リーグ戦・決勝戦そしてA代表、キリン杯へ


リーグ戦は決勝戦そして、キリンカップ出場の為、日本へ


広山選手、パラグアイに戻る (07月12日)

広山選手、パラグアイに戻って来ました。ようやく「パラグアイで活躍する広山選手」に戻りました。

広山 セロへ直行(日刊スポーツ)
日本代表MF広山望(24=セロ・ポルテーニョ)が11日、パラグアイに戻った。30時間以上の飛行機移動の疲れも見せず、クラブハウスに直行し「試合に出るために1日でも多くアピールしたい」と軽めながらトレーニングを行った。今月末で切れる市原からのレンタル期間の延長に関しては、25日をめどにセロ側から市原側に公式文書で回答されそうだ。


広山選手、当地に向けて出発(07月10日)

広山選手、日本を出発し、当地に戻って来るようですね。何とか後半年プレーをして欲しいですね。後期が始まりますし、メルコスール杯も間も無くです。セロとしても年間チャンピオンを狙うには必要な選手です。それにしてもパラグアイに居たい!というのは嬉しいですね。

広山が半年間移籍延長を要請 (スポニチ)
セロ・ポルテーニョ(パラグアイ)へのレンタル移籍期限が今月末で切れる日本代表MF広山望が10日、都内で代理人のロベルト佐藤氏を伴って市原の岡健太郎社長、祖母井(うばがい)秀隆GMと会談し「向こうに残って、またチャンスをつかみたい」と半年間の移籍延長を要請した。岡社長は「市原としては契約を守って帰ってきてほしい」と強調する一方、「気持ちは分かった」と広山の意向も尊重し、セロ側の条件次第で交渉に当たる構えを示した。広山のレンタル期限は今月31日までの半年間で、その後は完全移籍とする選択権がついている。市原側は25日までに結論を出したい意向でセロ側がレンタル料の引き上げか、完全移籍に応じなければ広山を復帰させる考えだ。広山はこの夜、成田発の日航機で単身パラグアイに向けて出発。「キリン杯は出られなかったが、代表の一員になれた実感がした」と日の丸への手応えをつかんで24日から始まるメルコスール杯(ボカ・ジュニアーズなどと対戦)でのレギュラー獲りに励む。セロのジャケ監督も「広山を含んだ優勝メンバーの22人は残留させてほしい」と公言しており、今日11日にも、佐藤氏から正式な契約文書作成がセロ側に要請される。セロに完全移籍に必要な移籍金1億円(推定)を支払う能力はないとみられ、12月31日までのレンタル移籍期間の延長を市原側に申し入れることになりそうだ。

セロ残留を熱く伝えて広山離日(サンスポ)
パラグアイで活躍するサッカー日本代表MF広山望(24)=セロ・ポルテーニョ=が10日、レンタル元のJ1市原・岡健太郎社長(59)と会談。セロとのレンタル契約を延長してほしいとの意向を伝え、岡社長も同意した。両クラブ間の交渉は、今週末にも本格スタートする見込み。

セロ残留を熱く伝えて広山離日 (ザックザック)
「半年間頑張ってきました。もう少し海外でやらせてください!!」熱い望みに、とうとうゴーサインが出た。
広山と代理人のロベルト佐藤氏、市原の祖母井(うばがい)秀隆統括部長と会談した岡社長は、セロとの再レンタル交渉を始めると宣言。レンタル料を明示した書面を送るよう、代理人を通じセロ側に求めたことを明かした。セロとの半年契約の切れる今月末以降について、岡社長は「市原復帰」か「セロへの完全移籍」の2つにこだわってきた。しかし「パラグアイは夢のようなところ」と瞳を輝かせる広山の姿に、「レンタル延長」という第3の道を与えることを決意した。セロ側はマリオ・ジャケ監督が「現在のメンバー22人全員を残留させてほしい」と熱望。ルイス・クエンテ会長もこれを了承しており、今週末には広山のレンタル延長を求める正式な書類を市原に送付する見込み。現在のレンタル料が格安(150万円)なため、交渉は難航も予想されるが、広山にとっては、まずは岡社長の同意という第一関門を突破。6年間在籍した古巣のバックアップを受け、正々堂々、世界を目指す。
★笑顔で離日
広山は成田空港で「社長に『気持ちはわかった』と言ってもらえました」と晴れやかな表情。ファンの握手攻めに笑顔でこたえ、夕方の日航機でパラグアイに飛んだ。セロは24日のボカ・ジュニアーズ(アルゼンチン)戦で開幕するメルコスール杯1次リーグで、ブラジルのエースFWロマーリオのいるバスコ・ダ・ガマとも対戦する。「今はメルコスール杯という大きな大会で頭がいっぱい。見えてきたW杯出場のためにもアピールしたい」と闘志を見せた。


広山のセロ残留に市原バックアップ (デイリー)
日本代表の広山望(24)は10日、市原の岡健太郎社長(59)と都内で約1時間半の会談を持ち、パラグアイのセロ・ポルテーニョに残留したい意思を示した。この日、パラグアイに戻るため成田空港から出発した広山は「向こうに残って、チャンスをつかみたい。日本では得られないものが多い」と不退転の決意を見せ、市原復帰を望んでいた同社長も「彼の意思を尊重し、交渉を行う」と残留に向け、バックアップを約束した。問題は今月末で終了するレンタル移籍後だが、同社長は「再度レンタル移籍を継続するなら、条件面で譲歩するつもりはない」と、約1万ドルのレンタル料アップを要求する構えを見せた。契約条項には完全移籍か市原の復帰の道しかないため、セロ・ポルテーニョからの文書での相手側の意思を確認し、結論を出すことになる。


広山選手、セロ残留に向けて(07月09日)

どうやらセロに残留となりそうな気配ですね。

セロ残留熱望の広山、ケータイで市原に「サヨナラ」(ザック・ザック)
セロ・ポルテーニョ(パラグアイ)残留を熱望している日本代表MF広山望(24)が、レンタル元の市原スタッフ十数人に携帯電話で「サヨナラコール」をしていたことが9日、明らかになった。10日に岡健太郎社長(59)、祖母井秀隆統括部長(49)らとの会談が予定されており、この席で海外への熱い思いをぶつけるとみられる。
☆ケータイでサヨウナラ…。広山が市原に決別宣言だ。
9日昼前に電話を受けた市原スタッフによると、広山はまず「直接うかがえず、すみません」とあいさつ。「活躍はテレビで見ているよ」とほめられると「市原も強くなりましたね」と古巣の躍進(現在2位)を喜んだ。セロ・ポルテーニョとの契約は今月31日まで。セロに残留したい、という具体的な言葉はなかったが、「向こうは設備がしっかりしていてやりやすい」など、出てくるのは海外でプレーできる喜びの言葉ばかり。同じような電話をスタッフ一人ひとりにかけたそうで、事実上、市原への「サヨナラコール」といえる。広山は、8日までに市原の練習に出向きあいさつする予定だったが、これをキャンセル。同夜にチームメートのDF茶野らと会食したものの、帰国中、スタッフへは一度も顔を見せていなかった。10日には、復帰を要請している岡社長らに「セロ残留」を直訴する。市原側の説得という“税関”もあるが、広山の心は、既にセロ一色。早速、第二の故郷へ旅立つ。
★「泣いてもダメ」岡社長
広山は昨年12月、涙を流してセロへのレンタル移籍を頼み込み、岡社長も「根負けした」と格安レンタル料(150万円)での移籍を許した。しかし日本代表にも選ばれた今、同社長は「今度はいくら泣いたってダメ!! 泣き言だけじゃなく、ちゃんと精神的に成長した姿を見せてくれなきゃ許さない」。10日の会談が注目される。

広山パラグアイ残留(デイリー)

パラグアイ1部のセロ・ポルテーニョでプレーする市原MF広山望(24)のパラグアイ残留が決定的になった。移籍問題について、市原の祖母井(うばがい)秀隆・統括部長(49)は8日、本人の意思を優先させることを明かした。10日に市原の岡健太郎社長(59)と会談を持つことも確定。この場で本人の意思を最終確認する。海外で活躍する広山に追い風が吹いた。祖母井部長は「広山の気持ちを聞かないことには始まらない。彼の希望に沿ってチーム同士の交渉に入る」と話した。話し合いの日取りも10日に確定。直接会談で、広山はパラグアイ残留の意思を伝えるものとみられる。これまで岡社長は「何も話がなければ、チームに戻ってくるのは当然」と繰り返してきた。セロ・ポルテーニョからも広山本人からも連絡がなかったことに不快感を表し、場合によっては、25日からの岐阜キャンプへの参加を要請する意思も固めていた。それが、7日の札幌戦(厚別)後に、広山が電話連絡してきたことで態度を軟化させた。ベルデニック監督との協議を経た上で、今後は広山の希望を実現させる形で動いていく。セロとのレンタル期間は今月末までで、期間内に完全移籍で合意できなければ、広山の籍は8月1日時点で市原に戻る。現在のところ、セロは完全移籍のオファーを出してきていないが、市原サイドは再レンタル交渉にも応じる構え。ネックになるのは1万ドル(約120万円=推定)のレンタル料だが、妥協可能な上積みがあれば、再び海外のピッチを踏むことになる。


広山選手、残留の方向 (07月08日)

色々な情報が飛び交っている広山選手の移籍問題ですが、セロ残留、12月までレンタル延長という案が急浮上しているようです。当ホームページとしてましては歓迎すべき情報です。

広山、市原社長にパラグアイ残留直訴(日刊スポーツ)
市原からセロ・ポルテーニョ(パラグアイ)に今月末までレンタル移籍中のMF広山望(24)が8日までに、市原の岡健太郎社長(59)に電話でパラグアイ残留を直訴した。広山をめぐっては、南米での急成長に注目した市原側がレンタル期間満了と同時に戻すことを検討しているが、広山本人に帰国するつもりは全くなく、直訴したもよう。結論は出ていないが、球団側も広山の意思を尊重する方向で軟化しつつある。パラグアイでの試合を経験した広山にはやはり、市原復帰の選択肢はなかった。7日の時点で広山には、市原から岡社長の携帯電話の番号が、代理人を通じて伝えられた。そのホットラインで、パラグアイ残留の意思が伝えられたもようだ。6月27日の帰国以来、広山本人から市原側に連絡は一切なかった。今月31日でセロとのレンタル期間が終了する状況で、新聞報道が先行し、広山の本当の意思が確認できないこともあって、岡社長からは「(市原に)戻るのが筋。第2S前の合宿にも参加してもらう」と強制復帰発言まで飛び出した。だが、7日に広山本人から直接、岡社長に電話が入ったことで状況が一変した。広山との交渉にあたる祖母井秀隆チーム統括部長が8日、「札幌との試合が終了した同日午後5時以降に連絡が入り、社長としては慰留よりも本人の意思を尊重する、と言っている」と話し、市原側の姿勢が軟化したことを明らかにした。あす10日の離日直前に、広山、代理人のロベルト佐藤氏、岡社長を交えて話し合いが持たれる見込みだ。その席で、事前にセロ側から要求されている12月31日までのレンタル延長が検討される。広山は7日の札幌戦終了後に、選手に電話を入れ「強いなあ。オレが戻っても試合に出られないよ」と冗談を飛ばしていた。8日は都内でMF坂本、DF茶野らと夕食をとり、パラグアイに戻る決意を伝えたようだ。◆広山の移籍経緯 昨年12月30日の契約更改の席で初めて、市原にセロ移籍を涙ながらに直訴した。7月31日までのレンタル契約が成立し、1月15日、パラグアイ出発。2月15日のスポルトボーイズ(ペルー)戦で、日本人として初めてリベルタドーレス杯に出場。3月10日の国内リーグ、サンロレンソ戦で1得点2アシストを記録。右サイドのスーパーサブとして定着し、リベルタドーレス杯決勝トーナメント進出、国内リーグ前期制覇に貢献。6月には日本代表入りしたが、キリン杯2試合には出番がなかった。

広山 10日に岡社長と直接交渉 (スポニチ)
キリン杯で日本代表入りしたセロ・ポルテーニョ(パラグアイ)のMF広山望が10日夜の離日前に保有権を持っている市原の岡健太郎社長と直接交渉することになった。今月末でレンタル期間が切れるため、その場で自分の意思を明確にするもの。岡社長によると7日の札幌戦後に広山から「直接会ってお話ししたい」と電話があったという。市原に復帰させたい同社長と、もう半年間セロでプレーしたいと望む広山が腹を割って話し合うことになる。

広山、セロ残留を市原社長に直訴(サンスポ)
今月31日でパラグアイのセロ・ポルテーニョとの契約が切れる日本代表MF広山望(24)が、レンタル元の市原・岡健太郎社長(59)に8月以降の残留を直訴していたことが8日、明らかになった。市原の祖母井秀隆統括部長(49)によると、広山から岡社長に電話が入ったのは7日午後。これまで市原側は、ベルデニック監督の強い要望に加え、セロとの契約に『レンタルを延長する場合は完全移籍でのみ』との項目があったことから再レンタルに難色を示していたが、広山の熱意に、岡社長も態度を軟化させたという。広山と岡社長は、10日に直接会談。この席で、再度広山の意志を確認した後、クラブ間で再レンタルの交渉に入る。もっとも、現在セロ側から出されている移籍金は市原側の要求とはほど遠いため、交渉が難航する可能性もある。

