■社交ダンスの種類
  
ダンスは、大きく分けて、モダン(スタンダード)ダンスと、ラテンアメリカンダンスの2つに分けられます。
 また、競技で使用されるダンスだけでなく、パーティーにのみ使用されるダンスもあります。
 これらをまとめると、次のようになります。
  
- モダン(スタンダード) ラテンアメリカン
種目名 拍子 速さ
(小節/分)
種目名 拍子 速さ
(小節/分)
競技ダンス ワルツ 3/4 30 チャチャチャ 4/4 30
タンゴ 2/4 33 サンバ 2/4 50
スロー・フォックストロット 4/4 30 ルンバ 4/4 27
クイックステップ 4/4 50 パソドブレ 2/4 62
VW ウィンナー・ワルツ 3/4 60 ジャイブ 4/4 44
パーティーダンス - ブルース 4/4 30 - ジルバ - -
- - - - - マンボ - -
- - - - - スクウェア・ルンバ - -
- - - - - サルサ - -
注)ダンス曲の速さ表示は、通常、1分間で演奏される小節の数により表示します。
 上記の表の速さは、JDSF競技規則による速さ(標準テンポ)です。
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■モダンダンスとラテンアメリカンダンスの違い
モダンダンスとラテンアメリカンダンスの違いを簡単に表したのが、次の表です。
モダン(スタンダード) ラテンアメリカン
イメージ イギリス紳士、フォーマル 自由、奔放、太陽、明るさ
ダンスの起源 主にヨーロッパや北米
【例外】タンゴ(アルゼンチン)
主に南米
【例外】ジャイブ(北米)、パソドブレ(スペイン)
衣装 男性:燕尾服
女性:ロングドレス
自由
(特に女性の場合は、肌を大胆に露出するような衣装が多い。)
ダンスのスタイル 男女が両腕を組んで(ホールド)、一体となって踊る。 男女が完全に離れて踊ることも許される。
ステップ 一歩目は踵(ヒール)から床にタッチさせる。 つま先(トゥ)から床にタッチさせる。
【例外】パソドブレ
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モダンダンス

 モダンダンスのはじまりは、貴族などの身分の高い男女によって踊られた、かつてのヨーロッパ宮廷舞踏と言われています。
 現代のモダンダンスは、ヒールから前進するキャッスル・ウォークを発表したアメリカのバーノン・キャッスル夫妻によって基礎がつくられ、イギリスのチャンピオン、ビクター・シルベスターの著した「ザ・モダンダンス」によってほぼ統一されました。

 日本におけるダンスの発祥は、言うまでもなく「鹿鳴館」です。政府の要人が国賓を招いて、ここで舞踏会を開いたわけですから、日本でも、ダンスの始まりはやはり宮廷舞踏だったと言えるでしょう。
 日本にダンスホールができたのは、鹿鳴館の時代から30年も過ぎた大正7年、1918年のことです。
 戦前に盛況を博したダンスブームは、戦争で中断しましたが、戦後も続いてブームが到来しました。

 日本で初めて、正式な大会が開催されたのは、昭和26年、1951年でした。それ以来、英国チャンピオンを招いて技術の研鑚に励み、1997年には、田中英和・アデール組が、全英選手権で3位に入賞するという快挙を成し遂げました。
 2001年の全英選手権では、檜山浩治・公美子組が、ワルツで準決勝に入賞しました。今後のますますの躍進が期待されます。

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■ラテンダンス
 200年近い歴史のあるモダンダンスに比べ、ラテンダンスがヨーロッパに伝えられたのは、1913年に伝えられたサンバ(当時はマキシキシと呼ばれていた)が最初です。
 その後、パソドブレ(1916年)、スクウェアルンバ(1948年)、キューバンルンバ・ジャイブ(1943年)、チャチャチャ(1950年)と、ヨーロッパに伝えられました。
 
 わが国にラテンダンスが本格的に上陸したのは、1962年の英国人によるデモンストレーションによります。
 この年に、サンケイ杯争奪全日本ダンス選手権大会で、ルンバだけの競技が行われましたが、出場選手はわずか数十組という貧弱な内容でした。
 1962年には、メルボルンで開催された世界ダンス選手権大会に、日本から3人の役員と4組の選手が派遣され、この頃からわが国のラテンダンスに対する認識が、急速に深まりました。
 モダンダンスに比べ、ラテンダンスは世界との距離は少し遠くにありますが、日本チャンピオンの北條明・須田雅美組を筆頭とする選手の中から、世界のファイナリストが早く誕生してほしいものです。
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■種目別説明
ワルツ(Waltz)
●特徴
・ワルツは、雄大な動きと繊細な感性が織りなす美しいハーモニーです。
・ワルツの特徴は、大きなスイングとライズ・アンド・フォールにあります。

