年が明けて、新年を迎えた。ダンスライフも3年半経過した。悪戦苦闘の産物でここまで来た。長いような、短いような道のりだった。ダンスへの精神的逃避から、覚えることへ、上手になることと発展した。いまはダンス体験の証として、競技会を目指し、そのスタート台に立てるところまで来た。体力的、経済的にもこのチャレンジはあと2年の猶予。皆んなに励まされ、その気になって、この2年で正装での競技会出場まで目指したいと考えている。幾多の試練があるだろうが、これを乗り越えて行きたい。多くの仲間が支えてくれていることが心強い。(02年1月1日記)

02年4月3日(水)
コンペの疲れも取れ、陽気も良いので気分良くサークルに向かう。
4月下旬の北関東新人戦に向け、モダンに注力することにした。
タンゴをこの2ヶ月間集中して来たので、これをものにするまで、徹底して続けるつもりである。
意欲を持って練習開始。最初の2ウオークから「駄目」と。右足緩めて、左足前進、右足寄せて、右足前に出すのだが、上下動する。自分でも解る。
ここでみっちり、「右足の抜き方」の指導を受ける。「左足で十分に立てて、はじめて右足が抜けるのだ」「そうすれば右足は自由な筈」「次ぎに左足を緩めたら、そのまま右足を前進すれば良い」「タンゴはこうでなければと変な意識強すぎる」「素直に歩け」と。
やってみる。随分違う感じ。物足りない感じもする。リンクも同じ要領であるとのこと。
こうして素直に歩くと、足の前進とともに胸も一緒に前へ進む感じが強い。「これだな」と感じる。後退も意識して胸ごと後退してみる。この方が素直だし、上下動もしなくなる。
あとは同様に5ステップ、クローズドプロムナード等でも伸びをしないように心掛ける。
今日も基本の歩くことに終始した。タンゴもワルツも本当に難しいものだ。
「だけど負けずにやり遂げるぞ」と決意も新たにする。
2002年04月04日 15時48分10秒

02年3月31日(日)体験2   狭山大会 JDSF5級SL
早朝の6時に起床。昨日も十分に休養し、睡眠も十分とれた。遠足前のような夢を見ることもなく寝た。2度目となると落ち着いてくるものである。すこしどんよりしているが寒くはない、良い競技会日和である。
7時すぎに愛車でスタート。一路、狭山市民総合体育館にむかう。
8時半前に無事到着。9時開館であるが、すでに100人が集合している。高齢者も見受けるが「元気だな」と感心する。JDSFの競技会だから、参加者が多いが、今日は350人と少ない方であるとのこと。そんな声が漏れ伝わってくる。
開場、場所取りにいそぐ。レジャーシートをもって場所を確保し、一安心。すぐに受付を済ませ、背番号をもらう。「286番」。午前はラテン、午後がモダン。プログラムで出場組数、時間を確認する。5級戦は12人、1シートだけ。人数少ないので、1次戦が11時半。長い待ち時間がある。午後のモダンも3時40分。永い一日を覚悟する。
観戦したり、練習したりして時間を過ごす。この練習が問題であった。お互いに、いちいち不満がでてきたり、相手のうろ覚えが発覚して焦りまくる。気持ち良い目覚めは、午前の練習で神経消耗。
ようやくラテンの1次戦の出番がきた。どきどきも全然ない。その分新鮮さが薄れている。チャチャ・ルンバを連続して踊る。女房も本番になると、マジになる。が所詮、付け焼き刃。キーウオークであらぬ方向にいったりして、現状曝け出し。笑顔なんかではとてもカバーできない出来栄え。1次戦は12人全員アップ。
次は準決勝。この結果も大同小異。半分が落ちる。見事に落ちた。成績はチャチャが1点・ルンバ2点の計3点。
午後のモダンがスタート。いっちゃん、パールさんも顔を見せ、「ラテン、音は合っていたよ」と慰めて頂く。
「前回も午後から巻き直したのだ」とモダンに意を決して臨む。ワルツは気分良く踊れる。タンゴは慎重運転。終わったら、サークル仲間からも少し良い反応。
「よし!ここが最後の勝負と」やる気だして準決勝。ワルツ、やる気出過ぎで、逆回転。肝心なところが上手く行かない。自分で解る。タンゴはクローズドプロムナードの多用で安全運転。結果は敗退。ワルツ1点・タンゴ2点の計3点。
表彰式の前の4時半頃に会場を後にする。
カップルでの踊りこみの不足、ラテンはプロレッスンの不足で当然の結果で悔いはない。好きなモダンで、特にタンゴがスタートでき、大観衆の前で演技できるなんて、夢のような出来事。
応援に駆けつけてくれたネット仲間のDORAちゃんも誘い、近くで乾杯。
9時半頃、雨のなかを帰宅し、永い一日が終わった。満足した一日であった。
2002年04月01日 16時51分04秒