広山、市原10日去就会談(報知)
セロ・ポルテーニョ(パラグアイ)へのレンタル移籍期間が31日に終了する日本代表MF広山望(24)と市原サイドの直接交渉が10日に行われることが明らかになった。当日の交渉には市原サイドから岡健太郎社長、祖母井(うばがい)秀隆GM、広山サイドからは広山本人と、代理人のロベルト佐藤氏が出席。岡社長は「会って、何を考えているのか聞く」と広山側の今後に対する考え方を聞いた上で、クラブ側の方針を示すことになる。会談終了後には広山は再びパラグアイに向けて出発する予定で、展開次第では今後の去就が大筋で決まることもありそうだ。すでに広山サイドからは代理人を通じてセロへのレンタル延長を希望する意向が市原サイドに届いている。国内からも複数のオファーがあるが、希望はあくまでも海外。広山は10日の直接交渉で引き続きセロ・ポルテーニョでのプレーを市原サイドに直訴するようだ。


広山選手、メルコスール杯へ (07月06日)

広山選手、来週には早々には当地に戻って来るようです。間も無く始まるメルコスール杯、最初の相手は南米最強のボカ、世界が注目している試合です。

広山8日に離日 24日ボカ戦へチーム合流(日刊スポーツ)
市原からセロ・ポルテーニョ(パラグアイ)にレンタル移籍しているMF広山望(24)が、あす8日の夕方にもパラグアイへ戻る決意を固めたことが6日、分かった。広山と親しい関係者が「8日に日本を離れるそうだ」と明らかにした。12、15日にグレミオ(ブラジル)と練習試合を行うセロ側からの離日の要望を受け入れたもので、当日の飛行機も予約しているという。
24日にはボカ・ジュニアーズ(アルゼンチン)とのメルコスール杯を控える。その試合のベンチ入り条件として、セロ側はグレミオ戦までのチーム合流を広山に要請。クラブ世界一にも輝いたボカとの一戦は、世界約100カ国にテレビ中継される。セロとの契約延長だけではなく、他の海外クラブ移籍も視野に入れる広山にとっては、絶好の移籍アピールの場。そのため、離日を決断したという。この日、市原の岡社長は「10日に会うことになった」。だが8日に日本をたてば市原との話し合いに広山自身は加わることはできず、代理人に交渉を任せることになる。

広山は気にしない?<「使ってほしかった」コールの中で>(日刊スポーツ・コラム)
 キリン杯サッカーは、さすがの歴史を感じさせて、幕を閉じた。他のメディアなども「これでうぬぼれてはいけない、相対的には勝ったが、相手は絶対的な力を発揮していない。世界ランク10位、11位と対等に戦えるようになったわけではない」といった論評を付け加えている。サッカーファンと言うよりも、連勝を誤解しがちな、茶の間ファンに対してのメッセージだろう。サッカーファンの多くは−−もちろん人それぞれだが−−広山を「ああ、やっぱり使わなかったなあ」と、残念がっていたようだ。筆者にも、怒りに近いような声や、トルシエの選手起用、とくに終盤の「守り」の態勢に関しての不満の声がちらほらと届く。1点を守って、傷なしで終えたい。これはわかる。しかし同時に「追加点」をどん欲に狙っていくチャレンジングなサッカーも見たかった−−その点では、少し物足りなかったかもしれない。広山は、パラグアイで優勝し、中田のローマ優勝とは価値が「違うのだろうが」、たまたまパラグアイも呼ばれているだけに「がい旋帰国、がい旋起用」があってもいいのではないか、と思われていた。しかし、代表監督がそのような「温情」を含んだ選手起用をする必要はない。むしろ、しないと筆者も見ていたが、トルシエは広山をリストに入れた。その時点で、ファンは期待した。「海外でプレーしろと言ったのはトルシエであり、城や中田など、欧州でプレーした選手はこれまでみな、帰国起用されてきた。広山の勇姿が見られる」と。ところが、起用の機会はなかった。そうなると「広山を使わなかったのは、南米だからか? おかしい」といった声まで出る。逆に「ふざけるな! そんなことはトルシエさんの勝手ではないか」の声が出る。まあまあ、喧嘩(けんか)しないで(笑い)。
当然、監督の勝手論が正論で「正しい」。しかし、サッカーは正論だけにスペースを与えているわけではない。スタンドでは、「現実に」広山コールがこだました。そうした声に、次はトルシエがどうするか。答えるのか、無視するのか。代表監督としては、攻撃の柱づくりとともに、解決していない問題が実は山ほどある。しかし、広山ファンに、ひとこと。広山を長い間担当してきたある記者に「かわいそうな気もするが」と問いかけると「彼は、あんまり代表とか、意識してないタイプ。案外、どうせ帰国するところだったから飛行機代が助かった、ぐらいにしか感じていないかも」との答えだった。なぜか、ほっとした。広山がどれだけいいのか、必要なのかは、筆者にも未知数だ。だからこそ「呼んだら使って、試してみろよ」とは思うのだが、起用のないままに試合が終わったときの広山の横顔を見たとき、悔しがりもしない表情は、たまらなかったから−−。恒例の、本紙掲載のセルジオ越後対談。−−歴史を感じさせた、すばらしい盛り上がりの大会でした。セルジオ越後(日刊スポーツ評論家) 継続は力なり、だよ。裏を返せば、日本の課題は攻撃陣の非継続性が気になった。この試合は稲本に助けられたが、鈴木にしても柳沢にしても、1試合はいいが次はだめでは、柱になれない。柱がなければ、世界標準のチームがいつまでも出来ない。 −−そう言えばストイコビッチのドラマも、日本での継続が土台でした。セルジオ 貢献は多大だね。ただこのユーゴには、これがユーゴかと首をかしげたくなるような部分があった。今の段階の日本としては、真剣勝負のシミュレーションこそがが必要なのだが、相手の態勢が若干整わなかったのは残念だ。優勝自体は大いに褒めたい。−−終盤の交代は守備的でした。セルジオ 1点死守だったね。ただ、任務の受け渡しが不十分で危ない場面があった。「守備は大丈夫」とは言い切れない。それと「戦術に慣れないから」と広山をまた使わなかったのは、説得力がない。多くのファンの気持ちを代弁すれば、使わないでどうしてわかる? だ。自分が呼んだのだからね。

広山は市原復帰しかない!? (スポニチ)
市原の岡健太郎社長とセロ・ポルテーニョ(パラグアイ)にレンタル移籍中のMF広山望の話し合いが8日に行われることになった。岡社長は広山がセロでのプレーを希望しても、セロ側が広山を完全移籍で獲得するための移籍金8000万円(推定)を「払わないだろう」と推測。その場合は保有権のある市原に復帰するしか選択肢はなくなる。市原は25日から8月1日まで岐阜・古川町でキャンプを予定しており、岡社長は「7月分の給料ぐらい、こちらで払うから早めに切り上げて戻ってこい」と話した。

広山 市原復帰?(デイリー)
日本代表MF広山(セロ・ポルテーニョ)の市原への復帰交渉にベルデニック監督が出馬する。同監督が5日「クオリティーが高く、チームにプラスになる存在。直接、話したい」と、自ら説得にあたる考えを明らかにしたもの。セロ・ポルテーニョは再レンタルの意向を示しているが、市原は8日に広山と会談する予定。指揮官の登場で、広山Uターン復帰が実現するか注目だ。

広山8日緊急離日(サンスポ)
市原からセロ・ポルテーニョ(パラグアイ)にレンタル移籍中の日本代表MF広山望(24)が8日に急きょ、パラグアイに戻る。6日、セロ関係者が明らかにした。セロは24日にアルゼンチンの強豪ボカ・ジュニアーズとメルコスール杯を争うが、その前の12、15日にグレミオ(ブラジル)とホームアンドアウエー方式でプレシーズンマッチを行うことが決まり、スーパーサブの広山が緊急招集された。そのため、10日に予定していた出国を8日に早めることになった。広山本人はレンタル期間の終わる7月以後も海外のクラブでのプレーを希望しているが、市原側はセロから完全移籍のオファーがなければ復帰させたい意向だ。しかし、7日にJリーグがあるため、8日以降に広山とクラブ側の会談が開かれる予定だったが、出国が早まり、会談には本人は同席せず代理人が話を進めることになりそうだ。出番がなかったキリン杯終了後、広山は取材攻勢で多忙なスケジュールに追われたが、5日にはスポルティボ・ルケーニョ(パラグアイ)に昨年、レンタル移籍したFW武田修宏(34)=東京V=と都内で会食し、激励を受けた。キリン杯のうっぷんを“第2の故郷”で晴らすつもりだ。


広山選手、パラグアイへ (07月05日)

広山選手、来週には当地に戻って来るようです。

広山、来週には南米(日刊スポーツ)
出番なしに終わったキリン杯から一夜明けたこの日、広山は大分から飛行機で東京へ移動した。市原の事務所へのあいさつも兼ねて足を運ぶ予定もあったが、最後まで姿を現さなかった。関係者によるとテレビ、雑誌の取材を受け、市原側との接触はなかったという。広山はセロ・ポルテーニョ側からキリン杯終了直後にパラグアイに戻るように要請され、24日にはボカ・ジュニアーズ(アルゼンチン)とのメルコスール杯も控えていることから、来週中までには日本を離れたいという。

市原ベルデニック監督、広山に復帰を説得。
市原のズデンコ・ベルデニック監督(52)が、去就が注目される日本代表MF広山望(24)の説得に乗り出す意向を示した。5日、広山がレンタル移籍先のセロ・ポルテーニョ(パラグアイ)から市原に復帰することを強く希望し「そういう話を彼としてみたい」と直接会談を要求した。中盤の両サイド、FWもこなす広山が第2ステージの貴重な戦力と判断。来週にも話し合いが行われる見込みだ。ベルデニック監督が直接出馬で広山を口説く。セロ・ポルテーニョとの契約延長、他の海外クラブへの移籍、市原復帰かで揺れる日本代表MFに対して「彼は去年から大事な選手なんだ。市原でプレーすべき。(彼と)そういう話をしたいんだ」。強い口調で第2ステージ(S)の復帰と、話し合いの場を持つことを望んだ。セロへのレンタル移籍期間は今月末で切れる。セロ側は12月31日までのレンタル契約延長のオファーを出した。広山も海外でのプレーを希望しており、その話し合いが注目される。市原側は復帰を大前提に交渉する一方で、祖母井(うばがい)秀隆統括部長は「再度のレンタル契約もあり得る」と話し、レンタル料増額など、ビジネスとしてのメリットがあれば移籍を認める考えも明らかにした。だがベルデニック監督は、広山を必要としている。交渉に同席、もしくは1対1の対談で復帰を強く要請するという。第1S第12節を終え、暫定2位と健闘している。だがMF阿部や村井ら、けが人も続出。第2Sも上位争いをするためには、選手層を厚くすることが1つのテーマ。中盤の両サイドにFWもこなし、セロでボランチまで経験した広山の器用さは市原にとって貴重な戦力になる。レギュラーの保証はしなかった。だがベルデニック監督は「今までよりもリラックスしてリーグ戦に臨めるはず」と言った。ここ2シーズンJ1残留争いで苦しんできたのとは一転、今季の市原の躍進と変ぼうぶりを「口説き文句」の材料にするという。指揮官の熱意が広山に通じるのか、注目される

広山のレンタル料は150万だった。(スポニチ)
MF広山望のレンタル料が、わずか150万円だったことが5日、分かった。広山は2月1日から7月31日まで半年間の期限付きで市原からセロ・ポルテーニョ(パラグアイ)に移籍したが、その額はJリーグの基準(480〜600万円)をかなり下回る超低額だった。早ければ8日にも代理人のロベルト佐藤氏を交え、広山本人と今後の話し合いをする市原の祖母井(うばがい)秀隆GMが「広山がどうしても海外で経験を積みたいというので、セロ側が受け入れやすいよう低い金額で出した」と明らかにした。



広山選手、出番無し (07月04日)

結局広山選手の出番はありませんでした。それにしても大きな話題になっていますね。プロ選手にとって「話題」になる、スター性を感じます。移籍の話が出ていますが、当方としてはもう少しセロでやって欲しいですね。ようやく慣れたところところだと思います。

広山、トルシエ監督から移籍助言(日刊スポーツ)
出番のなかった広山はキリン杯期間中にトルシエ監督から移籍のアドバイスを受けた。5分程度話す機会があり「どのチームでもプレーできない宙ぶらりんの状態は良くない。W杯に向けてどこでやるかが大事だ」と心配をされた。「経験ある監督のアドバイスですから。自分にどこが興味を持っているかも分からないのでこれからゆっくり考えたい」と話していた。

広山コールも出番なし(スポニチ)
広山に出番は回ってこなかった。後半は何度もスタンドから“広山コール”がわき起こったが、最後までトルシエ監督から声はかからなかった。予想外のコールに広山は「僕のプレーを見たい人がいたのはうれしい」と素直に喜んだが、悔しさはあったはず。チームメートからも「残念だったね」と声をかけられた。それでも広山は「代表はみんな意識もレベルも高い。チームの活動に参加して仲間に入ったことが大きい。出なかった理由?カップを獲りに行ったために僕を試す時間がなかったのでは。これがスタートです」と悪びれることはなかった。広山は5日上京し、今後について代理人、保有権を持つ市原側と話し合う。パラグアイへの出発日は未定。

広山出場機会なしもJクラブが食指 (サンスポ)
パラグアイ・リーグで大活躍し、期待のMF広山望(24)=セロ・ポルテーニョ=だったが、キリン杯ユーゴ戦(4日、大分)もパラグアイ戦に続き、無情の出場機会ゼロ。不完全燃焼に終わった広山だが、周囲の“広山株”は急上昇。福岡を筆頭にJリーグ3クラブが早くも広山獲りに参戦する。