・ワルツのライズ・アンド・フォールは、一歩目の終わりにライズを始めて、2歩目、3歩目でライズを継続して、3歩目の終わりでロウします。
・この動きは、ブランコの動きと同じです。ブランコが動き出すころが第一歩にあたり、だんだん上昇するところが、第二、三歩にあたり、だんだん下降するところが、第三歩からつぎの第一歩にあたります。
  
●歴史
・ワルツは、舞台芸術のバレエから派生したダンスです。
・15世紀末から17世紀にかけて、観るバレエと踊るダンス(ウィンナー・ワルツ等)に分化しました。
・このような経緯により、ダンスを踊るためには、バレエの基礎技術を身に付けることが最低条件でした。

・転換期は、1910年代にやって来ました。イギリスで、バレエの技術に縛られない、自由に踊ろうという気風が高まったのです。
・この時代に、アメリカから「ボストン・ワルツ」という新種のダンスが伝わりました。
・このダンスはウィンナー・ワルツと比べてゆったりとした三拍子のため、それまでの常識だったターンアウトの技術が不要であり、バレエの技術から完全に解放されました。

・1920年代に入り、イギリスのダンス教師協会を中心に、社交ダンスの種目とステップの整備が開始されました。
(なお、「Shall we ダンス?」でも登場した「ブラックプール・ダンスフェスティバル」は、1920年にはじまりました。)
・最初に対象となった種目が、このボストン・ワルツとスロー・フォックスロットです。

・現在では、単純に「ワルツ」と呼ばれるようになり、広く大衆に定着しました。
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タンゴ(Tango)
●特徴
・シャープで歯切れの良いタンゴは、コンパクトで端正なホールド、力強いレッグ・アクション、情熱的なアタック・ムーブメントによって、ドラマチックに表現されます。
・タンゴは、下記のように他のモダン種目と異なる点が多いのが特徴です。
【音楽】
・スタッカートのきいた曲調ですから、踊り方も一歩一歩シャープさを出すために、上下運動(ライズ・アンド・フォール)のないフラットな踊り方になります。上半身と下半身にブレがおこらないように、注意しましょう。
【ホールド】
・男性の左アームは、肘を少し張り出し、鋭角に構えます。右アームはボディとアームが一体になるように、体の前におきます。
・女性の左手は、指をきちんと揃えて、男性の右脇の下あたりに置き、手のひらは見えないようにします。
【ウォーク】
・ほかの種目が直線的なウォークなのに対し、タンゴでは左にカーブします。
  
●歴史
・タンゴは、アルゼンチンのブエノスアイレスが発祥の地ですが、ラテン部門ではなくモダン部門に分類されます。
・他のラテン音楽と比較すると、サンバなどからは、バラエティに富んだ打楽器の音色が聞こえますが、タンゴは、やや哀愁を帯びたメロディが印象に残ります。

・タンゴの音楽に、最も影響を与えたのは、スペイン南部で古くから存在していた、キューバのハバネラの影響を受けたタンゴという音楽形式です。これが、南米で最大のヨーロッパ文化の窓口であったブエノスアイレスに伝えられました。
・また、ドイツで生まれたバンドネオンも、その哀愁を帯びた音色でタンゴの普及に一役買いました。

・ブエノスアイレスで成熟したタンゴは、今度はヨーロッパに逆輸入されました。
・タンゴは、1900年代半ばからパリで大流行し、1910年代にはイギリスにも伝わりました。

・バンドネオンによるアルゼンチンタンゴと違い、ヨーロッパに伝わったコンチネンタルタンゴの演奏についてjは、ヨーロッパでは弦楽器の美しい音楽を独自に持っていたため、バンドネオンは用いられませんでした。
・第一次世界大戦後、ワルツ、スローフォックストロットとともに、タンゴは、競技ダンスという新たなジャンルを確立しました。

・現在では、このコンチネンタルタンゴとは別に、バンドネオンによるアルゼンチンタンゴも、欧米各国で人気を博しています。
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■スロー・フォックストロット(Slow Foxtrot)
●特徴
・優雅に、そして悠揚に踊られるフォックストロットのムーブメントは、柔軟な膝とやわらかい足首の動き、そしてリズミカルなボディ・スイングから生まれます。
・この種目は、イギリスで生まれ完成したことから、最もイギリスらしいダンスと言われています。

