ぶそうです。この動きもムチの動きに似ていますね。スパイクにおいて、ラギングバックはそれに続く内旋動作(この内旋動作中にミートします)を誘発しているものと思われ、これを上手く行うことは非常に大切です。初心者ではラギングバックを行っていない、つまり肘を引いていない場合も多いようですので、ひとつのチェックポイントにして見てください。「真下打ちつけ」なら、腕を挙げる時に肘から先に挙げる動作が必要だということです。

 では、このように肩の外旋−内旋の動きが必要不可欠であることを前提にして、先へ進みましょう。

●一直線か、直交か

 まず、次の写真を御覧下さい。

『投げる科学(スポーツ科学ライブラリー 5)』 (桜井 伸二 編著 大修館書店) より


 オーバースロー、サイドスロー、アンダースローと3タイプの投手が写っていますが、注目すべきことは両肩と右腕がほぼ一直線(やや腕が上がり目)になっているところです。これを念頭に右のパスカル選手、キム選手のフォームを見てみると、かなり近いフォームであることに気がつきます。ではそうする理由は何なのでしょうか?

 パスカル選手のように肩と腕が一直線になっているフォームを「腕肩一直線タイプ(うでかたいっちょくせんタイプ)」と命名しておきますが、その対極にあるフォームが日本ではまだ幅を利かせています。左図のようなフォームです。これを「腕肩直交タイプ(うでかたちょっこうタイプ)」として、以下説明していきます。



●腕のしなりに必要なものは?

 さて、ここからの着眼点は、上で説明しました「ラギングバック」時の外旋動作です。右の写真では素晴らしく綺麗に腕がしなっている状態が観察されますが、この状態を「最大外旋位」と呼ぶようです。そしてこの言葉からも察するかと思いますが、腕のしなりを実現するためには外旋動作を行う必要があります。これが腕のしなりの第一のポイントです。

 腕のしなりのために大切なもうひとつのポイントは、「最大外旋位」にある時、しっかりと胸が張られていることです。うでのしなりとは、垂直飛びで例えればジャンプの直前にいったん下に沈みこむことです。そのときに膝と股関節は連動して曲げるはずですよね。「最大外旋位」で胸を張らないのは、言ってみれば垂直飛びで股関節を曲げないようなものなのです。

 少し脱線しますが、胸を張る動作には三種類の方法があるのはわかるでしょうか?背すじを伸ばす動作と、息を大きく吸って胸を膨らませる動作、そして両方の肩甲骨をくっつけるように動かす動作の三つです。腕のしなりに必要な胸の張りを実現するには、この三つすべてをしっかりと行いますが、なかでも三つ目の両方の肩甲骨をくっつける動き(=肩甲骨の内転)が大切です。

 肩甲骨の内転が大切なのは、「最大外旋位」時に、右図での(1)の部分が後ろに残っていることが大切だからです。(1)の部分を後ろに残すことにより、その後に(1)を前に引っ張る動作と肩の内旋動作をほぼ同時に行え、内旋動作を(1)を前に引っ張る動作で補助できるのです。肩甲骨の内転が不十分だと、(1)の部分がどうしても身体の前の方に寄ってしまいます。

 では、ここから核心に入っていきます。腕を最大限にしならせるためには、「最大外旋位」での外旋具合を大きくし、手塚氏の表現を借りれば「肘をターゲットに向ける」こと、またその時に胸が充分に張られていることの二つが大切です。では、この二つの条件を満たすには「腕肩一直線タイプ」と「腕肩直交タイプ」のどちらが有利なのでしょうか?



●腕肩直交タイプのデメリット

 まずは「腕肩直交タイプ」から検討します。右図は「腕肩直交タイプ」の「最大外旋位」時の腕と肩甲骨の様子を上から見た模式図です。この図では胸の張り、すなわち肩甲骨を引いた状態と「肘をターゲットに向ける」状態を同時に満たしていますが、どこか無理があります。どこが不自然なのかわかるでしょうか?

