ペアーレッスンも開始し、ようやく競技会に挑戦への体制が整った。 本流から外れた会社生活の寂寥感、孤独感,屈辱感はいまだ残るが、ダンス挑戦への夢中な生活で、随分心は癒された。 生活のパターンもダンス中心に大きく変わった。土曜日のペアーレッスン、日曜日の「とも先生」サークル、月曜日の公認サークル練習、水曜日のシルバーサークル練習と臨戦態勢が整った。 人生のセカンドステージの生きた証として、JBDF6級にチャレンジすることとした。今は体を壊さず続けられることを念じている。(13年8月21日記)

01年10月18日(木)
日に日に夕暮れの早まる季節になってきた。そのうえ、今日は雨がそぼ降り、冬入りを思わせる寒さも忍び寄ってきている。セミナー疲れと出勤すると相も変わらぬ閑職のアンバランスで調子が狂う。組織を離れた仕事は真剣勝負で、アルバイトとは云え、精根尽き果てた。そんな体でスクールに向かう。
明日からプロ選手権のため連休になるようで、大盛況。早速練習が開始された。指導のポイントは先週と同じでスエイー。一通り踊ったが依然できていないのだ。理屈を理解したが体が覚えていないのである。再度、先週の復習でスエイーの反復をする。どうも直ぐにウエイトが移動している様だ。だから体が最後まで登って行かず、途中で失速し、墜落する。伸びない、寄せる足が形だけになり置きにくる、腰も上がっていかないところに余勢が押し寄せるからよろめく。体重の移動が右から左へ、そして低から高へ徐々に奇麗に移動して行っていないのだ。原因はどうも左右の足首の緩みの様である。徐々に移動するには両足首の緩みが必要なのだ。先週で分かったつもりでいたので、頭は大混乱。終わって冷静になってみたら、この話は前に聞いたことと似ている。「そうだ前進・後退で徐々に体重移動していく。これと同じじゃないか。これに低から高への移動が加わるのだ。」と遅ればせながら閃く。鈍い閃きだ。
帰宅後、「趣味のダンス」を視聴し、そのあと女房と今日のレッスンの意見交換。おおむね意見が一致したら、ぽつりと一言。「大変な世界に足を踏み入れたようね」女房はダンスは苦手で近ずかないようにしていた。亭主は運動神経も無いのに、何を血迷ったかダンス狂いをしている。それに付き合う覚悟の言葉のようである。今日のレッスンでの小生の醜態に、同情と前途の不安が確かなものになったのだろう。
それから理屈を理解して身につける小生流と女房の考えは違う様である。女房は「理屈は後つけが多い、理屈では動けない、時には止まる。先生を真似ることが大事だ」と。確かに一理ある。理屈は分かると安心するが、理屈で現せないところもある。その微妙な部分の表現の違いで、まるで別物を身に纏っきてしまい、着心地の良いものになってしまっている。「そうだ良いものを観て、感じ、取り入れることは、より良い理論を取り入れていることなのだ」「とも先生」にしっかりついて行かねばと思いながら眠りにつく。小生はこの苦しみは少しも苦にならない。楽しい。
2001年10月18日 23時25分49秒

