2回の競技会挑戦で厳しさと自身の力量の不足を痛感する。ネットのダンス師匠を始め仲間からの暖かいアドバイスを頂いた。「孵化する前のさなぎ」なんだと信じて、羽化し羽ばたける日を夢見て、今日からまた再出発したい。(02年4月10日記)

02年8月25日(日)体験6 埼玉県中央支部ダンススポーツ大会 5級戦
相変わらずの結果で惨敗。暑さが追い討ちを掛け、体を動かすのも億劫な陽気。館内は蒸し暑さと人息れで充満していた。
KAZUさんが応援に駆けつけてくれ、促されて練習をする。「あばら骨で踊る」そして「前傾みの姿勢」を指導してくれる。チャンピオンからの直の指導に恐縮する。
ラテンの競技が開始。一次は2ヒート24人で20人アップ。4人落ちるだけなのに、暑さと緊張で足が動かない。当然にシヤッセもメチャクチャ。踊り終えて一次落ちも覚悟した。そのくらい酷い。
結果はチャチャ3点・ルンバ3点で最下位で通過。2次は20人で12人のアップ。4割が落ちる。「駄目もとで勝負」と意気込むが空回り。結果はチャチャ1点・ルンバ2点。6点がボーダーだから、遥か及ばない。
チャチャに明け暮れた4ヶ月だが、実りは少なく、敗退した。
倒れこんで、暫く不貞寝。女房に促されて、おにぎりを少し食べる。
午後からスタンダード。こちらは一次から勝負どころ。2ヒートで21人、12人がアップ。約半数が最初から落ちる。スタンダードは最近レッスンを受けてないので、自信はまったくない。結果はワルツ3点・タンゴ1点。予選通過は5点だったので1点不足。だけど今の状態では通過できてもこれまでであり、実力通り。タンゴはルーテンを間違えてバタバタしたのが響いた。
試合後、KAZUさんから、 「ホールドが重なっており、小生が女性の側に入り、自分で立っていない」との指導を受ける。実際にホールドしてくれ、顔、体のずれの大きさを知る。 KAZUさんには、一日中、お付き合いして頂き、感謝するだけである。もっと腕を上げて、この指導にお応えしなくてはと思う。
暑さもあったが、実力どおりの結果であったと思う。2次を通過するにはラテンもスタンダードも各3点の上乗せが必要だ。依然、チャチャもやらなくては駄目だし、気分を変えてタンゴのレッスンも受けてみたい。先生、コーチャーとも相談してみたい。
画して、暑い、そして熱く燃えたチャチャの夏は終わった。一夜明けたら、秋風吹いている。
2002年08月26日 06時21分43秒

02年8月24日(土)
ぐっすり寝て、いま起きたところ。ようやく酷暑から解放されて、今朝は膚寒い。
昨夜は振り替えで個人レッスンに出掛け、帰宅したら、疲れがピークで、レッスンの復習をするまもなくダウン。メール等で励まして頂いたので安らかに寝入る。
疲れが取れたら、考えも前向きになってきた。起床後に昨夜の復習をしてみる。ルンバでは「ファンからの2の前進がバックバランスになっている」と。「ボールバランスで腹を縮めて、腰は入れて」と、難しい注文。昨夜は訳がわからなかったが、今は少しわかった感じ。後はナチュラルトップの右足の遣い方にかなりの時間を割いた。チャチャに入ったら、バタバタを当然に見ぬかれ、あちこち注意。印象的なコメントは「一段と乱れて来てますね」とのこと。「ルンバと同じに踊ればいいんですよ」とも云っていた。「ルンバと同じとは大事な発想だな」と思う。ルンバはそれなりに自信も出てきているので、「シャッセ・ロックが加わっただけだ」と考えよう。ルンバは腰の入れ方が分かってきてから、随分自信が付いてきた。これがチャチャでは「無理な立ち」を意識してか、別物にしているかもしれない。「シャッセ・ロックを小さくして、ウエイト移動に留意し、あとはルンバを踏襲してみよう」と思い出す。 ワルツまで見て頂いて、ここでは2点。「/びるときは上体をさげる降りる時は上体を伸ばす。を注意して」と。モダンは今後の課題なので、先生も多くを言わない。
少し思考が前向きになってきたので、これから近所の公民館DPで最後の調整をする。珍しく女房も行くとのことなので、早めに行って、軽く踊ってきたい。もう悩んでも仕方ないタイミングなので、明日も楽しんできたい。励まして頂いた方々に深謝。
2002年08月24日 11時24分44秒

02年8月21日(水)
コーチャーのレッスンも4回目をむかえ、今夜のレッスンが競技会前の最終日。
コーチャーが熱心に惜しみなく指導をしてくれるので、それに応えるべく、いつもの何倍も練習をした。ラテンに絞り、目標も3点に絞り実施してきた。最終日のレッスンが開始。
ルンバからスタート。スポットターン・スピンターンの回転ものの不安定さの指摘を受ける。あとはウオークを何度も繰返す。
問題のチャチャ。試験に臨む生徒のように、緊張気味。スタートのロックから足が十分に寄らないが、シャッセ・ニューヨークではバラバラ。何度やっても同じ。コーチャーはシャッセを諦め、「1で立って」と叫ぶ。上の空で動き回っていたが、言い方を変えて、「1でもっと腰まで入れて前進して、2のチェックは小さく足を置くだけでいいよ」は、体で感じとる。「この腰の入り方が立つことだな」と。後退も同じ。「多分、シャッセの1も送り足のターンアウトで反対腰に壁をつくることだな」と思うが、上手くはできない。
無残なままにレッスンは終わる。「4&1」は依然上手く出来ないが、少しは進歩したことと思うことにして、競技会に臨むことにした。不十分さをこれほど自覚して出場するのも初めてなので、コーチャーのレッスンで厳しさを思い知らされた。
それにしても、「シャッセは何故、上手く行かないのだろう」。4とともに&の足も飛びだすようになった。その前の3が問題なのかな。3でしっかりウエイトが乗らずに、4が出て、これも中間バランスになってしまうからなのだろうか。ハンドツウハンド・ショルダーツウショルダーの前のシャッセより、ニューヨークの前のシャッセが極めて悪い。たったのチャチャの2歩でこんな迷路に迷い込むなんて不思議なものである。
戦い終えて、今は少し気分は沈んでいる。

02年8月17日(土)
台風の影響か、木曜日の夜から連夜、涼しい夜である。久々の快適な夜に今までの睡眠不足解消とばかりに眠り込む。
土曜日は午後からダンスパブでの接待役の要請があり、やむなく出掛ける。3時間ばかり踊り、スクールに向かう。
先生には前に伝えてあったが、競技会まであと2回のレッスン。忘れていたと思っていたら、「今日はルンバ・チャチャ・ワルツ・タンゴの全部をやります」とのことでレッスンが開始。ルンバではアレマーナ・ホッケーステック等のファンからのリード。「3で後退し腰の位置が決まってから引くように」今までは3で引いていた。これだと女性は引っ張られるようだ。今までより少し遅らせる感じだ。ナチュラルトップでは「掛けた右足のヒールを下げるところでスピードをつけろ」と。その際、「左足は内側に入らない様に」と注意。「ニューヨークの戻す手は速く」。ワルツでは「ナチュラルスピンターンの回転をもっと大きくするように」「リバースターンの456の後退の腰掛けの腰の位置は、ヒールバランスで爪先が上がる寸前の楽な位置」「そこの位置で股関節を十分折り、尻がでっちりになるように」「これで真っ直ぐです」と。久々のワルツのレッスンだが、今までより、話が分かる。時間が必要なのこと痛感する。タンゴまで行かずに完了。依然、チャチャのシャッセ・ロックができないので、対話で教えてもらう。「ロックは1でヒールまでのるには、頭までウエイト乗せること」「シャッセの1はファンの最後の1と同
でよいのか」「まあそうだ。1で右腰がでる」と。
競技会まであと1週間。ラテンを中心にして、練習してきた。ルンバは「まあまあ」の感じだが、チャチャは日ごとに難しく感じる。シャッセも集中してやってみるが、いくらやっても体が覚えない。こんな不十分な状態だが、こんな状態を診断してもらうつもりで、参加することにする。観念した気分である。
この期に及んで、女房がばかにやる気で不気味である。

