戦い終わって・・


一年間、タイトな試合日程をこなし、セロの5年ぶり優勝に大きく貢献した廣山選手、次の挑戦までしばし余裕の時間でした。それから日本に戻りジェフ市原との交渉、外国クラブへの完全移籍を目指しました。そしてブラジルの名門チームであるフラメンゴに向かった廣山選手、今後の活躍に期待しております。


ブラジルに (2002年01月19日)

ブラジル、リオの名門チーム「フラメンゴ」に向かった広山選手、パラグアイでの活躍以上の大暴れをしてくれることでしょう。このページはあくまで「パラグアイで活躍する」というのがメインテーマであり、セロとの契約も12月一杯で終わり、パラグアイから新たなステップに踏み出した広山選手、当ページの更新も一旦お休みとします。またパラグアイの何れかのチームでプレーする時が来る事を期待しております。



移籍先は どこに (2002年01月09日)

市原から完全移籍を目指す広山選手、ブラジル・リオの名門チーム、フラメンゴの名前が急上昇しているようです。

広山にフラメンゴ急浮上(スポニチ)
市原からパラグアイのセロ・ポルテーニョにレンタル移籍中の広山望の移籍先としてブラジルの強豪フラメンゴが急浮上した。市原との契約交渉を進めている広山だが、フラメンゴが獲得に興味を示したもの。これを受けて広山は10日にもブラジルへ出発。入団交渉を視野に入れながら自主トレを兼ねて施設見学などを行う。

フラメンゴで広山自主トレ(日刊スポーツ)
いまだに去就が決まらない元セロ・ポルテーニョMF広山望(24)が今日10日、ブラジルに向けて出発。名門クラブのフラメンゴで自主トレを行う。今回は獲得意思のあるフラメンゴ側の入団テストも兼ねており、広山にとっては単なる調整ではなく、今年の所属先を決める正念場になりそうだ。広山側では、移籍先を南米に絞って交渉を進める方針。当面は、昨年の南米での広山の活躍を評価しているフラメンゴで、練習を続ける予定だ。ただ、昨年末に復帰交渉で決裂した市原に来年1月まで保有権がある。市原に約1億8000万円の移籍金を支払えるチームが現れない限り、広山の海外移籍は現実化してこない。市原側も完全移籍以外の条件は認めない方針を打ち出している。市原を納得させる契約条件を提示できるチームが現れない限り、広山は浪人生活を送ることになりそうだ。