広山コールも出番なし (デイリー)
後半15分、スタジアムに異変が起こった。3万8147人による「ヒロヤマ・コール」それは試合終了まで途切れることはなかった。「本当にうれしかった」パラグアイからがい旋した広山は、感無量の面持ちで振り返った。帰国、即フル代表デビューとはいかなかったが「ファンの前でプレーできれば最高だったけど、これで終わりじゃない」と、前を見据えた。キリン杯は終わっても、まだ心は休まらない。現在、セロ・ポルテーニョと元所属の市原の間で綱引き状態で、欧州他クラブからの話も受けている。「これからはオフを取る。まだ(移籍の話は)聞いてません」と話したが、5日にも市原サイドとの話し合いの席に着く。試合には出られなかった広山を、もう一つの“戦い”が待つ


広山、トルシエに?????・「使われなかった理由を僕も知りたい」(夕刊フジ)
確かに勝てば官軍・負ければ賊軍だ。ユーゴスラビアは“二軍”だったことを考えると、今の日本なら普通にやれば勝てる試合だった。トルシエ監督は「ぜひ見たい」と南米パラグアイのセロ・ポルテーニョに在籍している広山望を初招集したが、結局2試合とも起用しなかった。稲本の先制弾で3万8147人観衆からは試合そっちのけで「広山コール」が起こる異様な雰囲気に本人も「使われなかった理由を僕も知りたい。戦術も対人練習も1回もやらせれてくれませんでした」とポツリ。この疑問にトルシエ監督は「広山はまだライオンになりきっていない。今後も使うかどうか分からない」とバッサリ。また「コンフェデ杯準優勝でキリン杯は勝たないといけなかった。そうしないとまた川淵(チェアマン)や釜本(副会長)が、どうなんだ! と言ってくる」とコンフェデ杯準優勝メンバーを中心にした選手起用をおこなったことを強調した。広山の代表デビューを期待していた協会幹部も「メンバー交代については書きたいように書いてくれ」(木之本興三・強化推進本部副本部長)とぶぜんとしていた。30時間かけて日本にやってきた広山は、8日にも再び30時間かけてパラグアイに戻る。


広山、出番なし「理由知りたい」(産経)
稲本の代表初ゴールで盛り上がるスタンドから、出場を要請する広山コールがわき起こった。しかし、南米パラグアイから空路30時間かけてやってきた24歳のMFの出番はついにこなかった。「あれだけの声援を受けたのに…。僕も理由を知りたい」。広山は試合後、寂しそうに話した。トルシエ監督は安全策をとった。先発メンバーは前回のパラグアイ戦とまったく同じ。前半20分、柳沢とのコンビから稲本が鮮やかに先制、それを守りきり、優勝を勝ち取った。トルシエ監督の思惑通りだった。確かにトルシエ監督は優勝という「結果」は出した。しかし、「多くの選手を試す」はずだったものの、広山だけでなく、代表に復帰した秋田も出番がなかった。広山を使わなかった理由について、トルシエ監督は「彼は若過ぎる。今、チームとしてやっている戦術を理解してない。他の選手はライオン(のように闘志あふれるプレーをしているの)だが、彼はそれになりきってない」と説明した。今回、広山は代表招集後の戦術練習など、重要な練習には参加させなかったという。これではチーム戦術を理解できるわけがなく、わざわざ日本に呼んだ意味がまるでない。しかも、将来的に起用するかどうかについては「分からない」と、はぐらかした。優勝を果たしたことにより、チームとしての収穫はあった。だが、選手起用に関しては、納得できない。「試合に負けると、釜本、川淵(協会副会長)が、すぐに文句を言ってくる。いつも、大きなプレッシャーを感じている」とトルシエ監督は打ち明けたが、協会幹部の顔色をうかがうのが監督の仕事と思ってもらっては、チームの進歩はない。


サポーターの皆さんから
01・二試合とも日本が先取点を取り、交代もどちらかというと守備的なものになったのが直接的な原因でしょうが...うーん、残念!この悔しさを糧に、またがんばってもらいたいものです。
うー、広山選手の出番なかったー。
02・5人目の交代、期待した分、複雑な思いをしました。でも、優勝おめでとう。パラグアイから帰り、日本代表のメンバーと過ごした数日間のいろいろな思い・経験が、また広山選手の糧となることと勝手に思ってます。広山選手にくぎ漬けなんですぅ。広山さん!!今後の活躍ずっと見つづけます!応援してます、頑張ってください!!!TV中継ではセルジオ越後さんが、試合始めから最後まで”広山選手の途中出場を期待している”という熱いコメントをしてくださっていました。スタンドからもヒロヤマコールが。スタジアムでもTVの前でも、広山選手の出場を願う気持ちでいっぱいでした。
03・今回出場できなかったが、気持ちを切り替えて、進歩することを考えて欲しい。次回、グーの音も出ないようなパフォーマンスを見せてくれ。たのむ!広山は、次の W-cup に出るべきだ。自分の進歩だけ、今、考えて欲しい。
04・ユーゴスラビアの左サイドはジュビロのジブコビッチで、いったいどうなるかとも思いましたが、日本の左サイドの
ハト君はまったく守備をしなくてもいいくらいでした。実際攻撃に参加する機会が多かったですから。だったら広山を、という気持ちが強くなるのは当然なんだけど、動きませんでしたね。明日の日刊スポーツでのセルジオさんの記事がとても楽し
みです。それにしても、広山君の横断幕には感動しました。
05・広山、みたかったなあ...しかし奴のコメントはらしくていいですね。あとひと月で期限きますが、来日中にジェフ関係者と話し合ったりするんですかね?ところでスカパー雑誌でみたんですが27日からリベルタ2001企画番組ってのやるみたいですが、セロの試合あるんでしょうか。決勝トーナメントは全部やるかな。とりあえず、奴のプレー見たいです


広山選手、ユーゴ戦出場へ(07月03日)

パラグアイ戦では出番の無かった広山選手、今日のユーゴ戦で代表デビューです、活躍が楽しみですね。

広山、途中出場へ(日刊スポーツ)
MF広山の、途中からの出場が濃厚となった。パラグアイでの活躍が評価されて初代表入り。1日のパラグアイ戦の出場が期待されたが、90分間ピッチの外で観戦しただけ。「どの試合でも出られるようにしたい。代表のムードは良かった。体調も問題ない」。この日は練習前にGK川口―FW山下と笑顔でロングボールのパス交換を行うなど、リラックスしていた。

広山やっと出場(デイリー)
初めて日本代表入りしたMF広山(セロ・ポルテーニョ)が、ユーゴスラビア戦で代表デビューを果たす。パラグアイ戦は出番なし。同国1部リーグに所属する広山にとっては、悔しい一戦になったが「自分としては、限られた中でアピールしなくてはいけないので、できることをしっかりやることが大事」と、気持ちを切り替えていた。


広山がけっぷち
 シンデレラボーイが一転、キリン杯がラストチャンスとなった。トルシエ監督は「すでにチームの形は出来ている。実験室も、そろそろ終わりになる」と新戦力の見極め終了を示唆。パラグアイから招集したMF広山(セロ・ポルテーニョ)は「戦術が分からないと思われているなら、イメージを払しょくしたい」と意気込んでいたが、今回で結果を出さなければ代表落ちに直結する。


広山選手、ユーゴ戦に向けて(07月02日)

パラグアイ戦では出場の機会が無かった広山選手、次のユーゴ戦では何とか出場して欲しいものですね。コロンビアで行われる南米選手権が半年延期となってので、8月 5日開幕予定のリーグ戦・後期が7月22日に開幕する可能性があります。そうなりますと7月一杯レンタル契約の広山選手、例え移籍という事になったとしても後期リーグ戦にも2試合程は出場する可能性が出て来ました。もう少しパラグアイで雄姿を見たいものです。

右サイドは広山が突破口開く(日刊スポーツ)
初代表のMF広山望(24=セロ・ポルテーニョ)が、ラストチャンスにかける。1日のパラグアイ戦は最後まで出場機会がなかったため、4日のユーゴスラビア戦が唯一残されたチャンスになった。「限られた中でアピールしなければならない」とW杯代表生き残りへ闘志を見せた。「まだ戦術理解度に他の選手とは差がある」(トルシエ監督)ため、パラグアイ戦は先発メンバーから外れた。それでもベンチ裏で体を動かして「勝負をかける場面」を待ち続けた。しかし、チームは常に先手をとって2―0の完勝。広山の持ち味でもある突破力を必要とする展開にはならなかった。代表初戦は1度もピッチに立てなかった。もしユーゴスラビア戦でアピールできなければ、もう再招集される保証はない。それだけに本人の意気込みは強い。「限られた時間」に全力を尽くす決意だ。「日本代表は守備は完成されてきた。でも他の部分は自分が試合に入ってみないと分からない」と話した。パラグアイリーグで優勝して帰国。「代表でチャンスをもらったことが、パラグアイへ行った収穫」と話す。「戦術理解度に差がある」との監督の言葉にも迷いはない。「自分がまずやれることをやる」。南米で吸収した自分のサッカーを貫くつもりだ。



広山選手出場せず(07月01日)


広山選手の出番はありませんでした、セロの選手との対決を楽しみにしていたのですが。まだ代表チームに参加したばかりです、次の試合に期待しましょう。それにしても出なくても各スポーツ紙で取上げられている広山選手、注目度ナンバー1ですね。

広山準備運動も出番なし/キリン杯(日刊スポーツ)
パラグアイからがい旋したMF広山望(24=セロ・ポルテーニョ)は、A代表初出場を逃がした。前半から準備運動を始めるなど、途中出場に備えたが、声は掛からなかった。「相手がパラグアイだからとかじゃなく、どの試合でも出られるように準備はしていた。時差ボケもないし、体調面はいいです」と4日のユーゴスラビア戦での出場機会にかけていた。

広山は出番なし・出番がなく、試合後ベンチで残念そうな広山(スポニチ)
パラグアイ・リーグで活躍して初代表に選ばれた広山。右サイドでの途中出場が期待されていたが出番はなかった。「自分では出られると思っていなかった。このチームは戦術がかなり徹底されているので、これからやらなくちゃいけないことが多い。でも覚えられないわけじゃないので頑張りますよ」と表情は明るい。ユーゴスラビア戦に向けて「次に出られるチャンスがあれば出たい」と意欲をみなぎらせていた。

広山残念出番なし(デイリー) 
第2の故郷相手に意気込んでいた広山だが、結局出番なし。「疲れもなく体調は良かったので、残念。次も出られる保証はないから、仕切り直しで臨みたい」と気持ちを切り替えた。トルシエ監督に戦術理解が乏しいことを指摘されているが「日が浅いので確かに戦術は分からない。でもそのイメージを払しょくできるように、頑張るしかない」と前向きだった。

広山スタンバイも…4日ユーゴ戦こそ出るゾ (スポニチ)
日本2−0パラグアイ。パラグアイでの活躍が認められフル代表に初招集されたMF広山望(24)=セロ・ポルテーニョ=は、ウオーミングアップを繰り返したが出場ならず。「残念。時差とか疲れはなかった」と、チームメート3人との直接対決を逃し悔しさいっぱい。「日本はすごく(戦術的に)徹底している。戦術理解していないという(トルシエ監督の)イメージを払しょくしたい」と4日のユーゴスラビア戦での大爆発を誓った。



広山選手が注目の的-02(06月30日)

休む間も無く緊張の連続でちょっと心配していますが、広山選手、明日いよいよ代表デビューとなります。1月に日本を出発して以来、ほとんど休む事無く試合の連続、優勝した次の日に帰国して成田でフィーバー、これまた休む間も無く代表としての練習、これは大変です。時差もまだ直っていない事でしょう。でも相手も同じ条件のチームメイトが沢山居るのですから何とか結果を出して欲しいものですね。

当地のNHKのニュースでも広山選手の会見、練習の様子が映し出されていました。「時の人」という感じですね。会見の中で自分の言葉で決意をきっちりと述べていたのが印象的でした。そして「パラグアイの人にもアピールしたい」という発言は良かったと思います。それにしても各紙の取り扱いの多さ、そして大きさには驚きます。代表入り以降、新聞に掲載された情報もかなりの量になっています。

代表初選出の広山、また控え組で練習(日刊スポーツ)
初選出のMF広山はこの日の練習でも控え組だった。本人は右ウイングバックでの出場に意欲を見せていたが、パラグアイ戦はベンチスタートが有力になった。トルシエ監督も「彼は人間的に変わってきた。非常にオープンになった。ただ戦術理解度の面で他の選手とは差がある。チャンスがめぐってきたらつかめるとは思う」と先発起用には慎重だった。


広山 初陣はスーパーサブ(スポニチ)
スーパーサブ広山が勝負を決める!!日本代表は1日、札幌ドームでパラグアイと対戦する。30日は札幌ドームで約1時間半の調整を行い、試合に備えた。パラグアイリーグのセロ・ポルテーニョで活躍するMF広山望はベンチスタートが濃厚だが、切り札として後半の勝負どころでAマッチデビューのピッチに立つ。札幌ドームで行われた前日練習。報道陣に公開されたのは冒頭の15分だけだったが、広山はレギュラー組に配られた黄色いビブスを手にすることはなかった。だが、ウオーミングアップする姿にがっかりした様子はない。それ以上に国際Aマッチデビューへの期待感が体を包んだ。トルシエ監督は練習前の会見で「広山は非常にオープンになり、人間的にも成長した。モチベーションも高いし、きっとチャンスをつかむだろう」と高く評価した。ただ「彼は(五輪を含め)2年間、代表でやっていないので戦術理解にギャップがある」とチーム戦術を完全にマスターしていないことを懸念した。無理をさせて壊してはいけない。先発よりも雰囲気に慣れた試合途中から出たほうがスムーズに溶け込めるだけに、今回はスーパーサブで起用しようというわけだ。99年6月のシドニー五輪1次予選まで五輪代表に名を連ねていた広山はスピードとドリブルの突破力を買われ右サイド、あるいはFWのスーパーサブとして起用されてきた。後半から出場した98年12月のアジア大会ネパール戦では何度もチャンスをつくって2―1と逆転勝ちを収める原動力となった。セロ・ポルテーニョに移籍後も途中出場でアシストを記録するなど、交代出場での気持ちの高め方はうまい。「攻撃で期待されるのであればどこでもやる。出たらチャンスをつくりたい。ゴールを決めることも大事です」。日本の切り札として送り出されることに意欲を見せた。パラグアイでの成功で日の丸のユニホームを手にすることはできた。当然、次の目標は02年W杯だ。トルシエ監督は広山について「新しい情報を得たい」とテストも兼ねていることを示唆した。W杯へ向けて確固たる地位を築くためには答えが必要。生まれ変わった広山は一発回答するはずだ。


