02年3月から8月まで5回の5級戦に挑戦。良くて2次戦までで、現在の力量では大きな壁が立ち塞いでいる。この壁の突破を目指して頑張りたい。2年間指導を受けたプロのT先生とも袂を別つことにした。 勝てないから余計な摩擦が起きる。いつのまにか先生が6人目の審判と化した。我らカップルと3人で戦うものと考えていたが、勝手が違ったようだ。プロ先生選びも並行しながら進める試練まででてきたが、競技会挑戦は懲りずに続けたい。負け続けるだろうが、見守って頂けると有り難い。(02年8月28日記)

02年11月7日(水)
例年になく、寒いので気勢も上がらない。女房も忙しくて、練習もままならず、沈滞ムードが蔓延している。
それでも自主練習はしたつもりだが、チャチャのレッスンで注意を受けるのは、もっぱら小生のみ。やっても、やっても自信がつかない。スピードが速いだけでこうも馴染まないものか。もっぱらチェックを繰り返す。「軸足のヒールの上下だけでよい」「ウエイトも軸足に置いたまま」「位置もそのまま」「3の移動も速く」と相変わらずの速さ対策。「よく練習をしておいて下さい」でチャチャは打ち切り。なんとも消化不良感が残るがどうしようもない。
息の継ぐ間もなく、タンゴのレッスンが開始。腰を十分いれて、ツウウオークからスタート。こちらはかなり、注意点は絞られてきた。「膝のゆるみ」「腰を十分いれる」「動きを止めず、膝、足首を更に使え」等々。最後に切れを良くする為に、クローズドプロムナードで「Sお」の「お」で前進する方法を教わる。
あと半月後が本年最後の競技会になりそう。今度の日曜日はリハーサルも兼ねて、いつも練習場にしている公民館の文化祭で踊る予定。コーチャーに変わって3ヶ月。細かいところまで良く教えて頂いたが、上達の自覚にまでは至っていない。女房への指導が増えた分は良くなっていると思いたい。一足飛びに上達しないところが歯痒いが、だからこそ、のめり込む魔力が潜んでいるのかなとも思う。

02年10月30日(水)
あの酷暑が嘘だったように寒い。早い冬が訪れて来たようだ。昨日の6時間、立ちどうし、喋りどうしのセミナーを終え、次までの僅かなゆとりを楽しむ。体を動かしたくなるから、疲れの正確がちがうのが解る。
何としてでものにしなければいけないので、今夜もチャチャをやる。しつこくやる。そのうちに何か体が覚えることを期待している。少し閃いた。日頃から、「歩幅を小さく、スピードに付いていく為にチェック・バックでよい」と言われていたが、それが良く分かった。その分、女性が大きく動くので、男は腰はしっかり動かすが、軸になって小さく動けばいいとのこと。軸まで動くから、バタバタと騒々しい踊りになっていたようだ。これならシャッセにも付いていけるかもしれない。女性を大きく奇麗に踊らせることが必要なのに、自分が主役の気分で動き過ぎていたようである。日頃の反動か、ダンスでは裏舞台より、表舞台に立ちたい気分が勝る。
タンゴはいつも同じことを言われている。‖が伸びてる⊂絏爾垢覘ホールドが動くすを十分入れて前進してないハ栃△緩む女性の側に入り込む等々々。
だけどお陰で、随分解って来たし、体も馴染んで来た。練習量が課題であることが、痛く分かる。
今年もあと2ヶ月。11月に入ると同僚はみな職場を去る。高齢者の大幅な整理である。小生も年内限りだから、残りは2ヶ月。大分失業後の準備も出来てきたので、あとは戦うのみ。簡単には料理されないつもりで年末を迎える。当然ながら、ダンスも最後の勝負が待っている。