02年8月14日(水)
1週間のあいだ試行錯誤していたシャッセの難問を抱え、コーチャーのレッスンに向かう。今日も暑さがぶり返してきて暑い。お盆の最中だから、街の人影も少なく、電車の中も閑散としているのが、救いである。暑いけど長閑さが漂っている。
シャッセで待ち構えていたが、肩すかし。競技会まであと2回のレッスンなので、実戦型のレッスンとなった。有り体に言えば、「無理なものは眼を瞑り、飾り付けを施すレッスン」となった。最初にルンバを一通り踊る。チャチャばっかりやっていたので、凄く遅く感じる。その分、ウエイト移動を十分する等に気が回せる。思わぬ効用が出ている。ここではウオークのホールドを変えたり、途中で顔を見合わすなどドラマ性を織込むことにした。ルンバは快調に終わる。次はチャチャ。一通り踊るが、付け焼き刃は脆い。シャッセも今一つだが、コーチャーは4&1の1を問題視。確かに緊急重点対応の課題3点のうちの1点である。画して「1で立つ」に焦点が充てられ、攻めまくられる。「ロックの1でヒールが着いていない」「シャッセの1も同じ、そのうえ体が弓形」「1で片足で立ってみて」「ロックもシャッセも1が弱い。ヒールの着く音を出してみて」と。何回やっても音は出ない。「軸足だから曲げられないし、ボールバランスだからヒールが着くまでにまでに時間かかる。音なんか軸足曲がらない限りでないよ」と呟く。プロの先生からも「一瞬でヒールまで着け」とは言われていたが、そのままになっていた。出来ないままにレッスンは終了。他にはショルダーツウショルダーのホールドスポットターンの手の使い方等の対処療法は良く分かり、即効果が出そう。女房は満足げ。
コーチャーは「不十分な点は来週までに身に付けてくださいよ。そうでないとレッスン無駄ですからね」と言いつつ去って行った。「ごもっとも」
頭のなかが、「1で強く立つ」ことで一杯になった。ロック、シャッセも十分にできないから、チャチャの肝腎の「4&1」が出来ないと言う訳で、競技会の審判員が講評で言っていた「チャチャのポイントは4&1ができていることです」と言っていたことを思い出す。
夜中に暑さと寝苦しさで起きた。寝苦しさの一因は「4&1」が大きかったかもしれない。

02年8月10日(土)
コーチャーの絞ったポイントのひとつのシャッセの練習を朝からやる。音なしでやり、音楽を入れてやりを繰返す。遅い曲なら大丈夫そうというところで止めて、シャワーを浴びて公民館ダンスパーテイーに向かう。
さすがにこの暑さと、お盆の為か40人程度といつもの半数。伸び伸び踊れるが、その分上手な女性も少なく、見つけるのに苦労する。チャチャではシャッセ・ロックの体重移動に留意するが、元の木阿弥。曲が流れると足が追いつかず、中間バランスシャッセ。依然として改善の兆しはない。3時間ばかり楽しんで、スクールへ向かう。
スクールもこの暑さで閑散。直ぐにチャチャのレッスンに入る。今日のレッスンは何とナチュラルトップのあとのオープニングアウトの2,3の2歩で大半が終わる。ナチュラルトップが終わったら、「右足体重で体から左足を前進しろと」。「前進したら、左足に乗り切り、真っ直ぐ立った姿をみせろ」と。「この時、左肩が上がるが、下げろ」と。「ホールドは左肘を曲げながら大きく伸ばせ」と。「しっかり前進が出来ていれば、大きく回せる筈」と。3での後退も通常どおり後退するが、「ホールドは、肘を曲げたまま、左へ引いていけ」と。「左下では女性がスムーズに前進できない」と。
これでレッスンが終わりそうなので、シャッセのレッスンを希望する。収穫は「軽く動き、足より体の動きが先。足はその範囲に下ろして」とのこと。先生と組んで何回か踊る。「先ずは寄せろ」「みんなシャッセは苦手なんですよ」「あとは練習して覚えるだけですね」とのこと。やるっきゃない。
ダンス、ダンスの土曜日が終わった。金曜日には久々に仕事上の厭なことがあった。15年も前のバブル時期の案件が不良債権化し、その顧客から、小生の名前がでたので、当時の状況を聞きに来たもの。犯人捜しなら拒否する旨を伝えたが、「顧客の為の前向きな方策の為のアドバイスを」と言うことなので、2時間ばかり話込む。終わっても後味が悪く、こんなことで悩むことのない今の環境に改めて感謝。今の悩みは「ダンスが上達しない、シャッセが上手くできない」だから、至極、幸せなことである。いつまでも続いて欲しいと願うのみだ。

02年8月7日(水)
狂ったような暑さが続く。暑くて慢性寝不足のだるさを感じながら、コーチャーのレッスンにむかう。
「今月25日の競技会まで日がないので、ラテンに絞り指導したい」と女同士で話はまとまっていたようで、チャチャのレッスンが開始。
コーチャーはさらに、チャチャのなかでも競技会に向け、ポイントを絞ってきた。狙いは3点。ゞ貅蠅淵轡礇奪察Ε蹈奪を基本どおりやる■粥1の1でしっかり立つ手を早めにシャープに上げる。
俄か仕込みでは効果は期待できないが、こんな大局観は望んでいたところ。目に付く不十分なところと目立つ動きに焦点をあてることは、この時期大事だ。コーチャーのやる気は満々で押され気味だが、明瞭で分かりやすいのは助かる。
こんなことで、レッスンは始まったが、シャッセがまともに出来ない。早くなったら、バタバタで足が寄ってないのが自分でも分かる。ロックも同じ。だらしない締まりの無い踊りになる。1で立つのも頭では分かるが、直ぐには身につかない。手を鋭く挙げることは何とか及第。少しは鋭さがでてきた感じ。プロは大きく育てようとしているから、歩幅が大きい。それに馴染んでいるから、歩幅は大きいが、足が寄る暇がない。4ヶ月間チャチャしかやってないのに、惨めな話である。
この3点がポイントであることは、間違いがなく、出来るようになれば、予選も突破できると自分も思うので、やり遂げるぞ」と決意する。
嘆いていても始まらない。勝つ為の焦点が絞られてきた点は心強い。「笑顔で踊ってね」と言って、コーチャーは去って行った。
笑顔など何処にも無く、汗みどろでシャッセを繰返す。