広山、新スーパーサブ就任だ(デイリースポーツ) 
第2の祖国との決戦で、広山がスーパーサブで恩返しする。この日、トルシエ監督は「チャンスが巡ってきたらモノにする選手だ」と、広山のパラグアイ戦での途中起用を明言した。待ちに待った初の国際Aマッチ。しかも、現在プレーしているパラグアイが相手だ。「目標はとにかく試合に出ること。出たら得点に絡みたい」と話したが、そのとおりの展開が実現する。約2年ぶりに対面した指揮官からは「人間的に成長し、とてもオープンになったと感じた。グループの中での責任の取り方が変わってきた」と高く評価された。2年前のシドニー五輪予選で批判された積極性の欠如を完全に克服。代表の戦術から離れていたハンディもあるが「高いモチベーションでやってくれるはず」(トルシエ監督)と、絶大の信頼を得た。それも、異国の地を経験したからこそ。「特にパラグアイは特別なチーム。選手も知っているし、向こうの人にもアピールしたい」。敵として戦うセロ・ポルテーニョの同僚4人に、改めて“ヒロヤマ”の怖さを見せつけるつもりだ。


すべてが初めて…広山気持ちは前向き (サンスポ)
初代表のMF広山(セロ・ポルテーニョ)は攻撃の戦術練習で、望んでいた右アウトサイドに入った。すべてが初めてとあって戸惑いも多く、広山自身も、クロスの精度はなかなか上がらなかった。「確固たる自信はないけれど、チャンスはあると思ってやる」との前向きな気持ちは変わらないが、すぐに適応するのは簡単ではない。1プレーごとに、山本コーチと確認し合っていた。

広山 市原復帰も(スポニチ)
広山、帰ってこい!市原のズデンコ・ベルデニック監督が29日、セロ・ポルテーニョ(パラグアイ)にレンタル移籍中のMF広山望の再獲得をフロントに要請した。岡健太郎社長と祖母井(うばがい)秀隆GMに申し入れたもので、クラブ側も検討を約束した。また、7月1日に札幌でパラグアイと対戦する日本代表は午前中に札幌へ移動し、午後5時45分から同市内で練習。広山は右サイドのMFとして先発出場が濃厚だ。

サイドの“切り札”広山の起用ポイント(産経)
サッカーのキリン杯、日本−パラグアイ戦(1日)を前に30日、パラグアイ代表、日本代表がそれぞれ試合会場の札幌ドームで練習を行った。トルシエ監督が練習前に記者会見し、「コンフェデレーションズ杯で結果を収めて自信をつけたが、油断をすると痛い目にあう」とチームを引き締めるとともに、「この大会はいろんな選手を試す機会になる」と語り、新たに招集されたパラグアイのセロ・ポルテーニョでプレーするMF広山望(24)の起用がポイントになりそうだ。日本代表のなかで注目されるのが、パラグアイのセロ・ポルテーニョでプレーするMF広山だ。昨年のシドニー五輪代表候補だったが、6月のアジア1次予選ネパール戦を最後に、トルシエ監督が「控えめ過ぎるんじゃないかと思った」という性格が災いし、代表から遠ざかった。転機が訪れたのは今年1月。「サッカー選手ならレベルの高いところでやりたい」と7月末までの期限付き移籍の話に飛びついた。「人々の暮らし、生活のリズム、サッカーに対する情熱。すべてが日本と違う」という国で、通訳もなく、独学でスペイン語に取り組んだ。「サッカー選手としては未知でも、仲間も町の人もきちんと接してくれる」という土地柄のなかで、「MVPも得点王もすぐに欧州などに引っ張られる。みんなそれを目指してやっている」というハングリーさも学んだ。右サイドでの攻撃的なプレーが認められ、南米のクラブチャンピオンを決めるリベルタドーレス杯に日本人として初出場。リーグ戦も11試合で1得点を挙げ、優勝に貢献した。「日本が強くなるためには、選手がもっと海外に出てプレーすべきだ」と常日ごろから主張するトルシエ監督も活躍を目に留めて初選出し、「人間的な成長を感じた。他の選手と戦術の理解度の差はあるが、高いモチベーションでやると思う」と、期待を込める。パラグアイ代表にはチームメートが4人選ばれており、広山も同じグラウンドに立ちたい気持ちは強い。「試合でのゴール1つ1つが、自分の可能性を広げる」と代表定着に意欲を見せた。


広山選手が注目の的(06月29日)

いよいよパラグアイ-日本の試合が近づいて来ました。新聞に大きく取上げられている広山選手、期待に応えてくれる事でしょう。

広山 市原復帰も・ストレッチを行う広山の表情は真剣そのもの(スポニチ)
広山、帰ってこい!市原のズデンコ・ベルデニック監督が29日、セロ・ポルテーニョ(パラグアイ)にレンタル移籍中のMF広山望の再獲得をフロントに要請した。岡健太郎社長と祖母井(うばがい)秀隆GMに申し入れたもので、クラブ側も検討を約束した。また、7月1日に札幌でパラグアイと対戦する日本代表は午前中に札幌へ移動し、午後5時45分から同市内で練習。広山は右サイドのMFとして先発出場が濃厚だ。午前の練習終了後、正午すぎから約1時間の話し合いでベルデニック監督が要求したのは広山の再獲得だった。チームは現在2位につけているが、第2ステージでさらに上を目指すためには補強が不可欠。広山なら市原の伝統もベルデニック監督のサッカーも熟知している。南米でもまれてひと回りもふた回りも大きくなった広山が復帰すれば攻撃力は大きくアップし、大きな補強になるからだ。広山は今年1月からレンタルでセロ・ポルテーニョに移籍、安定を捨てて南米でゼロから出発してレギュラーを獲得、日本人として初めてリベルタドーレス杯に出場してゴールも決め、日本代表にも選出された。「引っ込み思案」と見ていた広山の変身ぶりにトルシエ監督も目を丸くしたほど。そんな広山が復帰すれば戦力的にも大きな補強になり、営業面でもプラスになる。広山とセロのレンタル契約は7月末日で切れる。すでにスペインのバレンシアなどから代理人に非公式なオファーが来ているほか、セロもレンタルの延長を希望している。しかし、市原側はこれ以上レンタル契約を延長する考えはなく、正式なオファーが来るまでいったん市原に戻して試合にも出場させ、オファーが来た段階で欧州のクラブへ移籍させるか検討する。広山自身は欧州への移籍を希望、話がまとまらない場合は引き続きセロでプレーしたい考えだ。キリン杯終了後の5日にも広山と代理人のロベルト佐藤氏が市原の首脳と話し合う予定で、ベルデニック監督の熱意が通るか注目される。 ≪この日の広山≫広山はウオームアップ、シュート練習の後のフォーメーション練習で控え組の右サイドに入った。中盤に入った山下、藤本らとパス交換し、パラグアイ仕込みのスピードあるドリブルで前線に攻め上がってセンタリングを繰り返した。「コウジ!」と大声でDF中田浩にパスを要求するなど積極性も見せた。「いいタイミングで呼ばれたし、攻撃的なところをアピールしたい」と話していた通り、トルシエ監督の「引っ込み思案だった」という印象を払しょく。自分を変えたパラグアイとの一戦に向けてアピールした。

広山控え組で右WB/キリン杯(日刊スポーツ)

初代表のMF広山望(24=セロ・ポルテーニョ)は右ウイングバック控え組で練習した。前日合流。「1対1でドリブル勝負したい」と“南米流”をアピールするつもりだったが、この日は監督の指示もありサイドからのセンタリングを多用。しかし、練習中には大声でボールを要求するなど積極的に動き「ニュー広山」を印象づけた。

右サイド・キーマンは広山・右サイドの攻撃テスト(サンスポ)
広山が日本代表新戦術の切り札となる! フィリップ・トルシエ監督(46)は30日、キリン杯パラグアイ戦(1日15時キックオフ・札幌ドーム)に向けて会見を行い、キリン杯ではMF広山望(24)=セロ・ポルテーニョ=を軸に右サイドからの新戦術をテストすることを宣言した。また、同監督はすでに2002年W杯に出場する日の丸戦士のうち15人を内定、現在日本に帰化申請中のMFアレックス(23)=清水=の代表入りを初めて示唆した。トルシエ認めた「人間的に成長した」100人を超える報道陣を前にして、トルシエ監督は力強く宣言した。「前大会(コンフェデレーションズ杯)と同じベースを保ちつつ、新しい選手、戦術を試すことが大切だ」コンフェデ杯での準優勝でチームの完成度に手応えを感じた指揮官は、キリン杯から新しい戦い方に着手する。そのキープレーヤーとなるのは、パラグアイ・リーグの名門・セロで右MFとして活躍した広山だ。広山の最大の武器は、抜群の突破力と精度の高いセンタリング。パラグアイ・リーグやリベルタドーレス杯で、何度となく右サイドを切り裂き、アシスト役として活躍した。現地に同行した代理人のロベルト佐藤氏は「センタリングの精度は日本人でNO1。イングランド代表のベッカムのような選手」と絶賛する。五輪時に1度広山を見放した指揮官も、再度その能力に引きつけられた。今まで日本の攻撃パターンは、常に左サイドを起点としていた。左MFには中村、小野ら攻撃センスあふれる選手を用い、左ボランチにも名波を起用。一方で、右には波戸、伊東ら守備的な選手を置き、左上がりの布陣で試合に臨むことが多かった。だが今後、広山を起用することで、左サイドに弱点のある相手に対し、右上がりのシステムを敷くことができる。また、小野と併用することで超攻撃型システムも可能。広山は多くのオプションをもたらす存在となる。トルシエ監督はシドニー五輪アジア1次予選で1999年6月18日の香港戦以来、広山を招集しなかった。他選手よりか黙なところが、常にアグレッシブな姿勢を求める指揮官とは合わなかった。だが、この日の会見では「人間的な成長を見せた。オープンになった」と異国の地での変身ぶりを認めた。パラグアイ戦の右MFには波戸の先発が濃厚。スーパーサブとして広山が登場したとき、日本代表に革命が起こる。

ベルデニック監督が市原への復帰を要請 
〇…7月31日でセロ・ポルテーニョ(パラグアイ)へのレンタル移籍期間が終了することを受け30日、市原のベルデニック監督がチームへの復帰を求めた。すでに同監督はフロントとも話し合いを行い、「広山の復帰要請はした。あとはクラブ、社長の判断」と語った。キリン杯終了後の7月5日にも行われるクラブ側と広山側の話し合いで今後の去就が決定する。 


広山ニュー参戦・トルシエ監督にアピール(中日スポーツ)
パラグアイのセロ・ポルテーニョで前期リーグ優勝を果たしたサッカー日本代表MF広山望(24)が28日午後チームに合流、同日夜、横浜市内で行われた練習に加わった。広山は、キリンカップのパラグアイ戦(7月1日)でのゴールを約束。「レギュラーを取りたい。戦いが楽しみ」とレギュラー争いへの参戦も宣言した。敵を精通!レギュラー取る!!
 横浜市内のホテルに到着した広山は、居合わせたトルシエ監督といきなり顔を合わせた。「おまえは変わったな。ニュー広山だ!」指揮官の言葉に笑顔を返しながら、広山は「何が変わったのか、分かるのかな」と苦笑いした。昨年はケガが多く、シドニー五輪代表からも漏れた。パラグアイに新天地を求めたのは、ほんの5カ月前のことだ。「これからが勝負。スタートラインに立てたかな。W杯を前にいいタイミングで選ばれたし、アピールしたい。だれでもレギュラーを取りたいと思うし、そういう戦いは楽しみ」 代表復帰の抱負を、静かに話した広山。本当に変わったのか、変わっていないのか。真価を問われるのは、これからだ。得意の右サイドでは、成長著しい波戸との一騎打ちが予想される。しかも、パラグアイ代表には同じセロ・ポルテーニョ所属のDFが3人も加わっている。何が何でも、試合に出たいところだ。「選手の特徴も知っているし、負けたくない。攻撃のアクセントになればいいし、得点も決めたいですね」広山は力を込めてゴールを約束した。


広山が合流、初戦に闘志 日本代表 (産経)
サッカーのキリン杯に出場する日本は28日、パラグアイから帰国した広山望(セロ・ポルテーニョ)が合流。22選手全員がそろい、夕方から非公開で練習を行った。フル代表に初めて選ばれ、5カ月ぶりに日本に戻ったMF広山は「コンディションはまずまず」と長旅の疲れも見せず、「練習からアピールして、試合に出られたら攻撃のチャンスを積極的に作りたい」と話した。


日本代表に合流(06月28日)  

広山選手が日本代表に合流しました。レギュラー取りに挑む意気込みを感じます。

広山代表合流「1対1で打開、ゴール絡む」 <キリン杯>(日刊スポーツ:06月28日)   
初代表のMF広山望(24=セロ・ポルテーニョ)が28日、日本代表に合流した。前日27日にパラグアイ前期リーグ優勝を手土産に帰国。この日夕方の練習に初参加した。「やっとスタートラインに立てた。チャンスを生かしたい」と意欲を見せた。 トルシエ監督から「随分変わったな。ニュー広山だ」と声を掛けられた。広山本人はパラグアイでの5カ月間で「何が変化したのか、自分には分からない」。しかし、自分に対する周囲の「目」は明らかに変わっていた。「代表でチャンスをもらった。それだけでもパラグアイに行ったかいがあった」と話した。キリン杯での抱負に「1対1で打開して、ゴールに絡むこと」を挙げている。パラグアイの選手は「まずドリブル勝負」が共通意識にある。1対1に強い選手が評価される。その「南米流」をキリン杯でアピールするつもりだ。