01年10月11日(木)
重い体を引きずり、スクールに向う。休日はセミナー準備が加わったので、疲れる。明日から遅れ馳せの5連休なので、最後の気力を振り絞り向う。
スクールはI先生が居なくなったので、やはり客も少し減っている。残った老先生夫妻、とも先生がそんな状況に、不安の片鱗も見せず、いつも以上に張り切っている。
相変わらず、ワルツの基本の指導に終始。.淵船絅薀襯好團鵐拭璽鵝  ̄β首を緩め1で内向きに回転、2で立って、後方斜めまで回転、3で次の1の足速く抜く▲螢弌璽好拭璽鵑裡苅毅供 。韻慮綢爐念戝供◆屬い垢乏櫃院廖■欧梁を直線的に抜く、ここからがいつもの説明と違っていた。1の後退は止ることなく続き、それも倒れるように後退する。自然に余勢で3の足となり、2の足に寄っていく。実はこの2つのステップの前に「スエイーの練習」も、左右したのだ。全然できておらず、出した足にすぐウエイトが乗って行っていた。足首の緩みとともに低から高へウエイト移っていくことが良く分かった。3の足の後退はスエイーだったのだ。
後退のスエイーも前進のスエイーと原理は同じで、1の足首がゆるんで、2の足に対し3の足となり寄って行くのだ。こんな当たり前のことが、全然わからず、もがいていた。前進も後退も足首の緩みが、かなり大事な事と気ずき始めた。それと足の動きとともに腰が動いて行くことも。足だけ動くことは極めてまれなことだと云うことがようやく分かりかけてきた。
疲れが吹き飛ぶ収穫。体が覚えないことには、何も始まらない。「とも先生」の忍耐強い指導のお陰だ。感謝して、帰路に着く。
芸術、スポーツは公平でない。力の有る人が絶対的に高い評価を受ける。だからこの道も報われることのない青春時代だったが、今は努力することを楽しみたい。この努力も報われることは小さいのだろうが。
2001年10月12日 22時39分40秒

01年10月4日(木)
不景気もここまで来たか、との思い出で話を聞く。サークルに行くと、I先生が忽然と姿を消していた。我々がレッスンを受ける時間帯は、サラリーマンが中心なので、なかなか盛況であるが、平日の昼間はかなり閑散としているようだ。そんなことが遠因で移籍された様である。そんな厳しさに立ち向かう様に、先生方はいつも以上に愛想よく出迎えてくれる。どこもかしこも厳しさばっかりで、救いの無い世の中になりつつある。
「とも先生」は、表面的には「どこ吹く風」でいつもと何も変わらない。かってのパートナーでかつ自身がスカウトされOLから転身したのだから、苦悩するところは大きいことだろう。
レッスンが開始。先週と同じ展開。一週間のあいだ足首のゆるみ、足の運びを復習したつもりだが、依然、歩幅が小さいとのこと。女房をそっち退けで、「とも先生」とがっぷり四つで前進の指導を受ける。〆限を前で自由にして、右足首を緩めていく、倒れて行く感じ。膝頭から頭までは一直線。限界で左足にウエイトうつり、左足も同様に足首が緩み、膝頭が爪先まで行くまで前進していく
このレッスンで感じたのは、ダンスの体の動かし方は、「一瞬宙に浮く=宙を舞う」ことが必要なのではと思いだしてきた。右足から左足にウエイトが移る一瞬の間が分かり、できるだけ長くできることが大事なのではないかと。これが中間バランスのことか。ルンバウオークも原理はおなじだ。「とも先生」から、一時は禅問答の様な感じで説明を受け、悩んでいたが、ある日分かったのだ。「後ろ右足の親指」で床をプッシュして、前進する時、左足はすぐ着かない。「一瞬宙を掻く」。これと同じ原理だ。 ナチュラルスピンターンの3の足も、「どん」と着く前に次ぎの1の足が抜け、後方に既に行っている。これなら大きく動けるし、前の原理と共通して「宙を舞って」いる。それから前進、後退とも、その場で「どんと足踏みしてみろ」とのこと。こうすれば、変な力みが入らず、すっと立って、反対の足がすっと抜けるだろうと。 「その感触を身につけろ」とのこと。さすがプロである。忍耐強く聞いて、繰り返し体験して行くと、真理が見えてくる。不思議なものである。
レッスン後、「とも先生」と雑談し、「6級チャレンジは来年初めから」と表明。あわせて年内、ルンバのレッスンの追加をお願いした。サラリーマンの給料は、企業に例えれば、常に利益の出ている状態だが、「趣味をターゲットにした経営は、景気に大きく影響され、大変だな」と複雑な思いで帰路につく。
2001年10月04日 22時49分09秒