02年3月27日(木)
ランチのビール2本の罰があたったのか。昨夜は一晩中、吐き気に苦しみ、24時間の間、水分しか体に入っていないので、意気消沈状態。
昨日の昼に、九州から後輩がわざわざ訪ねてくれた。後輩と言っても、小生とは能力が違い、将来は社長も夢でない器であったが、この一連の金融機関の統合等に嫌気を差し、関東の自宅も売り払い、九州の地方都市の金融機関に専務として移籍した。あれから一年半が経ち、上手く行っているか気がかりなのと、彼のことだから、新風を吹き込んで大活躍しているのではと、想像していた。在職中よりもさっぱりして、何か吹っ切れた満足感を感じた。理事止まりで退職し、無念感もあるのだろうがおくびにもださず、淡々としていた。小生もつい嬉しくなり、業務中で花冷えと氷雨で冬の様な陽気なのに、飲みすぎた。
退社後、ペアーレッスンの為にスクール向かうが、気が進まない。このところ練習が不足しているのと、あとから考えたら、体調が崩れはじめていたのだろう。
タンゴのレッスンが開始。相変わらず、前進・後退の股関節の折れ、姿勢のチェックで女房をそっちのけで、先生が組んで踊ってくれる。コンペも間近かだから、先生も気にしてくれていたのだろう。朦朧のうちに、レッスンが終わる。規定時間を遥かにオーバーしていた。「バックコルテのQQSのQQの中間バランスで動きは終わり。あと右を寄せてくる。」大事なことを教えて頂いたようだが、それどころではない。
吐き気を感じて、急いで帰宅。風呂に入ったが、力が入らない。寝室に飯も食わずに直行。朝まで悪夢と戦う。
朝を向かえ、ようやく吐き気は止まった。食欲は依然としてない。ダンスのストレスかもしれない。「早く快復してくれればいいな」と願うのみ。ネット仲間との「交換日記」もできない。
2002年03月28日 11時25分33秒

02年3月20日(水)
昨晩から女房が寝込んだので、レッスンは休みにした。一人で個人レッスン受け様かとも考えたが、小生も少し疲れたので完全休養日とした。 女房の体調不良は、このところの熱心な練習と、彼女自信のライフワークとの重なりで、かなりなハードワークが原因だと思う。
閑職の合間にセミナーの準備をしている。「ぼくたちは、銀行を作った」というソニー銀行のインサイドストーリーを読んだ。軽妙洒脱な表現で面白ろ可笑しく書かれている。護送船団方式から脱皮した、店舗を持たないインターネット専業銀行の開業までが活き活きと描かれている。銀行・証券からの有能な転職組の面目躍如たるものがある。
それにあやかる訳でもないが、最近、転職に応募すべく履歴書を何通か送ってみた。残り少ない在職中に高齢者就職市場のリサーチとチャンスがあればとの思いもある。 2件ほど丁重なお断りの文書が送付されてきた。よく言われている面接まで届かないとはこのことなのだろう。「賞味期限きれ」「耐用年数きれ」と決め付けられているようだ。
国の年金の支給は延長され、小生の年代で62歳からである。そこまでは政策的に雇用は延長されるだろうと高を括っていたが、現実はそう甘くなさそうだ。
4月からは入社以来、30余年馴染んだ社名も、Mホールデイングス傘下に入るとともに、跡形なく消え去る。最後の社内報が我々OBにも配布された。そこには過去の栄光の日々の回顧が、プライドと悔恨がない交ぜになりながら、綿々と綴られている。堪らない。だけどもうこんな感傷に浸ってられない。
「踊り子」で生きていけないか、マジに考えている。
2002年03月20日 20時15分41秒