広山VS波戸 し烈右サイド“戦争”だ (スポニチ)
 パラグアイから凱旋帰国したMF広山望に注目が集まれば集まるほどモチベーションが高まっていく。帰国早々「右サイドをやりたい」と宣言した広山に対してスペイン戦、コンフェデ杯で右サイドを務めたDF波戸康広は一歩も引かない構えだ。大勢の記者に囲まれる広山。波戸との右サイドのレギュラー争いに闘志を燃やした。広山との右サイド争いについて波戸は「広山君から海外での経験をいろいろ吸収したいですね」と話したが、もちろん本音は違う。「僕は守備と攻撃のバランスがセールスポイント。キリン杯ではもっと前へ前へ出てゴールラインまでえぐってクロスを上げるようにしていきたい」。同じ俊足が売り物のサイドハーフだが、より攻撃的な広山に対して波戸はDF面が強み。それをあえて相手の土俵である攻撃面で勝負を挑むあたりはプライドの表れだ。対する広山はこの日、トルシエ監督から「ニューヒロヤマ」と声をかけられ、が然闘志が沸いた様子。「確固たる自信はないけど、チャンスはある。誰もが代表のレギュラーを獲りたいと思っているし、戦いです」。キリン杯という戦場で波戸VS広山の激しいバトルが展開される。

“ニュー・ヒロヤマ”キリン杯ゴール宣言 (サンスポ)
27日にパラグアイから帰国したサッカー日本代表MF広山望(24)=セロ・ポルテーニョ=が28日、元気にキリン杯の練習に合流。「この大会は大きなチャンス。レギュラーも獲りたい。例えばゴールでアピールしたい」とゴール宣言だ。五輪代表以来2年ぶりに顔をあわせたトルシエ監督からは「本当に変わったな。お前はニュー・ヒロヤマだ」と激励されたという。1日に対決するパラグアイ代表のセロの同僚とは「情報交換しました」。今大会最大の目玉がさらなる飛躍を遂げる。

広山ドリブル魅せる ・南米仕込みでW杯勝ち取る(報知)
広山は中山(左)と肩を並べて堂々とインタビューを受けた  広山が南米仕込みのドリブルで2002年W杯日本代表の座を勝ち取る。「いいタイミングで代表に呼んでもらえた。代表に定着するチャンスはある」28日に合流したMF広山には、世界での経験に裏打ちされた余裕があった。ユース時代の悔しさがある。1999年6月12日から始まったシドニー五輪1次リーグでは、1試合だけの出場。同年6月18日の香港戦以来、招集はなかった。昨年は故障が続き、契約交渉では市原からダウン提示。パラグアイでの6か月間で、そのどん底からはい上がった。キリン杯では得意のドリブルをアピールする。この6か月間で南米独特のドリブルを吸収した。細かいステップと素早い切り返しでDFを置き去りにする。「日本では感じなかったが、向こうでは手本となる選手が身近にたくさんいた」。広山の代理人・ロベルト佐藤氏も「縦への突破だけでなく、中へ切れ込む攻撃的な姿勢も身につけたので、日本のときよりプレーの幅も出た」と評価する。「できないことを売り込むつもりはない。攻撃的な部分をアピールしたい」7月には大事な移籍交渉も控える。久々に再会したトルシエ監督に「ニュー広山」と評されたMFが、キリン杯でワンチャンスをものにする。


日本に帰国(06月27日)

日本代表選手として日本に帰国した広山選手、多くの報道陣に迎えられたようですね。

南米での“進歩”に注目 初代表の広山(読売)
日本代表に初選出されたMF広山望(セロ・ポルテーニョ=パラグアイ)が27日に帰国、「日本代表の一員でいるに値する人間であることを示したい」と抱負を語った。広山はJリーグの市原から、7月末までの期限付き(レンタル)移籍で今年1月にパラグアイに渡った。南米クラブ王者を決めるリベルタドーレス杯を含む公式戦25試合に出場、4得点を挙げ、チームの国内リーグ優勝にも貢献した。得意の右サイドでの俊足を生かした突破が持ち味。シドニー五輪代表候補だったが、99年のアジア1次予選を最後に代表から外れた。トルシエ監督は「控えめで引っ込み思案だった選手が、2年間でどのくらい進歩したか見たい」と選考理由を話したが、広山は成田空港で「早い時期に(五輪代表を)外れたので、プレーを見てもらう機会は少なかった。良い評価をしてもらえるようにアピールしたい」と意欲を見せた。レンタル期間満了の8月以降の去就について、代理人の佐藤昭信ロベルト氏は「セロ・ポルテーニョは残留を希望しており、パス(保有権)を持つ市原と、この1か月でよく話し合いたい」と話した。きょう28日から代表の練習に合流する・/FONT>B

初代表の広山が帰国、報道陣に戸惑い(日経) 
サッカーの日本代表に初めて選ばれたMF広山望(セロ・ポルテーニョ=パラグアイ)が、キリン・カップ出場のため27日、成田着の日航機で帰国した。選手としての成長を求めて、静かにパラグアイへ旅立ってから5カ月。一時帰国に約30人の報道陣が待ち受けるちょっとした騒ぎに広山は「日本協会の方からは聞いていたけれど、びっくりですね」と戸惑いを隠さなかった。南米パラグアイの強豪クラブで認められた自信は、気持ちを前向きにさせていた。「もう一度チャンスをもらったし、監督だけでなく、いろんな人に自分のプレーをアピールして、経験したことを生かしたい」と話した。トルシエ監督は広山について「日本を出る前は素晴らしい資質を持っていたが引っ込み思案、控えめすぎるのではというところがあった」と言う。代表に呼ぶのはシドニー五輪へ向けた五輪代表としてのアジア一次予選以来、約2年ぶり。日本選手に対し、海外へ飛び出しての経験が必要だ、と盛んに求める監督には、自ら新境地を切り開こうとした広山の精神面の成長を見たかったのだろう。

広山、キリン杯右WBで出場熱望(日刊スポーツ)
日本代表に初選出されたMF広山望(24=セロ・ポルテーニョ)が、右ウイングバック(WB)での出場を熱望した。27日、パラグアイ前期リーグ優勝を手土産にがい旋帰国。FW、左サイド、ボランチもこなす新戦力は、今日28日開幕のキリン杯で市原時代からの「本職」右サイドにこだわり、持ち味の攻撃力でフィリップ・トルシエ監督(46)に代表生き残りをアピールする。なお、日本代表はこの日、横浜市内で練習を行い、広山は今日チームに合流する。広山は164日ぶりに日本に戻ってきた。今年1月14日にパラグアイへ旅立ったときは報道陣もまばらだったが、この日はテレビカメラ5台、カメラマンも10人を超えていた。しかし、シンデレラボーイは自分を見失うことなく、得意のポジションへのこだわり、代表生き残りへの本心を打ち明けた。「右サイドで出たい。攻撃力が発揮できるから」。右WBでの試合出場を強く望んだ。1996年(平成8年)の市原入団後は本職の右サイドだけでなく、チーム戦術で左サイド、FWも任された。その器用さは日本の大きな武器になる。だが、キリン杯は2試合しかない。存在をアピールする時間は限られている。トルシエ監督に右サイドでの出場を直談判することも考えているという。「どう言われるか分からないけど、そういう話をしてみたい」。言葉には限られたチャンスを最大限生かそうとする意欲がにじんだ。セロ・ポルテーニョにレンタル移籍してから、サイドを突破して得点に絡む意識が強くなった。市原時代のFW経験から、中央へ切れ込んでゴールにこだわるプレーが目だったが、パラグアイでは通用しなかった。そこでスピードを生かしたドリブルでサイドを駆け上がり、クロスを上げて得点を演出するプレーを身につけた。「チームメートとのやりとりが自分の血と肉になった」。南米の厳しさにもまれ、新たな自分を生み出した。日本の右サイドには急成長の波戸がいる。代表でもトップクラスのフィジカルの強さで定位置をつかみつつある。だが、広山にはスピードがある。キリン杯できっかけをつかめば、伊東、今回は代表を外れた明神(柏)望月(神戸)らも含めて、右サイドのW杯を目指した戦いは激化する。コンフェデレーションズ杯では中村(横浜)を欠きながら、小野、中田浩の左サイドの攻撃にはメドが立った。これに右が加われば、日本の攻撃パターンは倍増する。広山は言った。「監督だけでなく、日本のファンにも見てもらえる機会が少なかったから……」。パラグアイで代表キップをつかみ取ったが、露出度は極端に少なかった。それだけに、成長した自分の姿を日本のサポーターに見てもらいたい思いも強い。この日、千葉・市原市内の実家で母和美さん(52)と水入らずの時間を過ごした広山は、今日28日、強い決意とともに代表に合流する・/FONT>B

中田浩、広山と攻撃ホットライン<キリン杯>
日本代表の左DFに定着した中田浩が、広山と攻撃ホットラインを形成する。中田浩の魅力は左足から繰り出されるロングキックだ。最終ラインから逆サイドの前線へ送るロングボールの正確さに定評がある。右サイドの新戦力として期待される広山とは、シドニー五輪アジア予選で一緒にプレーしている。2つ年上の先輩に「ノンビさん(広山の愛称)にロングボールを出せたらいい。精度をワンランク上げたいです」と互いの持ち味を生かすコンビネーションに意欲をみせた。
鹿島の定位置ボランチでは相手マークのプレッシャーも厳しいが、代表の左DFならば相手守備のチェックも緩い。より精度の高いロングボールを蹴ることができる。全5試合に出場したコンフェデレーションズ杯のカメルーン戦では、FW鈴木の先制点をロングパスでアシストした実績もある。中田浩は「DFだと余裕を持ってパスが出せます。相手のDFラインの動きを見て、どんどん出したい。ノンビさんには南米の話も聞きたいですね」と広山の代表合流を楽しみにしていた。
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広山、南米中心に移籍も視野
広山がセロ・ポルテーニョからの移籍を視野に入れていることが27日、分かった。市原からのレンタル移籍契約が7月31日で切れることに触れ「もっとレベルの高いところで、条件のいいところでやりたい気持ちがある」と発言した。代理人のロベルト佐藤氏によると、セロ側からは12月31日までの契約延長の申し入れがあったが、まだサインはしていないという。キリン杯、来月24日には昨年のトヨタ杯を制したボカ・ジュニアーズ(アルゼンチン)とのメルコスール杯も控え、それらの試合で移籍をアピールしていくという。欧州クラブからのオファーについて広山は「それはない」と否定しただけに、南米を中心に新天地を探る方針だ

広山凱旋「右サイド獲る」 前期優勝を手土産に凱旋帰国した広山
南米のシンデレラ・ボーイ広山が凱旋した。パラグアイでの活躍が認められ、28日に開幕するキリン杯で日本代表入りしたセロ・ポルテーニョのMF広山望が27日、JL機で帰国した。99年のシドニー五輪1次予選以来の日の丸だが「右サイドでやりたい」と異国で得た自信を胸にレギュラー獲りへ意欲を見せた。広山は28日、横浜市内で合宿中の代表に合流する。まばゆいばかりのフラッシュ。群がる取材陣。ガードマンの怒声――。164日前には全く想像できなかった帰国時の光景だった。「協会の人から少しは聞いていたけど、びっくりしました」。日本代表のスーツに身を包んだ広山は、テレビカメラの前で偽らざる心境を語った。無理もない、パラグアイに出発したのが1月14日。その時、成田空港には数えるほどの記者しかいなかった。それが同じ場所で今回は数十人の報道陣に囲まれている。迎えに来た母・和美さん(53)も別人のようにフラッシュを浴びる息子の姿を頼もしそうに見つめながら「これじゃあ話せないですよねえ」と握手をするのがやっと。まさに凱旋にふさわしい光景だった。だが、胸を張り、前を見据えて質問に答える様子からは気後れなど一切感じられない。単身乗り込んだパラグアイでの成功が広山に自信を与えている。「攻撃に関して期待されるならどこでもやる。でも、右サイドをやりたい」。初代表にとどまらず堂々のレギュラー獲りを宣言した。コンフェデレーションズ杯はテレビで観戦。ライバルの波戸のプレーもチェック済みだ。99年6月のシドニー五輪1次予選の香港ラウンドまでは持ち前のドリブルとスピードを武器に五輪代表として日の丸を背負っていた。だが、その後はトルシエ監督が先日の会見で話したように「引っ込み思案」との理由から全く声がかからなくなった。しかし、今は違う。「五輪の時は早いタイミングで外されたけど、もう1回チャンスがきた。監督だけでなく、日本のみなさんやいろいろな人に見てほしい」。過酷な環境が広山をひと回り大きくさせた。パラグアイリーグでの優勝経験、日本人として初出場したリベルタドーレス杯での2発。そして言葉の不自由な日常生活などが「自分の血となり、肉となった」のだ。キリン杯では7月1日に札幌でパラグアイとの初戦を行う。同僚との対戦を楽しみにしているが、同時に欧州クラブなどに自らを売り込むための「アピールの場」とも考えている。シンデレラ・ボーイのサクセスストーリーはまだまだ終わらない。≪「安売りはしない」≫広山は現在セロ・ポルテーニョと7月末までのレンタル契約を結んでいる。そのため、キリン杯後は再びパラグアイに戻り、24日の「メル・コスール杯」ボカ・ジュニアーズ戦、28日のウニベルシダ・カトリカ戦に出場することになっている。セロ・ポルテーニョ側は既に12月31日までの契約延長を申し入れているが、広山の代理人は他クラブへの移籍も視野に入れ、週明けにも所属先の市原と話し合う予定だ。広山にはスペインのバレンシア、サラゴサをはじめとした欧州クラブも興味を持っているとされる。しかし、代理人サイドは「安売りはしない。スポンサーをつけるようなこともしない」と実力本位での移籍を目指しており、今後の動向が注目される。