02年8月3日(土)
雷音と豪雨が魅し暑さを押し流したのか、暑いけれど過ごしやすい夏が戻ってきた。そんななかを個人レッスンに向かう。
チャチャのスタートの立ち方に端を発し、指導が開始された。ヒールで立っているとのこと。そこから今日のレッスンは、ボールおよび足の指の使い方に終始した。「前進の左足の指先とボールで床をつかめ」と。「支える右足も親指の先で床をつかめ」と。「指先でしっかり床を掴んでシャドーを繰返し、グラグラしない位置を自分で見つけ出してください」。次ぎの前進では、指先までウエイトを乗せて前進。「この際、ボールと指先との間の遊びの体得が必要」と。この間の僅かな移動が上体で大きな動きになるようだ。「前進の4&1の1では左足で立って左足の親指で左足首を回して、その場に右足を出せ」と。胸を出す感じで。前進・後退とも最後の腰の位置はボールで動ける位置までで、それ以上の移動はヒールまでウエイトが移動してしまうので、やり過ぎと。ボールから指先までの使い方が動きの大事なところを占めていることを感じる。そう言えば、アマコーチャーのペアーレッスンでも親指を使って足首をターンアウトすることの指導を受けており、期せずして共通の指導ポイントとなった。
夕刻からは、H市に向かい、半年ぶりにネット仲間と踊り、歓談する。楽しく過ごすことができた。最後は小生へのレッスンと相成った。次々に致命的な欠陥が容赦無く、暴露され、指導してくれる。「へっぴり腰の前かがみ」「ホールドが動き、下がる」等々。日頃から先生の指摘を受けているところであるが、どう対処するのかまでは進んでいなかった。皆さんの経験から掴まれたテクニックを惜しげも無く教えて頂き、何よりも有り難い。不思議な巡り合わせでご縁が出来たが、ダンスを続ける限りかけがえの無い人達。ダンスはライフワークだからずーとお付き合い頂きたい仲間である。
満ち足りた気持ちで別れを惜しみ、女房の実家へ向かう。今夜はH市泊りである。

02年7月31日(水)
茹だるような暑さのなかを、練習場所の自治会館へ向かう。今日は月末の為、30分の退社時間の延長があり、急いで駆けつける。尚更暑く、空腹が追い討ちを掛けて、苛立ちが募る。
着いたら、女房が既にコーチャーから指導を受けていた。コーチャーの愛弟子も見学に来ている。ルンバウオークから加わる。すぐさま「軸足が折れて、前進している」との指摘。プロの先生からも時々言われていたが、それほど深刻に受けとめていなかった。コーチャー「これは基本。これが出来なくては次ぎに進めない」と迫力十分の指導。「軸足を真っ直ぐにして、倒れ込んでいき、限界で、軸足の親指で軸足を回転させて前進しろ」と。何度も繰返す。「この方が力強さが出る。ニューヨークやファンのチェックの前進も同様に折れている」との指導を受ける。「最も基本のウオークが正しく出来ないことには踊りに入れない」と言うことで、次週までの宿題となる。
悪いところを直して行けば、進歩は確実にある訳で、その考えに異議はなく、レッスン後も練習を黙々と繰返す。振り出しに戻った様で、時間が掛かることを改めて味あう。

02年7月27日(土)
ひとりで個人レッスンに向かう。水曜日のペアーレッスンを止めたので、どんな反応があるかと、気懸かりながら出掛ける。
何事もなかった様にチャチャのレッスンがスタート。鏡に向かい、「顔は鏡に向けたまま両足のボールで回転してみて」と。「上半身と下半身のねじれを覚えて」と。再び、今度は柱に向かいあって、同様な動きを繰返す。ねじれは良く分かる。「ねじれた最後に足を引いてみて」と。「これが前進・後退の完成の姿で、この形を一発で創らなければ、駄目」と。この体のねじれを意識しながらチャチャを踊ってみる。体全体に締まりがあり、トーンがある。コネクションもとれる。「これが壁ができたと言うことだ」と。今までとは随分違う。特に前進では、どこまででも突っ込んで行く感じがなくなり、体の止るところができる。ファンの2のチェックの感じも分かる気がする。後退を控えた前進のウエイトの乗せ具合も、おぼろげながら分かる気がする。
ターンアウトしたら、両肩が一緒になって開かないことは当たり前なのに、この絞りの大事さまでには考えが及ばず、開いていた。「個人レッスンのこんな指導が貴重なんだな」と思う。ただ「来週になったら、また逆のことを云わないかな」との余計な心配も残る。
帰りに先生が「ペアーレッスンは当分無理なようですね」と。小生「いや、都合つく日は参りますが」「個人レッスンの方が、今日のように集中出来ていいですよ」とのこと。先生の本音は「個人レッスンがまだまだ必要。ペアーレッスンはそれから」の様子がありあり。だけど「今日のレッスンは女房にも味合わせたい内容だったのに」と思う。
時を超越したレッスンが続くが、暫くは様子を見ながら継続する。ペアーレッスンはアマコーチャーの指導に頼らざるを得ない。未知の分野だから、自分が実感するまでは、何でもやってみる。結果が思わしくなかったら、またやり直せばいいのだから。これからも良くも悪くも自分で納得して、進んで行きたいと思う。/FONT>

02年7月24日(水)
週2回のプロのレッスンのうち、水曜日はアマのコーチャーのレッスンの日とした。今日から本格的なレッスンが開始した。
案じていたよりは、ソフトタッチでスタート。いつもの毒舌は影を潜め、笑顔も垣間見える。コーチャーも真剣だ。踊りに必要なストレッチから始まり、ホールド・ウオーク・基本練習へと淡々と進む。時間も一時間なので、納得できるまで聞けて、ホールド・コネクションでは、今までの曖昧さを実感する。これらの基本ができていないと、いくら踊っても付け焼刃であることも痛感する。指導の大半が既に聞いていることであり、その表現の違いも改めて感じる。ストレートに受け止められる。レッスンの良否はともかく、分かりやすいことは事実。
最後はコーチャーも慣れてきたのか、次の足の抜き方が悪いと蹴飛ばしてきて、いつもが戻って来た。我々にはレベルが合いそうな感じのレッスン初日であった。良い結果に繋がる事を、祈るのみ。安堵したのか、久々にすんなりと寝入る。
2002年07月24日 22時02分57秒

02年7月20日(土) 体験5 神奈川県シルバーダンス大会 2級SL
女房の実家に一泊して、早朝から、K市に向う。ここは独身寮があり、4、5年住んだので地の利があることと、シルバー戦とはどんなものかに興味があり、参加することにした。JDSFの5級相当と云う事で、2級戦にチャレンジした。
約200名の参加で、50歳半ば以上の人々なので、華麗さには欠けるが、ほのぼのとした感じは全体に漂っている。 結果はスタンダード・ワルツ2点、タンゴ3点で28名の4名の足きりに入り、あえなく敗退。ラテンもチャチャ2点、ルンバ4点で敗退。これも6名位の足きりに入る。両方とも1、2点の不足で一次予選で敗退。この頃の成績はいつも同じ。低位安定。< br> シルバーと云えども、そういつもの大会と変わらない。一番の最年少なのにと思うと悔しさが募る。何よりも、ここ3ヶ月近く、チャチャに集中したのに、この様で、情けない。レッスンの内容に何か足りないものがあるのでは、との疑問がまたむくむく頭を擡げる。
ダンスの世界は狭い。ここまで来れば、誰も知り合いはいないだろうと高を括っていたら、入り口で競技会サークルの女性コーチャーと出会う。先方もバツの悪そうな顔。個人レッスンの生徒(経験1年半)のパートナーとしての参加で、スタンダード、ラテンとも3部門に挑戦した。結果は2階級制覇。「こんな体験の仕方もあるのだな」と感心。午後にコーチャーとも話しをし、小生達には、今のプロのレッスンは費用も技術も不釣合いとのこと。「先ずは、体に壁ができなくては」と云われる。低位安定が続いているので、藁をも掴む心境だ。コーチャー(アマD級)の個人レッスンを受ける気持ちに傾いてきている。こんなところで会うのも何かの縁かなとも思っている。
シルバーの世界は多様である。若く見える人もいれば、逆もいる。だけどこの世界は体力・気力が続く限り無限だと思うと、「いいフィールドがあるな」と実感して、暑さが一番のなかを、複雑な心境で帰路についた。
2002年07月20日 18時31分59秒