02年10月23日(水)
副業が動き出し、てんてこ舞い。定年後の助走の為に、毎週、在宅でこなすのだが、凄く大変である。レッスン代にも満たない報酬であるが、僅かな稼ぎに大変な労力を要する。暇な老人向けに、中間搾取されたボランテイア的な仕事の為であろう。夫婦2人で3日を要してこなしたら、女房が疲れて果てた様子。今日のレッスンは小生一人となった。
「折角、スムーズに流れ出したのに」と思いながらレッスンを受ける。もっぱらコーチャーとチャチャ・タンゴを踊り、指摘を受けたが、久々の個人レッスンで、得るところは大であった。
一緒に踊るので、欠点が良く分かるようで、チャチャではコネクションが途切れるところを指摘される。「1で立つ」と言われていたが、この「立つ」コネクションがリードであることが分かる。女性はこの「1をしっかり立って」次のリードを受けるのだ。「1で立つ」の意味がよーく分かった。
タンゴも同様にバックコルテ・リバースターンの後退でのコネクション。「体を残して後退」の意味を実感する。前進と同様にコネクションがないとリードが伝わらないことが分かる。もう1点は「脇腹をしっかり伸ばす」こと。左の脇腹が緩み、リンク・5ステップでホールドが下がっていた。アクションの最後に気が緩み、同時に脇腹が緩む癖が随所にあるようである。
レッスンが終わったら、これも時には良いかなとも思う。だけど段々核心に触れてきたことを感じる。ずーと胸の内に抱いていた問題点。ダンス一筋の小生とダンスはワンオブゼムの女房では、レッスンを重ねるごとに、ウエイトの置き方で問題が出て来ている。負け続けるのもこの点がポイントで、「どこまで練習に打ち込めたか」だろうから。今までは摩擦を恐れて、触れずに来たが、「そろそろ形を整えないといけないかな」とも思う。このままで、「これが小生等のカップルの姿である」と現状を是認して進んで行く方法もあるが、悩ましい問題である。
要は「競技ダンスとは生半可なものでない」ことは、確かのようである。
2002年10月24日 16時06分46秒

02年10月16日(水)
ダンス三昧と閑職の苦楽の落差が大きすぎて閉口する。副業のセミナーも2週間後に迫り、追い込まれているのに、マンネリ化し、当初の有り難味は薄れて、燃えるようなハングリーな意欲が湧かない。
夕刻のレッスン時間が近ずいて来る頃に、漸く体も心も目覚め、意欲も湧いてくる。
今夕も苦手なチャチャとタンゴのレッスン。相変わらずのシャッセのもたつきについて「3で次の4の足も準備し、3の近くでいいから、4でしっかり立て」と。そして「&も小さくして1で立った姿をみせろ」と。
タンゴではリバースターンの3歩目、5ステップの3歩目の位置を直される。女性側に入り過ぎて、右足とクロスしていた。あとは右脇腹を崩さずしっかり立てることを教わる。クローズドプロムナード・ロックターンの回転・ニューヨークの低い手の脇腹・チャチャのオープニングアウト等すべてに共通で右脇腹の大事さを理解する。
今月は負け続ける競技会を休んだので、みっちり練習して、11月には少しは変化した姿に生まれ変わりたいと願っている。レッスンの手応えも十分に感じているので、少しは前進していると思いたいのが今の心境である。

02年10月9日(水)
株価が連日下げ続けている。8500円は驚愕の株価。14000円で大方の金融機関は危機的と言われていたのだから、この株価は尋常なことではない。年金、健保をはじめ生活に直結したところで、痛みが発生することは必須である。ノーベル科学賞の2人受賞の快挙の朗報も、一層政治・経済の貧困さが浮き彫りになる。
OFF会の興奮も冷め遣らぬまま、レッスンに向かう。今夜はチャチャとワルツ。チャチャではチェックで速さに対応。シャッセ・ロックは半ば諦め、小さくして速くを努める。それより「1で力強く立つ」ことに注力。手の振り付けも「横を指す、うえを指す」の感じで鋭く動かすことにした。最後は肝腎の姿勢。前かがみになりがちなので、腰をしっかり入れることに気をつける。「あとは練習量ですね」とのことで、早々打ち切り。ワルツは「椅子への腰掛け」が収穫。今まで頭で理解しても、どこまで腰掛けるかが曖昧。今日は「右尻を出せ」で、かなりはっきりしてきた。鏡を見ても、上半身は真っ直ぐである。「ここまで腰を入れるのか」が分かる。ウイスクの3でこの姿勢をとると、シャッセフロムPPの1の足が真っ直ぐな姿勢で出せる。最後は、「ナチュラルターンの2の足が1の足の近くを通らず遠回り」していた。1が爪先まで前進しないし、腰も完全にはいらない原因であった。
なんかいろんな動きの原理が繋がってきた感じ。理解できるから楽しい。1時間のレッスンもあっと言う間に終了。そのあと女房と2人で復習する。満足感の残る、人恋しい秋の夜でした。