02年3月18日(月)
競技会も迫ってきた。チャチャはルーテンを作ってもらって以来、ペアーレッスンを受けていない。
月一の持病の診察の為に早退し、早めに診察を終え、スクールに向かう。
先日、新聞の片隅に「判事さん、ダンスで欠勤」とスキャンダラスに報じられていたのを思い出す。小生と同年輩の方で、仕事は出勤扱にしながら、レッスンを受けていたようだ。競技会にでも挑戦していたのだろうか。人生の黄昏時を向かえ、仕事より趣味に走る気持ちは十分に理解できる。ただルール違反は当然ながら、世間のダンスに向ける眼は優しくない。
女房と待ち合わせ、夕刻6時にはスクールに着く。この時間は閑散としていた。レッスン開始。一通り踊り、チェック受ける。まず「音には合っているが、スケールが小さい」と。特に基本の「シャッセとロックができていない」とのことで、シャッセの指導を受ける。ただ単純に横歩きしているのだ。次ぎの足も移動してきて踏みかえる、腰も奇麗に移動する。これができていなかった。「納得」である。あとはルンバと共通する前進・後退のウエイトの移動を再確認させられる。リズムが早いので、どうしてもいい加減な動きになつている。すべて細かいところも見て頂き、時間切れ。ロックも自信ないが、これは次回とすることにした。
こんなペースでは、競技会で十分とは到底思えないが、時間・経費の面から、やむなしとする。こんなことの繰り返しで、徐々にレベルアップできればと願うのみ。
月曜日は競技会サークルでの練習の日。少し雨も降り始め、混雑する街中を抜け、練習場に向かう。
2002年03月18日 21時49分11秒

02年3月13日(水)
陽気が良くなって来たのに、レッスンに向かう足取りは重い。 月曜日も競技会サークルでタンゴを集中的に練習したが、全然自信なく、上手く踊れない。
とも先生「競技会は月末ですね。今日は4種目すべてやりますか」小生「いや タンゴが全然自信もって踊れないんですよ」との会話から、タンゴのレッスンが始まる。
1ヶ月の個人レッスンでは、自信つく方が無理があるのだろうが、間近に迫ってくると気持ちも焦る。
「やっぱり言ってみるものだ」レッスン時間を大幅超過して、教えてくれた。今日のレッスンは収穫大であった。 ”┐倭阿亡砲爐海函丙までは、足の上で緩んでいた。尻は抜け、姿勢は前かがみ、股関節折れていなかったのだ)▲丱奪コルテ等で数多く使う QQSの中間バランスからの右足の寄せ方 リバースターン・ファイブステップの着地前の次の足の移動、腰の切れ目ない移動 ぅ螢鵐2歩目の左足の使い方、腰の折れ方 今までぼんやりしていたものが、理論上、明瞭になってきた。但し、これが実際に身に付くか、は別物であるが。パールさん曰く、「すこしずつ進歩するしかしょうがない」ことだが。「頑張ってみよう」と云う気になってきた。
ところで、先週のぴかいちサークルは、あっけないほど何事もなかった。 麗人にも先週の御礼を申し上げ、1回ではあつたが、じっくりお手合わせ願えた。これからも無事に済むことを祈りたい。

春はみんなが、冬の寒さから解き放たれ、行動的になる。「待ち人来たらず」ではなく、「待ち人みな来る」で、珍しい顔ぶれが、声を掛け、顔を見せてくれる。何か良いことがありそうな、そんな予感がする。
2002年03月13日 22時27分43秒