 その答えは肩甲骨と上腕のつながり方にあります。肩甲骨と上腕骨を結ぶ関節を肩甲上腕関節といい、可動域が人体で最も大きい関節のようですが、さすがにこの外旋角は無理があると思います。力ずくでインナーマッスルなどを伸ばせばもしかすると可能かもしれませんが、確実に肩を痛めることになるでしょう。

 では「腕肩直交タイプ」のプレーヤーは実際にはどのようにして腕をしならせているのでしょうか?肩甲骨の動きは外部からは非常に観察しづらく困り者ですが、小学生のころから大学途中まで10年以上「腕肩直交タイプ」だった私の試行錯誤の経験と観察から想像してみます。(ちなみに高校生の時は肩の内旋動作すらほとんど使っていませんでした。当然スパイクはかなり弱かったです。)

●腕肩直交タイプをさらにふたつに分類

 観察してみると「腕肩直交タイプ」は大きく二つに分けられると思います。胸の張りを犠牲にしているタイプと腕の外旋角を犠牲にしているタイプです。胸の張りを犠牲にしているタイプは、「肘をターゲットに向ける」ことは可能になりますが、当然肩自体の加速距離が足りなくなっています。そしてそれを補うために腰を大きく後ろに反らせることが多いように思います。これは腰への負担が大きいですね。昔の私はこのタイプです。

腕の外旋角を犠牲胸の張りを犠牲

 腕の外旋角を犠牲にしているタイプは、両肩を背骨を軸に回転させ、つまり身体のひねりを上手く利用して、器用にコースを打ち分ける印象があります。センタープレーヤーに多い傾向があるようです。この打ち方にはデメリットは少ないですが、ボールの威力に欠ける面があると思います。

 以上のように、「腕肩直交タイプ」のプレーヤーをふたつに分類してみましたが、当然このふたつの違いは相対的なもので、どの「腕肩直交タイプ」のプレーヤーも両方の要素を含んでいます。

 さて、ここまでは腕のしなりという状態に着目してきましたが、もうひとつ、今度はこのしなり前後の動きに着目して「腕肩直交タイプ」の欠点を指摘しておきます。それは「肩の外旋−内旋に肩甲骨の動きを利用できない」という点です。

 上図を見てわかると思いますが、右利きのスパイクを上から見ると、「最大外旋位」時からのフォワードスイングでは上腕は時計回りで内旋します(赤矢印の動き)。ところが、(1)を前に移動する動作が上腕の内旋動作と同時に行われますが、このために肩甲骨が反時計回りの回転(青矢印の動き)を含んでしまい、上腕の動きとまったく逆になっています。これではスパイクスイングの最重点である肩の外旋−内旋動作の効率がかなり落ちてしまうでしょう。

 このフォワードスイング時と同様に、テイクバック時のラウンドバックの動きでも上腕の外旋の動きと、肩甲骨の内転の動きが全く逆の回転を伴い、(1)の関節に大きな負担を強いてしまいます。ケガ予防と言う側面と共に、余分な力が必要になり力みやすく、力みをなくそうとすれば力を込めにくいでしょう。

●前鋸筋と小胸筋

左図:『新版 人体解剖学入門』(三井 但夫 著 創元医学新書)より
右図:『手塚一志の肩バイブル』 (手塚 一志 著 ベースボール・マガジン社)より

 腕肩一直線タイプの説明に入りたいところですが、少しだけ「前鋸筋(ぜんきょきん)」と「小胸筋(しょうきょうきん)」の説明を入れます。前鋸筋も小胸筋も、ともに肩甲骨を肋骨に結びつける筋肉で、左図のように位置しています。以下、この図と次の図を見比べながらイメージして頂きたいです。



 右図において、上腕が内旋−外旋の回転運動をする回転軸を黄緑色で表しています。そして(1)の関節がゼロポジションをキープすることを前提にすると、肩甲骨も上腕の動きに合わせ、黄緑色の線を軸とする動きが欲しいわけです。

 そしてこの肩甲骨の動きを実現する筋肉として、前鋸筋と小胸筋が候補に上がります。それぞれの筋肉のつきかたから想像するに、右図の青矢印方向への力が働くからです。具体的には、前鋸筋は外旋の動きを、小胸筋は内旋の動きを引き起こすものと思われます。