広山帰国で成田空港大フィーバー (サンスポ)
パラグアイリーグ前期優勝に貢献したサッカー日本代表MF広山望(24)=セロ・ポルテーニョ=が27日、キリン杯出場のため凱旋帰国した。集まった報道陣は30人以上と、中田英寿(ASローマ)顔負けの大フィーバー。南米で、隠れた才能を一気に開花させた“南米の中田”は、28日開幕のキリン杯で、一気にフル代表レギュラー定着を狙う。〔母親の和美さんも握手で出迎えた。同下:広山を迎える横断幕も登場した〕白いワイシャツに、黒のズボン。代表指定のウエアをさりげなくまとった姿に貫録が漂っていた。空港にはファンによる横断幕が登場。テレビカメラ5台を含む報道陣30人以上がつめかけ、フラッシュの嵐を浴びる大フィーバーにも、おどおどしたところはみじんもない。「協会の方から話は聞いていましたけど…。びっくりですね」これが優勝の自信。武者修行の成果。堂々と歩く姿は、同じくセリエAで日本人初の優勝を経験した中田(ASローマ)すらほうふつとさせるほど。164日ぶりに愛息に会いに空港にやってきた母・和美さん(52)も「ゆっくり話したかったのに…。握手しかできませんでした」と見ほれるほどだった。トルシエ政権下で、99年のシドニー五輪代表候補に名を連ねたが、出場したのは6月14日のネパール戦のみで、引っ込み思案の性格がマイナスとなり、その後、招集は一度もなし。けがも重なり、意を決して、市原からのレンタルで今年1月にパラグアイに単身渡り、すべてが変わった。スペイン語もほとんどわからず、自分の才能だけが頼りの状況で、日本人で史上初出場となったリベルタドーレス杯で2発。持ち前の攻撃力に積極性が加わり、眠っていた才能が一気に開花した。独学で覚えたスペイン語は現在では、生活に困らないほど。「(五輪代表では)ほとんど一緒にプレーできませんでしたから。監督だけでなく、日本のみんなにアピールしたい」と、いきなり右サイドのポジション奪取宣言。言動にも自信が満ちあふれている。広山にとって、キリン杯はさらなるステップアップの場だ。セロへのレンタル期間は7月末まで。「条件のいいところでやりたい。そういう意味でキリン杯はいいアピールの場です」。セロ側から12月末までのレンタル移籍延長を求められているが、欧州やアルゼンチンなど強豪国への移籍も視野に入れている。「パラグアイに帰れないようなプレーはできません」中学2年の時に、父・智哉さん(享年43歳)をがんでなくし、今年10月でちょうど10年。苦難を乗り越えた広山が、日本の新たな武器となる。 ★ミズノの顔に名乗り? 広山と契約するミズノがCM採用を検討しはじめた。現在、テレビCMがブラジル代表リバウド、雑誌やカタログの広告にFW柳沢(鹿島)、MF森島(C大阪)の日本代表2人を起用。「この活躍が続けば、考えなくてはいけませんね」とミズノ担当者。この日キリン杯用にこれまでより30グラム軽量でポイントの形を一部改良したニュースパイクも渡されるなど、広山の躍進でメーカーも大忙しだ。 ★キリン杯後も世界へアピール :キリン杯後、広山はパラグアイへとんぼ帰り。7月24日、南米のカップ戦「メルコスール杯」のボカ・ジュニアーズとの一戦に出場するためだ。同杯は、世界100カ国以上でテレビ放映される伝統のある大会で、バスコ・ダ・ガマも同組で戦うことになっている。スペイン、アルゼンチンなどのトップクラブを視野に入れる広山には、キリン杯同様のアピールの場となる。

広山争奪戦ぼっ発・7か国 10チームが切望(報知)
日本代表MF広山望(24)=セロ・ポルテーニョ=の争奪戦がぼっ発した。パラグアイ1部リーグで活躍し、初の日本代表入りを果たした広山に、7か国のクラブが獲得の意思を示していることが27日、明らかになった。スペインリーグのバレンシア、サラゴサなど5チームをはじめ、10を超えるクラブが身辺調査を開始。28日から始まるキリン杯に出場する広山はこの日、日航機でパラグアイから帰国。プレーぶりに視線が集まりそうだ。帰国 キリン杯きょう開幕。
たくましくなって帰国した広山は、自信にあふれた表情で出迎えた関係者と握手、世界が広山に目を向け始めた。スペイン、ブラジル、メキシコ、ドイツ、オーストリア、米国、そしてパラグアイ。欧米7か国のクラブが日本人MFの獲得へ向け、動き出した。リベルタドーレス杯で日本人として初出場初得点、日本代表入り、パラグアイ前期リーグ制覇。セロ・ポルテーニョに移籍した今年、次々と快挙を成し遂げている広山の名前は、世界各国に確実に伝わっていた。今年4月、広山と代理人契約を結ぶロベルト佐藤氏が渡欧。各クラブの強化担当と会い、資料を手渡した。1か月後には、すぐに反響があった。「広山を来季の補強選手にリストアップしたという連絡が来ました」と佐藤氏。5月に再渡欧し、獲得の意思を示したクラブと話し合った。広山サイドの条件を伝え、広山が得意とする右サイドのMFで出場機会があるのかなどの環境面も現地で見極めた。「もうテーブルの上には乗っています。あとは向こうからの最終的な連絡を待つだけです」と佐藤氏は7月中に契約をまとめたい意向を示した。昨年末に市原とセロの間で、7月31日までのレンタル移籍が成立。その後、1億円の移籍金を支払えば、完全移籍となる契約も同時に結んだ。現在、セロ側は広山を戦力として考えているが、移籍金のねん出が不可能な状況で、今年末までのレンタル期間の延長を打診している。キリン杯後に広山と市原の岡健太郎社長が話し合う予定だが、本人に市原へ戻る意思はなく、他チームへの完全移籍が成立しない場合、セロとのレンタル延長に落ち着く可能性もある。この日、半年ぶりに帰国した広山は移籍に関し「代理人にすべて任せてます」と話した。キリン杯後にはセロに戻るが、今後の展開次第では欧州経由でのパラグアイ行きも計画。自ら足を運び、最終的な移籍先の選出をする可能性もある。キリン杯で2002年W杯の代表入りをアピールした後、さらなる飛躍を遂げることになりそうだ。◆広山 望(ひろやま・のぞみ)1977年5月6日、千葉県生まれ。24歳。習志野高から96年に市原入り。同時に千葉大にも進学し、国立大学生Jリーガーとして注目された。Jリーグ通算120試合に出場し、12得点。今年1月にパラグアイ1部リーグの名門、セロ・ポルテーニョへレンタル移籍。日本人で初めてリベルタドーレス杯に出場し、ベスト16進出に貢献した。174センチ、65キロ。「全員ライバル」〇…パラグアイでコンフェデレーションズ杯での日本の試合をテレビ観戦したという広山は「みんないいプレーをしていた。11人全員がライバル。とにかくアピールしたい」と意欲的に話した。時差対策もバッチリ。パラグアイとの時差は12時間あるが、日本に午後零時50分到着の予定に合わせ、機中では寝るように努めた。「しっかり寝れたんで、時差はない」と笑顔。万全を期して、28日昼からの代表合流となるが、すでに準備万端だ。土産話聞かセロ:〇…DF中田浩(鹿島)や宮本(G大阪)ら今後、海外移籍を希望する日本代表の選手たちは、広山の“土産話”を楽しみにしている。中田浩は「向こうで結果を出しているから(代表に)選ばれてもおかしくない。いろんな話を聞きたい」と興味津々。南米のリーグ戦のレベルや移籍の経緯など、情報を入手するつもりだ。「ミズノの顔」だ:〇…広山がミズノの顔となる。用具契約を結ぶミズノの関係者は、広山が鹿島の柳沢、C大阪の森島と並びトップ選手の扱いになることを明かし「今、カタログには柳沢選手と森島選手が出ていますが、広山選手も使いたいと思っています」と話した。スケジュールが合えば、キリン杯後にも撮影に入る予定。また「欧州クラブへの移籍が実現すれば、CMへの起用の可能性もあります」と今後の展望を話した。
 


セロ優勝(06月24日・/FONT>j

セロ 3 - ルケーニョ 1 (通算 6−1)
パラグアイ・リーグも大詰めを迎え、前期決勝戦・第二戦がルケーニョの本拠地であるルケで行われました。最近はオリンピアがずば抜けた強さを誇っており、オリンピア以外のチームの決勝戦というのを久しぶりに見たように思います。決勝戦ともなりますとサポータ−もものずごい熱気で、ルケの競技場は超満員で立ち見が出る程の盛況となりました。エステ市で行われた第一戦はセロが3-0で勝利し、セロ断然有利で迎えたこの試合、奇跡を信じる多くのルケサポーター、そしてセロサポーターの応援合戦にも熱が入っていました。少々過熱気味という感もありましたが、かなりの数の警察部隊が出動し、万一の事態に備えていました。
試合は開始早々からルケが押し気味に試合を進めました。開始 5分、ゴール前、左からアマリージャが決めて早くもゴールを奪い、1-0(通算1-3)セロは、フェレイラが一人で持ち込みシュートを放つという場面はありましたが、前半はほとんどルケのペースで試合が進みました。特にペナルティーエリアの境ギリギリでファウルがあり、きわどい判定でエリア外と判定、PKとならずにすみました、セロにはどうもツキがあるようです。前半終了間際、右からの強烈なシュート、これはGK・ボバデージャが倒れながら右手で防ぎました。後半に入りセロが反撃する場面もありましたが依然としてルケペース、見事なヘディングシュートがポストに当たり入らないという場面もありました。これが決まっていますと差は僅かの1点差、その後の試合展開は変わっていたと思います。しかしながらセロの反撃、守りがおろそかになった隙をカウンター気味に主将のカセレスが決めて、1-1(通算1-4)となり、残り時間から見てルケには厳しい状況となって来ました。次第に無理に攻撃を仕掛け、守りが手薄になったところをつかれ、逆にセロ・アルバンレガが絶妙のパスを出し、マウロがフリーとなり、加点され、1-2(通算1-5)となりました。この頃からルケサポーターは片付けに入り、一部は物を投げつけて警官隊と衝突する等、諦め気分でした。後半29分2人目の交代選手として広山選手が登場しました。11番ラミーレス選手との交代でそのまま左のFWの位置に入りました。リーグ戦の後半からは右のMFだけでは無く色々なポジションで使われる事が多くなったように思います。特に目立った働きというのはありませんが確実に自分の仕事をしているように見えました。3人目の交代の際に本来の右のMFに入りました。試合はルケから見ますと時間との戦いですが、後半45分に決定的な3点目をフェレイラが決めて1-3(通算1-6)万事休すとなり、そのまま試合終了、セロの優勝が決まりました。セロとしては久しぶりの優勝でセリスタのボルテージはかなり上がっていました。広山選手はこの優勝に大きく貢献したと思います。試合で活躍したのは勿論の事、選手に大いに刺激を与えたように思います。この両チームから合計8人が代表としてキリンカップに選ばれており、(セロ 5人:パラグアイ 4人+ 日本 1人、ルケ 3人)明日当地を出発します。試合後、広山選手に会いましたがとても良い笑顔をしていました。「日本代表の座」そして「優勝」。日本代表として是非パラグアイ相手に頑張って欲しいと思います。なお、これで来年のリベルタドール杯の出場権を獲得しました。

<キリン杯>(日刊スポーツ 6月23日)
 28日開幕のキリン杯に出場するパラグアイ代表が、日本代表に初めて選ばれたMF広山望(24)のスピードを警戒した。24日、都内で来日初練習を行い、セルヒオ・マルカリアン監督は「(同国代表のMF)ガビランと似ている」と高く評価。日本代表の特色について「スピード」を挙げ、その持ち主の1人として、広山の名前を口にした。パラグアイリーグ、セロ・ポルテーニョでの広山の活躍を、マルカリアン監督も十分に知っていた。「いいプレーをしている。パラグアイ国内でも彼は親しまれている」。今回来日したメンバーは2002年W杯への底上げの意味もあり若手主体。だがスピードが持ち味で、来月1日の日本戦は「速さ」の対決になるとみている。同監督は「今回は一番有名な中田(ローマ)がいない」と、勝算ありげに話していた。


広山、中田に続いた!パラグアイリーグV(日刊スポーツ)
 日本代表に初選出されたMF広山望(24=セロ・ポルテーニョ)が、パラグアイリーグ優勝を経験した。前期リーグの決勝第2戦が24日、ルケで行われ、セロはスポルティボ・ルケーニョに3―1と快勝。2戦合計6―1で優勝を決めた。広山は後半途中から出場して、下がり目のポジションで守備に貢献。ローマのMF中田と同じく、優勝の瞬間をピッチ上で迎えた。広山は明日27日、Vを手みやげにキリン杯に参加するためにがい旋帰国する。 広山が、地球の裏側パラグアイでプロ6年目の初タイトルを手にした。習志野高時代に総体、国体の2冠を経験した。しかし、今回は泣いて市原に頼み込んで実現させたセロ移籍。自分でつかみ取りに行っただけに「プロとしての優勝は初めて。すごくうれしい」。その味は格別だった。リーグ決勝第2戦の後半29分。託された仕事は、切れ味ある右サイドの突破でも、絶妙なクロスでもなかった。守備固めという地味なものだった。それでも、FWから中盤の複数ポジションをこなす万能ぶりは健在。相手の攻撃を中盤で素早くチェックするなど、忠実に任務を遂行した。2月には日本人として初めてリベルタドーレス杯に出場した。3月の対スポートボーイズ第2戦では2得点した。南米サッカーに名を刻んだ広山にとって、リーグ優勝は勲章。「非常に意味あることだと思う」と、その重大さを言葉にした。広山は27日、日本に一時帰国。6月28日開幕のキリン杯では、右ウイングバックとしてトルシエ監督の構想にも入っている。セロでは黒子に徹した広山だが、ひと回り成長して主役に躍り出そうな勢いだ。