パラグアイからブラジルへ、広山は雄飛する(サンスポ)
パラグアイのセロ・ポルテーニョで昨年活躍したサッカー日本代表MF広山望(24)がブラジルの名門フラメンゴ移籍に向け、チームを視察することが9日、分かった。10日に離日しトップチームの練習に合流、条件面が折り合えば正式契約に至る。思えばちょうど1年前、当時市原の広山はパラグアイへ旅立つ準備を進めていた。自らの足だけで南米へ雄飛する男が、成功へのキーワードとW杯への思いを語った。3万8000人の“大合唱”が成功の証明だった。昨年7月4日、ピッチに立つことなく迎えたキリン杯ユーゴスラビア戦。ベンチに向けられた『広山コール』が、選んだ道は正しかったと広山に語りかけていた。「出られなかったことは悔しいけれど、ベンチにいても確実に“輪”の中にいたことを感じていました。遠いパラグアイにいる自分を見て、応援していてくれた人がいることがうれしかった」半年間のレンタル移籍が決まったとき、周囲は短期留学としてしかとらえていなかった。「すぐ帰ってくるものと…。広山は幹部候補生だった。市原で現役を終えた後はコーチ、監督へ、というレールも敷かれていた」(市原関係者)。しかし、広山の心はすでにJを離れ、“出世コース”の安定すら捨てるふんぎりをつけていた。「チーム状況も年俸も毎年あまり変わらない状態が5年間続いていた。残りの5年も同じように過ごすのかな、と…。例えば、毎年何千万円か貯金して10年間でサッカー選手を終えるのも1つの生き方。どちらがいいか考えたとき、とにかく行こう、と思った」首都アスンシオンの空港に着陸するとき、不安が去来した。「空の上から見たパラグアイは本当に小さくて」。迷いが生じたのはそれが最後。パラグアイ人の穏やかさと待ち受けていた試合の山が、不安を忘れさせた。「みんなが家族、という雰囲気。ストレスは一切なしに、サッカーができる喜びだけを感じた」南米サッカーの厳しさも知った。当たりの激しさと、ラフプレー。いい選手はビッグクラブに移り、ダメな選手は即刻クビというシビアな世界。ピンチも訪れた。5月16日、リベルタドーレス杯クルス・アスル戦で敗れた後、2試合連続ベンチ。これを救ったのはコミュニケーション能力だった。自分に何を求められているのか、監督ととことん話し合った。会話は流暢なスペイン語で。通訳を1回もつけず、日本で買った参考書と辞書を片手に体当たりで言語を習得した努力が、広山に再びのチャンスをもたらした。次戦から再びピッチへ。「監督とコンタクトをとるのも駆け引きの部分がある。何もモーションをかけないより、そういうことをした方が信頼されるってこともあるし」再び代表のチャンスを得たのは、昨年10月の欧州遠征セネガル戦。後半30分から途中出場、この時は体で示した。守勢にまわる周囲を横目に、受けたパスをすべて前線に供給。「ミスをしないような無難なやり方もあるけど、この時は“勝負”しようと決めていた」。試合後、トルシエ監督は広山を大絶賛した。「監督の信頼を得ていないと思ったとき、まずどんなプレーを嫌っているかリサーチする。トルシエ監督は“逃げる”プレーが一番嫌いでしょ」。したたかに言ってみせた。手が届きそうなW杯。執着はないが、自信は、ある。「今の日本には攻撃の形がない。僕がサイド攻撃のオプションを作れれば」。欲しかったものはすべて、挑戦の後からついてきた。安定にしがみついていては、何も得られない。「見てるだけじゃ、何も知ることができない」。今度の『挑戦』はブラジル修行。再び選ぶいばらの道は、華やかな世界競演の舞台へと、きっと続いている。
★フラメンゴ入団を目指す:広山が、ブラジルの英雄ジーコ(現・鹿島テクニカルディレクター)を生んだ名門クラブ入団を目指す。ブラジルに渡って移籍を前提に施設を視察。トップチームの練習に合流すると同時に、条件面の本格交渉をスタートさせる。ポルトガルのスポルティング・リスボンなど10クラブ以上が依然興味を示しているが、フラメンゴとの交渉がまとまればすぐにでも正式契約に至る可能性は高い。フラメンゴは昨年12月末、広山側に1年契約での完全移籍を正式オファー。市原の復帰要請を断り練習場所に困る広山に、体を動かす場の提供と視察を呼びかけた。同クラブには現在ブラジル代表のFWエジウソン、MFヴァンペッタらが所属。ジーコが14歳で入団し、20年以上もプレーした最高峰でセレソンの技を習得できれば、7月以降の欧州移籍、という青写真も描ける。インタビューでは「できるだけいろいろな国、いろいろなチームでサッカーをしたい」と語った。パラグアイからブラジル、そして欧州へ。さらなる飛躍へまずは夢の第一関門をクリアだ。
★フラメンゴ★1895年創立。ブラジル選手権を5度制した名門で、ジーコら数々の名選手を輩出。本拠地はリオデジャネイロ。チームカラーは赤と黒。
★広山 望(ひろやま・のぞみ)昭和52年5月6日、千葉・市原市生まれ。24歳。小学1年時に長浦SCでサッカーを始め、習志野高3年時に総体、国体を制覇。96年に市原入団の際、推薦試験で千葉大教育学部保健体育学科に合格し、国立大Jリーガーとして話題に。J通算120試合出場、12得点。2001年1月にセロにレンタル移籍し、同6月に延長。趣味はビリヤード、好きな食べ物はおはぎ。家族は母・和美さん(54)、兄・翼さん(30)。1メートル74、68キロ。
★鉄仮面の下に優しい素顔:冷静沈着。僧侶のようなたたずまいは十代から変わらないスタイルだ。習志野高入学時のあだ名は『鉄仮面』。サッカー部の恩師、本田裕一郎監督(54)=現・流経大柏監督=は懐かしそうに当時を振り返る。「何が起きても顔色ひとつ変えない。表情を崩してまで笑ったことはないんじゃないかな? 暗いんじゃなく冷静なんです」。チームには小学校からの幼なじみ、現FC東京のFW福田健二がいた。入学してすぐに『ノンビ(広山)とフクちゃん(福田)』はレギュラー獲り。「本当に名コンビでしたよ。複雑な家庭環境だった福田を広山が支え、明るくてムードメーカーの福田が広山やみんなを楽しませた」。練習が終わると課題を集中してこなし、早々に学校を引き揚げた。多くの生徒が学校近くで下宿する中、自宅から約2時間の電車通学。終電の早い内房線の時刻を気にして家路を急いだ。「下宿を勧めたら、犬の散歩があるからなんて言って」。本当は違う。中学時代に父を亡くし、家には母と兄。家族と過ごす時間が何より大切だった。「Jリーグに入ったころ、『お母さんのケーキ屋を出してあげたい』としきりに言っていました。本当に親孝行な子です」。鉄仮面の下には優しい素顔が隠れている。
◆広山をスカウトした元市原強化部長・川本治氏 「初めて見たのは高校1年のとき。右利きなのに左サイドを任されていて、ボールさばきは下手だったけれど『走り方』がよかった。スーッ、スーッとサッカー選手らしくないシャープな走り方をする。すぐ獲ろうと決めて調べてみると、亡くなったオヤジさんが古河電工に勤めていた。運命を感じました」



市原と決裂(2001年12月28日)

外国でプレーしたい広山選手とジェフ市原との話し合いは結局決裂し、市原ではプレーしない事が事実上決定しました。欧州もしくはブラジルのクラブへの移籍が可能となって来ました。

市原、広山との契約断念(日刊スポーツ)
市原がMF広山望(24)との契約更改を断念した。28日、都内で祖母井(うばがい)チーム統括部長と広山の代理人ロベルト佐藤氏が会談し、2年間の複数年契約を提示した。しかし、今季1年間、セロ・ポルテーニョ(パラグアイ)でプレーした広山は、引き続き海外クラブでプレーすることを主張。今後、両者が話し合う予定はなく、年明けにも市原は広山を移籍リストに掲載する。岡社長は「市原に残りたいという選手と契約したい。移籍リストに載せるのも仕方ない」と語った。現在、広山へは南米以外にも欧州各国のクラブからオファーが届いているという。市原と広山の契約は来年1月31日で切れるが、その後1年間は市原が保有権を持ち、約1億8000万円の移籍金を支払えるクラブが現れない限り、移籍は厳しくなる。


市原あきらめた、広山に欧州への道開ける(サンスポ)
セロ・ポルテーニョ(パラグアイ)MF広山望(24)が来季のさらなる海外飛躍に向けて一歩を踏み出した。レンタル元のJ1市原が28日、広山を復帰させることを断念。広山にはフラメンゴ(ブラジル)、FCポルト、スポルティング・リスボン(ポルトガル)など、8カ国10チーム以上からオファーが殺到している。