●腕肩一直線タイプのメリット

 では、ようやく「腕肩一直線タイプ」に入ります。このタイプは肩甲骨の動き、前鋸筋の働きかたは野球のピッチングでも同じですので、イメージしやすい野球のピッチングで解説します。

 腕肩一直線タイプのメリットは、要するに「腕肩直交タイプ」のようなデメリットがないことです。つまり、

[1]「最大外旋位」において、腕の外旋状態と胸の張り(特に肩甲骨の後ろへの引きつけ)をふたつ同時に高いレベルで実現できる

[2]腕の外旋動作、内旋動作と同期して、肩甲骨が補助的な動きが可能である

というふたつのメリットがあるのです。とりあえず、先に[1]を解説しましょう。

 右図の写真はロッテ時代の伊良部投手で、ほぼ「最大外旋位」にあると思います。絵はその肩甲骨の状態の想像図です。

 そしてこの図では(1)の部分がしっかりと後ろに残っていますが、前鋸筋で(2)を前に引くことにより、肩甲骨が上腕の外旋を助けることが可能になっています。これが「腕肩直交タイプ」との大きな違いです。

 この図でもう一つ注目していただきたいのは小胸筋で、この時点ではかなり伸びていることがわかります。つまり小胸筋の柔軟性が低いと「最大外旋位」の妨げになるわけです。また、「最大外旋位」の直後から内旋をともなうフォワードスイングが始まりますが、そのときに小胸筋はゴムが縮むように上手く働きます。このゴムのような働きを「伸張反射」と呼び、バレーのほとんどの動作で利用されますが、この場合も小胸筋が「伸張反射」を利用して収縮すると思われます。

 ここで、前鋸筋は「最大外旋位」の直前に「伸張反射」を利用しているのか?という疑問が生じます。そしてその答えは、もちろんYESです。「ジルソン選手のスパイクフォーム」で触れました「Dodge movement(かわし動作)」がまさに前鋸筋の伸張反射の鍵になる動きなのです。普通に肩甲骨を内転させると前鋸筋と小胸筋が同時に伸張してしまうため、伸張反射も同時に起こってしまい、伊良部投手のような「最大外旋位」の形は作れません。ところが「Dodge movement(かわし動作)」を行うことにより、ラギングバックに先だって胴体を回旋させる際にうまく前鋸筋だけを伸張させることができるのです。

 次に右図を見て下さい。巨人の工藤投手の「最大外旋位」直前の画像だと思われます。これはまさに前鋸筋が収縮し、肩甲骨に青矢印の力を加え、上腕の外旋を助けている場面でしょう。これが[2]のメリットです。

 そして左図は大リーグの投手ですが、「最大外旋位」直後の画像でしょう。まさに内旋が始まったところです。工藤投手の画像と比べてみると、肩甲骨の位置が前に移動し、また肩甲骨の向きも上腕の内旋に合わせたものになっているようです。体幹の捻りや大胸筋などとともに、小胸筋がこの動きを助けてきた結果だと言えるでしょう。



●スパイクへの応用

 上では野球のピッチングを取り上げましたが、これは十分スパイクへの応用が可能です。現に今回写真を載せたバレーボーラーは皆「腕肩一直線タイプ」です。

 そして彼らは皆、バックスイングの時は背骨を利き腕側に曲げ、フォワードスイングで背骨を揺り戻し、ボールミート時には利き腕の逆に背骨を曲げると言う動きにより打点と腕肩一直線を両立させています。

 また、この両立のために、身体全体を非利き腕側に若干傾けることも役に立っています。この傾け具合は、その感覚を掴むまでは傾きすぎたりして難しいですが、「ライン形成」を垂直に保ちつつ鏡に向かうだけでも、何度も繰り返せばマスターできます。逆に、鏡を利用しなければなかなかこの感覚は身に付かないと思います。