02年3月6日(水)
前回のタンゴのレッスンで少しこつが分かった気がして、気分良く、金・土と2度の自主練習した。月曜日の競技会サークルで練習したら、会場が広いのとコー チャーの数々の指摘で一挙に自信喪失。
そんな状態でレッスンを迎える。ここでも上手く行かず、先週にもまして、更に基本的なレッスンに突入。バックコルテを中心にした、後退の足の運び、腰の使い方。
「股関節を折る」と言うところを徹底的に繰返す。どこまで腰が後退するのか、その時の上体は真っ直ぐか、その腰が水平に前進・後退するか。「大事なところを教わっているな」と感じながらレッスンうけるが、残念ながら体は思うように動いていない。この点を体で身に付けてしまえば、「ワルツも含めダンスに共通する必須な動きだな」と思う。

先週の木曜日には、ぴかいちサークルの新年DPがあり、出掛けた。憧れの「男装の麗人」とは、練習でめったに組み合わされない。小生らは新参者で最後尾に並ぶので、女性もそんなレベルが後尾に並ぶ。そんな訳で麗人とのダンスをめざし、木曜日の夜にもかかわらず出掛けてみた。そして機会を伺って何度か踊った。想像どおりの感性豊かな踊りであった。「もう少し踊りたいな」と言うところでエンド。 帰路に着く。帰りのバスのなかで、近くにいたおばさんから、きつい一発。「みんなの憧れの君と、親しげに、頻繁に踊ったから、料金は倍ね」と。これは冗談めかしであったが、次ぎの言葉は堪えた。「男性のみんなが憧れの君と踊るのを楽しみで来ているのに、回数減ってショック大きいようよ」とのこと。小生の今日来た目的がそうだっから、目的を果たした訳だが、後味は良くない。「確かに他の男性陣には悪いことしたかな」と微かにおもう。それにしてもおばさんは恐い。明日のピカイチサークルは無事に済むのだろうか。
2002年03月06日 22時14分29秒

02年2月27日(木)
今日のレッスンは思いのほか成果があった。タンゴのレッスンを始めたが、小生は自信なく、女房は未熟でなかなかスムーズに踊れない
そのうえ、今までのサークルレッスンで悪い癖がこびりついており、何が正しいのか、良くわからず、暗中模索。
今日はツウウオーク・リンクで、前進する足を伸ばしておいて、膝を緩め、緩んだぶんだけ股関節を折り、前進することを繰返す。今まで勝手に前進の足を決め付けていたようだ。初心に戻り、教わったことをやってみようと言う気になってきた。「リンクも2歩目の位置に前進すれば良い」と言う。今まで左に前進していた。これも左へ前進しようとする流れと、右への前進のねじれが、いわゆるCBMと言うものと体で感じられる。続く2歩目のリンクも理屈に合う。自然に寄せるだけで、ウエイトが右に移り、しぼりが解除され、リンクの形になる。こういうレッスンは「体が理解し、悦ぶ」。嬉しい。「こつ」みたいなものを感じる。
クローズドプロムナードも右腰を開かず、素直に、左を向いている右足と並行に、左足を前進しろと。バックコルテも後退が足から出ているとのこと。これもワルツのリバースの456の後退と同じで、腰の後退が不十分なことが解る。ツウオークの前進も源を辿れば、ワルツで同じことを言われたことを、思い出す。リバースターンの後退も腰の移動の不足。ホールドの悪さにつき、指導を受ける。
基本となるベーシックフィガーを今日は分かりやすく、体系的に理解できた。女房も同じ感触をもったようだ。「とも先生」も今日は、気分が乗り、燃えていた。今度の休日には、2人で練習することにした。
帰宅後、女房が「1人でルンバの個人レッスン受けて、ルンバウオークをしっかり身につけたい」と言いだす。デビュー戦が良い刺激になったようだ。
この20日間苦しんでいたヤフーのADSL化もほぼ完成した。ダンスでもパソコンでも執念もって、とことん追求しないと、完成しないこと、身を持って学ぶ。当面の憂いが無くなり、熟睡する。
2002年02月27日 22時30分07秒

