【第208章】

 

勝者にはVIP待遇が与えられる。
日本へ帰る船、その中に設えられたそこらのホテルのスイートルームより余程上等な部屋は、読売巨人軍のプログラムの勝者、川相昌弘に与えられた。
川相にとっては二度目の利用となる。
選手の命を縛った鉄の軛は、もうその首には無い。
用意された安楽椅子に体を沈め、川相は目を閉じていた。
優勝した川相に長嶋は興奮してあれやこれやと話し掛けたが、
「自分が生きるためとはいえ、大切な仲間を手に掛けたんです。しばらく放っておいてはもらえませんか。少なくとも、日本に着くまでは」
この言葉で、さすがにおとなしく引き上げた。
この部屋は最下部にあるが、長嶋は今、最上部のもう一つのVIPルームに居るのだろう。
「……やれやれ、長かったな」
川相がそう漏らしたのと、厳重に(外から!)ロックされた鋼鉄製の扉がノックされたのはほぼ同時だった。
「……長嶋さん、放っておいてくださいと言った筈ですがね」
返ってきた答えは川相が想定していたものとは違っていた。
「いや、原だ。お前と話がしたい。入るぞ?」
川相が返事をする前に、原は扉を開いていた。
「……良いんですか? 勝手にこんなことをして?」
「……もうプログラムは終わったんだ。ましてや参加者ではないんだから、拘束を受ける理由は無いな。そんな人間が優勝者にインタヴューをして何が悪いって言うんだ?」
そうですか、と川相は気のない返事をして、
「それで、俺と何の話をするって言うんです? 今更?」
と、顔を背け、原を目の隅に留めたまま尋ねた。
「なあ、なあ川相、道は、道は無かったのか。皆が助かるための道は!」
口を開いた瞬間こそ穏やかな声だったが、語尾には激昂とも哀願ともつかない激しさが満ちていた。
――興奮しているな。そう思った。
仕方の無い話だ。原は自分とは違っていわゆる「いい人」だ。多くの知らぬ仲ではない人間の死に動揺しないで居ることなど出来まい。
しかしこれは厄介だった。興奮した人間は何をしでかすか解ったものではない。何とか原を落ち着かせたかったが、この部屋に盗聴器は無いのか?原はいわゆる「いい人」だが、これからどういうスタンスを取る?自分の生死が掛かってまで「いい人」で居続けられるのか?
俺だって元々は「いい人」だったんだぞ――
「ありはしないですよ」
思考していると気取られずに返事をしなければならなかった。
その限りで出た返事はこうだった。
「原さんが2番目によく解っているんじゃないですか?あなた主催者じゃないですか。そんな夢のような道があったのなら貴方が俺より先に気付くはずだ。あったんですか? 穴が?」
原は顔を伏せると「そんなものは無かった」と搾り出すように言った。
「じゃあ無かったんですよ。傍目八目と言うじゃないですか。傍目で見ていれば物事は良く解るんですよ。何で主催側の原さんに解らない隙を参加者の俺が衝けるって言うんです?」
「しかし!」
原は大声で食い下がる。
「お前は今回の参加者の中で唯一前回も参加した男だ!そこから何かヒントを引き出して何とか、 何とかできなかったのか!」
川相は小さく舌打ちした。盗聴器の心配が拭い切れない以上、その話題にはあまり触れて欲しくない。
いや、そもそもこの状態でのんびり原とは会話していられないのだ。
過ぎた事をいつまでもいつまでも……女々しい男だ、と川相は少し苛つきを憶えた。その苛ついた頭は、この部屋から川相を追い出せと警告する。人のいい原のことだ、死んだ仲間を侮辱するような発言をすれば怒って勝手に出て行くことだろう。
川相は口を開いた。
「ええ、ヒントは引き出しましたよ。ヒントを引き出したと言うか、前回参加のメリットは生かしましたよ。前回参加したことを話したら松井も、二岡も、入来も、俺が持っている、ありもしない脱出法に縋って俺の優勝を手伝ってくれましたよ」