02年7月17日(水)
暑さにも体が慣れてきたと思った心の隙を突くように、1通の差出人不明のメール。何気なく確認したとたんに、最悪の1週間になった。昨夜でようやく駆除に成功し、復旧した。
ウイルスの恐さを改めて認識するとともに、今できる最善の手当ても完了した。途中で、自らの能力の限界で、ギブアップとなり、娘の助力も得た。
それでもレッスンは続けていた。土曜日は個人レッスンで、前進の素早い足の出し方、ウエイトの乗せ方の指導を受ける。左足にしっかりウエイトを乗せておいて、右足を後ろに深く折り曲げておいて、一気に前進。瞬時にウエイトを乗せる感じを掴めと。そして前進の姿勢。2本の物差しを両脇に挟み、骨盤に縦の板を立てる。背中の真中を中心に、十文字固めで前進。今までより、ウエイトが前にある。骨盤の位置も前である。先生と踊ると「この位置を身につけて」と。これが「壁ができた」と云うことだと。
今日のペアーレッスンでは、またまた前進の姿勢。「両方のお尻に糸を引っ掛けて、両手で吊り上げた形を思い浮かべてみろ」と。あわせて「みぞおちの下を出来るだけ伸ばせ」と。但し反っくり返らない。今までより、「立った感じ」。前回の「ウエイトが前に乗る」から今回の「立った感じ」の両方を満たす立ち方があるのか。またもや禅問答。
だけどこの両方を満たす姿勢はあるのだろうな。なかなか、まだ掴みきれないが。この後、ファンの開きで顔の動きを教わる。かなりのテクニックになってきた。
2002年07月17日 21時28分43秒

02年7月10日(水)
一気に猛暑が到来して、そのうえに寝不足が重なって、日曜日から体調が極めて悪い。だるくて何をする意欲も湧かない。女房も同様なようで、更に、S大学の聴講生もしており、その為の前期テストの準備も必要とのことで、今日のペアーレッスンは中止した。体がこの激しい暑さに付いて行けない感がある。

土曜日の個人レッスンでは、相も変わらず、チャチャの基本動作の指導を念入りに受ける。ナチュラルトップの後のオープニングアウトムーブメントでは胸から即ウエイトを乗せろと。最初のベーシックムーブメントも同様にと。それから後退の送り足の親指が最後にズルズルずれて動いていると。送り足が主体で動いていれば、ズレる筈がないと。ファンへの開きの、左足親指の使い方も同様な指摘を受ける。
前進も後退も送り足の親指の使い方の大切さを改めて知る。あとは股関節の開きと4&1の1での親指の抑え。この時の腰の開きと落ち着く位置を体得しろと。ゆっくりでいいから、正しい動きをしてみて、身に付けろとのこと。
練習の最後にきつい一発。「無駄な力、動きで見ている方が疲れる。疲れる踊りを審判は2度見たいとは思わないよ」と。「教わった通りにやっているのになんだ」と胸の内で呟く。

体の動きも目指すものとは違うようだし、スピードにも乗れない。尚更疲れが増すレッスンであった。
2002年07月13日 09時44分09秒

02年7月3日(水)
7月に入ったので、これでダンスを始めて丸4年が経ち、5年目に突入したことになる。ほぼゼロからの出発だから、しゃにむに取組んだ4年間の努力相当は、身についたと思いたいが、非常に心もとない状況である。
7月に入っても相変わらずで、3ヶ月目のチャチャであるが、先週の土曜日の個人レッスンから、少しレッスンの内容が変わってきた。チャチャ特有の速いウエイトシフトへの対応の為の足・腰の使い方である。特に前進の後に後退が控えているステップ。これは結構、度々でてくるステップである。この場合の前進の足は即ウエイトを乗せ、その為には、同時に反対足のボールで先に腰を開く。いわば完結した形を一瞬にして創ってしまわねば、次の後退にスムーズに繋がらないと云うことのようである。今日のペアーレッスンもスポットターン等苦手なものを中心に行う。圧巻はスポットターンの2&の&である。2で右足にウエイトを乗せたら(肩も鋭角に90度回る)、&で振り返る(反転)のだ。右肩よりに、右腕をぐいと伸ばして、振り返る感じを体得しろとのこと。180度がスカッと回れる。3で右足にウエイトを移し、&で更に90度回ることで、一回転した。
「最初から、こんな「こつ」を教えてくれれば、回り道をしなくても良いのに」と思うが、「今だから理解できるのかな」とも思う。複雑な気持ちである。
ただ理解はできても、体が出来ると云うことは、べつもの。繰り返し練習し、しっかり身に付けなければならない。この個人レッスンができる猶予期間はあと2年間。どこまで出来るようになるのか、期待と不安が入り混じる。
2002年07月03日 21時37分45秒

02年6月26日(水)
毎日、雨、雨、雨の連続で、そのうえ冬に戻ったように寒い。こんな日が続くと、気分も滅入る。副業も、次ぎは7月下旬がセミナーの本番で、その前のテキストの直し、試験問題の作成と注文は多く嬉しいのだが、前ほどの感激もなく、やむなくこなしている。
今日のペアーレッスンもチャチャ。5月から2ヶ月の週2回のレッスンをやって来たが、その効果も怪しげに、依然、ガタガタと踊っている。今日はクローズドヒップツイスト。2でルンバと同様に横に移動する方法にしていたが、急遽、前進方式に変更。ナチュウラルトップの流れから、流れを遮ることなく、一気に2に入れとのこと。それも右への回転を先行させてから前進する。この前進の腰の移動に大半の時間を費やした。確かにこれがスムーズに出来れば、少しは見栄えが良くなりそうである。
月曜日に久々に競技会サークルに行ったら、7月はもう締め切りが多く、適当な競技会は見当たらない。ひょんなことから、7月下旬の非公認のシルバー戦に参加することとした。これも今後の為の下調べ。この世界も前々から、覗いてみたい気がしていた。シルバーの世界への仲間入りは、かなりの抵抗があるが、現実にはシルバー世代に入っているのである。ゴルフのハンデーキャップのようなものと理解し、今まさに迎えつつある老いとの上手な折り合いを付ける為の一助にしたいと思う。
どんなことになるのか。この1ヶ月はこれに向けて練習する。
2002年06月28日 10時30分06秒

