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2003.06.18
人シリーズ 4
[ 幸せの求め過ぎ ]



幸せの求め過ぎ

皆さんにも 人生の中で なかなか自分の思うようにいかないことって多々あると思います。 私も 最近、いろんな事情で なかなか思うようにいかないことが多く、ちょっと心も疲れ気味、と感じている今日この頃。

いろんなことに対して ほどよく ちょうどよい状態であればいいですが、 「○○過ぎる」のは よくないことです。 そんなことについて ちょっと考えてみます。

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「○○が できないから」、「○○が 得られないから」、「○○が (い)ないから」、「○○が 実現しないから」・・・

幸せを求め過ぎると 不幸になることがあります。このようなことは 忙しかったりして心に余裕が無かったり、 イヤなことや落ち込んでいる時に 特に考えやすいと思います。 ですが、幸せの中には、「今すぐには得られないもの」 もあります。 それが今得られないからといって不幸になるのは 求める気持ちが強すぎるからでは無いでしょうか?


まず、幸せの求めすぎの中には、結果の求めすぎがあります。

結果を求め過ぎるから、「求める結果が得られない限り幸せになれない。だから、今は幸せではない」 というような不幸になる考えになってしまう気もします。

「求め過ぎ」への対策としては、もう少し力を抜くこと。そのために役立つのは、「○○たらいいな」という考え方です。 「晴れたらいいな」、「うまくいったらいいな」、「いい出会いがあったらいいな」

これは、自分の願いや目標を言葉にしたものですが、「軽い気持ちで始める・行動することができる」、 「可能性が薄いことでも、希望を残すことができる」、 「うまくいっていなくても、もしくは、あきらめることになっても、それほど落ち込まなくてすむ。」というメリットがあります。

「〜したい」「〜しなければ」では、少しプレッシャーが感じられます。 もう少し軽い気持ちで、もしかしたらうまくいくかもしれないかなぁ という気持ちくらいがちょうどよい気がします。。

「夢が叶ったらいいな」、「もう少し強くなれたらいいな」、「ありのままの姿で生きられたらいいな」、「親しくなれたらいいな」、 「人の役に立てたらいいな」、「今は幸せ。でももう少し幸せになれたらいいな」・・・ このように言うだけでも、なんとなく少し幸せな気分になれると思いませんか? 相手にそれを求めるのであれば、なおさらそういった心遣いは必要なのかもしれませんね。

ちょっと話しはそれますが、求める結果が 思っていたとおりに求められれば もちろん幸せなことなんですが、何かを追い求めている途中経過が幸せなこともあります。 夢を実現したその時は、確かに幸せなことは幸せなんですが、その余韻が冷めてしまうとどこか寂しい感じがすることも確かだったりします。 ですが、それを実現した瞬間(もしくはその前)に 次の夢に向かって歩き出していることが また更に幸せに過ごすための方法だと思います。


次に、幸せの求めすぎの中には、人に求めすぎがあります。 「(誰かが)○○してくれない」「人がちゃんとやらない」「人がやさしくない」・・・などと 嫌な気持ちになってしまうのは、 人に求めすぎているからではないでしょうか?

○○してくれない・・・というあなた。 ところで、あなたは どのくらい 人が望むように 何かをしようとしているでしょうか? もし、自分が何もしていないのに 人に求めるだけでは 思うようにしてくれるわけがありません。

それを考えれば、自分が望むように人がしてくれないのはある程度仕方ないと思えるような心の寛大さを持ちたいものです。 人は それぞれの理由・事情・習慣・考え・・・などで 動いています。 人を動かすには 何らかの気持ちの変化があって、それが元で行動し、その中でいろんな人と出会い・・・そういった繰り返しです。

また、世の中には いろんな人がいます。無礼な人、無神経な人、不真面目な人、思いやりのない人・・・。 残念ながら 世の中よい人ばかりではありません。ですが、そういった人がいるからこそ、気付く事もあると思っています。 それに、”よい人”というのは 自分に都合の”よい人”であるだけなのかもしれませんが。。