02年10月6日(日)
負け続けの競技会を今月は休むことにしたので、落ち着いた日々を過ごせるかと思ったのは大間違い。
今週は公私に忙殺された。閑職も期末、期初でそれなりに忙しく、そこにリストラの影響も押し寄せ、心も穏やかでない。対抗策を考えていたら、折り良く、更なる副業が舞い込み今週より開始する。通信教育の添削の仕事で、進行中のセミナー講師の副業も10月、11月と連続するので、本末転倒状態がこれから続く。いつ退職勧奨が来てもうろたえない様に出来る限りの準備をする。はかない話である。当然ながら、そのうえに練習は欠かさず、コーチャーになってピッチが上がってきているから、滅多矢鱈に忙しい。土曜日のOFF会と日曜のかしわさんのJDSF競技会の応援で華々しい一週間は終わった。
充実した週でもあった。細々ながら将来の仕事の口の確保もできつつあるし、練習も充実してきたし、何よりもダンス仲間の充実が嬉しい。OFF会は今までに味わったことのない世界。ダンスと言う共通のキーワードを通じて、繋がりを持ち、その組織は繋がりながらも柔軟なゆるやかな繋がりで、非常に居心地が良い。まどろんでいるような気分で10時間近くを過ごした感じである。ダンスを楽しむ集団であるが、その楽しみ方は千差万別であり、その差を同等に認め合った関係がその居心地の良さの極致かもしれない。下手なことに恥ずかしさも無く踊れたし、高レベルの競技選手からの指導も受けられ、励まされた。貴重な体験であり、練習、競技会への取り組みへの気持ちに自分ながら、変化も感じる。女房も同様で遠くに光りが感じられた様である。
翌日の競技会ではA級からD級の競技を堪能し、C級選手のかしわさんの晴れ舞台を拝見した。日頃の努力の様子もお聞きしていたので、そのご苦労と重なり合い感動した。
先週のレッスンもコーチャー3人が熱を入れて指導してくれており、チャチャの練習も復活。4&1の1で「きりりと立つ」ことに注力している。ワルツ・タンゴも大きく腰を入れて優雅に鋭く動くことを本格的に教えて頂いている。
yemon師匠を始め、OFF会の皆さんから頂いた励ましとかしわさんの情熱を糧にして、また新たに頑張りたい。

02年9月25日(水)
レッスン場所の自治会館に着いたら、もう女房とコーチャーが先日の競技会結果の話をしていた。コーチャーから「申し訳ありませんでした」との予期せぬ言葉に、「とんでもありません。こちらの努力が不足しておりました」と応えるのが精一杯。当然に、2ヶ月程度のレッスンで、コーチャーに対する気持ちなど何も無い。この会話で俄然、「頑張らねば」と思う。今までのプロの対応とは、偉い違いである。
タンゴを一通り踊る。「これならもう1点位はあってもおかしくないのに」と慰められ、リバースターン、5ステップを切れ良く踊るアドバイスをくれる。後半はワルツの初レッスン。タンゴと同様に前進・後退とも、「もっと思い切って腰を入れて動いて」と。「中途半端だとお尻が出てしまう」とのことで、何度もナチュラルターンを繰り返す。収穫はスピンターンで、「1で後退してから回転しろ」とのこと。後退すると動きが大きくなり、回転しやすい。ダンスパーテイーでも女性が踏み込んでくると上手く踊れ、「この女性は上手いな」と感心していたもの。この1歩でこんなに違うのかと驚き、自分もできたことが嬉しくなる。シャッセフロムPPでも12とのとで女性がしっかり方向を変えてきたら、随分踊りが締まりワルツらしくなってきた。
コーチャーも小生等も上機嫌でレッスンを終える。人間は感情で動いていることを痛感する。競技会の成績は伸び悩みだが、レッスンが順調なので、微かな光を感じる。もう少しは頑張れそう。
リストラの波が小生にも及んできた。年末か来年の3月で今の閑職からは解放される模様。だけどその先の1年余はどんな処遇になるのかは不明。労働条件の悪いところへ放り込まれるのか、早期退職の勧奨があるのか。
「なんでそんなに焦るのか」との話が多かったが、小生は前からこの日を予期し、この1年の競技会を突っ走って来たのだ。このあとも同じように続けられることを祈りたい。
ワルツのレッスンの嬉しい刺激とリストラの苦渋の刺激が重なり合い、いつまでも眠れない夜を過ごす。