原の顔色が変わった。怒ると青くなるタイプのようだ。もう少しだ。もう少しで原は椅子を蹴ってこの場から居なくなるだろう。
それが原のためにもいい。
「結局はこの俺に殺されるとも知らずにね! 人を疑うことを知らないおめでたい奴らですよ!」
川相はやや原に向けていた顔と視線を正面に戻し、呵々大笑した。
「お前……それは本気で言っているのか?」
原の返事は先程までとは打って変わって静かなものだった。
「さっきまで生きるか死ぬかの戦いをやっていたんだ。その後すぐに冗談を言えるほど俺も器用じゃないですよ、原さん」
そろそろ原は憤然と部屋を出て行くはずだ。しかし。
「そうか……」
返ってきた言葉はまたもや静かなものだった。
何かがおかしい、川相はそう思った。
「それなら、仕方が無い」
仕方が無い、その言葉が更なる違和感となり川相を襲った。
カチリ。
何だ、その音は。
川相が視線を原に戻すと、コルトガバメントを両手で構える原が居た。
「散々仲間を殺して! 騙して利用して生き延びた上に侮辱までするって言うのか! 俺は貴様を許さん! お前を殺さないとお前のために死んでいった仲間が成仏できやしない!」
川相は顔の筋肉を引き攣らせて硬直した。その表情は笑っているように見えるかもしれない。
待てよ、原、冗談か。その声は音にならなかった。
いや、こんなところで、そんな理由で参加者以外に殺されたのでは冗談ではない。洗いざらい全て話せばあるいは原は納得するかも知れないが、盗聴器があれば、と考えるとあまりに危険だ。
ならば。こうなっては仕方が無い。最悪の中の最善をとるしかなかった。その話は、できない。
川相は両手を上に上げた。
「待ちましょうよ原さん、私を殺したら原さんも消されかねませんよ? このプログラムで沢山の人間が消された。そのついでにと協力者の原さんが消されては勘定が合わないはずですよ」
「構わん!」
原は動じない。
「あなたには奥さんも子供も……」
「黙れ!」
コルトガバメントが火を噴いた。
川相は右肩を強く叩かれたように回転すると、床に倒れ伏した。
「お前が殺した奴らにも妻は、子供は居たんだ……」
原は倒れ付した川相にそう言った。
川相のユニフォームは赤く染まり始めていたが、急所は外れていたのか、まだ生きているようだった。
「原……さんに、撃たれるとは、ね。参ったなあ……」
川相は何とか自分の体を反転させ、仰向けになった。
原は怒りか、哀れみか、蔑みか。複雑な表情で川相を見下ろしていた。コルトガバメントはその銃口を真下に向けている。追い討ちをかけたりやとどめを刺すつもりは無いらしい。
こうなってしまったからには、盗聴器が仕掛けてあったとすれば、奴らは既に警戒体制に入っている筈だ。
もう何を話しても同じ、か。最初からこうすれば良かったな。
「原さん……俺は構いませんがね、これから来る若い奴らを撃たないでやってくださいよ?」
原は目を見開いた。
「そ、それはどういう意味だ!?」
川相は苦痛に顔を歪めながら尋ねる。
「この部屋に、盗聴器は、あるんですか?」
「いや、無い筈だ。必要が無いからな」
「そうなんですか、それはしくじったな」
川相は皮肉な笑みを浮かべる。
「それより」
「なに、すぐにわかりますよ」
その声の方が早かったか。外から銃声が聞こえてきた。
原は外に向けてコルトガバメントを構えたが、川相が「大丈夫ですよ」とそれを止めた。
銃声が鳴り止むと、原が面白いぐらいに驚いているのが見て取れた。
「お、お前ら……無事だったのか!」
原が顔を向けると、川相は傷口に手を当てたまま、口を歪ませて笑みを作った。

 

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