広山 ピッチで歓喜!セロV ・笑顔で優勝カップを掲げる広山(スポニチ)
広山が優勝を手土産に27日、凱旋する。パラグアイリーグの前期トーナメント決勝戦第2戦が24日、アウエーで行われ、セロ・ポルテーニョが3―1でスポルティボ・ルケーニョに連勝し、優勝した。広山は後半29分から出場、ピッチ上で優勝の感激を味わった。第1戦に3―0で勝っているセロは4―5―1の守備的なシステムを取った。前半3分にミスから先手を取られたが、後半18分にカセレスが決めて同点。29分に広山が入ると36分にカバジェロが逆転シュート。試合終了直前にも加点した。試合終了後はロッカーで大騒ぎした後、ホテルに戻って祝勝会が開かれた。広山は得点には絡まなかったが、高い評価を受けた。「プロとして優勝したのは初めてで、凄くうれしい。レベルの高い国のリーグで優勝することは意義がある。日本のみなさんの応援のお陰です」とFIFAランキング10位のパラグアイでの優勝を喜んだ。キリン杯の日本代表に選出されたため、26日にパラグアイを出発し、日本へ向かう。ひと回りたくましくなった姿を見せてくれるはずだ。


広山のポルテーニョが優勝(報知)
サッカーのパラグアイ・リーグは24日、前期の決勝第2戦を行い、Jリーグの市原から期限付き移籍している広山望が所属するセロ・ポルテーニョは、アウエーのフェリシアノ・カセレス競技場でスポルティボ・ルケーニョを3―1(前半0―1)で下し、2戦合計スコアを6―1として優勝を決めた。広山は後半29分から出場し、優勝の瞬間をピッチ上で迎えた。「プロとしての優勝は初めて。すごくうれしい」と喜びを口にした。広山は初めて選出された日本代表でキリンカップに出場するため、日本時間27日に帰国する。.


広山Vみやげに27日凱旋(報知)j
パラグアイリーグセロ・ポルテーニョにレンタル移籍中の日本代表MF広山望(23)=市原=が、パラグアイリーグ優勝の快挙を達成した。当地のフェリシアノ・カセレス競技場で同国リーグ前期決勝第2戦が行われ、ポルテーニョはアウエーながら3―1でスポルティペ・ルケーニョを下し、第1戦に続き連勝で制覇。広山は後半29分から出場し、日本人初の南米リーグ優勝をピッチで迎えた。後半29分から出場。まぎれもない。パラグアイの頂点に立つクラブが決まった瞬間、背番号16の広山はグラウンド上でチームメートと抱き合い、感激を分かち合った。「みんなで優勝を喜んでいます。プロとして優勝したのは初めてです。すごくうれしいです」後半29分。カセレスのゴールで1―1に追いついた12分後、広山はピッチに入った。ホームでの第1戦を3―0で勝っており、同点で無理をしない作戦に、中盤から積極的に相手ボールにプレッシャーをかけた。その7分後、カバリェイロが逆転ゴール。ロスタイムには、フェレイラがダメを押した。ブラジル、アルゼンチンに比べ影は薄いが、パラグアイは世界ランク10位の強国。「FIFAランキング上位の国のリーグで優勝できることは非常に意味のあることだと思っています。これも皆さんの応援のおかげです」広山は日本人初の南米リーグ制覇を素直に喜んだ。中田英寿(24)=ASローマ=がイタリアリーグを制して2週間後。今度は地球の裏側で日本人が美酒に酔った。冒険は今年1月14日に始まった。スペイン語も満足に話せないまま、練習試合でデビュー戦ゴール。確実に首脳陣の信頼をつかみ、日本人初のリベルタドーレス杯出場も実現。リーグ戦では3月10日、サンロレンソ戦で初先発初ゴール。スーパーサブとしてすっかり戦力に定着した。スペイン語もテレビのインタビューをこなせるようになり、チームにも溶け込んだ。「アウエーということもあり、試合終了後はロッカーへ駆け込んで、みんなで大騒ぎになりました」たくましくなった広山は、この一戦に出たパラグアイ代表7人とともにキリン杯出場のため、27日に凱旋する。
広山所属のポルテーニョがパラグアイリーグ優勝(毎日新聞)
サッカーのパラグアイ・リーグは24日、前期の決勝第2戦を行い、広山望が所属するセロ・ポルテーニョは、スポルティボ・ルケーニョを3―1で降し、2戦合計スコアを6―1として優勝を決めた。後半29分から出場の広山は、相手の攻撃を中盤でチェックするなど、安定した働きで優勝の瞬間をピッチ上で迎えた。(共同)

パラグアイが広山に警戒警報!(サンケイスポーツ)j
キリン杯に出場するパラグアイ代表が来日から一夜明けた24日、東京・稲城市の東京Vグラウンドで2時間練習。セルヒオ・マルカリアン監督は、パラグアイのセロ・ポルテーニョから初の日本代表入りしたMF広山望(24)に関し「スピードのある素晴らしい選手」と警戒の色を強めた。お腹の突き出た、貫録たっぷりのマルカリアン監督の頭の中には、“ヒロ”の情報がしっかりインプットされていた。「広山はパラグアイでとてもいいプレーをしているし、親しまれてもいる。スピードがすごくあって、今回の代表でいえばガビランと似たタイプだ」今回の来日メンバーはパラグアイ協会との取り決めで、若手中心。同監督は「スピードのあるサッカー」を特色に挙げる一方、GKチラベルト以外の“目玉”として3人を挙げたが、その中の1人が、プレミアシップのニューキャッスル・ユナイテッドで活躍中の21歳のFWガビラン。そのガビランと同等の評価は、広山の実力を認めている証拠だ。広山は24日(日本時間25日)のスポルティボ・ルケーニョとのパラグアイ前期リーグ決勝戦第2戦に出場後、27日に来日予定。海外でたくましくなった姿は、日本のファンより先にパラグアイの人たちの目に焼きついている。GKチラベルトも「そろそろチャンピオンになるんじゃないか。広山はとてもいい選手」と関心を寄せた。この日は、来日済みのメンバー13人に加え、スタッフも動員してミニゲームを実施、本気度は高いパラグアイ。広山との“ガチンコ勝負”に牙を問いでいる。


広山・V手土産に出発(スポニチ)
キリン杯の日本代表に選ばれたMF広山望(セロ・ポルテーニョ)が25日(日本時間26日午前)日本へ向けてアスンシオンを出発した。空港でチームメートで親友のコウマンらの見送りを受けた広山は「前期トーナメントで優勝して気分良く日本へ行けます。試合まで時間があまりないので、できる限りトルシエ監督にアピールして試合で結果が出せるように頑張りたい」と抱負を語った。1月14日に日本を出発して以来、5カ月半ぶりの帰国となるが、パラグアイリーグ前期トーナメント優勝を手土産に凱旋するとあって表情は明るい。パラグアイでは「日本でやっていた時より首脳陣にアピールするためにドリブルが多くなり、積極的に前に出てゴールに向かってシュートも打つようになった。プレースタイルも変わったし、何よりもサッカーに集中できている」と振り返る。27日に到着後、夕方からの代表練習に合流する。


A代表として日本へ(06月22日)

いよいよワールドカップに向かい広山選手の挑戦が始まりました。かねてから噂にはありましたが、いよいよA代表として日本代表チームに参加する事になりました。キリンカップの相手はパラグアイ、チームメイトならびにリーグ戦で対戦した選手が多く選ばれており、対パラグアイの秘密兵器として招聘されたのでしょう。日本代表は右のMFが問題と言い続けられていますので、このチャンスをものにして是非ワールドカップのピッチに立って欲しいものです。

それにしても新聞の扱いは大きいですね。日刊スポーツは一面トップで紹介していましたし、他のスポーツ紙もこのニュースを大きく報道しています。

広山初代表!キリン杯からW杯秘密兵器へ(日刊スポーツ)
単身パラグアイに渡った若武者が、日の丸のユニホームを手にした。日本サッカー協会は21日、6月28日に開幕するキリン杯の日本代表メンバー22人を発表。市原からパラグアイリーグのセロ・ポルテーニョにレンタル移籍したMF広山望(24)が、A代表に初めて選ばれた。シドニー五輪代表を外され、1度はフィリップ・トルシエ監督(46)に見限られた男が地球の裏側で急成長した。キリン杯の活躍次第では、2002年W杯の日本の秘密兵器になる。トルシエ監督の心をつかんだのはパラグアイで「イロジャマ」と恐れられる男だった。「HIROYAMA」をスペイン語読みしたこの響きは、悪魔のように右サイドを切り裂く男として現地ファンに知られるようになった。のんびりした性格と名前の「望」から、日本でのニックネームは「のんび」。そんな男が南米で成長し、初のA代表入りを果たした。「代表に選ばれたといっても、まだ呼ばれただけ。100%の力を出して試合に使ってもらえるように頑張ります」。代理人の事務所を通じてのコメントには、やる気があふれていた。市原に泣きながら頼み込み、今年1月にセロ・ポルテーニョへのレンタル移籍を実現させた。99年のシドニー五輪アジア1次予選のU―22(22歳以下)日本代表に入りながら、2000年本大会のメンバーから漏れ、トルシエ監督に見限られた。市原でもフランスW杯代表の中西を超えられなかった。右太もも肉離れもあり昨季のリーグ戦出場は9試合1得点に終わった。こうした「挫折」が日本を出る決心をさせた。移籍が決まると、それまで通学していた千葉大教育学部を退学する手続きをとった。体育教師になるというもうひとつの夢を捨ててまで、サッカー選手としてのステップアップを選んだ。退路を断った男は強かった。セロ・ポルテーニョでは主に中盤の右サイドを任され、早々に主力へとのしあがった。2月15日には南米のクラブNO・1を決めるリベルタドーレス杯に日本人として初出場。パラグアイリーグでも24日にスポルティボ・ルケーニョとのトーナメント決勝第2戦を控え、第1戦に先勝して国内タイトル獲得に王手をかけている。広山の知名度はまだ低いといっていい。初の現役国立大Jリーガーとして、98年には学習塾の公文教育研究会の全国CMにも出演した。リフティングをしながら将棋の羽生善治5冠、宝塚の月影瞳と共演し「やってて良かった公文式」のせりふで、お茶の間にも登場したことが知られている程度だ。トルシエ監督は「彼をもう1度見てみたい。2年たってどれだけ勉強しているのかね。戸田(清水)のように変わっているかもしれない」と期待を寄せ、キリン杯での起用を約束。A代表入りで97年ワールドユースで一緒にプレーした柳沢(鹿島)山下(福岡)とも肩を並べた。右サイドだけでなく、左サイド、FWもこなし得点力もある。27日に帰国する広山が、パラグアイで培った実力を発揮し、2002年W杯への道を自ら切り開く。
◆広山望(ひろやま・のぞみ)1977年(昭和52年)5月6日、千葉・市原市生まれ。習志野高3年時に総体、国体優勝。96年(平成8年)に市原入団。同年3月16日の広島戦でプロデビュー。Jリーグ通算出場120試合12得点。97年ワールドユースで8強。98年アジア大会に出場している。家族は母和美さん(54)兄翼さん(30)。趣味は読書。174センチ、68キロ
◆パラグアイリーグ 日本同様2ステージ制を採用している。第1Sは、全10チームがホームアンドアウエーの総当たり戦で優勝を争う。第2Sでは、まず1回総当たりのリーグ戦を実施。その上位8チームが2組(各4チーム)に分かれ、1回総当たり戦を行う。各組の1位がもう一方の2位と準決勝を行い、勝者同士が決勝を戦って第2S優勝を決める。さらに第1Sと第2Sの優勝チームが、年間王者を決めるチャンピオンシップに進出する。
◆キリン杯 1978年に「ジャパン杯」として8チームが参加してスタート。85年から「キリン杯」という呼称に変更された。今年で22回目。当初は代表チームとクラブチームが入り交じって行われていたが、92年から「3カ国の代表チームによるリーグ戦」となり定着した。日本は5回優勝している。


(写真:日刊スポーツ一面)

心優しい秀才…異国でタフに
<こんな人>
パラグアイに渡ってハングリー精神を身につけた。小さいころに父を亡くし、母和美さん(54)に育てられた広山の人間的な魅力は「優しさ」だった。だがその人柄が、時にはサッカーでは物足りなさにもつながった。トルシエ監督も「これまで引っ込み思案で控えめ過ぎた」と話す。95〜97年まで市原強化担当で、広山を入団させた田部和良氏(39=現横浜FCシニアマネジャー)も「南米に行って変わったのでは」と話す。異国の地での活躍で精神的に大きくなった。一方で知的な面もある。習志野高では評定平均4・9の抜群の成績を残して、千葉大教育学部に推薦入学している。昨年はJFL時代の横浜FCの試合を観戦し「運営は何人でやっているの」と尋ね、クラブマネジメントにも興味を示した。柏の誘いを断って市原に入団した理由も、亡くなった父がチームの親会社・古河電工に勤務していたからだ。義理堅い男でもある。