01年9月27日(木)
夕刻ともなると肌寒く、日暮れも早い。あの暑かった夏が懐かしく、去り行く夏に淋しさを感じながら、スクールに向かう。 今週も練習4日目なので、体が馴染みつつあるとは云え、疲れは感じる。
スクールは変わらず盛況である。レッスン開始。2人で半周ほどワルツを踊ると、そこでストップ。鏡の前で前進・後退の指導が始まる。動きが小さく、ブツ切れなので業を煮やして、本格的な基本の指導と相成った。先ず前進 真っ直ぐ立って、左足を前に伸ばす。△海了の股関節を変えず、右足を緩める。左足はその分伸びる。上体は真っ直ぐ左足が伸び切ったところで膝折れてヒールからボールとなる。けβも左足につれて徐々に移動。この際右足の付け根の後ろが折れる。これは股関節が変わっていないことの確認。後退も理屈はほぼ同じ。その後、スエイーに続く。〜或覆捻βが2でスエイするので■海膿緤燭肪綯呂垢襦△海虜欹限は当然に寄ってくる。
理屈は良く分かったが、瞬時にこれをこなすのは容易でない。「とも先生」何度も体当たりで教えてくれるが上手く行かない。小生は復習で身につける方だから今日は無理だ。天才肌の先生はじれったそう。共通した欠点は3で1の足が抜けていないので、準備できていない。その為足が伸ない。だから直下に足を置く。ブツ切れになる訳だ。バックウイスクの1の足を伸ばし後退したら、予想以上に大きな動きになった。スエイーも2で水平になっていて、足を寄せていた。よろめく訳だ。
基本の基本を今教えるのは何故なのか。ようやくその時期が来たのか、あまりに基本ができないからなのか、良く分からないが、大事なポイントを教えて頂いたことは実感できた。女房も良く分かったようで、真摯に取り組みだしてきた。
「公私ともに多忙」と云う言葉あるが、「私私のみ超多忙」が小生の近況。ダンスにネット。これに中断していたセミナー講師のバイトが復活し、年内の予定が確定した。仕事の閑職は変わらないが、私生活は大きく変化し、今後の生き方の指針となりそうだ。テロ、株安等で景気は一段と悪くなるだろう。「痛みをともなう」施策も続出してきた。介護保険料、医療費の自己負担、雇用不安等、団塊世代の高齢化を照準に、弱者に辛い試練が続きそうだ。いまから強く生き抜く準備をしなければならない。
2001年09月27日 22時37分42秒

01年9月20日(木)
休日中心の練習から平日練習も加わり、心身ともに、まだ馴染んでいない。平日の夕刻は、自宅でゆっくり休んでいた生活が長かったので、それが恋しい。そんな気分でペアーレッスンに向かう。
岩槻の競技会も間近のため、5組のカップルで大盛況。少し前までは、気後れしたが、最近は図々しくも張り合いを感じる。未熟なくせに、こんなところでファイトでてくるから不思議である。基本的なことを丁寧に教えてくれるので、「とも先生」に暫くの間、集中してレッスンをお願いする。レッスン開始。直ぐに熱心な指導が始まり、一汗ごとに気分は盛り上がる。スクールにようやく辿り着いた倦怠感も、汗とともに吹き飛ぶ。直しが多くて、落ち込んで居られないのが実状なのだが。〆Fの一番の収穫。踊りに無駄な力が加わっている。奇麗に踊りたい気持ちが力みになり、これがスタイル化し、リズムが途切れる。先ずボールで立ち、そのまま下ろし、その何処にも力が入らない状態で踊れと。確かにこうすれば、自然だし、リズムにも乗れ、ホールドも崩れない。kazuさんの云う「バランス」と「タイミング」とはこのことかとフッと思う。▲好團鵐拭璽鵑裡韻硲海梁の使い方。折れており、しっかり伸びていない。1が内側を向いていない。13とも腰の移動より先にヒール下ろす。これは初耳。ヘジテイション これも真っ直ぐ立って1で右足を緩め、その分左足を伸ばし後退、2で中央斜めにしっかりリード、3で左足が遅れて寄ってくる。
女房もペアーレッスンと競技会サークルを中心に据え、体調にあわせてそれ以外は参加することとした。大分生活のバランスはとれて来たようで、もう少しで我々の練習スタイルが出来上がりそうである。テミさんからも激励のメールを頂き、その中には、妻であり、母親であり、仕事を持つ女性であり、ダンス以外の趣味も持つなかで、工夫しながら競技会に挑戦されている様子を知らせて頂いた。初めて聞く話が多く、順調に伸びている裏には人知れぬご苦労があることを知る。参考になるとともに「立派だな」と感心する。ご苦労を乗り越えての事、それだけにこの度の快挙は、喜びもひとしおであろう。心よりお祝いを申し上げたい。
2001年09月20日 21時58分41秒