02年2月24日(日)
午前中に自治会の総会に出席し、閉会後の白昼の懇親会での缶ビール1・5本と幕の内弁当で気持ち良くなる。
今年から1年間、自治会役員として活動することになり、今後の地域への溶け込みの為に、我が家では、女房でなく、小生が代表して担当することにした。転勤の連続で地域との馴染みの薄いことを解決する為、そしてこれは、老後への備えでもある。
午後から女房の制止を振り切って、出掛ける。前々からどうしても行かなくてはならない所があり、漸くその時が来た。最初に加入した女性教師サークルの月一パーテイーに向かう。
約1年半在籍し、ゼロからの出発で、辛苦を舐めた。10ダンスのレッスンを目指し、種々の体験をしたが、後半は意地悪されたりして、悪い印象ばかりが残っている。取り巻きも悪く、その人達にもいびられた。いつかはリベンジをと考えていた。その時期は競技会経験のない先生を圧倒するには、下位級と言えどもその資格を取ったらと、心に決めていた。その時が漸く来たのだ。
女房は「返り討ちにあうよ」と止めたが、サークル退会後の2年間の「トラウマの様な気持ちの整理には、必ず果たさなければならないこと」と決意も新たに出掛ける。
入り口で先生と顔を会わす。吃驚しながらも、お互いに笑顔で握手。「良くきてくれました」と。取り巻きのメンバーも2年前と変わらず、残っていた。条件に不足はない。
先ずは旧知のメンバーと1、2回ずつ踊る。後は新しい顔ぶれの人達とも間断無く踊る。旧知のメンバーの只ならぬ緊張感がこちらにも伝わってくる。
休憩後、3,4人の女性からの申し出もあり、気分良く踊る。当然ながら、新しい顔ぶれの人達である。
途中、1ポイントレツスンがあったりして、当時と何ら変わっていないが、このパーテイーもレッスンも、今となって見ると色褪せた、其れほどのものではない。あれほど熱心に喧嘩ごしでやって来たことが遥か遠い昔に感じられる。
当時の兄弟子達も当時と変わらぬ踊り。こちらは無謀とも言える高い目標をもって努力した2年間であったが、間違っていなかつたと実感する。「とも先生」にも改めて感謝の気持ちが湧いてくる。
このサークルの先生の様子がどんなだっかは良く見ていない。不思議にも何も関心がいかなかつた。1曲踊ったところで、「もうどうでも良い」と言う気持ちになっていた。
自分勝手に溜飲下げて、真っ直ぐ帰宅し、女房にも様子を話す。
勝手な行動ながら、一区切りついた。明日の競技会サークルから、また心を新たに努力しようと言う気持ちが燃えてきた。
努力すれば、少なからず成果があることの実感が、今日味わえた。
2002年02月26日 12時12分16秒

02年2月20日(水)
先週の金曜日にはチャチャのレッスンも受け、アマルガメイションもすべてできた。今日はタンゴの2回目のレッスンを受ける。
ベーシックが中心なので踊り慣れており、覚えは早いが、我流をとことん直される。ツウオークのこの2歩が先ずやり玉。ワルツと同様の悪い癖で、足が先に下から出て行く。股関節が折れておらず、上体が後傾しているようだ。自分では真っ直ぐな気がしているから始末が悪い。リバースターンも詳しく教わる。QQをハの字にして前進する。このボールバランスでの2歩の体重移動を念入りに教わる。続くSQQへのつながりも何度も繰り返す。途中で動きが止まる点を直される。あっと言う間にレッスンは終了。
前から習いたかったタンゴのレッスンが始まったので、遣り甲斐、楽しみが多い。そのうちに切れの良いタンゴらしい踊りできるのか、期待は大きい。まあ当分は無理であろうが。今日も「とも先生」から、タンゴ踊るのだからと、肩肘はらず、普通に歩いてくれと再三注意を受け、終いにはブルースで踊って感触を確かめた。モダンはつい良くみせたいと余分な力がはいる。運動全般に「力が入っていい結果は出ない」と言われており、この言葉を反芻する。次の競技会まで余り日数ないが、「こんな形のレッスンで、真剣に取り組んで行けば、少しは進歩するであろう」と、満足して帰路につく。
2002年02月20日 21時55分48秒