・FONT color=#0000a0>波戸、広山にライバル心 代表の右ウイングバックとして定着しつつある波戸(横浜)が、広山とのポジション争いに意欲を見せた。「向こうは海外で経験を積んで戻るわけだから、吸収するものは吸収して話も聞きたい」。20日の福岡戦で相手にヒジ打ちされ「左肋(ろく)軟骨の挫傷」と診断された。万全な体調ではないが、レギュラーの座を簡単に渡すわけにはいかない。一方、GK川口(横浜)は「パラグアイで活躍しているし、選ばれて当然。海外の経験をしている人間が代表入りすることは代表にとっても僕にとっても大きい」と話した。・/FONT>

広山“雑草魂”初代表!(スポニチ)
中田のいない日本代表に新たなヒーローが加わった。30日に開幕するキリン杯の日本代表にパラグアイで武者修行中の元市原MF、広山望(セロ・ポルテーニョ)が初めて選ばれた。Jリーグでの安定した生活を捨て、南米でゼロから再出発。自らの手で代表の座をつかんだもので、海外で結果を出して日本代表入りした選手は史上初めてとなる。夢にまで見た日本代表選出。チーム関係者から知らせを受けた広山は「うれしいけど、まずは結果を残さないと。日本に行ってから考えます」と冷静に応じたが、口元は緩んで話すたびに笑みがこぼれる。99年にはシドニー五輪アジア1次予選に出場、前途には明るい未来が開けていた。しかし、トルシエ監督が選んだ最終予選のメンバーに名前はなかった。ショックからようやく立ち直った00年シーズンはいきなり右太腿肉離れに見舞われ、わずか9試合(1得点)に出場しただけで、チームからは15%ダウンの年俸1020万円を提示された。そんな時に舞い込んだのが南米パラグアイのセロ・ポルテーニョからの移籍話だった。市原に残れば、それなりに安定した生活は送れる。だが、試合に出られない不満に加え、1つ年上の中田がイタリアで活躍していることに刺激を受けていた広山は未知の世界に懸けた。今年1月14日に成田から飛び立った時の荷物はスーツケース2つだけ。言葉も文化も違い、試合に出場できる保証もない中で必死にボールを追った。リーグ戦で10試合に出場して1得点。南米のクラブNo.1を決めるリベルタドーレス杯にも日本人として初めて出場し、7試合で2ゴールを決めた。「まだまだレベルアップできるし、半年がたった時に自分の価値が上がって、次の目標に進めるようにしたい」。出発前に知人に話していた通り、半年たったこの日、ついに日本代表招集の知らせが届いた。トルシエ監督へのわだかまりは、本場のサッカーに打ち込む間にすべて消えた。「時間に限りがあるけど、僕のいいところを周りの人にも分かってもらいたい。不安もあるけど、気持ちを切り替えてやる」キリン杯ではパラグアイと対戦する。「パラグアイの人も注目してくれるし、僕にとっては最高の形です。いいプレーをすればパラグアイでの評価も上がる。チャンスだと思う」。キリン杯の日本代表には中田も西沢もいない。しかし、エリートの2人とは違う雑草の強さが広山にはある。今回活躍すれば、念願のW杯出場への道も開ける。前期王者の勲章を手に夢を実現させたシンデレラ・ボーイは27日に凱旋する。
≪「進歩を見たい」≫トルシエ監督はこの日の記者会見で広山の選出について「彼はパラグアイの1部リーグでプレーしている人間。もともと素晴らしい素質を持っていたが、引っ込み思案で控えめ過ぎると私は思っていた。あれからどのように進歩したか見たい」と語った。五輪代表では途中から全く招集せず、一度は失格のらく印を押したが「戸田のように変わったかもしれない」と大きな期待を寄せていた。


物静かなインテリ−広山という男 (サンスポ)
中田英、西沢に続く、海外からの第3の男は、国立大合格、語学堪能という異色の経歴を誇るインテリだ。スピードあふれる突破と、対照的な穏やかな性格が不思議とマッチする。昭和52年5月6日、市原市生まれ。5歳でサッカースクールに通いはじめ、市立習志野高時代から注目を集めたが、勉強は普通科で評定平均はなんと4・3。地元の市原入団後も、勉学をあきらめず、96年には論文のみの推薦試験で国立・千葉大教育学部中学校教員育成過程に見事合格した。パラグアイ行きのために今年1月に退学したが、その知的なイメージから「公文式」のCMキャラクターに起用されたこともある。パラグアイで活躍する現在は公用語、スペイン語をマスター。愛称「ヒロ」として、サポーターの心をつかんだ。日本代表では、MF中村俊輔(横浜M)と同年代で95年U−18代表から99年U−22代表まで歴任。97年世界ユースでは日本のアシスト王になり、シドニー五輪アジア予選では、99年6月14日のネパール戦で先発、1得点している。しかし、2000年は肉離れに苦しみ、市原でも出場機会が激減。今年1月、レンタル移籍でパラグアイに新天地を求めた。専属代理人は7月以降はスペインリーグ移籍を模索中。この大会をきっかけに、さらに世界にはばたく。

広山初のフル代表選出 (報知)
キリン杯メンバー22人発表:広山が日本の右サイドに“革命”を起こす。日本サッカー協会は21日、キリンカップ2001の日本代表メンバー22人を発表した。MF中田英寿、FW西沢明訓の欧州組らを除きコンフェデレーションズ杯準優勝のメンバーを主体とする代表で、今回はパラグアイのセロ・ポルテーニョで活躍するMF広山望(24)を初のフル代表に選出。南米仕込みの右サイドバックが、日本の右サイド攻撃に変革をもたらす。

キリン杯日本代表メンバー22人 ・パラグアイで成長 攻撃にバリエーション・広山は待望の日本代表入り
広山は7月1日のパラグアイ戦(札幌ドーム)、右サイドMFとして代表デビューする見込みとなった。日本代表は、右サイドからの攻撃が課題だった。セロ・ポルテーニョの右サイドMFは、南米で養われたサイド突破を披露し、日本代表の攻撃にバリエーションを増やす。南米クラブ王者を決めるリベルタドーレス杯、3月22日のグループ2組第3戦スポルト・ボーイズ(ペルー)戦は圧巻だった。右サイドでドリブルを突破し、クロスを上げてアシスト。自らも中央へ切れ込んで2得点した。マリオ・ジャケ監督は「素早いドリブル、正確なセンタリングは一級品だ。彼の成長には驚いている」と絶賛した。日本はコンフェデレーションズ杯で準優勝に輝いた。司令塔の中田英(ASローマ)、左サイドMFに抜てきされた小野(浦和)を中心にして攻撃力もアップした。だが、右サイドを崩す場面は少なかった。伊東(清水)、明神(柏)は守備的な布陣を取り、攻撃参加できたのは波戸(横浜M)だけ。広山が入れば、両翼のバランスは保たれる。市原の祖母井秀隆チーム統括部長は「瞬時のスピードはJ1でもトップクラス。1対1での駆け引きもうまかった。課題は守備のほか、クロスボールやシュートの精度だったが、パラグアイで多くのアシストや得点を決めているので、良くなったのでしょう」と話す。セロ・ポルテーニョでは、ボランチも任されることがあり、守備面も鍛えられた。左サイドへポジションチェンジする回数も増え、攻撃の厚みもついた。トルシエ日本に大きな武器が加わる。

広山「頑張る」
吉報は突然やってきた。「代表に選ばれたといっても、呼ばれただけなので、自分の力を100%出し切り、試合に使ってもらえるよう、頑張ります」広山は決意を語った。トルシエ監督の下、最後に戦ったのは、1999年6月のシドニー五輪アジア地区1次予選のネパール戦だった。1得点したが指揮官は「(広山は)気持ちが弱い」と、それ以降は五輪代表に呼ばれなかった。今年1月14日、「試合に出ることが大事。代表はその次です」と言い残しパラグアイへ渡った。目的だったリベルタドーレス杯に初出場。3月にはリ杯のスポルト・ボーイズ戦で2得点1アシストと爆発し、実力を証明した。トルシエ監督も「一人で戦っている広山を見習うべきだ」と、再評価するようになった。広山は21日、前期リーグ決勝戦第2戦のスポルティボ・ルケーニョ戦(24日、アスンシオン)に向け合宿入り。日本代表の切り札は、決勝戦翌日の25日に現地を離れ、日本時間27日に凱旋する。(国際電話・/FONT>j


前期決勝戦第一戦・広山選手後半途中出場、勝利!!(6月17日)

決勝戦・第一戦・セロ 3 -ルケ 0 (エステ市・セロのホームとして)

広山選手はパラグアイ国内リーグ第一戦に途中から出場しました結果は3-0でセロの勝利、前期優勝に大きく近づきました。決勝戦の相手は準決勝で常勝オリンピアを撃破したルケーニョ、昨年武田選手が所属したチームです。武田選手が所属していた昨年後期は一度も勝つ事が出来ずに後期最下位に終わりましたが、この前期リーグ戦は2位で突破、調子に乗っているチームです。試合開始早々はどちらかと言いますとルケのペースでしたが、前半17分、ルケのゴール前で混戦となり、ハンドの反則でPKを取られた事に対してルケの選手が猛烈に抗議、選手一人が退場となりました。一人少ないルケに対してセロのペースで試合は進みました。後半に入るとルケが組織的に攻め、どちらかと言いますとルケのペースで試合が進みました。35分にフェレイラが頭で決めて2点目、試合終了前に3点目、これは広山選手が左から持ち込み、フェレイラへ、これをフェレイラが決めて決定的な3点目を挙げました。24日にルケで第二戦が行われます。セロはかなり有利になって来ました。次の24日の試合が前期の最終戦となります。広山選手に取りましても大切な試合となります。

広山、チームV王手をアシスト(日刊スポーツ)
パラグアイリーグのセロ・ポルテーニョに在籍しているMF広山望(24)が、チームの優勝に王手をかける活躍を見せた。スポルティボ・ルケーニョとのトーナメント決勝第1戦に後半28分から出場。2―0とリードした試合終了間際に3点目をアシストし、3―0の勝利に貢献した。第2戦は24日に行われる。


広山アシスト、前期V王手 (スポニチ)
パラグアイリーグの前期トーナメント決勝第1戦が16日、エステ市で行われ、セロ・ポルテーニョが3―0でスポルティボ・ルケーニョに先勝した。セロのMF広山望は後半28分から出場し、1アシストを記録した。 セロは今季、リーグ戦とカップ戦でS・ルケーニョと2度対戦し、1分け2敗と苦手にしているが、序盤から再三、左サイドから攻めた。17分に相手DFマルティネスがペナルティーエリア内でハンド。レオナルドが決めて1点先制、しかも相手は10人になり試合の主導権をつかんだ。だが、追加点がなかなか取れずに苦しくなり始めたが、後半28分に広山が交代出場して左サイドに入ると試合は動いた。35分にフェレイラが待望の2点目、そして44分には広山が左サイドを突破してシュート。こぼれ球を広山が拾って左足でセンタリングしてビルヒリオが頭でゲット。大きな3点目が入った。広山は出場した直後に相手選手と激突して右目の上と右足を負傷、右足は試合後にスタジアム内でチームドクターから5針縫う治療を受けたほどだった。「右目の上を切ってしばらく前がよく見えなかったが、3点目に貢献できてよかった」と広山はホッとした様子。24日にアウエーで第2戦が行われるが、3点のリードは大きく、優勝へ一歩前進した。

6月24日(日)23:30〜24:00(放送予定)
jプロサッカー選手 広山 望 (Hiroyama Nozomi)(TBS系列・毎日放送制作)

千葉県市原市生まれの24歳。小学1年からサッカーを始め、95年にユース代表、96年ジェフ市原入団、さらに2000年にはシドニー五輪予選代表、U‐22代表…。若くして様々な栄光を持つ広山が、今年2月、南米パラグアイの名門クラブ「セル・ポルテーニョ」と半年間のレンタル契約を結び、たった一人で海を渡った。よりレベルの高いチームで自分に磨きをかけるための新たな挑戦だ。広山の所属する「セロ・ポルテーニョ」はパラグアイの中でも人気を二分するほどの強豪チーム。サッカーを極めたいという広山にとっては、まさに願ったりの環境が整っている。パラグアイに移って4ヶ月。アパートに1人で住み、車の免許も取った。スペイン語も流暢で、チームメイトとの会話もスムーズ。異国から来てサッカーに打ち込む彼の姿は、熱狂的なファンの心をつかみ、その実力も認められている。番組ではストイックなまでにサッカー漬けの日々を送る広山に密着。さらなるステップのために、そして最高のサッカー人生を送るために進化していく広山を追う。
サポーターからのメッセージ
01・たった今TBSの番組で廣山選手の活躍を見ました。遠くパラグアイでの健闘に絶賛しました。これからもパラグアイで経験を積んで、サッカー選手として世界に名をとどろかすことを期待しています.

02・昨夜、「情熱大陸」を見ました。それまで廣山選手については何も知りませんでしたが、彼の真摯な姿に、夢中になってしまいました。番組の最後の方、彼のアシストがゴールにつながった場面で、ごぼっと涙が出てきてしまいました。廣山選手の活躍を介しパラグアイという国にまた、興味がでてきました。今まではどうしても遠い国というイメージがあったのですが、少し近く感じることが出来ました。たった30分の番組でしたが、充実した良い時間でした。
03・広山選手に感激しました。パラグアイがすごく懐かしくなりました。去年の今頃は武田選手がそちらにいましたね。武田と全く違う生活、人とのコミュニケーションにについて考えさせられました。スペイン語をマスターし、選手との会話、監督との会話、自分のオフタイム充実している感じを受けました。私もあまり知らなかったけれど、ファンになりました。頑張って欲しいです。キリンカップ活躍を期待しています。



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