02年6月19日(水)
先週の金曜日の個人レッスンは、体の動かし方ではなく、各パートの修正だから、禅問答にはならず、理解はできた。が何か物足りなさがのこる。ダンスのレッスンの真髄は、逆に禅問答になっつてしまう程の、この体の動かし方を表現する難解な代物ではないかと思う。
今日のレッスンは、チャチャのペアーレッスンであり、いつもの通り、体の動かし方が中心。ショルダーツウショルダーから始まった。シャッセの体重移動そして2の前進。腰をしっかり、大きく開いて前進。そして同様に腰をしっかり戻す後退。前進、後退とも常に反対足の横を通過することをしつこく言われる。
シャッセも軸足を曲げない事、反対足をターンアウトし、しっかり抑えること。ショルダーの前進、後退も軸足を曲げない。
体の動かし方のかなりの共通点が分かってきた。シャッセ、スポットターン、ショルダーツショルダーみんな軸足が曲がっていた。曲げたその反動で移動していた。
ターンアウトもしっかり外を向けて抑えれば、ウエイトの乗った腰が抑えた分だけ横に出る筈と。
ファンの4&1の1につき、しっかり体重移動するように、集中指導を受ける。今まで、中間バランスに近く、形も曖昧で綺麗でなかった。シャッセもこれの繰り返しであることを実感する。
あとは顔を上に向け、胸を開き、大きく踊ること、そしてペアーでの踊りこみを充分するように、云われる。
理屈はかなり分かってきた。体が特にスピードが付いて行かないのが悩ましい。競技会向けのレッスンに、ようやくなってきている感じは充分にある。少し気分が晴れてきた。
2002年06月19日 21時09分38秒

02年6月12日(水)
法事が2週続いたので、ペアーレッスンは2週間ぶり。女房はいまだ、小生へのお付き合いだから、これだけ空くと踊りにならない。バタバタと一通りチャチャを踊る。
先生は、また何の説明も脈絡もなく、「右足の片足で立って、順次、左足を前へ、横へ、後ろへ置け」と云う。まるでバレリーナーの様にだ。横は股関節を開き、後ろは腰を全開する。前進の、ウエイト移動後の出来あがりの姿を、体で覚えさせようとのことのようだ。5級チャチャはホールドするが、このホールドで押したり、引いたりしているとのこと。その為には「立つ」とはどういうことか、学ばせているようだ。しっかり立てていれば、(ウエイト乗っていれば)反対足は自由な筈であり、ホールドの歪みは起きない筈である。ウエイトが乗っていないから、前傾になり、押すことになる理屈だ。ファンの2の前進も「複雑に考えず、この前進をしろ」とのこと。
誉めることはほとんどないから、どれが出来ていて、どれが出来ていないのか皆目分からない。お世辞を言わなくていいから、出来ていること、出来ていないことを、客観的に云って欲しい。ただただ、自信が喪失する。簡単に云えば、「分かったようで、良く分からない」のである。「ダンスの体の動かし方の指導って、グレーでなく、もっと明確にできないのか」と自分の不甲斐なさを棚に上げ、苛立つ。
副業も繁盛しながらも壁にぶち当たって来た。こちらも本格化してくると、レベルアップの注文が強烈である。少し調子は下向きだ。競技会に挑戦し続けないと、気持ちの張りが無くなり、万事が悪い方へ回転する。ネットのはま姫竜宮のご利益も、参拝が不足してるからか、薄れてきた。
帰宅したら、義弟のリストラの報を聞く。1歳年下で外資系の金融機関に転職していたが、近々退職するとのこと。この1年間のリストラ向けの嫌がらせに耐えられなくなったようだ。海外勤務も豊富で英語に強い人だが、そのスキルは、もはや、何の役にも立たない。却って最近の海外撤退が続く環境では、、そのスキルが新たな分野への挑戦の足枷になっているようだ。
小生もこの4年間、リストラ向けの閑職に耐えてきた。ダンスのお蔭で、乗り越えられつつある。あとの残りの2年も、この閑職を貪欲に活用する心積もりである。
{ダンスにもリストラにも負けてたまるか」
2002年06月12日 21時35分17秒

02年6月5日(水)
5月から始まった、週2回のレッスンも軌道に乗ってきた。水曜日がペアーレッスンで、金曜日が小生の個人レッスンである。先生も激しく、熱心に指導してくれる。練習が追いつかないので、今週から個人レッスンを土曜日に変更し、指導された点は十分に練習する日程にした。
ところが今日は、女房はお茶事で欠席。小生のみのレッスンになった。依然、チャチャの前進・後退であるが、珍しく大人しいスタート。前進のウエイト移動に焦点があてられた。3の前進で、一瞬、両足のボールで立ち、上下しないでウエイトの移動をしろとのこと。ウエイトの乗り方が、足から「よっこいしょ」の感じで乗っているのを、改めろと。「胸から乗れ」とのこと。両足がボール状態から胸から乗ればよいのだ。感じは掴めた。腰も2で右に十分にウエイトが乗った状態の後方からスタートする感じ。
ここまでは何とか理解した。後退から雲行きが怪しくなり、禅問答の世界に突入した。後退は胸の位置は変えずに、前進と同じ要領でボールバランスでウエイトを移動するとのこと。「何故、後退は上体も移動しないのだ」。理論的に納得できないと、いつまでもそれに拘り、尾を引く。
最後に前進・後退を音に合わせてやってみる。前進の3の&で腰が回らないのに業を煮やしたのか、&で前進でなく、腰を横に行くくらい、大袈裟に開いてやってみろと。後退も同じで3&で横になるほど開く。その形でロックもする。動きは凄くスムーズである。説明がないから、このレッスンがどう繋がるのかわからないまま、終了。
頭を抱えて帰宅し、指導を受けた点を整理してみた。「ダンスは本当にむずかしい」
2002年06月05日 22時47分52秒

02年5月29日(水)
スクールに着いたら、女房が先生と話していた。珍しいことだ。多分、先日の競技会の事だと思ったが、話には加わらず、着替えを慌ただしくして、準備体操をして、レッスンにそなえた。
あとから、女房に聞いたら、先生の方から競技会の結果を聞いてきたとのこと。「2次で3点で敗退しました」と言ったら、一瞬、顔が曇ったとのこと。大分、気にはしてくれているようだ。
レッスン開始。先生はその憂さを晴らすように、今日も激しく檄をとばす。嫌みも云うようになってきた。今日は女房にも遠慮なく、やりはじめた。「ようやく本格化してきたな」と実感する。汗がしたたり落ちる。すべて基本だが、微に入り、細に入りとなってきた。「胸を張っても、バックバランスになっている。ボールバランスで胸を張って」「先日のミスはこれだな」と思う。「ホールドはコンパクトに男女が3角形になるように」「シャッセでもショルダーでも股関節開いて、ターンアウト。足が内側を向いている」「反対足の抑えももっと強く、腰でるくらい」「ホッケーの2は小さく、追っかけられないでしょう」「クローズドヒップツイスト、左へ頭まで乗せる。大きなホールドを」「ファンの手も伸び切らない。そもそも握りが汚い」「ひっかければいいのだ」。すべての指摘が「この道はいつか来た道」みたいなことだが、頭で分かっても出来ていない現実。練習あるのみ。
6月は母親の1周忌と叔父の法事で競技会は無理だ。この1ヶ月で集中して練習し、自信を付けたい。年内にはなんとか、第一関門はクリアーしたいものである。
「ダンスファン」の7月号に小さいながら、この拙いHPを紹介してくれた。編集者のY女史より、記念に本誌を発売前に贈呈頂いた。有り難いことである。そして、こんな機会に恵まれたのも皆様のお陰と感謝の気持ちで一杯である。また新たに、どんな展開が待ち受けているのか、楽しみである。
2002年05月29日 22時13分28秒