02年9月22日(日) 体験7 宇都宮市長杯ダンス大会 5級戦
さすがに恥ずかしく、記すことに躊躇い感じるが、実録の日記だから、記して置くこととしたい。
早朝5時起きし、始発のバス、電車を乗り継いで、遠路の宇都宮へ向かう。会場への到着は8時半。待つことも無く、会場入り。気候も涼しく、参加者も少なく快適。よかったのはここまで。見事にラテン・モダンとも一次で敗退。チャチャは0点。相変わらずのていたらくであった。
ラテンは25人で2ヒート。19人アップで6人が落ちる。チャチャからスタート。元気良くを心掛けてスタート。途中で女房が止める仕種。リズムをはずれ、速くなっているので止めたようだ。気勢を削がれた感じで、そこからは力が入らず終わる。暫く休憩して、次はルンバ。これは自信をもってスタート。キーウオークで前進する時に審判と目が合う。そこからメロメロ。こちらもリズムが乱れ出し、漸く途中で合わせる。焦りまくり。ルンバはリズムの狂いの自覚症状があるから更にショック。
それでも一次くらいは通過するであろうと考えていた。結果が発表。チャチャ0点、ガーン。ルンバ3点。通過は6点。所詮、チャチャで勝負が着いていた。
あっけない幕切れ。毎度のことながら、不貞寝して、砂を噛むような昼飯を食う。気持ちを持ち直し、午後のモダンに備える。午後は1次しかないことを覚悟で思い切り行くことを心に決める。
モダンは、30人で2ヒート。19人アップで11人が落ちる。ワルツがスタート。ワルツは可も無く、不可も無く終わる。タンゴはこのところの練習が楽しく出来ているので、そのイメージで臨む。こちらも所詮、未完成品だから、まあ無事に踊りきったというところ。結果はワルツ2点・タンゴ2点で一次で落ちる。通過は6点。
散々たるもので、光はなにもないが、見つけないと、これからやって行けないので、タンゴが1点増えたので、更に練習に力を入れることで、気持ちを納得させる。それにしても曰く付きのチャチャは悪い。これは肝腎なことが欠けている。それを見つけ出さないと解決しない感じ。
復路の電車のなかは、疲れきって2人で眠りこける。小生の趣味の付き合いで、早起きし弁当をつくり、日頃は時間を割いてあくせくと練習する。この1年、どこにも旅行もせず、出掛けるのは競技会の旅だけである。横顔を見ながら、「申し訳ないな」と胸のうちで呟く。起きたら何食わぬ顔で話をする。
多分、明日からもまた今までと何も変わらない、家事、仕事、練習の慌ただしい日常が来るのだろうが。まだギブアップできない。もう暫くはこんな生活を続けたい。

02年9月18日(水)
昨夕は帰宅途上に拉致問題の悲惨な結末を知り、一瞬、耳を疑った。同時に憤りが激しく起こり、年老いた親御さんの姿が目に浮かび、同情を現す言葉はどこにも見当たらない。大きな外交の流れのなかに、藻くずのようにかき消された。市井の庶民の扱いは非情である。
会社も9月決算を控え、株価の低迷からの危機の再来に脅え、リストラの嵐が吹き荒れている。先日、無礼を言ってきた例の上司も、言わんことなく含められていた。50歳を超えた者に軒並み肩たたきが始まり、みな観念して応じ始めた模様。当然に小生にも余波あるだろうが、心配しても始まらないので、予定通り、レッスンに向かう。
周囲は騒々しいが、カラッとした秋の陽気で、気分は良く、ダンス日和。タンゴのレッスンが開始。今日の収穫はリバースターン。CBMで1歩前進して、2歩目、3歩目が問題。真っ直ぐ後退するが、肩を開かず、顔は後ろ向けて、止まること無く後退。いままで肩が開いていた。頭も前に倒れていた。これが次の5ステップも同様とのことも分かり、すっきりしてきた。バックコルテの1歩も同じリバース系であることが自然に分かってくる。へっぴり腰も2ウオーク、リンクでしっかり腰を入れて前進してみる。これを意識すれば腰も治まりそう。大きく前進、後退し、しっかり腰を入れることを心掛けたい。
アマのレッスンに変わり、今までの飾りがすっかり剥がされ、丸裸の初心者の気分。実力も相応のようである。競技会挑戦もまだ無理であることも素直に実感する。競技会は楽しみとして継続するが、そのうち実力も見合う日が来るような気もする。タンゴの練習は実に楽しい。