そこで、いつまでもイヤな気分を引きずらないようにするのが、「〜損だ」という考え方です。 世の中にはいろいろな人がいます。無礼な人も無神経な人もイヤなヤツもたくさんいます。 そういう人は自分がそういう人だと気付いていないか、気付いていてもそういうことをしてしまう場合が多いようです。 ましてや、それが自分にとってそれほど大切な人でない場合なら、そんな人のために自分の時間を台無しにするのは損です。

イヤな気分にさせられる事の中で、自分さえ気にしなければ何も問題ではない事、時間が経てば自然消滅してしまう事など、 1年後には忘れてしまうような事が多くあります。そんな事のために、イヤな気分で長時間過ごすのは損です。 どうせ忘れてしまうことなら、早く忘れてしまったほうがいい。

イヤな気分の元となるのは、物(や事)に対する自分のこだわりの場合があります。 たとえば、何か特定の物にこだわったり、少しのお金にこだわったり、小さな自分の失敗や欠点にこだわったりすることです。 こだわるのが悪いというのではありません。イヤな気分になるほどこだわりすぎるのが問題なのです。 こだわってもいいが、気分が悪くなるくらいなら、損だから、こだわるのをやめる、ということです。

ただ、誤解してほしくないのは 損だから何もしない というのは違うと思います。 人生の中には 特に若い頃などに イヤな経験、苦しい経験をすることはよくあることですが、 そういったイヤな気分にさせられる経験があるからこそ、相手の気持ちを理解する事ができる気もします。 人にイヤな気持ちをさせる人は、おそらく人がどう思うか?なんてたぶん気にしてないと思うし、 その裏側にある背景を思い浮かべることができないのだと思います。 よく言っている言葉ですが、「若いうちの苦労は買ってでもしろ」というのは そういうことだと思います。

「〜損だ」だけでは、イヤな気分は十分には回復しないでしょう。 そこで、「それより、幸せになれることを考えよう(しよう)」と続けて言うのがいいのです。 その時に、自分の夢や目標があり、幸せにしたい人がいると、すぐにいい考えが思いつきます。 「こんな事のためにイヤな気分になるのは損だ。そんな事より、自分の夢の達成のために時間を使おう」 「こんな人のためにイヤな気分になるのは損だ。そんな人より、幸せにしたい(愛する)人のことを考えよう」

ただし、大事な人[事・物]の場合には、幸せになれるようによく考える必要があります。 また、イヤな気分をきっかけに、自分を見つめ、何かを学び、いい経験とするのも、いい方法です。

人が自分に何かをしてくれないのは当たり前、自分の思うようにやらないのは当たり前、と思うことができれば、 逆に人が自分に何かをしてくれた時に、よりうれしかったりありがたかったり、幸せを感じられるのではないでしょうか。

人は一人では生きていけません。必ずどこかでお互いが助け合って生きていかなければなりません。 人に何かを求めた分、自分も何かをしてあげるくらいの気持ちがほしいですね。。 それが コミュニケーションの第一歩ではないでしょうか?


さらに、自分に求め過ぎて不幸になってしまうこともあります。 「(自分が)うまくできない」からと、不満をもったり、自分を責めたり、自分はダメだなどと思ったりしてしまうのは、 ある程度はしかたがありませんが、不幸な気分になるほどの場合には、自分に求め過ぎているのではないでしょうか。

「ちゃんとできるのは当たり前、少しでもうまくできないのは許せない」というのでは、つらい思いをすることが多くなるだけです。 うまくできないことがあるからといって、自分を責めたり、つらい思いのままに放っておいたり、 「どうせ自分は・・・」などのように自分を見放してしまうのは、自分を大切にしていないと思います。

自分に求めることはいいことです。でも 求め過ぎるのは よくないのです。 達成欲や向上心は大切です。そのために少しくらいつらいことにも耐えなければならないこともあります。 でも、そのために不幸に陥るのはよくありません。

うまくできないことがあっても、とりあえず 今は なんとかなるさ、「ケセラセラ」という気持ちが持てれば、その次は 「これからは/あとで/明日から/今度のときは、できるように努力しよう」のように考えられたら、と思います。