広山交渉決裂で移籍リスト入り・移籍金ネック 国内でプレーも(報知)
セロ・ポルテーニョ(パラグアイ)へのレンタル期限が、31日に切れる市原のMF広山望(24)と市原の残留交渉が28日、行われた。広山側からは代理人のロベルト佐藤氏、市原側からは祖母井(うばがい)秀隆GMが出席。広山は市原の提示した条件に合意せず、交渉は決裂した。この結果、広山は来年1月8日の移籍リストに掲載され、他クラブと移籍交渉することになる。 :市原側「ジェフでやりたい選手だけでやる」:広山の意志は固かった。20日の市原・岡健太郎社長との会談で、クラブ側が残留への最終提示。これを受け広山サイドでは、28日までに復帰か移籍かの最終結論を出すことになっていた。この日、広山の代理人のロベルト佐藤氏が市原側に伝えた最終決断は「海外でやりたい」。引き続きレベルの高い海外リーグでのプレーを求めるものだった。市原側は「ジェフでやりたいという選手だけでやっていく」(岡社長)と、再度の慰留はしないことを決定。広山の市原復帰は、この時点で消滅した。この結果、市原は広山の名前を来年1月の移籍リストに掲載、今後は国内外の他クラブが自由に広山と交渉できることになる。ただし、市原と契約更新しなかったことで「レンタル移籍」はなくなり、今後はあくまで「完全移籍」を前提とした交渉となる。関係者の話を総合すると広山には現在、イタリア、スペイン、ブラジルなどの海外のクラブが興味を示している。だが、海外移籍の最大のネックとなるのが1億8000万円(推定)と見られる移籍金。この金額が障害となって移籍交渉が難航するケースも考えられ、その場合には国内の他のJリーグチームでプレーする可能性も出てくることになる。◇移籍リストへの登録:Jリーグ規約によると、12月31日までにクラブと選手との交渉が決裂して、契約更新しないことが確定した場合、クラブはただちに当該選手を移籍リストに登録しなければならない。移籍リストに登録された選手は、自由に他クラブと交渉できる。

広山の市原復帰消滅(スポニチ)
セロ・ポルテーニョにレンタル移籍しているMF広山望の市原復帰が事実上消滅した。28日、都内で広山の代理人と市原の祖母井(うばがい)秀隆GMが会談し、海外への移籍を望む広山と復帰を求める市原との交渉は平行線をたどり、結局決裂した。市原サイドは移籍リストに載せることを決めており、国内を含めた他クラブと自由に交渉を行えることになる。ブラジルのフラメンゴのほか、新たにフランスのモナコやポルトガルのポルトからオファーを受けていることも判明。ほかにもイタリアやスペイン、ベルギーのクラブからもオファーが届いているという。

磐田、広山に「興味」(スポニチ)
日本代表の磐田MF奥大介の名古屋への移籍問題浮上を受けて、松崎孝紀社長は29日、「問題が起用法だから難しい」と結論まで長期化する見通しを示した。慰留に全力を注ぐ一方、来季への戦力見直しにも着手。年明け早々にも移籍リストに掲載される広山望を「興味がある」と獲得検討を示唆。右サイド強化として横浜のMFでU―20代表の石川直宏の名も挙がっている。さらにGKヴァンズワムの契約が来年6月で切れることから、まだ契約を更新していない名古屋の日本代表GK楢崎正剛の獲得に動く可能性も出てきた。

磐田が広山に触手(報知)
パラグアイの強豪セロ・ポルテーニョへレンタル移籍中で、保有権を持つジェフ市原との残留交渉が決裂したMF広山望(24)に対し、ジュビロ磐田が興味を持っていることが29日、明らかになった。磐田・松崎孝紀社長(60)が「まだ調査はしていないが、興味は持っている」と話したもの。磐田は、日本代表MF奥大介(25)が左サイドで多く使われた今季の起用法への不満から、28日に行われた3度目の交渉でも他チームへの移籍を志願。さらに、リーグ終盤に左サイドとして出場したMF金沢浄(25)も契約交渉が難航している。広山の“本職”となる右サイドには川口、西らがいるが、左サイドは手薄になることが予想される。ただし、広山は10月4日の日本代表―セネガル代表戦では15分間ながら左サイドでプレーしており、左右どちらのサイドでも問題はない。広山本人は引き続き海外でのプレーを希望しているが、市原側の希望する完全移籍の移籍金(推定1億8000万円)を払う海外のクラブはなく、Jリーグの他のクラブへの移籍も選択肢に入っている。



廣山選手、直接交渉 (2001年12月21日)

廣山選手は市原と直接交渉に臨みました。

セロの広山、市原の岡社長と1時間の会談 (サンスポ)
パラグアイのセロ・ポルテーニョMF広山=写真=が1年ぶりにレンタル元の市原を訪問。岡健太郎社長との約1時間にわたる会談で、お互いの要望を確認した。本格交渉はなかったが、欧州移籍を望む広山は「帰国してから気持ちは変わっていない」。年間3位と躍進した古巣には「クラブハウスも前と全然雰囲気が違う」と驚き、試合のビデオテープ数本を持ち帰るなど懐かしそうだった。


広山 直接会談実らず・ 移籍?残留?市原社長と交渉(報知)
セロ・ポルテーニョ(パラグアイ)へのレンタル期限が31日に切れるMF広山望(24)が21日、1月以来約1年ぶりに所属先の市原クラブハウスを訪れ、岡健太郎社長(59)との直接会談を行った。「広山が何を思っているか、私が何を思っているか意見交換した」と岡社長。この席で広山は海外でのプレー続行を求め、市原はクラブ復帰を要請。金銭面などの契約に関する話し合いは一切行われず、3度目の交渉でも大きな進展は見られなかった。 約1時間の会談を終えた広山は「(海外に行きたい)気持ちは変わらない。自分のスタンスにチーム(市原)側が考えている方向性を加えて考えたい」とキッパリ。今後も何度か話し合いの場を持ち、28日前後に復帰か移籍かの方向性は決める予定だ。
 