02年2月13日(水)
5級昇級の御礼のお菓子を持ってスクールに向かう。「とも先生」から、何度も当日の様子を聞かれる。今だ信じられないと言う風情である。
今日のレッスンから5級用のタンゴのレッスンが開始される。タンゴは懐かしい20代の頃、難しくて挫折した苦い思いのあるもの。今回のダンス挑戦の大きなテーマでもある。タンゴはダンスらしく、好きな種目でもある。
レッスンの開始。アマルガメイションの説明を受ける。当然ながら、ベーシックが中心で、一通り踊る。本格的な指導が始まる。前進・後退・ツウウオーク・プログレシブリンク。サークルでの指導とは全く違う。ワルツと同様に、足首を緩めての前進・後退・体重移動・送り足等ほとんどがワルツと同じ。スエイーが無いだけだ。これも自己流の動きが体に染み付いていて、これを取るのに苦労しそうである。あっと言うまに、時間切れ。帰りに「とも先生」からバレンタインの義理チョコもらい、機嫌良く帰る。
タンゴのアマルガメイション出来たし、馴染みのあるフィギャーが多いので、一安心。あとは練習するのみだ。
金曜日には追加でチャチャも初回レッスンを受けることとした。次の競技会は1ヶ月半後。これぞ正に「体験する」がメインテーマとなるが、できる限りの努力をしてみたい。いまは燃えている。
2002年02月13日 22時00分14秒

02年2月10日(日)体験1 幸手大会 ADSA6級w・R
昨日の土曜日は、午前中に近くの自治会館で女房と自主練習をする。さすがの女房も前日となると、気になるようで、彼女の方から言い出してきた。午後から何時もの様に公民館DPに行き、一汗流す。3連休の初日の為か新顔が多く見られた。帰宅後のHPを確認し、パールさんへの書き込み後に、申し込みから6ヶ月かかったADSLモデムの取り付けに着手する。明日の競技会のことから、少しでも気を紛らす作戦であったが、これがとんでもない失敗策になる。
24時まで悪戦苦闘するが、万策尽きて寝に入る。マニュアルの夢を見ながら浅い眠り。
4時半頃、一旦目を覚ます。6時半に起床。十分朝食を摂り、おにぎり、果物、飲み物等を持って7時半に出発。まるで遠足かドライブ。1時間で現地に着く。駐車場には既に数多くの車あるが、開場は9時で少し待機する。開場へは1番のり、シートをひいて場所を確保する。10時に受け付け開始。背番号1番をもらう。下位級の申し込み順だったのだが、訳も分からずに気分を良くする。おもむろに2番、3番を見つける。練習していたが上手い。「背番号順じゃないな」と思う。
女房はプログラム見て、出場者数の少ないのに吃驚して、怖じ気ずいている。ルンバ3組、ワルツ2組の事前申し込みである。女房は人に紛れてやり過ごす算段が狂ったようだ。小生は「これはデモか、ファイナリストみたいで、伸び伸び踊れていいな」と思う。開き直る。
直ぐにルンバ6級の競技開始。最初の競技で、最初から決勝戦。当日参加も含め4組の戦い。さっきの2番、3番もいる。何だかレベルが高い。一瞬どきどきしたが、音楽とともに落ち着く、打ち合わせどおり、音を2人で確認し、ベーシックムブメントでスタート。緊張感は全然ない。音も聞こえる。広々したフロアーをウオークで動きまわり、一回りのフィガーで丁度終わる。「まあまあ出来」と気分良く、フロアーを降り、ほっとする。だけど入・退場の仕方が出鱈目で、礼を失していたと思う。あわせてフィガー、衣装が自由の当大会でJDSF規程フィガーは見劣りするなとも思う。
踊り終えた開放感に浸りながら、競技を観戦する。成績の発表があるが、予選のあるもののみ。どんな結果かとんとわからず。早い昼食にする。おにぎりを食べても、満足感からか旨い。
午前のラテン競技が終了。表彰式が始まる。最初に6級の発表。1位、2位、呼ばれない。4位のどん尻で呼ばれる。賞状をもらい、記念撮影をするが、複雑な心境。席に戻り、敗れたことの実感を感じる。「にわか仕込みでは駄目だな」と少しショック。午後も同じ様なメンバーだから、また同じかとも思う。「だけど昇級位するのでは」と呑気なものである。
午後の一番でワルツが開始。3組の出場である。少し気負いは無くなり、不思議なことに緊張感はまったく無い。今度の入場は先輩を真似て堂々と入場する。審査員を背にスタート。スピンターン・ウイスク・シャッセ注意点が頭に浮かぶ。思い切って後退する。途中で女房に「いいぞ」と声を掛ける。もっと踊りたいとおもったところで、エンド。退場もちゃんとした。
約2分の演技2回が完了。ここまでこれたことでもう満足だった。涙がぽろりと落ちる。女房は気ずいていない。「練習もっとしないと恥ずかしいよ」と女房。2人とも、今日の結果に満足。あとはゆったりと競技観戦を楽しむ。
16時半、競技途中で6級選の表彰式のアナウンス。1位、呼ばれない。2位「1番」とコール。「ああー、やったー」と感動の一瞬。午前の悔しさがあるから、嬉しさが倍増。こんな下位級で少数参加であっても素直に嬉しい。目指していたものが手に入った。「嬉しい」。関東ダンス連盟の選手登録をし、5級の認定証をもらい、一目散に退散。