02年5月26日(日)体験4 JDSF上尾大会 5級SL
前日は汗をしたたり流して、一夜漬けの孤独な練習をした。その疲れと、激しい副業疲れが重なり、良く寝た。翌朝、競技会の当日は快晴。気分も上々、緊張感もほとんど無しで出発。40分のドライブで、そこの交差点を曲がれば会場と言うところで、「あっ 上着と蝶ネクタイを忘れた」。急遽Uターン。とんだ出来事からこの日は始まった。
緊張感の欠如が招いた出来事だ。それでも開場前に到着。駐車場は最後の1台であった。午前はラテンの5級で2ヒート。4&1の前進・後退・シャッセをちゃんとやろうと心に決めていた。1次予選は通過。2種目とも満点。2次予選 チャチャ1点、ルンバ1点で敢え無く敗退。サークルの女性が発表前に「スタートは奇麗な姿勢であつたが、踊るに従い、前かがみになっいる」とのアドバイスを頂き、「そのとおりだ。次ぎは気をつけよう」と思ったが、時すでに遅し。にわか仕込みのチャチャでは通用しないこと痛感。身に付いていないのだ。
午後はスタンダード。3ヒートで1次予選がスタート。タンゴでもたつき、ワルツ5点・タンゴ4点で無事に通過。2次予選は午前の轍を踏まないように、姿勢のみに注力。1次を終えたところで、サークルの女性コーチャーが駆け寄り、「もっと動いて」とのアドバイス。「あと一息のところなんだけど」と。「2人のシルエットは一番いいんだけど、動くとね」と。日頃、煩いので敬遠していたが、現地まで出向いて応援してくれる熱意は、有り難いこと。そう云えば「306番」の掛け声が度々あり、コーチャーだったようだ。その応援の甲斐も無く、ワルツ1点、タンゴ2点で敗退。「ワルツが上手く踊れないな」との思いと「タンゴは挽回」と気合をいれたら、その通りの結果だったので、「納得」。
午前のラテンを観戦していても、自己評価と優勝者はほぼ全部一致していた。だから前回の競技会を通して、ほぼ3点どまりの成績は、これが実力だと認識できる。音がとれているだけの評価の感じがする。ベーシックをしっかり身につけたい。ラテンの審判長の講評も良く分かる解説。.襯鵐个魯Εークできなければ駄目▲船礇船磴錬粥1ができなければ駄目スポーツダンスなんだから、隅で自分達の世界の動きの少ないパーテイーダンスに陶酔するのは、やめてくれ。「観客・審判にアピールするのが競技だ」と。すべて納得。確かにレベルが上がるほど踊りにドラマ性が見られる。
じつに晴れ晴れとした気持ちで、参加できた競技会であった。「未来も努力次第ではあるな」との実感も感じた。あと2年で定年。閑職からの逃避で始めたダンスが、レッスン代稼ぎの副業に発展し、いまや兼業の息にきた。本業・ダンス・副業の3つの兼業である。あれほど苦痛な閑職が2年を切ると、さみしくあり、のこりをフル稼動しなければとの思いに変わってくるから人生は不思議なものである。サラリーマンも時には羽を休め、肩の力を抜いて、余裕を持ちあわせることは必要だ。小生には良い機会となったのだ。さらにあと2年ダンスを核にして充実した人生を歩いて行きたいと思った。
2002年05月26日 19時20分16秒

02年5月24日(金)
ようやく平穏な生活が戻ってきた。先週の金曜日の個人レッスンでチャチャを練習して以来、ダンスなしの一週間であった。レッスンは激しさを極めてきて、全然できない。「立ってる足は曲げない」「もたもた乗らず、トンと乗る」「云われたことを気をぬかずに」と。「上達させてくれ」の答えは「これができなければ無理」のようだ。高いレベルを目指している訳ではないのに、「もっとこちらの素養にあった方法ないのかな」とも思いながらも、「まあ努力してみよう」と考えて帰宅。
このあと事態は大きく変化し、地獄の一週間を迎えることとなる。睡眠は2,3時間の毎日。 予定のセミナーの準備のうえに急遽の代役セミナーの上乗せ。そしてその打ち合わせ。打ち合わせに現れたのは、ベンチャーの社長が2人と仲介役の編集者。社長のS氏が当初のセミナーの担当講師。同業のOBということで、意気投合。洒落っ気が全然ない「おじさん」だが、気さくで魅力溢れている。パワーが凄い。よく体が持つなという感じ。「人から押しつけられた仕事でないから、できるのですよ」と深夜だけど、会社に戻っていった背中は踊っていた。もう一方のS社長は正反対の人柄。繊細・神経質。だけど来月の店頭公開予定の企業のオーナーだとのこと。この夜は、刺激が強すぎて眠れず。美人と会っても、胸が高鳴り眠れないが。「汚いおじさん」でも、仕事に燃える、なんでも挑戦しているロマンある姿は、同じ胸の高鳴りがある。眠れないので、起きてしまい、その日のセミナー分の予行練習をする。こんなことの繰り返しで、無事、昨日ですべて終えた。
レッスンはすべて、休んでしまったが、昨夜は例の「男装の麗人」の個人レッスンの初回。一時間ほど汗を流す。アマチュアならではの分かりやすさはある。云わんとしていることもほぼ一緒。 暫くはレッスンを並行してみることにする。久々のダンスと満身創痍の心身の疲れで熟睡。
レッスン代は稼げたが、ダンスする気持ちの余裕がない生活は、もはや考えられない。貧しくても、閑職でも、ダンスに真摯に取り組めるいまが、一番幸せなようだ。「痛感した」
2002年05月17日 22時48分57秒

02年5月15日(水)
閑職の合間に1ヶ月がかりで準備していた、アルバイトのセミナーも間近に迫り、最後の追い込み。これで半年分のレッスン代を稼ぎ出すのだから、並大抵の苦労ではない。ようやく目処もつき、ほっとして、スクールに向かう。
大先生ご夫妻に顔を合せて、ご挨拶したが、やっぱり以前とは違う。白々しい。きっと今回の件は、大先生にも相談あり、アドバイスしたのだろう。「難儀な奴」という感じうける。
だけど気にしていられない。直ぐに開始前の時間を利用し、前回分の復習をする。レッスン開始。前回より、更に細かくなってきた。前進ロックに焦点が当てられた。「4の右足前進を爪先まで乗せる」その後のロックが問題。「左足のヒールを高くあげ、右足は折らず、同じ高さで足を入れ替えろ」とのこと。こうすれば右足は浮き、そのまま素直に右足のヒールをおろせ」と。いままで左足で蹴っていた。左足の位置が悪いのか、高さが悪いのか、足の入れ替えで後退する。 これがロックのポイントだと感じる。だけどすんなりとは出来ない。この後スポットターンも繰返す。エンドビートで前進・回転・前進・回転のメリハリを教わる。前から云われていて上手く出来ないところだが、今回は情け容赦はない。先生の顔も「マジ」である。
最後に音楽に合わせ踊るが、音が入ると踊りは元の木阿弥。少し身に付いたと思ったシャッセ・ロックもスピードについて行けない。今週の自習の課題はこのスピードを付けることだ。金曜日の個人レッスンの予約をし、スクールを後にする。
先生から、「シャッセ・ロックの練習の成果はでてましたよ」との嬉しい言葉を思い出す。受けたレッスンを、できるだけ自分の物とする努力の跡はあったようだ。「地道な努力あるのみ」と自分に言い聞かせる。こんどの個人レッスンはどんなことになるのか、いまは大きな楽しみである。
2002年05月15日 21時37分27秒