02年9月13日(金)
先週の木曜日より、男性の競技選手からモダンのレッスンを受けている。月に2回だけで、公民館を使用しているので僅かな費用のみ。無料のボランテイアの様なものである。競技会サークルの初心者レベルを対象にしており、女房が聞き出してきて参加させて頂いた。
今日、ここの書き残したいと思ったのは、昨夜が「リンク記念日」になったからである。
タンゴの醍醐味は、リンクに代表される切れの良さであろう。このリンクに憧れ、熱心に練習して月日を費やしてきた。教えを受けた先生も10人近い。だけど昨夜まで正直言って良く分からなかった。いろいろ教わるから余計に分からなくなっていた。昨夜のレッスンで漸く分かった。理屈も理解できたし、体も覚えられそう。知ってみれば何をそんなに悩んでいたのかと言う気もする。
最大の誤解は2点。ひとつは2ウオークの2歩目のショルダーリードの効用を理解していなかった。ふたつめはリンクの1歩目を前のショルダーリードとの繋がりを無視していたことである。2ウオークの2歩目でショルダーリードはするが、次のリンクの1歩目の前にショルダーリードの肩が元に戻ってしまっていた。そこでリンクする訳だが、当然CBMは大きくないので(1歩分しかない)、腰まで振る、ホールドまで振る、リンクの2歩目も大きく振る為には左足に寄せられない。何とも不調和な仕種を繰り返していた。切れの良いリンクが到底出来る訳がない。
昨夜は罵倒されながら、ショルダーリードの肩をそのままにして、さらにCBMでリンクの1歩。そして2歩目で左足に寄せると同時にリンク。大きくCBMが効いているのだから、CBMを解くだけで鋭いリンクができあがる。ホールドも左腕が元に戻るだけのことだ。両足も揃っているから、腰なんて回らない。上半身のCBMの大きな捻じれが元に戻るだけのことだ。
なんでこんな素直な原理を理解するのに4年も掛かったのだろうか。思い起こすと、10人の先生は、みんな断片的には正しいことを言っていた。誤解のもとは2ウオークの2歩目の「CBMを解く」と言うが、「肩はそのまま」あるいは「次の1歩でCBMを更に大きくする」とでも言うことが必要なのではないのだろうか。「ホールドを大きく動かしたり、腰を振っているのは原理が分からないからではないか」と思う。
アマの競技選手のレッスンを受けだして2ヶ月目。凄い収穫である。ブランド品のプロの先生で気分的に満足していたが、アマのレッスンでまだ基本が何も分かっていないことを思い知らされた。コーチャーも高い料金をとる客ではないから、正直なことをバンバン言う。一通りの基本を理解するまでは、2人のコーチャーのレッスンを継続するつもり。そのうちにアマの問題点や限界も出てくるのだろうが、小生達にはまだ先の話の様な気がする。このレッスンを続けていけば、いつか勝ち抜けそうなそんな予感がする。「リンク記念日」に感謝、感謝、感謝。

02年9月11日(水)
漸く涼しくなったと思ったら、また暑さがぶり返してきた。週3のレッスン・練習で疲れも溜まる。レッスンがアマチュアになったら、時間も内容も濃いのに、費用は格安。実質本位のレッスンになり、疲れる、疲れる。
今日も閑職から開放されようとしたら、遠慮気味に上司が「出向契約が9月で切れますが、何か予定ありますか」とのこと。「特にないよ。出向元の会社からも何も話はないし」と応える。「このご時世に、どこにいい就職口あるのかよ。」「先輩に粗末な口を聞くんじゃない。アンタもあと何年か後の話だろうに」と胸のうちで思いながら、気分を害して退社する。そんなだからできればレッスンも休みたい心境で、足取りも重く、自治会館に向かう。
それでも気分を持ち直して、待望のタンゴのレッスンを始める。ツウウオーク・リンクからスタート。月曜日の練習で競技選手の方々から見るに見兼ねて、声がかかり、漸くリンクの感じが掴みかけていたところ。右腰を付けておくことと、お互いのコネクションにかなり強いものがないと、鋭くリンクできないことが漸く分かりかけていた。
コーチャーのレッスンが「乾いた土に水が染みるように」良く分かる。プロのレッスンがパーツだった感じで、今日のタンゴのレッスンは初日ながら、そのパーツが繋がった感じ。1歩目のCBM,2歩目の解放。これが随所に出てきて、これが大きなポイントになることも分かる。一時間で最後のロックターンまで進んでしまい、コーチャーも予定外であった様子。小生等も待望のタンゴに少し光りが指してきて素直に喜ぶ。練習がこんな楽しいのも久々の感じ。レッスン後も疲れも感じず練習する。
閑職の厭な気分も何時の間にか、吹き飛んで、気分も爽快。退職まであと1年半。ダンス・ダンス・ダンスで、したたかに乗り切りたい。今はダンスが上手になるのが、何にも勝る良薬である。