広山 結論また先送り(スポニチ)
セロ・ポルテーニョ(パラグアイ)にレンタル移籍しているMF広山望が市原市内のクラブハウスで岡健太郎社長と会談した。既に代理人を交えて2度の交渉を行っているが、結論はまたもや先送りされた。会談を終えた広山は「自分自身の気持ちに変化はありません。社長の説明でチームの魅力ある部分も理解したが、少し考えて結論を出したい」と慎重な姿勢。残留を希望する市原と、移籍を前提に交渉を進めたい広山サイドの主張は変わらないが、岡社長は「28日までには方向性をはっきりさせたい」と年内決着に意欲を見せた。

広山悩む…完全移籍できず復帰話も平行線(日刊スポーツ)
セロ・ポルテーニョMF広山望(24)は21日、市原クラブハウスで来季の去就について、復帰を求める岡健太郎社長(59)と約1時間話し合ったが、双方の言い分がかみ合わず平行線に終わった。南米を中心に複数のクラブからオファーが届いているが、すべてレンタル移籍で、市原側が求める完全移籍ではない。1年間在籍したセロも広山を来季戦力として認めているものの、約1億8000万円の移籍金を払える見込みはない。広山も悩んでおり「(海外でプレーする気持ちに)全然変わりない。W杯のことはあと1週間で(去就の)決着をつけてから」と話した。この日、日本代表候補が発表された。広山は海外クラブ所属選手としてメンバーに入らなかったが、海外でのプレー続行に決定打はなく、W杯代表争いにも関連して成り行きが注目される。

セロ広山は市原に復帰か(スポニチ)
欧州移籍を希望しているパラグアイ、セロ・ポルテーニョMF広山が27日、都内でJ1市原・祖母井統括部長と代理人を交え会談。市原関係者は「復帰は十分ありえる」と手応えを感じた。ベングロシュ新監督の欧州での人脈が復帰要請の切り札として出されたもようで、28日にも最終合意に至る。



廣山選手、日本に到着 (2001年12月16日)

日本に戻った廣山選手、外国でのプレーを希望して市原との話し合いに臨んでいるようです。

廣山が帰国、市原と再び移籍交渉へ(日刊スポーツ)
セロ・ポルテーニョのMF廣山望(24)が16日、パラグアイから151日ぶりに帰国した。「個人技を重視してくれるので、伸び伸びプレーできた。攻撃でチャンスをつくる自分の特長をパラグアイ(のサッカー)が引き出してくれた」と振り返った。10月には2試合、日本代表戦でプレー。来年のW杯には「対戦国が決まり、気持ちは盛り上がってきた」と意気込んだ。セロとのレンタル契約は今年いっぱいで切れ、市原との選手契約も来年1月までだが「市原の話を聞くために(帰って)きた。ただ、できれば海外でプレーしたい」と海外でのプレー継続に執着をみせた。現在、南米チームから複数のオファーが届いているという。海外でプレーするには1億8000万円(推定)の移籍金の問題もあるが、「自分のやりたいチームでプレーしたい」とも話した。早ければ17日にも市原との交渉が行われそうだ。

廣山17日にも去就会談 (報知)
パラグアイの名門セロ・ポルテーニョに今月31日まで期限付き移籍しているMF廣山望(24)=市原=が16日、成田空港着の日本航空機でキリン杯以来151日ぶりに帰国した。早ければ17日にも市原と来季以降の去就について話し合いを行う。 151日ぶり帰国:廣山は「個人的にいろんな国でサッカーをやりたいし、やれるものなら外でやりたい。市原は選択肢の一つ」と、引き続き海外でのプレーを希望しているが、保有権を持つ市原側は「右サイドに欲しい」(岡健太郎社長)と復帰を熱望している。 だが、現時点では海外からのオファーはなく、市原も今後はレンタル移籍を認めない方針でいることから、古巣に復帰するしかない状況だ。市原側は来季の監督問題を含めて説得に乗り出す構えでいる。廣山の今後の予定は白紙状態だが、本人は1週間前後で結論を出す意向だ。

廣山、心は世界行脚”…市原・岡社長は強気のラブコール (サンスポ)
セロ・ポルテーニョMF廣山望(24)が16日、パラグアイリーグ年間王者を手土産に帰国した。レンタル元の市原から復帰要請を受ける中、廣山は“世界行脚”を熱望。今週中にも市原・岡健太郎社長(59)との直談判に臨む。 廣山は「海外でサッカーする楽しさを今年1年、知ることができた。いろんな国でサッカーをやりたい」。セロでは本職の右サイドの他、左サイド、ボランチ(守備的MF)も経験。海外武者修行はトルシエ監督の目に留まり、初のフル代表入りにつながった。W杯出場を目指し、海外で自らを磨く考えだ。関係者によると、欧州の数クラブから非公式オファーがある。セロには移籍金1億8000万円を支払う余裕はないため、退団は決定的だが、他チームへの再レンタルの可能性も探っている。「今までわがままを許してきた。戻ってくると信じている」と市原・岡社長は強気のラブコール。ふたりの“大綱引き”が早くも熱を帯びる。


廣山残留問題で19日話し合い (スポニチ)
16日に帰国したセロ・ポルテーニョのMF廣山望と保有権を持つ市原の岡健太郎社長との話し合いが19日に行われることが濃厚となった。18日には都内で祖母井秀隆GMが廣山の代理人ロベルト佐藤氏と会談する。同GMは「まずは佐藤氏から廣山サイドの状況を聞き、それを岡社長に報告する。海外クラブへの完全移籍か残留かしか選択肢はないが、市原に残ってくれると信じている」と話した。一方、同日、2度目の契約更改を行ったMFムイチンは「条件面でほぼ合意した。クリスマスまでにはサインしたい」と残留を表明した。