帰路には会場近くの、20代最初の戸建て住まいだった家を懐かしく覗き、会話も弾みながら戻る。途中のレストランで乾杯し、競技会サークルのダンスパーテイーになだれ込む。メンバーのみんなにも祝福受け、リボン付けて、お客様とも機嫌良く踊る。

ささやかながら最初の目標をクリアーでき、久々に熟睡する。
皆様の激励、アドバイスがどれだけ心強かったことか。有り難いことである。
2002年02月12日 12時01分22秒

02年2月6日(水)
競技会の為の最後のレッスン日。いつもの同じ顔ぶれの、2組のカップルが不安視するなかを、ワルツの最終レッスンがスタート。
一通り踊ったが、何時ものことながら、駄目出しの連続。「とも先生」最終日を確認すると、指導が一段ときつくなる。
ナチュラルスピンターンからリバースターンの456を何度も繰返す。4の後退の足のタイミングと、後退時の姿勢が真っ直ぐ立たず、前傾している点を集中的に直される。女房も今回は慣れたのか、そう深刻にならず指導を受けている。理屈は解るが、瞬時に動くワルツは理屈どおりに行かないこと多い。練習の積み重ねで体が覚えきるまで続けることしかないと観念する。ワルツに共通することは、送り足のウエイトを十分に取り、股関節をしっかり折ることを実感する。そう言えばルンバも然りで、ダンス共通のテーマか。
だんだん、競技会挑戦が、今の実力では無謀に思えてきた。不安も募る。がここまで来たのだから、楽しんでみたいとも思う。要は心が揺れ動く。皆さんから親身のアドバイスを頂いて非常に幸せなことである。出世競争からも無縁の昨今は、糸の切れた凧同然。競技会への挑戦が、結果がどうあれ、生きていく大きな目標になっている。今の心境は、29歳で第一選抜で支店長代理になった時のことと良く似ている。その時の光景を想い浮かべている。良い結果であれば、思う存分酒を呑んで喜びを満喫したいと思うし、失敗したら落ち込んで、悔やみ、泣くとも思う。上司へのごますりが通用しない、真の実力勝負だから、こっちの方が格段に難しいなとも思い始めている。
2002年02月06日 21時52分15秒

02年1月30日(水)
本番まであと2回のレッスンとなったので、今日はワルツの復習をお願いする。このところ、我々カップルの思うところの指導をお願いすることにしている。今まで「先生が頼り」のレッスンであったが、自分たちの進むべき道の自主性は、自己責任で持たねば、と感じつつある。
復習と言っても、」基本の繰り返しであることは、毎度のこと。ナチュラルスピンターン・リバースターン456・リバースターン・ウイスク・シャッセ・ナチュラルターンを繰返す。ベテラン競技選手が2組、恐いもの見たさで凝視する。大きな後退、後退のスエイーについてじっくり指導をうける。足首の緩んだ分だけ、後退の大きさ変わることに、当たり前ながらも、大きな喜び。
帰宅後、食事しながら残り1週間の計画立てる。土曜日には住宅地内の自治会館を借り、2人で自主練習することにした。結果はともあれ、最善を尽くしたい。この過程が今後の成長に繋がることを信じて。
テレビは大臣更迭関係のニュースが流れている。大臣の孤軍奮闘、対応の稚拙さは同情できるが、限界かなとも思うが、NGO問題等の根幹の問題に蓋をし、旧態依然としたやり口の復活は許せない。小泉イズムも色褪せてきた。人間とは弱いものだとつくつ”く痛感する。
2002年01月30日 22時04分08秒