02年9月4日(水)
プロ先生との決別で、禅問答からの開放でほっとしながらも、支えを失う心もとなさも感じているのが正直な気持ち。次の先生の候補もあるが、気が進まず、休日も何も動かずに過ごした。
実は何とも因縁めいた話だが、先日の競技会の開始前の待機時に日陰を求めて移動して落ち着いたら、偶然にも同じプロ先生の生徒のカップルが先にいた。2級程度のランクで年齢も似通っており、スクールのパーテイーで2,3言会話した程度の知り合い。突然。「我々、先生を変えて、いまはHスクールには行っていないのですよ」とのこと。聞いてみたら、悩みは同じ。「分からない」「できない」「勝てない」で同じスクールの競技選手が独立したので、そこに移動したとのことであった。「年齢に応じたレッスンをしてくれなくては」とも言っていた。
みんな試行錯誤しながらやっているのだなと思うとともに、よき師に恵まれることは大きなウエイトを占めていることも感じる。
今日はコーチャーのレッスン日。モダンのレッスンを希望しているのだが、チャチャも課題の未達成が癪であり、再度、チャチャ・ルンバのレッスンを受ける。スポットターンの回転の遅さ、オープニングアウトの右脇腹の崩れ・ホールドの崩れ等の注意を受ける。依然としてチャチャの4&1の1の切れの悪さ、シャッセの足寄らずは解決してないが、日々努力するつもり。残りの時間でワルツのホールド、ナチュラルターンのみ行う。ナチュラルターンの3で爪先まで使った前進。合わせて腰まで入れて前進することを教わる。出来るようになると踊りが随分変わるような気がする。
待望のモダンのレッスンに入ってきたこと、取り分け、タンゴのレッスンに入れることが嬉しい。女房の指導もコーチャーになり、そして高校の同窓生であることも解り、大いに増えてきた。当たり前のことだが、女房もやる気が出てきて、練習日も週3回にふやした。明日も競技会サークルで練習する予定。
まずは気分転換して、目標を目指したい。努力がいつの日か報われることを信じて。

02年8月28日(水)
チャチャ塗れの夏であったが、実りは少なく、暫くはラテンから離れたい心境。タンゴのレッスンを受ける予定で自治会館に向かう。
コーチャーが待ち構えており、「さあ、ルンバ・チャチャやりましょう」「あのままではすっきりしませんので」とのことから、ラテンのレッスンが開始。
何度も繰り返していたベーシックムーブメントや3回繰り返していたナチュラルトップ等は1回に簡略化。その代わりに手の振り付けを施す。スポットターンも手を振ると回転がスムーズだ。コーチャーはこの機とばかりに大鉈を振い、思いのままに改造する。こちらも何か馴染めなかったチャチャなので、気分転換の為にも、スンナリ受け入れる。
スピードに着いていけないのは、「歩幅の大き過ぎる」のと「不安定な立ち方」とのことで、前進チェックを集中して指導受ける。サークルで経験済みのもの。だけどプロの先生はこれをやらなかった。前足に重心乗らず、腰は開かない(開いている位置が違うのかな)。ターンアウトと言うより、強く前足を支える動き。確かにスピードも着くし、安定もする。が何故これを取りいれなかったのか。ルンバの前進とは随分違う動きだが、これでいいのか疑問も湧く。
まあ課題のチャチャだし、1点しか取れないチャチャだから、何でも試してみようと言う心境。
今日、プロのT先生とは決別した。競技会の総括で「2次の低得点は妥当です」とのコメント。この「妥当です」の一言に小生が切れた。結果と今の技量をみたら確かにその表現どおりだろうが。「言う言葉」が違うだろう」「あんたも当事者だろう」。「我々と先生とは運命共同体で、ともに不足を認識して、向上を目指すものだろう」。6人目の審判と化して、不足部分を列挙していた。「お互いに、その不足を計画的にどこまで充足できたのか。これからどうするのかを総括するのだろう」。「不足なところが出来るなら、習いにこない」と啖呵を切って、エンド。2年間のT先生とのレッスンはあっけなく終結した。
昨夜からの遣り取りで、少し悶々とし、寝苦しかったが、汗を流したら、厭な気分も流れ去った。
新たなプロの先生捜しも加わり、難儀なことであるが、また新たなスタート。「なんとしてでもやる」

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