01年9月13日(木)
たった一週間空いただけなのに、久々の感じでペアーレッスンに向かう。女房の腰も少し良くなってきたようである。それよりも疲れがとれたので、やる気も回復したようだ。
先客は「とも先生」の指導でパソドブレを踊っていた。格好よく、軽快に動いていた。途中でパートナーが「とも先生」に変わると、それは素晴らしい。ダイナミックな動き、切れのある動き、リズムに乗った動き。惚れ惚れと見とれる。ラテンを踊ると「天下一品」であり、プロの凄さを感じさせる。休む間もなく、我々のレッスンが開始。「とも先生」とは久々で、このところ他人行儀であったが、レッスンに熱が入ると、いつもの先生に戻ってきた。指導も妥協を許さず、本格的で嬉しいことである。,泙坐或覆任了兩、先生と相対し、膝を折って前傾、膝からうえは板のように一直線になる。壁に向かい、片手で何回か繰り返す。体に芯をつくって立つ。腰からうえが崩れるようだ。ホールド ゆったり、大きく広げろ。肩が上がって首が宿んでいるようだ。ウィスクの後の1で緩んで、その足を女性の足が押してくる。当たり前ながら、初体験。ぅ螢坤爐癸魁■隠押檗檗檗櫃農擇譴覆い茲Δ法ゥ丱奪コルテ はつものだと思っていたら、リバースターンの456と同じ。2の足を真横に出すのが違う点。ここまでやったら、規定時間はかなりオーバーしていた。「有り難いことだ」
このような基礎を、丹念に繰り返して行けば、不器用な我々カップルも少しずつは前進できそうで、頼もしい限り。体の使い方は肝心なことを覚えれば、全体に共通してそうで、我々レベルでは数も多くない感じ。手応え感じて、帰路につく。
アメリカで起きたテロ事件からまだ2日しか経っていない。同業者が依然、行方不明の状態で心配である。永年の勤務先もあのセンターの87階で98年までは、200人を超える陣容で営業しており、93年の爆破事件の時は事後対応に小生も関った。幸か不幸か、すでに大半は撤退しており、難を逃れた。
「報復」とか、日本も即時に「支援」とか云っているが、ダンスが楽しめる状況が変わらないことを祈る。健康面でも不安あり、いつドクターストップが掛かっても不思議はない。だから夢中でやっているのだ。だれの利益にもならない、無意味な戦争にならないことを、祈るのみである。経済戦争でもう大きく傷ついて瀕死の状態にあるのだから。
2001年09月13日 22時16分49秒