02年5月10日(金)
幾分かの緊張感をもってスクールに向かう。金曜日の午後7時と云えば、ゴールデンタイムだと思うが、スクールには誰もいない。以前にこの時間に来たときは、ごった返していた記憶がある。
そんななかでレッスンが開始。先生もなにごともなかったように、レッスンがスタート。今日はチャチャのペアーレッスン。一通り踊る。このあと事態は一変した。
「ロック、シャッセ、クカラチャができていない」と云うことで、クカラチャ、シャッセからはじまる。「スピードあげて」「シャッセでの中間バランスは駄目。床を蹴ってでもウエイトを移して」「クカラチャの添えた足は親指でしっかり抑えて」「膝の裏ももっと伸ばして」 とこれでもかとばかりに激しい激が飛ぶ。直ぐに汗がしたたり落ちる。先生の心のうちを覗き見たような厳しさであった。だけど「こういうものが競技には必要なんだな」と膚で感じる。前進、後退のロックも「膝の後ろに、膝をぶつけて、ちゃんとロックを」そして「止まるな、常に動いて」とこれも激しい注文。このあとも、生徒は誰も現れなかったので、我々3人でフロアー全体を使っての厳しいレッスンが続く。時間が来てレッスンが終わる。当然ながら、大方できなかったがポイントは分かった。これを繰返し練習して、自分のものとしたい。プロの凄さと厳しさの一端を垣間見た気がする。きっと今まで、「いいお客さま」扱いで、こちらの素養、年齢にあわせていてくれたのだと思う。
だけど満足なレッスンであった。できる、できないは別にして、こんなレッスンをして行けば、手応えも十分だし、可能範囲も分かってくる。この線で続けてくれることを願うのみ。
午前中に女房から、「追加レッスンはあなただけよ」との連絡あり。小生の個人レッスンの追加との先生の伝言を受け、吃驚した。小生を鍛え上げないと、先はないと云うことと思われる。漂っていた濃い霧がさっと晴れた。あとはやるだけ。すっきりした気持ちでスクールを後にした。
2002年05月10日 22時29分22秒

02年5月1日(水)
夜中に、自分の体があちこちから伸びた手か、糸のようなもので、がんじがらめになり、「はっ」として、目を覚ます。仕事で厭なことあると、よく起こる現象だ。今夜のは仕事ではなく、ダンスが原因。仕事でこんなことは、望んでももうない。
レッスンを受けに、スクールに出掛けたら、先生が駆け寄り、「話しましょう」 とのこと。「勝てるようにしてくれ」「点をとれるようにしてくれ」の回答のようだ。話し合いにならない。一方的に「当分無理、積み上げていくもの」と何時もとは違う、凄い剣幕。会話にならず、チャチャのレッスンを終え、帰宅。疲れた。そう言えば今日のスクールの様子も何時もと違っていた。気のせいか、他の先生も生徒もよそよそしかった。夢のなかの手は先生方や他の生徒の手だったような気がする。徒弟制度のようなレッスンに、反旗を翻した小生を、押え込むような夢であった。
短いやり取りを反芻し、小生なりに結論をつけると。「さなぎは老化している」 「羽化の可能性はない」「黙ってレッスンを受けなさい」「技は見て盗むものです」「あと10年はかかる」であろう。
青写真のない、漫然としたレッスン、進歩ないレッスンは「八甲田山死の彷徨」の雪中行軍を彷彿させる。先生は小生を何処に連れて行こうとしているのか。ぐるぐる同じところを回っているのではないのか。自己責任のチャレンジも束縛されたら、これは、会社組織と同じだ。ここでもまた、厭な組織の壁、人間が現れてきた。あの「馬鹿社長」「嫌みなエリート面専務」が重なってきた。
これ以上を記すことは、憚られるが、「競技会は無理よ」の烙印を押されたようだ。だけど仕事を離れた、中高年の生きざまとして、このままでは終われない。信頼感を失ったどうしのレッスンも続けられないだろう。
沢山のお仲間が出来たが、残念ながら、近くにはいない。救いを求めてアマチュアだけど、信頼できる、例の「男装の麗人」に相談する。この先生とは競技を離れたらのお付き合いをと考えていたが、暫く「個人レッスン」をしてもらい、プロの先生の指導をかみ砕いて教えてもらうこととした。 「まだ諦めないぞ」
昼間に「月間ダンスファン」の女性編集者より、5月下旬の7月号でこの拙いHPを取り上げてくれるとの朗報があった。会社生活の最終章を救ってくれたダンスへの恩返しになるならと、悦んでお願いした。 そんな日の夜に、ターニングポイントになるやに知れぬ事件、まさに「若き中高年の生きざまそのもの」である。
2002年05月01日 22時28分42秒

02年4月28日(日)体験3 北関東 深谷大会 新人戦モダン
記すのも躊躇するような、無残な結果であった。
往復4時間のドライブで滞在3時間、競技5分。途中で食事して、冷酒を少し呑んで、気を鎮めて帰路に着く。帰宅したのは、陽も高い時間。
深谷市のビッグタートルで行われた北関東大会の新人戦スタンダードに挑戦した。いつものJDSFとはランクも違うので、体験挑戦の軽い気持ちであった。が勝手が違っていた。
到着して、すぐにラテンの新人戦を見た。当初は出場予定であったので、どんなレベルか興味があった。準決勝でもあったので、かなりのレベルであることに気付く。衣装も本格的で女性は半裸に近い。年齢も若い。 それでも気楽に準備して、スタンバイ。午後のスタンダードの最初の種目、新人戦に臨む。スタート位置で小生カップルを除く全員が正装であることに気付く。服装は自由だが、みんな正装だ。少し気になったが「服装で競技をする訳でないし、いいや」と思い直す。そこにKAZUさんが近ずいて来てくれ、「肩の力を抜いて」と応援してくれる。46名の4シートで2フロアーでスタート。小生等は背番号19で2シート目。1シート目とワルツ・タンゴを交互に踊るようだ。ワルツがスタート。可もなく不可もなく、普段どおり踊る。踊って戻ったら、胸がどきどきしていたから、平常ではなかったのかもしれない。1シート目のタンゴが終わり、小生等がスタート。日頃狭いところでの練習なので、2ウオーク、リンクを付け足すがこれがうまく行かず、連鎖反応でロックターンを忘れる。訳分からなくなる。適当に誤魔化すが、目茶苦茶であったろう。終わってから、KAZUさんから2点のアドバイス。‐生の顔が女性側に入りこみ過ぎている△發辰塙兇瓩燭曚Δ良い。大人しすぎるとのこと。暖かい思いやりあるアドバイスに胸を熱くする。
ノービス戦が始まると、直ぐに新人戦の結果の発表がある。このレベルでは当然無理だとは思いながらも、僅かな希望を残し、覗いてみる。「あっ。白紙」「印がなにもない」ショックで一目散に跡かたずけして、帰る。裏口から帰るところ、間が悪くスクールの御大先生と顔を会わす。「どうだった」「駄目でした」「点数入った」「零点でした」
夕飯食べながら、話しは自然に今日の結果へ行く。女房も0点は堪えたようだ。お互いの思いは「基本の姿勢からホールド等そもそもの事が出来ていないのではないか」と日頃の思いが噴き出す。
素養にも欠けるし、ペアーの練習も不足しているが、もっとも基本のことが出来ていないと、今後も負け続ける。1点も入らないことは目に見えている。最後にゞサ参颪了愼海卜脇れているサークルに参加し、ペアーの練習量を増やす。∪萓犬法崗,討襦廖崚世瞭る」指導お願いする。意見交換もしてみる。と方向付けして、寝入る。苦い夜であった。「転機になるかもしれない」とも微かに感じながら。
2002年04月28日 18時40分44秒