廣山、市原側と18日事前交渉 (報知)
今月31日にレンタル移籍先のセロ・ポルテーニョ(パラグアイ)との契約期限が切れるMF廣山望(24)と、所属のジェフ市原との事前交渉が18日に都内で行われる。廣山側は代理人のロベルト佐藤氏、市原は祖母井(うばがい)秀隆GMが話合う予定で、廣山サイドは海外でのプレーを、市原サイドは復帰を主張するものと思われる。 16日に帰国した廣山は17日にも市原と交渉する予定だったが、この日はクラブハウスに姿を見せなかった。代理人による18日の事前交渉を受けて、19日以降に廣山と市原・岡健太郎社長が来季の契約について直接交渉する。

セロ廣山、19日に市原トップと直接会談 (サンスポ)
半年ぶりに帰国したパラグアイ、セロ・ポルテーニョMF廣山望(24)は17日、旧友の市原MF坂本と夕食をともにするなどリラックスして過ごした。18日には復帰を要請している市原の祖母井統括部長と廣山の代理人が都内で状況報告を行い、翌19日にも岡社長との直接去就会談が開かれる。祖母井統括部長はこの日「苦しい状況の中、海外行きを許すなど彼のために投資してきた。復帰を信じている」と説得の構えだ。


セロMF広山、あくまで欧州移籍(日刊スポーツ)
セロ・ポルテーニョMF広山望(24)は、あくまで欧州移籍にこだわった。レンタル契約で市原からパラグアイに渡っている広山の今後の去就について18日、広山の代理人のロベルト佐藤氏と市原の祖母谷(うばがい)チーム統括部長が都内で約2時間会談。欧州行きを熱望する広山側に対して、市原側は来季の戦力として復帰を呼びかけた。次回交渉は明日20日。

広山―市原交渉は平行線 (スポニチ)
MF広山望の代理人ロベルト佐藤氏と保有権を持つ市原の祖母井秀隆GMが18日、都内で会談し、広山サイドはあらためて海外移籍を要望した。祖母井GMは「代理人の話を聞くと今後も海外でのプレーを熱望しているようだ。だが、現状は完全移籍のオファーがないため、厳しい状況には変わりない。我々は残留してほしいと伝えた」と説明した。同GMによると佐藤氏からは海外の複数のクラブから広山にレンタル移籍のオファーがあるとの報告を受けたが、市原は完全移籍を強調。交渉は平行線をたどっている

市原が広山へ“再ラブコール” (報知)
セロ・ポルテーニョ(パラグアイ)へのレンタル期限が今月31日で切れる市原MF広山望(24)の来季契約に関する事前交渉が18日行われ、市原が改めて広山に復帰へ“ ラブコール”した。 市原・祖母井(うばがい)秀隆GM、広山の代理人・ロベルト佐藤氏が出席して都内で約1時間半会談。「(復帰して欲しいという)気持ちは伝えた」(祖母井GM)と改めて市原はカムバックを要請。来季の年俸を提示し、構想について説明した。代理人は「広山と話し合いをして、20日(次回の交渉で)意思表示をする」と話した。 広山は海外でのプレーを望んでおり難航必至。次回交渉は広山本人も出席予定。本格的な話し合いは21日以降に行われる。

セロ広山、念願の欧州移籍へ市原軟化 (サンスポ)
パラグアイ1部リーグ、セロ・ポルテーニョMF広山望(24)=写真=が1月以降、欧州に移籍する可能性が20日高くなった。広山本人、代理人とレンタル元の市原・祖母井秀隆統括部長(49)の3者会談後、復帰を求めていた市原側が態度を軟化させた。21日に行われる広山と岡健太郎市原社長(59)との直接会談で、欧州行きが固まる見込みだ。 ◇「欧州に挑戦したい」という広山の熱意が、ついに市原が態度を軟化させた。どうしても復帰させたい市原は、異例の2年6000万円(推定)という複数年契約を提示。それでも広山はかたくな姿勢を崩さず、会談後、祖母井GMは「半年レンタル後に完全移籍のオプションを付けた形なら容認しても構わない」と態度を軟化。復帰か完全移籍かの二者択一を迫っていた方針を転換する構えをみせた。南米での実績から、広山には、セロに加えて複数の欧州クラブからレンタル移籍の打診が届いており、市原との条件面が合意に至れば欧州移籍が実現する。都内でサンケイスポーツの取材に応じた広山は「市原の熱意はわかったが、5年間Jリーグで過ごし、自分としての区切りはついている。いろいろな国でもっと経験を積みたい」と海外への思いを強調。21日の岡社長との直接会談で、海外移籍を勝ち取るつもりだ。

広山「引き続き海外でやりたい」 (報知)
セロ・ポルテーニョ(パラグアイ)へのレンタル期限が31日で切れるMF広山望(24)と市原の第2回契約交渉が20日、都内で行われた。広山側は本人と代理人のロベルト佐藤氏、クラブ側からは市原の祖母井(うばがい)秀隆GMが出席。初めて交渉に顔を見せた広山は「継続して(海外で)やりたい」と海外でのプレー続行を直訴した。 ただし、市原側が前提条件とする完全移籍のオファーがなく、この日の報告を受けた市原・岡健太郎社長が「来季は勝負の年。そこに広山は必要だ」と復帰を促す意向を明らかにしたため、海外でのプレーは困難な状況だ。岡社長は来年のW杯まで市原でプレーすれば再びレンタル移籍を認める可能性を示唆しており、21日に予定される岡社長と広山の直接交渉の行方が注目されることになる。