01年9月7日(金)
金曜日の夕刻、閑職ながら、「これで一週間の拘束から開放される」と気持ちが緩んだ瞬間を狙い撃つように、机上の電話が鳴る。K支店長からの電話である。10年前のその支店時代の融資案件の当時の状況を聞かせてくれとの事。退職後にこの手の電話を受けたのは2度目だが、厭な予感を感じながら話を聞く。現役時代も決まって、金曜日の夕刻の電話に碌な話はない。こう云う電話ひとつで、2日間の休日は台無しになる。
「痛みを伴う構造改革」の顕われか、不良債権への風当たりは、日増しに厳しさを増して来たようである。10年前はバブル時期だから、その当時は双方の採算は合っていたのである。株価、地価の下落で担保の評価は下がる一方。当然ながら、当時の優良債権も株価、地価の下落とともに不良債権化する。当たり前の原理である。財政面で余裕のない取引先は信用に懸念のある先と化していく。正に構造がつくりだす不況である。
その不良債権化しつつある債権の「犯人捜し」がこの電話のようだ。当時、支店のNO2であったことからの照会のようである。幾つかの無礼な、人を貶める質問があり、極めて気分が悪くなる。
「左遷させる時は過去の経歴を無視するくせに、犯人捜しには丹念に経歴、顧客との付き合い状況まで調べるのか。それも10年前まで」と憤りが湧く。
おなじ業界の人間でもこれだけ気分を害するのだから、矢面の顧客の苦悩は察して余りある。まったく、殺伐とした、暗い時代になったものだ。
女房の体調で練習もできないので、久々にベンチャー企業の社長を訪ねる。雑談したら、少し気分も晴れたので、帰宅したら、今度は母親の相続に関する、親族からの抗議の文書。一応決着がついたので、今後の永代供養等の明確化につき意見を具申したら、猛反発。何とも厭のことの連続する週末であった。明日はゆっくり、心身を休め、鋭気を養おう。
来週には、株価が10,000円を切るかもしれない、そうなったら更に世間はきな臭くなるであろう。負け組みの金融機関が来年3月決算の危機をむかえだし、さらに金融現場はデフレ阻止の為の不良債権処理の最終局面で修羅場をむかえるだろう。97年の悪夢が蘇る。「なにかもっと酷くなりそうな予感」がする。
2001年09月08日 10時02分23秒

01年9月6日(木)
やり過ぎた練習が祟り、案の定ダウン、今日のペアーレッスンはキャンセルすることとなった。女房がダウンしたのだ。小生も変調を来たしたが、女房は膝、腰が痛いとのこと。大事をとってしばらく休養することとなった。
月曜日の競技会サークルでの練習中に浮かない顔をしており、そこからストップした。小生も食事の不規則、夕刻の行動変化で熟睡できない等でおかしいが、女房は今までの多趣味のうえに上乗せの練習が加わったのだから、ダウンも当然である。そのうえ歳のことも考えなければいけないなと思う。
夫婦のカップルの弱点も見えてきた。夫の趣味にあわせ、共通目標に向かって精進するのだが、女性は早くから余暇の過ごし方は出来上がっており、それに邁進している。夫の遅れ馳せの趣味に合わせる気持ちは健気だが、ダンスを楽しむ域なら良いが、競技会挑戦となったら、ことは簡単でなさそうだ。女房も今更、自分の趣味を削ることは本望でないだろうから、ことはやっかいになって来た。
競技会カップルの大半が夫婦でないのも肯ける。同じ目的の者がダンス最優先で取り組むには、夫婦でないほうが都合が良いのではないのだろうか。夫婦が同じ様にダンスに傾注していれば、これがいちばんであることは云うまでもないが。
かくして、またも厚いベールに覆われて、身動きできない状態になりつつある。小生はひとり、変わらずサークル通いは続けている。シャドーだけはしっかりやって今後に備えようと思う。それにしても巷の競技選手は、これを乗り越えて晴れの舞台を迎えている訳で、改めて立派だなと思う。
男も会社に、生き甲斐や、やる気や、連帯感を見出せない時代となったのだから、早く気付いて、人生を真に楽しまないと, 妻にも置いていかれるのだなと痛感する。
2001年09月06日 20時31分57秒