そういった求め過ぎをよく考えてみると、それら不幸になる原因として「考え過ぎ」がいちばん多いように思います。 極端な話、イヤな感じ・つらい気もち・不幸な思いがした時、その時に考えていることをやめられたら、不幸な感情は鎮まっていきます。

でも、問題を「考えることはいいこと」です。 考えることで問題を解決・改善できるのなら、それに越したことはありません。 考えないことで将来に大きな問題が発生してしまうこともありえます。

「考え過ぎ」にも、いろいろあります。 ・長く考え過ぎ(疲れます。疲れるといい考えができなくなります。) ・強く考え過ぎ(イヤな感情も強くなり、心が痛みます。) ・1つを考え過ぎ(同じ考えを繰り返すだけで、混乱しがちです。) ・「それしかない」と考え過ぎ(現実に合わないこと求めたら・・・。) ・悪く考え過ぎ(物事を悪く悪く考え、イヤな気もちになります。) ・重く考え過ぎ(絶対に解決しなければならない、と思うとつらくなります。)


なかなか幸せになれない人は、“外のもの”を求め過ぎているような気がします。 何かができないと、何かを得られないと、誰かが○○してくれないと、・・・。 もう少し“内に求める”ことを考えてみたらどうでしょうか。

ひとつには、自分が持っていないものではなく、自分が持っているものから幸せを感じられるようになることです。 そこで大切なのは、なによりも自分の心の中の幸福感です。 無いものを数えて暮らすより、有るものを数えて暮らしたほうが、心の中は幸せです。 また、遠くではなく近くのもの、すぐに手に入る幸せを求めることも、確実に幸せになれる方法だと思います。

もちろん、夢や目標など、外に幸せを求めることはいいことです。 そればかりを求め過ぎなければいい、そのためには少しは内に求めたほうがいい、ということです。

もうひとつには、結果や物や人の言動など現実のものだけではなく、心の中のものを求めることです。 幸せを感じるためには、現実のものだけでなく心の働きが必要です。 幸せを感じられるもの(物/事/人など)があっても、それを幸せと感じられない人もいれば、いっぱい幸せを感じられる人もいます。

自分の心の内に財産・力を蓄えること、「自分を育てる(幸せになる能力を向上させる)」ことが重要だと思います。これも“内に求める”ことです。 “内に求める”第一歩は、自分を知ることだと思います。 そのためには、自分を見つめることが必要だと思います。

自分が、イヤな気もちになったりつらくなったりした時には、「何かを求め過ぎ?」と自問してみると、何かに気づけることがあると思います。 結果の求め過ぎ、人に求め過ぎ、自分に求め過ぎ、頑張り過ぎ、考え過ぎ、悪く考え過ぎ、何かにこだわり過ぎ、・・・など。

また、もしかしたら、今まで気づいていなかった自分が求めている何かが見つかるかもしれません。 私も 「ちゃんとやらなくてはならない」「効率よくやりたい」「自分は正しくありたい(人に悪く思われたくない)」 というような気もちが強いことに気づきました。 もちろん、これらは悪いことではありません。本来はいいことです。 ただ、その気もちが強すぎると、自分を苦しめたり、心の余裕をなくしてしまったり、してしまいます。

「自分はこういう気もちが強すぎるんだ」ということがわかれば、「あぁ、またやってる」などと力を抜くことができるようになれます。 そうすれば、「求め過ぎ」から抜け出すことができます。 「何かを求め過ぎ?」という自分に対する問いかけが、自分を知り、自分を助ける、1つのヒントになると思います。

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わたしも こうやってコラムとかに書く事で、自分の気持ちを整理したり、落ち着けたり、 後でまた忘れた頃に 思い直したりして、自問自答を繰り返している気がします。

誰しも 人生は 大きな波の中にいるようなもので、よい時も悪い時も 自分を見失わないことが大切なのかもしれませんね。 そういったことの繰り返しをしていくことで 自分というものを作り上げていくのでしょうかね?




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