長期戦?広山の交渉は平行線 (デイリースポーツ)
パラグアイのセロ・ポルテーニョにレンタル移籍していた広山望が20日、都内で市原の祖母井(うばがい)秀隆統括部長と2回目の交渉を行った。「完全移籍以外は認めない」という市原側に対して、海外志向の強い広山は断固拒否。交渉は平行線をたどったままで、21日にも岡健太郎社長と直接交渉することになった。岡社長は「どれだけ成長したかファンに見せるのが筋。今回は甘くするつもりはない」と話しており、半年前にレンタルを延長したときとは違い、長期戦になりそうだ。
 


廣山選手、日本へ (2001年12月12日)

全日程を終えた廣山選手、一旦日本に向かうことになりました。今後はどこでプレーするのか注目です。個人的にはもう一年パラグアイでプレーして欲しいのですが、どうなるでしょう。

廣山、来季市原復帰・2年ぶりJ凱旋(報知)
セロ・ポルテーニョ(パラグアイ)に期限付きで移籍しているMF廣山望(24)が来季、市原に復帰することが6日、明らかになった。今月31日にレンタル期限が切れるが、市原の岡健太郎社長(59)は「今月末にも復帰を前提に話し合いをする」と明言。今年初めて年間3位に躍進した市原は、右サイドを補強すれば来季への戦力整備はほぼ完了。南米で大きく成長した日本代表MFが2年ぶりにJリーグに戻ってくる。ついに市原が廣山復帰に動き出した。岡健太郎社長は今月に入って、廣山の所属するセロ・ポルテーニョのメルコスール杯、バスコ・ダ・ガマ(ブラジル)戦をビデオでチェック。「ものすごくよかった。昨年までいた廣山とは違う。クロスがかなりよかった」と大変身を遂げたMFを高く評価。その上で「帰ってきて右サイドをやってほしいね」と31日でレンタル期間の満了する廣山の復帰へ“ラブコール”した。 市原はベルデニック監督の突然の退任で新監督は招へいするものの、「来季もほぼこのメンバーで戦う」と大幅な補強はしない。そうなると唯一の不安は右サイド。MF坂本が台頭したものの、チームでは「廣山と競わせたい」とレベルアップをにらんでいる。 海外でやりたいという意向を持つ廣山だが、市原は「移籍するなら完全移籍」(岡社長)と条件をつけている。最近ではバスコ・ダ・ガマからレンタル移籍の打診が代理人に届いたが、実現していない。移籍金の金額を考えると、完全移籍では現実的には欧州のクラブに絞られる。日本代表の欧州遠征中には数クラブのスカウトが視察に訪れたが、オファーは今のところないという。 廣山は12月下旬に日本に帰国し、市原と来季以降の去就について話し合いを行う。市原側は復帰を前提にしており、来季再び廣山が黄と緑のユニホームにそでを通す可能性は十分だ。廣山の今季の活躍 今季セロ・ポルテーニョで通算43試合出場し6得点11アシスト。内訳はフィリグラナ杯で2試合出場1得点1アシスト。リベルタドーレス杯7試合出場2得点2アシスト。メルコスール杯8試合出場。パラグアイ国内リーグ26試合出場3得点8アシストとなっている。また、セロの中では唯一後期リーグ及び、メルコスール杯の23試合すべてに出場した。


市原がMF廣山に復帰を要請(毎日)
J1市原の岡健太郎社長は10日、パラグアイ1部リーグのセロ・ポルテーニョにレンタル移籍しているMF廣山望について「来季は市原に帰って来てほしい」と話し、廣山側に契約の継続を伝えたことを明かした。1月にレンタル契約が切れるが、同社長は「W杯代表入りをアピールするためにも日本にいた方がいい」と話した。

監督抜かれた市原、“廣山戻し”に手応え(サンスポ)
J1市原、パラグアイのセロ・ポルテーニョMF廣山望(24)の古巣復帰に手応えアリ。先月末から契約延長の正式オファーを出しているが、13日に直接会談の日取りが決定した。廣山の帰国予定日の翌17日にも岡健太郎社長(59)が直接口説きにかかる。年俸2500万円(推定)と、格安条件で復帰要請をしている市原にとって、気になるのは“恋敵”。パラグアイ滞在を望む廣山側は「他クラブからのオファーはあるともないとも言えない」と歯切れが悪いが、この日岡社長は「正式オファーはどこからもないと聞いている」とニヤリ。レンタル先のセロは移籍金約1億8000万円を出す余裕はないとみられ、まずは市原がアドバンテージを握った格好だ。廣山は昨年末、涙ながらに岡社長に海外挑戦を直訴しパラグアイへ。セロでレギュラーの座を奪ってからは日本代表に選ばれるなど脚光を浴び、今年7月にレンタル延長。廣山自身は来季について「どこでやるにしてもパラグアイでの経験を生かしていきたい」と淡々。前監督を引き抜かれるなど激震続きの市原が送る『ラブコール』は廣山の胸に響く?