・フォックストロットで特に重要なのは、緩やかなスピード感を、上手にダンスの流れに生かすことです。
・フォックストロットのムーブメントは流れるような前後の動きで、ワルツと同じスイング系統のダンスですが、異なるところは前方または後方に身体をスイングして踊るところです。
・このため、ライズ・アンド・フォールに特徴があり、1の終わりにライズして、2,3はその高さを保ち(アップ)、3の終わりにロアするのが原則です。
  
●歴史
・19世紀のヨーロッパでは、ダンスはやや衰退気味でした。
・宮廷舞踊にはじまったワルツやポルカは、バレエの技術に準じた非常に制約の多いダンスだったからです。

・20世紀に入り、南・北米両大陸から、ヨーロッパへ新しいダンスの波が押し寄せました。
・一つはブエノスアイレスから伝わったタンゴ。そしてもう一つが、アメリカから伝わったフォックストロットでした。

・1911年、アメリカからフランスに渡ったカッスル夫妻は、パリのカフェで、歩くようにきわめて自然に踊るまったく新しいダンス「カッスルウォーク」を披露しました。
・この「カッスルウォーク」は、ダンスの難しさに悩まされていたに受け入れられ、あっという間にパリ中で大流行しました。

・1914年にアメリカに戻ったカッスル夫妻は、全米でダンスツアーを敢行し、その中でフォックストロットというダンスのスタイルが確立されました。
・同年に、イギリスにも、フォックストロットブームが伝わり、広く国民に親しまれました。
・こうした社会の動向に対応し、イギリスのダンス教師協会は、「ダンスの競技化」というダンスの新たな方向を打ち出しました。

・1919年には非公式ながらダンス競技会が開催され、1920年には、現在世界最大のダンスイベントとして名高い「ブラックプール・ダンスフェスティバル」の第一回が開催されました。
・このような状況下、ダンス教師協会は競技用のステップの整理に取り組み始めましたが、その対象の筆頭に挙がったのがフォックストロットでした。

・現在、フォックストロットが「イングリッシュスタイル・ダンス」といわれるのは、このような経緯によるものと考えられます。
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■クイックステップ(Quickstep)
●特徴
・楽しく軽快なクイックステップでは、運動量が多く、スポーツ的な要素が多分に含まれます。
・「跳んだり、跳ねたり」のイメージが強いのですが、スピーディーな動きに加えて、優雅さが要求されます。
・軽やかなステップがパートナーとの絶妙なコンビネーションをつくり出します。

・「Shall we ダンス?」で、役所広司が、競技中に渡辺えり子のドレスの裾を踏んで中断してしまったダンスが、このクイックステップです。
  
●歴史
・現在のクイックステップの始まりはフォックストロットでした。
・イギリスでダンス競技大会が始まった当初は、まだ、スロー・フォックストロットとクイックステップの区別はありませんでしたが、1924年にこの2つがまったく別のダンスとして分かれることになりました。

・背景は、1923年にアメリカ・サウスカロライナ州のチャールストンという街で、黒人によって踊り始められた「チャールストン」ブームに由来します。

・両膝をつけたまま足を激しく外側に跳ね上げるのが特徴的なチャールストンは、ジャズの狂操とともに、瞬く間にアメリカ各地に浸透してゆき、ヨーロッパにも伝わりました。
・ダンスバンドも、また、新しいダンスの波に敏感で、それまでフォックストロットの伴奏が主体でしたが、チャールストン用にテンポの速い曲も数多く演奏され始めました。

・このような状況下、1923年に渡英したアメリカのバンドが、非常に速いテンポでフォックストロットの伴奏を行いました。
・このバンドの演奏はあまりに速すぎて、フォックストロットには欠かせないスリーステップを心地よく踊ることが不可能でした。

・翌1924年には、「遅いフォックストロット」と「速いフォックストロット」の混在により、競技会における混乱はますますひどくなりました。
・ついに、1924年11月に、イギリスのダンス教師協会は、解決策として、この2つのダンスを、スロー(フォックストロット)と、クイック(ステップ)の2つの種目に分けて独立させることに決定しました。

・現在、クイックステップで用いられるステップの名称に、「チャールストン」の名が残っていることからも、両者の関係をうかがい知ることができます。

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■ウインナー・ワルツ(Viennese Waltz)
●特徴
・クルクルと回転しながらフロアを舞うウインナー・ワルツは、華麗の一言につきる美しいダンスです。

・ウインナー・ワルツは、競技ダンスのうちで最も古いダンスですが、このダンスだけは、バリエーションをつくらないように協定され、昔から踊り継がれている、ナチュラル・ターン、リバース・ターン、チェンジ・ステップ、ナチュラル及びリバース・フレッカールだけを使用するようになっています。