01年8月30日(木)
前回のペアーレッスンから、平日の夕刻に変更となった。今まではもっぱら、ダンスは休日のものと決めていたが、ペアーの相手が女房とは云え、相手の都合も考慮しなければならず、難儀なことである。女房は土、日はお茶の稽古が優先で、こういう事態となった。先週のペアーレッスンから少し真剣さが増し、約一週間のすべてを練習に充てた。疲れた重い体を引きずりサークルに向かう。
今日のスクールは, 先週の金曜日と違い適度の混み方。担当はI先生でワルツのレッスンが開始。ナチュラルターン、ヘジテイションチェンジ、リバスターン123、リバースコルテ、バックフィスク、シャッセフロムPP、ナチュラルスピンターン、これが我々の為のフィガーの中心。まさしくベーシックオンリーなのだが、2人ともすべてできていない。スエイーができていない、1が大きすぎ2が大きくない、この時引き寄せもできていない、フィスクでホールドが下がる等々々々。最後に業を煮やした先生が「すべて123をいーーーちいで踊って」とのこと。これが思いの外すっきり来る。引き寄せは3で4でロアしている様になり、細切れで流れになっていなかったので、これで流れを身につけたいと思う。
「怒涛のペアー練習」の一週間がようやく終わった、これからは少しペースを落とさないと体調が心配だ。「過ぎたるは・・・・・・・」はバブル期の不動産投資、ゴルフ会員権投資で身に染みて懲りたはずであるが、「懲りない男」である。いくら練習しても顕著な効果はないが、少しは進歩しているのだろうと自分に言い聞かせ眠りに付く。
2001年08月30日 22時32分18秒

01年8月28日(水)
4月の社長面談のリバウンドがあり、久々に都心に向かう。
私の所属する会社の社長の呼び出しであり、自宅より本社へ直行する。私はその会社には籍を置くだけで、日々の勤務及び給料の負担は出向先であり、実質的な関わりはない。
5ヶ月も経った反応にいささか憮然とした気持ちで出掛ける。会話の内容は前回から何も進展なく、当方の事情聴取に終始。解体された企業は哀れである。OBの人事履歴もきちんと引き継がれていない。30余年の会社人生は解体とともに消滅したようである。馬鹿にした話であるが、これが現実だ。組織のなかで一度流されると、とめどなく漂流する。経歴と希望を改めて聞いて処遇を見直したいとのこと。
実は先週の水曜日。台風一過の日のこと、いつもの様に定時に退社し、シルバーサークルへの参加のため家路を急いでいた。背後から、かつての上司のIさんが声を掛けてきて、帰りの電車で久々に話をした。この男は本体の専務まで駆け上がり、今は同じビルの子会社の社長を勤めている。59歳になったところだが、話は病気のこととこれからの楽しみのこと。仕事の話は極力したがらない。5年間の役員生活で体がボロボロとのこと。ガンをはじめいろいろ病気でてきて、「あと10年は生きたい」と言っていた。部長、副部長で仕事を組んでいた時は「役員になったら体力勝負」と公言し、スポーツジムでベンチプレス100キロを挙げていた男である。小生はそれをサポートしていた間柄。余りの変わりように唖然、呆然。5年間の重圧によるストレスは想像以上のものなのだろう。
そんなことも頭を過ぎり、「社長、もうどっちでもいいですよ」と答える。
現在のこころ豊かな生活を維持し、組織からできるだけ遠く離れたところで大きく羽ばたきたいとの思いは自分の心を大きく占めている。
2001年08月30日 14時40分27秒

01年8月26日(日)
昨日はレッスンがないので、日ごろ気に留めていた地元の公民館の100円パーテイーに午後からでかける。
公民館といっても新設されたばかりで立派な施設。100人くらいであったがかなり高年齢、皆んな楽しそうに踊っていた。我々は昨日の課題を中心に練習開始。途中に幹事からやんわりとメンバーチェンジの要請ある。当然なことであり、ほかの方とも踊る。こちらが下手なのか、向こうが下手なのか、なかなか難しい、上手く踊れることは希だ。いつも感じることである。
今朝は早く起きてK市ダンススポーツ大会に向かう。電車、バスを乗り継いで小一時間で会場に着く。大きな荷物を持ち、濃い目の化粧の人々が続々集まっている。会場に入り、異様な熱気に動揺する。頭まで痛くなっくるほど興奮した。「これが競技会なのか」と感心しきり。今日はラテン、スタンダードの6級から2級までの競技会。約600名の参加でラテン250名、スタンダード350名、うち6級は各10名。
ラテンが午前。スタンダードが午後であったが、圧巻は正装のスタンダード2級戦。男女とも衣装の華やかさに度肝をぬかれる。女性の生き生きとした表情がなんとも妖艶である。いくら観ていても飽きないが、スタンダードの2級一次ですでに15時。未練あるがサークルがあるので退出。公認サークルのメンバーが4カップル参加していたので激励する。日ごろの努力が結実することを祈りつつ帰る。どんな衣装なのか、どんな形で進行するのか、そして一番の目的の6級とはどんなレベルなのか。おおよそは理解できた。努力すれば6級挑戦は無理ではなさそうだ。そして参加者の年齢はかなり高く、小生より年長の方が多いのには驚きとともに、素晴らしいことだと思う。
競技委員長の講評で.潺紂璽献奪▲轡襯┘奪鉢ムーブメントの3点がポイントと解説がある。これを胸に、チャレンジへの希望を胸にサークルに急ぐ。
2001年08月26日 22時41分35秒