廣山17日完全移籍交渉 (報知)
セロ・ポルテーニョ(パラグアイ)に今月31日まで期限付きで移籍しているMF廣山望(24)が16日に帰国、早ければ17日にも市原と来季の去就について話し合うことが13日、明らかになった。市原の岡健太郎社長(59)は「日曜日に帰ってくると聞いた。17日にでも廣山の話を聞きたい」と連絡を受け、話し合いの場を持つことを明言した。 市原は来季の補強ポイントである右サイドに廣山を復帰させたい意向。岡社長も「(廣山は)レギュラーポジションを取れると思っている」と期待しており、17日は復帰を前提に話し合う考えだ。廣山の移籍について市原サイドは「移籍するなら完全移籍」としているが、その際の移籍金は約1億8000万円にのぼり、それがネックとなりそう。廣山本人は来季も海外でのプレーを希望しているものの、現在はオファーもなく、代理人も「市原側と話してみないことには今後どうなるかわからない」という状況。いずれにしても12月中には来季の去就が決定する見込みだ。

市原は廣山のW杯後欧州移籍を容認 (サンスポ)
16日に帰国するパラグアイのセロ・ポルテーニョMF廣山望(24)について、レンタル元のJ1市原は、W杯後の欧州移籍を容認する形で復帰要請することがわかった。17日に予定される会談で、1年契約に加えW杯までの半年契約を提示。国内残留を決めた鹿島FW柳沢を引き合いに出して、半年後に迫ったW杯を前に新しい環境に飛び込むことのリスクを説く。市原の強化担当者は「廣山にとって今は代表に選ばれることに集中する時期。W杯に出れば欧州移籍へのアピールはいくらでもできる」としている。




すきやき (2001年11月30日)

この日はパラグアイ日本商工会議所主催による「すき焼き昼食会」に参加しました。商工会議所のメンバーの方が「和牛」の飼育に成功されて今日はその試食会、日本では狂牛病で牛肉を食べる機会が少なくなっているようですが、当地では安心して美味しい肉を食べる事が出来ます。

なお、この日はセロのユニフォームが景品として提供され、くじで当たった方にはその場で廣山選手がサインを入れました。



(写真:すき焼き)



(写真:商工会のメンバー、日本からの派遣されている方と懇談)



(写真:今日の賞品はセロのユニフォーム)



(写真:くじに当たった方にはその場でサインを入れます)

セロ廣山、G大阪・山口に復帰を要請 市原(サンスポ)
名古屋の“引き抜き”という形でベルデニック監督(52)が退任した市原は2日、これ以上の動揺を防ぐためチーム強化に着手した。まず、レンタル期限が切れるセロ・ポルテーニョ(パラグアイ)の元日本代表MF廣山望(24)、G大阪DF山口智(23)に復帰を要請。廣山には1日に祖母井GMがチームの窮状を伝える電話をかけた。「右サイドは強化ポイント。絶対復帰させる」と強化担当者。W杯までの半年間という短期間契約も視野に入れ、強く働きかける。

広山選手にインタビュー (日系ジャーナル)
セロ・ポルテーニョ前期、後期総合優勝おめでとうございます。
廣山=ありがとうございます。

まずはじめにセロ・ポルテーニョへ移籍をするきっかけとなったのはなんですか?
廣山=チャンスがあれば海外でプレーしたいという気持ちがあって、昨年のシーズンが始まり、八月に怪我をしてしまったんですが、その間までの自分のプレーが調子良く、こんなプレーが出来るならこのままJリーグにとどまるより海外へ出た方が良いのでないかと思うようになったんですね。それで怪我をして半年ぐらいまともにリーグを戦う事ができなかったんですけどその間にいろんな方々と話す機会があり自分の将来を考えると今、海外に出た方が良いんじゃないかと具体的に考えるようになりましたね。12月にシーズンが終了してチームと来年はどこでやるかなどを交渉しているとパラグアイのセロ・ポルテーニョでやれる可能性があると代理人を通して知らされたので自分の将来の事を考え移籍を決意しました。

日本から一番遠い国そしてあまり知られていないパラグアイへやって来て不安そしてカルチャーショックみたいなものは受けましたか?
廣山=僕としてはサッカーという仕事は世界共通だと思っていたのでサッカーに関しては余分な不安というのはあまり無かったでんですけど、ただなにせ未知の国。パラグアイというよりも南米自体が日本人にとっては得体の知れない物があるんですよ。人間的にもリズム的にも。そういう中で自分のパーソナリティーとか人間性が評価してもらえれるのか、また無理して変える必要があるのかというその部分が不安でしたね。実際パラグアイに来てみると日本でやってきた自分を何一つ変えることなく僕の人間性を受け入れてくれたの一番カルチャーショックというか(笑)なんて懐の深いそして暖かい国なんだろうと思いましたね。日本ではやはり初対面の人には間をおいたり、防衛戦をはったりしますがここの人々達は心からなんのためらいもなく声をかけてくれたりして僕としてはそれが嬉しかったのと驚きでしたね。

廣山選手は南米へ来てみて日系人の多さには驚かれたのでは?
廣山=そうですね。日本というのは島国であって地理的に不利で世界と対等にやっていくには難しく、もっともっと多くの日本人が海外で活躍すればいいのにと思っていたんですね。でも実際海外へ出てみると多くの日系社会があり、日本では外国では日本人は馬鹿にされていると思っていたが、そんな事はまったく無く日本人は海外では大変活躍なさっていており、地域社会に貢献していて大変尊敬されている身分であるのだと思い知らされました。

廣山選手は現地の取材のインタビュー等では上手なスペイン語で答えていますがパラグアイへ来るまではスペイン語の方は?
廣山=パラグアイへ来るまではスペイン語圏へ行くなど具体的に考えたことまなく、出発二週間ぐらいまえにスペイン語の参考書を買って、あースペイン語の文法はこうなんだ・・全然分んないや・・と思いながらも元々英語などの勉強は好きだったので、めんどくさいという思いはまったく無く、スペイン語を覚える良いタイミングだと思いましたね。

廣山選手のサッカーでの特徴といいますか持ち味は俊足を生かした右サイドからの攻撃ですが実際セロ・ポルテーニョでプレーしてみて壁みたいな物は感じましたか?
廣山=そうですね、こっちのサッカーは激しく体をぶつけてボールを奪うのが特徴であって日本人にしてみればそれが壁になると思いますけど、ただ僕のようにサイドのライン際でプレーする選手にとって体をぶつけあう様なことはあまり無いですね。FWやMFのポジジョンの選手には壁になりますが僕のようなサイドからプレーする選手には壁になりにくいので、そういう意味ではやりやすかったですね。