 さて、これからこの「腕肩一直線タイプ」に取り組もうと考えた場合、ひとつの不安が生じるかもしれません。果たしてジャンプ力が低くても出来るのだろうかと。

 結論としましては、可能だと申し上げておきます。私は最近肉離れを起こし、充分にジャンプできなかったのですが、30〜40センチぐらいジャンプしてもスイングはしっかり出来ました。却って調子が良かったぐらいでした。

 もっとも、その為にはひとつコツがあります。利き腕はジャンプするとすぐに後ろに引くということです。往年の横山樹理選手がこの典型例だったようです。(下図参照)

 バレーボール学会の有志が集まるメーリングリスト「バレメカML」では、この横山選手のように腕(特に肘が目安)を後ろから挙げるフォームを「サーキュラー」と呼び、最も望ましいという意見が多数あります。もちろん私も同意見です。野球のピッチャーは全てサーキュラーですし。

 但し、横山選手のような典型例だけでなく、ジルソン選手などもサーキュラーに含めて考えています。ジャンプのやり方などとの兼ね合いで、個人個人でフォームは多少変化するはずです。

 このように、サーキュラーを前提とすれば、「腕肩一直線タイプ」はジャンプが低くても可能だと思うわけです。より多くのバレーボーラーに「腕肩一直線タイプ」のスパイクを体験して頂きたいというのが私の願いです。

●肩の柔軟体操

 以上で本論は終わりですが、残念ながら非常にわかりにくくなってしまい、私の力不足を痛感しています。「腕肩一直線タイプ」の合理性を示すのが第一の目標だったのですが、それが失敗だったとしても、せめて筋肉の名称を覚えるきっかけとしての役割は果たしておきたいですね。肩のケガ防止のために補強運動をするとき、筋肉の付き方がイメージできるとプラスになると思いますので、筋肉の付き方をご自分の身体と照らし合わせつつ読んでいただければと思います。

 最後にひとつだけ、実用的な肩の柔軟体操をひとつだけご紹介して終わりにします。大胸筋、小胸筋、前鋸筋がしっかり伸びて気持ち良いストレッチで、私のお気に入りの一つです。

肩甲骨の内転運動

用意するもの:大きめのタオル

 まず、タオルの両端を左右の手で握り、縄跳びの後ろ跳びの方向に前から背中のほうへ肩を回します。大き目のタオルなので簡単にできると思います。この要領で、徐々に左右の手の間を短くして何度か行っていきます。

 私の場合は、始めた当初は70cm弱がやっとでしたが、2ヶ月後には50cmで出来るようになっていました。かなり即効性のあるストレッチだと思います。両方の肩甲骨をくっつける方向に動かして、胸をストレッチするのがコツです。

 肩甲上腕関節(1の関節)を曲げようとするのは避けるべきです。怪我に直結します。毎回腰まで持ってくるのではなく、最も通りにくいところで身体を左右に捻りながら、反動を使って胸をストレッチするほうが効果がでました(私の場合)。

 ケガとの関係では、このストレッチは肩甲上腕関節と共に、肘関節への負担も大きいです。くれぐれもケガには気を付けて取り組んでください。

 このストレッチの元ネタは「パワーリフティング&スポーツトレーニング 河瀬哲也のホームページ」です。(こちらでは棒を利用して紹介されているところをタオルに変えただけです。)こちらのHPではトレーニングのしっかりした理論が学べますので、筋トレに限界を感じてきた方や、これから始める人には特にオススメです。ぜひ一度御覧下さい。

<<参考文献>>

『投げる科学(スポーツ科学ライブラリー 5)』 (桜井 伸二 編著 大修館書店)
『野球トレーニング革命』 (小山 裕史 著 ベースボールマガジン社)
『新トレーニング革命』 (小山 裕史 著 講談社)
『手塚一志の肩バイブル』 (手塚 一志 著 ベースボールマガジン社)
『ピッチングの正体』 (手塚 一志 著 ベースボールマガジン社)
『スーパーボディを読む』 (伊藤 昇 著 マガジンハウス)
バレーボール学会」のメーリングリスト『バレーメカニクス』の皆様の投稿

(2001年4月)

「トップページ」へ │ 「たれいらんのへりくつ」 ‖ メール 投票所