01年8月24日(金)
仕事を定時に終えて、一目散にスクールにむかう。明日の土曜日はスクールのパーテイーで休業のため、今日に振り替えたもの。
スクールに飛び込むといつもとは違う熱気。競技選手が4〜5組みで大混雑。いつもの土曜の昼下がりのけだるい雰囲気は何もない。
I先生のレッスンが開始。先週苦労したうろ覚えの個所を確認する。追加されたステップはリバースコルテ、バックフィスク、ヘジテイションの3種類であった。2人で混雑するなかを、遠慮しつつ一通り踊る。不慣れなステップ、いつもと違う顔ぶれ、笑われているような視線を感じながらレッスンは終了。自他ともに認めるメロメロな状態。最後にI先生から優しい口調のきつい一言「時間かけてやりましょう」
かくして年内の競技会への挑戦はかなり難しくなってきた。
高齢化すると「趣味を大事にしろ」という話は良く聞く。だからあるレベルまでは達したいと願う。だけど上手くならないのである。先生も熱心に時間をオーバーして教えてくれる。しかし思う様にできない。人には明らかに能力の差や適性の有無がある。そしてその開始時期が決定的な差をもたらすのではと思い始めている。趣味といっても馬鹿にできないことを痛感する。
2001年08月25日 20時48分12秒

01年8月18日(土)
お盆に入り、サークルはすべて休み。新盆だから田舎に帰れば良いのだが、お袋の残した僅かな遺産を巡り、少し揉め出したので、距離を置くこととした。介護も十分にしない小生の様な息子に対しても、少しでも相続させようとする、肉親の情は有り難くもあり、複雑でもある。
14日の火曜日の夕刻には、都下のAホールのダンスパーテイに出掛ける。ペアーレッスンの効果を上げる為の練習が目的のもの。かって意地悪おばさんの試練にあって、退散したところ。
受け付けを終えて、入りかけると、件のおばさんの姿が眼の端を霞めた。軽く会釈したが、先方は怪訝な顔をして去っていった。この世界は本当に狭い。おばさんはここに巣くっていて、小生のような新参者が来ると、格好のカモとして弄ぶのだろう。「こんな輩に負けずに強く生きなければ」と思う。
200人近い混雑した中で練習をする。フィガーが変わったのと、うろ覚えの為、上手くいかない。女房と2人だけのダンスパーテイーは初体験なので、物珍しさも手伝い、女房には好評で機嫌も良く、唯一の収穫。
今日はその課題も持ち、意欲満々でペアーレッスンに向かう。本日の担当は「とも先生」「フィガーが変わったのですが、上手くいかないのですが」「それでは踊って下さい」とのことで開始。しかし先生間の引継ぎ不足、当方の理解不足でレッスンはメチャクチャ。ウイスク、シャッセフロムPPの基本的なことも、ことごとく直され、心身ともに疲れ果てて帰宅。
いつもなら、21時にチェックするメールも見ずに不貞寝する。意気込むと空振り、淡々と臨むと上手くいく、ダンスは奥深く、本当に難しい。
2001年08月20日 16時40分54秒

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