02年4月24日(水)
日曜日まであと4日。タンゴの最終レッスンの為にスクールに向かう。競技会が間近の為、その話題で盛り上がっていた。
タンゴのレッスンに入る前に、月曜日のワルツのウイスク・シャッセを再度レッスンして頂く。これが今日の大成果に繋がった。小生は「シャッセの歩幅が小さい」と言われたことが気になり、再レッスンの申し入れをしたが、先生はウイスクの1、シャッセの1が気に入らず、その点が中心のレッスンになった。「股関節の折れ」「送り足の緩み」「緩めたら力抜く」「送り足が中心の前進」「後ろ気味の重心」。少し前にも同じことの指導を受けたが、今日は、小生の申し入れに端を発している為か、言われることが良く分かる。「タンゴも一緒よ」との先生の一言で、タンゴウオークに続く。今まで抵抗を感じていたウオークも素直に入ってくる。今までとは全然違うが「これで上体が真っ直ぐなのか」と納得しつつある。
そう言えば、この間のダンス雑誌に「上体は移動の手段と考えない」「移動はすべて足から」と書かれていた。「股関節を折り、上体を伸ばし、腰から下で移動することか」「シンクロナイズドスイミングと同じだな。顔で笑って、下であがきだな」と苦笑する。股関節を折る格好が、理屈で分かつても無様なような気がするが「そうではないのだ」と思い始めてきた。
何か真髄に触れた様で、こういうレッスンが続くと上手くなれそうな気もする。あと4日では身につくどころか、混乱するばかりであるが、基本の習得が将来にも生きてくるのだろうから、成果を気にせず、教えを実践してみたい。
そもそも、今度の北関東大会はどんな大会なのかに大きな興味を持っている。ノービス級からD級へとクラスの少ない競技会とはどんなものなのかの興味は尽きない。楽しみである。
2002年04月24日 21時21分42秒

02年4月22日(月)
今週末に3回目の競技会も近ずいたので、ワルツの追加レッスンでサークルに向かう。 2月の上旬から2ヶ月半の間、タンゴのレッスンに集中しており、ワルツは自分勝手に踊っているようで気持ちが落ち着かない。前回の採点もタンゴ2点・ワルツ1点と慣れているほうが成績が悪い。きっと自由に踊っている為の乱れだと思う。
そんな訳でレッスン開始。一通り踊る。慣れている筈だが、先生の前ではギクシャクする。すかさず指導が始まる。ナチュラルターン、ウイスク、シャッセ、「みんな歩幅が小さい」と。「ちまちま踊っても乱れるんだから、大きく踊って」と強引に振り回される。今日の先生はかなり強気で元気が良い。
いろいろな箇所の指導受けたが、踊りの流れが問題のようだ。ナチュラルターンでもシャッセでも途中で腰が止まることがあり、これを徹底的に直される。タンゴの時も同じこと言われている。
競技会の前の軽い点検のつもりが、依然として、基本のレッスンとなった。ここまで身に付かないのは、運動神経を含めた才能の問題ではないかと思えてくる。「孵化するのは、遥か先だな」と思い知る。
2002年04月22日 21時10分57秒

02年4月17日(水)
月曜日は女房の用事もあり、競技会サークルは休む。この日は小生の誕生日でもあり、ささやかながら夕飯を祝う。
あと2年で定年を迎える。最近のサラリーマン世情を眺めると、高度な機能、多岐にわたる能力の持ち主しか気分良く生きられない時代を感じさせる。閑職と言えども、雇用が保証されている小生等は、最後の「真の競争を知らない世代」かもしれない。うららかな好天の日々は過ぎ去り、荒天の日が待ち受けている。定年を迎えても年金支給はその2年後だ。従来は定年後も延長されていた温情の処遇も、会社統合等で占領下となった会社の社員は、その恩恵には浴さない。再就職市場の厳しさも面接にまで届かない「不採用通知」を受け取り、膚に感じる昨今である。
ゆっくり休養できたので、意欲的にスクールに向かう。今だから許されるダンスのレッスンをとことん楽しみたい。「孵化する前のさなぎ」のアドバイスから、自分に合った練習、競技会の体験をしたいと考えると、自然に落ち着いた気持ちになる。
タンゴを集中して3ヶ月やって来たので、先生もホールド、姿勢と全般的な指導に入ってきた。膝が前に緩んでも、腰からうえはすっと伸ばして立つ。前進・後退とも緩んだ分だけ伸ばして、素直に進む。力が入ると肩があがり、首がちじむ。全般的に自然な流れが大事で、タンゴの先入観の打破が必要なようだ。少し馴染んできた。
いつの日か、羽化することを目指し、黙々と取り組む。
2002年04月17日 21時35分00秒

02年4月10日(水)
競技の厳しさと、自分の上達の遅さへの歯痒さが相俟って、限界を感じ始めていた。この一週間、憂鬱な気分であった。
ネットのダンスの師匠からの、暖かいアドバイスで吹っ切れた。「さなぎの孵化前の状態。それでも日々育っている。いつの日か大空へ飛び立つ日が来る。今はその停滞を感じている時ではないか。」とのこと。「さなぎ」であると思いたい。他人のスピーデイーな昇級も心穏やかでなく、劣等感に苛まれる。自分自身を「遅々とした成長のさなぎ」と自覚し、将来を夢見たい。
タンゴのレッスンが開始。今日も相変わらず前進の練習。緩めて、前進、反対足を寄せて、伸ばして、前進を繰返す。ここで、腰の位置が思った以上に後ろであることを実感する。さらに5ステップでの力の抜き方、クローズドプロムナードでの腰を開かないでの移動等を学ぶ。肩を下ろし、胸の力を抜いて素直に歩くことが、流れを途切らせないスムーズな動きの秘訣のようだ。いつもと違い「さなぎ」の栄養の素の様に染み渡り、、素直に理解できる。

Mホールデングスの混乱が連日報道されている。起こるべくして起きた出来事だ。通常システムは正常に動いて当たり前の扱いである。がこの分野でのこの種の問題は、日常茶飯事的に発生している。だから経営者の理解の程度が問題である。小生も現役の最後はこの問題で苦しんだ。結局は職を追われた。事前にその被害を最小にする提言は採用されなかった。職を賭けて進言するには採算が合わな過ぎることは、小生が体験済みである。苦しめばいい。そして顧客不在のつけがどれだけ大きいか、思い知れば良い。
やりきれない思いと、忸怩たる気持ちで、この10日間を眺めている。
2002年04月12日 10時13分38秒

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