・ウインナー・ワルツでは、頭の高さを一定に保って、ライズアンドフォールの上下動やスウェイをできるだけ押さえ、ボディスイングと歩幅の調整だけで回転を持続させます。
  
●歴史
・ウインナー・ワルツの始まりは、1780年頃と言われています。

・1750年頃から宮廷内で、アルプス地方に古くから伝わる民族舞踊「レントラー」の一種である、回転の続くカップルダンスが踊られ始めました。
・このレントラーが、いつしかウィーンの宮廷舞踏会において、ワルツと名を変えて親しまれました。

・それがさらにヨーロッパ各国の舞踏会に広まったのは、1814年から1815年にかけて開催されたうウィーン会議がきっかけです。
・ナポレオン戦争の終結に伴い、戦後処理を決定するために開かれたこの会議には、ヨーロッパ各国の国王や皇帝らが一堂に会しました。

・そして、会議の合間に頻繁に催された舞踏晩餐会で主役になったのが、ウインナー・ワルツです。
・各国の為政者たちは、当時のヨーロッパの舞踏会で主流だったメヌエットで、男女が手を取り合って踊ることには慣れていましたが、男女が正面に向かい合い、腕を組み、互いに密接な状態で踊るロマンティックなダンスに、すっかり魅せられてしまいました。

・そして、会議の終了後、各国に戻った為政者たちは、ウインナー・ワルツを自国の宮廷にもたらしました。
・その後、次第に市民社会にも浸透しましたが、その過程において大きく貢献したのが、ヨハン・シュトラウス父子の活躍です。

・父ヨハン・シュトラウス1世(1804-1849)は、宮廷の音楽責任者の地位に就き、当時まだ卑猥なものと軽蔑されていたワルツを美しく、芸術的なものという評価にまで押し上げました。
・父を受け継ぎ、子ヨハン・シュトラウス2世(1825-1899)は、「美しき青きドナウ」や「ウィーンの森の物語」を始めウインナー・ワルツの曲を次々と発表し、ワルツブームがウィーン国内にとどまらずヨーロッパ各国に広まりました。
・こうして、ウインナー・ワルツは、20世紀初頭まで舞踏会の主役として君臨しつづけました。

・このウインナー・ワルツの牙城が崩されたのは、1910年から1911年にかけてアメリカから渡ってきた現在のワルツ(ボストン・ワルツ)によってでした。
・難しい技術を要しないボストン・ワルツの普及に伴い、ウインナー・ワルツやポルカなどは、あっという間に姿を消してゆきました。

・それから約50年の歳月を経て、1960年代に競技会のモダン部門の5種目として取り入れられ、再び市民のもとに舞い戻ってきました。
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ブルース(Blues)
●特徴
・ブルースは、社交ダンスを始める時、多くの場合最初に習う種目です。
・音楽は、「スロー・フォックストロット」と同じ曲を用います。

・もともと、ナイトクラブやレストランなど狭いフロアで踊られていたダンスで、混んだ場所でも踊れるところから、「クラッシュ・ダンス」とも呼ばれています。
・今でも、パーティーダンスとして、多くのダンス愛好家に親しまれています。
  
●歴史
・ブルースは、19世紀後半にアメリカ南部で生まれました。

・それは、アメリカ社会における黒人の地位が大きく変わろうとする時でした。
・南北戦争のさなか、第16代アメリカ大統領リンカーンは、奴隷解放を宣言しました。

・しかし、奴隷ではなく、個人として認められた黒人の立場は、願いとは逆にさらに厳しいものになって行ったのです。
・抑圧された日々の鬱憤を晴らすために黒人たちが歌い踊る、それがブルースの始まりでした。

・20世紀初頭には、黒人のブルースシンガーが次々登場しますが、ストレートに物事を訴える彼らの魂の叫びは、白人社会をも貫いたのです。
・やがて、ブルースの音楽性と精神に魅せられた白人の若者が競うい合うようにして、より激しく斬新なスタイルを模索しました。
・アメリカのエルビス・プレスリー、イギリスのビートルズ・・・。 ロックは、ブルースから生まれました。

・ダンスにおいても、ブルースは絶大な影響を及ぼしました。
・男女がただ向かい合って身体を揺すぶっているようなダンスですが、その独特なリズム感、アクセントを後ろにずらして踊るシンコペーションの感覚は、何とも言えない様な心地よさがありました。

・1920年代のイギリスでは、ブルースの競技会も頻繁に開かれましたが、派手なステップや定型のステップがなかったため、競技ダンスとしては発展しませんでした。
・しかし、誰でもどこでも楽しめるダンスとして今でも親しまれており、音楽においてもブルースの精神は、宇多田ヒカルやMisiaなどのR&B(リズム・アンド・ブルース)の中に息づいています。
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