02年1月23日(水)
木曜日は「ピカイチサークル」に参加することにしたので、ペアーレッスンは水曜日になった。19時開始なので忙しい。毎度のことながら、チャイムとともに退社する。今日がルンバの最後のレッスン日である。
女房も神妙に先に着いていた。直ぐに開始。一通り踊るが、混んでいて、そのうえ女房が遠慮するのでうまく行かず消化不良。すぐに後退のウオークについて注意受ける。ターンアウトせずに後退している。後退時の股関節の開き、お尻のまとめ、親指から太股の開き、みんな教えを受けたことなのに、楽に済ませてしまっている。関連して、ニューヨークの3の後退、ハンドツウハンドの導入部の2の後退も同じように指導受ける。基本の動作の繰り返しである。女房も同じことの指導受けるが、如何せん体験不足、次第に元気なくなる。再度、一通り踊るが、今度は音のはずれの注意。先週の日曜日に2人で 何回も確認し、自信も付いたはずだが、依然「遅れる」との指導。小生にとってはすべて納得の指摘だから受け入れやすいが、女房は初めてに近い木目細かい指導で、直ぐには出来ないこと多く、ショックは隠せない。ルンバ最後のレッスンでこの有り様だから余計傷ついたことだろう。 帰りに昨年の紅白戦の写真を「とも先生」から受け取ったが、それも見ずに帰宅する。
それほど高いものへのチャレンジではないつもりだが、競技会挑戦とは大変なことを痛感。後戻りもできないのであとは練習するのみ。結果はともあれ、ありのままを受け入れるしかないと観念している。 食事して、ほっとした後、写真眺めたら、満更でもない。先生がお相手だから、結構楽しかった光景が蘇る。今度の競技会も、女房とともに初体験を楽しむことにしようと、想い出してきた。
2002年01月23日 21時57分10秒

02年1月16日(水)
約1ヶ月ぶりのペアーレッスンであった。スクールも「とも先生」も昨年と何も変わっていないのに、随分新鮮であった。
競技会出場の申し込みも終えたので、もう「待ったなし」。賽は投げられた。2月10日(日)のADSA主催の「アマ6スター」に申し込みしたので、あと4回しかレッスンの機会はない。ルンバとワルツの単科2種目に挑戦する。
帰りに「とも先生」に、今後のことも考えて、JDSFの5級用のタンゴ、チャチャのフィガーの作成をお願いした。3月にはチャレンジしたいと考えている。「とも先生」は「大丈夫?」と不安そうな様子だった。
大手流通等を含め金融側の支援も限界に近ずきつつあり、4月ペイオフ解禁も現実化し、我々をとりまく環境は、更なる統廃合等の試練が予想される。こんな時でも、閑職の一日は長く、無力感が高じ、仕事で気持ちが満たされることは無い。切れ目なく、目標持って行動することで、この1年を乗り切りたい。その後には、豊かなシルバーエイジがあることを信じて。
2002年01月16日 22時50分20秒

02年1月12日(土)
今週は2度のサークル練習で、ようやく正月気分も抜けて、日常が戻ってきた。スクールでのペアーレッスンは来週の16日(水)からで、遅いスタートになった。
競技会の出場も、ようやくルンバ、ワルツの6級単科の機会が2月下旬にはあること分かり、逸る気持ちを抑えるのに苦労する。
どんなことになるか、行方は混沌としているが、今後にそなえ、タンゴ、チャチャもペアーレッスンに加えてもらうようにお願いする予定。
明日の日曜日には、栃木のCAZUさんのチャンピオン戦を観戦する予定。ドライブも兼ね、娘も一緒に家族で観戦することとした。楽しみである。
2002年01月12日 11時31分34秒

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