パラグアイのサッカーのグランドコンディションは最悪だとよく聞きますが怪我などの心配はありましたか?
廣山=怪我に関して言えばどこでやっても同じだと思いますし、みんな同じコンディションでプレーしているのでそれはしょうがないと思います。グランドに関しては確かに日本では考えられないようなひどいのとかもありましたが、ピッチに立つ22人も同じコンディションなのでグランドに合わしていかに良いプレーが出来るかが求められましたね。

この一年を通してリベルタドーレス杯、メルコスール杯そして国内リーグを戦ってきてみて肌で感じた物はなんですか?
廣山=これだけ大きな大会、10カ国近くをまたにかけてプレーする事は日本では考えることが出来ないし、歴史のあるリベルタドーレス杯には各国のチームが照準を合わして戦ってきているのだなということを肌で感じる事が出来、またサッカーはこんなにも世界の舞台をつなげていることを肌でしることが出来すごくよかったです。

オリンピアとのクラシコはどうでしたか?
廣山=そうですね口ではなかなか表現するのは難しく試合を見に来てもらわなければだめですね(笑)。世界中どこにでもありますよね。日本だけですかまだ無いのは。最初、僕はクラシコの意味が分からなかったんですよ・・リーグ戦、順位に関係無くあのチームには負けてはならないというのが。しかしサポーターの熱意がすごい伝わってきてこの試合は絶対に負けてはならないんだなと感じ、負けたらサポーターは辛い一年を過ごすんだな思うとすごく責任を感じましたね。クラシコというのはすごく歴史があり、あの独特のオーラ、サッカーのおもしろさを肌で感じられたのはとても良い経験になりましたね。

はるばる日本からやって来てパラグアイでの収穫は何ですか?
廣山=一番の収穫は先ほども言いましたように懐の深い人たちがいるんだなということを知り、選手、スタッフ関係者そして勿論日系の人々との巡り会い、そういった物は間違いなく自分の財産ですね。そしてサッカー、世界から日本のサッカーの現状を見ることが出来、日本のサッカーは世界のネットワークのつながりから見るとまだまだ発展途上だなと思い知りましたね。勿論これから盛り上げていかなければと強く思いました。

廣山選手は帰化してパラグアイにのこれば良いのにとよくサポーター達から聞きますが?
廣山=実際、僕もパラグアイが大好きであって、人々は明るくサッカーをやる人間にとってみれば大変住みやすい国ですよね。来てみるものだなと本当に思いましたよ。

廣山選手のセロ・ポルテーニョへのレンタル移籍が12月で切れますが今後の予定・目標は?
廣山=12月にレンタル移籍の契約が切れますがまだ具体的な事は決まってはいないですけど、目標としてはここから日本へ戻るのではなくてどこのチームになるかは分かりませんが、この一年やって来たことを評価してもらえるならば是非海外へ行きたいと思っています。

廣山選手の大勢のファンへ何かメッセージを一言お願いします。
廣山=まず、はじめに一年間応援してくれたファンの方々本当に有り難うございました。またこちらで活躍している日系人の多くの人たちの見えない形で僕を支えてくれたことを感謝しています。これからどこでプレーするか分からないですけどこれからも皆さんの期待に応えられるよう頑張りたいです。
 

怪我には気をつけてこれからもどんどんステップアップしていって素晴らしいプレーをパラグアイのファンに届けて下さいね。本日は貴重な時間を有り難うございました。
廣山=これからも頑張りますので応援宜しくお願いします。有り難うございました。



戦い終わって (2001年11月20日)

セロは完全優勝を飾り、同時にリベルタドール杯出場も決定しました。日本から戻って以来、タイトなスケジュールの中、セロの全試合ならびに日本代表として2試合出場し、大活躍しました。



(写真:完全優勝が決まって-01)



(写真:完全優勝が決まって-02)

次なる挑戦に闘志を燃やす廣山選手です。

廣山が語るパラグアイ・サッカーの魅力 (サンスポ)
所属のセロ・ポルテーニョを完全優勝に導き、リベルタドーレス杯に日本人として初出場。パラグアイを愛し、パラグアイに愛された男といえば日本代表MF廣山望(24)写真。市原からレンタル移籍し、あっという間にヒーローになった廣山に国際電話! もしも〜し、パラグアイの魅力って何ですかぁ?
初めて着いたときのイメージは「暑い!」。日本と違って、朝7時から夜8時まで、ずっと暑いんだから! 言葉も文化も違うし、経済的には貧しい国だけど、僕はすぐ溶け込めた。それはこっちの人のノンビリした素朴な性格のおかげ。みんな話しかけてきてくれるし、ラテン気質で明るい。懐の深さ、だね。パラグアイのサッカーは「激しい」のひと言。競り合いやタックルで、センターFWや中盤の選手はすぐつぶされる。ファウルを流すことも多いし、逆に一発退場もある。ここに来てよかった、って感じたのは、オリンピアとの「スーペル・クラシコ」(スーパー・ダービーマッチ)を戦ったとき。街中が2つに分かれる“国民のお祭り”で「絶対負けられない」って雰囲気があるんだ。「クラシコ」っていうアノ感覚、日本にはないよね。この国の人はサッカーが大好き。試合がなくてもユニホームを着てるくらい。代表の試合が近づくと、ユニホーム姿の人が増殖していく。セロには代表選手がたくさんいるけど、W杯出場が決まってみんな「解放された」って気分に浸ってたね。そんなプレッシャーの中で長い戦いをしてきたから。最近はみんなから「日本に行くよ!」って言われる。僕も日本代表としてパラグアイと戦いたい。本当にそう思っている。




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